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サラリーマンのササキさん 3

 その日の夕方。

 丁度アカネがシフトに入っていたので、ハラダは彼女の真意を聞き出すことにした。


「全く。何で私が……」


 ササキは意中の女性とのデートが決まったことに浮き足立ち、アカネがハラダを条件に付けたことなどお構いなしのようで、早速、観光情報誌を買い込んで帰っていった。


「どこによそのオバサン連れでデートする若者がいるのよ。おかしいと思わないのかしら」


 夕飯のおかずに揚げ物を買う客のために、できたてのコロッケを四個ずつパックに詰めながら一人憤慨するハラダ。

 事の一部始終を聞いていたヤマグチも、理解に苦しむと言った。


「二人きりに抵抗あるなら、普通は友達を連れて行くと思いますけど。それならそもそも、デートなんてOKしないですよね」

「そうよね。それが当たり前よね。今の若いコって、何考えてるかさっぱりだわ」


 主婦二人して首をひねっていると、そこに夕方シフトの学生達が出勤してきた。


「おはようございまーす」


 この日はアカネの他に、ホリという男子大学生と、カドクラというやや派手な女子高校生が担当である。


「カドクラさん、お店の制服はお洒落にアレンジするものじゃないよ。前はチャック閉めようね」


 まるでカジュアルなシャツを羽織るように、前を開けっ放しで制服を着ているカドクラに、ハラダは穏やかな注意をする。


「えー? 閉めるのダサくないですかぁ?」

「制服って言うのはそのお店の看板と同じなの。それに、ここはあなたのお家でも学校でも、遊び場でもない。その場に合った格好があるでしょう。今のあなたはお店の店員さんなんだから、そういう気持ちで働いて欲しいな」


 頭ごなしに叱らず、分かるようにかみ砕いて説くハラダには、流石のイマドキ女子高生も噛みつくことはできない。


「分かりましたぁ」


 素直にチャックを閉めるのであった。


「うん、ピシッとしてて格好いいよ」


 フォローもしっかり忘れない。こういうところが、他の人間からハラダが支持される理由の一つでもある。


「今日からおにぎり二個で『すまっちクリアファイル』プレゼントだから、お客様に忘れず確認してね」

「分かりました。他に連絡事項はありますか?」


 ハラダが申し送りをすると、ホリが答える。


「あとは特に。あ、申し訳ないけど、ちょっとだけアカネちゃん借りても良いかな?」

「え? 私ですか?」

「うん。ササキさんの件で」

「ああ、昨日の……はい」


 ササキの名前で用件が大体分かったようで、アカネは何となく困った顔をした。


「レジチェックは僕がしておくから、行ってきて良いよ」

「ホリ君ありがとう。カドクラさんもごめんね」


 二人に礼を言うと、ハラダ達三人はバックヤードへと戻った。


「さてと。いきなり本題に入るけど、どうしてササキさんとのデートに私が同伴なんて条件出したの?」


 着替えもせず、真っ正面から聞いてくるハラダに、アカネは言いにくそうに口をつぐんでいる。


「理由が分からなきゃ、一緒に行くことはできないわねぇ。若い二人のお邪魔はしたくないし」

「お邪魔って……昨日会ったばかりみたいなものですし、お付き合いさえしてないのに。ただ、まともに話したこともない人と急に二人っきりになるのは抵抗あるって言うか……」


 そこまで言うと、アカネは下を向いてしまった。


「ササキさんのこと、嫌なの?」


 一足先に着替えを済ませたヤマグチが、その表情を見て言う。


「嫌ではないんです。でも、男の人と二人だけってなったことなくて」

「え? 今まで彼氏は?」

「いません。学校も中学からずっと女子校ですし」


 ハラダとヤマグチは、得心がいったという顔で頷いた。


「そういうことだったのね。でもどうして私なの? 学校の友達とか、ここの仲良いコとかに頼めば良かったんじゃない?」

「学校の友達には言いづらいです。皆彼氏がいたり、逆に男性が苦手だったりで……。昨日、私が返事に困っていたら、スタッフの中でハラダさんが一番ササキさんと親しいと、店長が仰ってました」


 なんと、店長がハラダを薦めていたのだった。文句の一つも言いたいところだが、あいにく今日は妻と共に家を出た娘に会いに行くのだと言って、朝から不在である。

 サンドイッチを二週間分に増やしてもらわねば割に合わないと、腹の底でハラダは愚痴をこぼした。


「ご迷惑なのは重々承知なんですが、どうしても男性と二人だけは抵抗があるんです。悪い人じゃないというのは、見れば分かるんですけど」

「仕方ないわよ。親以外ほとんど男の人と関わったことないんじゃ。私が間に入ったからには、決して悪いようにはならないから安心してちょうだいな」


 頼もしい言葉に、アカネの顔がやっと笑った。


「ありがとうございます。よろしくお願いします」

「私、もう一つ疑問があるんだけど……」


 横で見ていたヤマグチが、どことなく楽しそうに聞いてきた。完全なる野次馬である。


「何ですか?」

「男の人と二人になったこと無いのに、どうして同伴付きとは言えデートする気になったのかなって」

「ああ、確かにね」


 ヤマグチの問いに、ハラダも大きく肯く。

 普通、抵抗があるならば断るものだがアカネは何故か、ハラダが一緒ならデートをすると返事をしたのだ。


「それは……ササキさんって、女性に慣れてなさそうだったから大丈夫かなって」


 つまり、彼なら害がないと判断したということだ。いまいち恋愛対象としては意識されていないらしい。


「ササキさん、相当頑張らないといけないわね」


 心底彼を不憫に思うハラダであった。




 次の週末。いよいよデートの日がやってきた。

 いつもは出勤のハラダだが、ササキの休みに合わせてシフトを代わってもらった。


「私に面倒見ろって言ったのは店長なんだから、責任取ってもらわなきゃね」


 どうやらハラダの代わりは店長のようだ。


「ハラダさん、わざわざすみません」


 アカネが申し訳なさそうに頭を下げる。


「アカネちゃんは気にしなくて良いのよ。それより、ササキさん遅いわねぇ……」


 時計は午前十時を十五分過ぎている。

 待ち合わせは『ス・マート』の前で十時集合と言ったのはササキなのだが、当の本人が一向に現れない。


「何やってるのかしら、デートに誘っておいて遅れるなんて……。減点五!」


 一人ぶつぶつ文句を言っていたハラダは、手に持っていた手帳に何やら書き込んだ。


「何を書いてるんですか?」


 背の低いハラダより二十センチは上のアカネがひょいと覗くと、そこには『遅刻 減点五』と書かれ、しばらくの空白があったあと一番下に『/百点』の文字。

 どうやらハラダは、今日のデートでササキを採点するつもりのようだ。最終的に百点満点中、何点だったかでこの先のアカネとの交際を許可できるかの判断材料にするらしい。


「減点方式よ。五十点以下なら不合格」

「不合格って……試験なんですか?」

「そう。男の人について良く知らないアカネちゃんでも、こうして点数化すれば、この先もお付き合いできそうか考えやすいでしょ?」


 至極もっともな言い分に聞こえなくもないが、アカネは腑に落ちないという顔だ。


「何だかササキさんに申し訳ないですねぇ……」

「交際経験無いんだから、初めはこんなもんで良いのよ。まずは男性に慣れるのが先」


 二人で話し込んでいると、遠くから何やらふらふらと向かってくる一台の車が。運転席にいたのはササキであった。

 制限速度をはるかに下回るスピードで、歩行者にさえ追い抜かされている。ササキの車の後ろは渋滞ができていた。


「まともに運転できないくせに、カッコつけちゃってまぁ……」


 信号が青になってもなかなか発進しないササキに、クラクションの嵐がせき立てる。それに焦ってエンストを起こし、更に後続の怒りを買ってしまう。


「あーあ……とても見ていられないわね」


 ハラハラするアカネと、先行きに頭を悩ますハラダ。

 懊悩おうのうするうなり声と共に、『運転 減点十』の一行が追加された。


「遅くなってすみません! 久しぶりに乗ったもので……」


 どうにか『ス・マート』の駐車場まで到達できたササキだったが、ハラダの不機嫌な表情に、運転席を離れようとしない。


「何をやっとるか! しばらく運転してないなら、昨日のうちに練習してきなさい! 危なっかしくて乗る気になれないわ」


 ハラダはシートベルトにしがみつくササキを引きはがし、車のエンジンを切ると、鍵を自分のバッグに突っ込んだ。


「ハラダさーん! 返してよぉ! せっかくドライブの計画立ててきたのにー」

「うるさい! 今日はアカネちゃんの保護者として来てるんだから、彼女を危険から守るのが私の役目なの。あなたの運転じゃいくつ命があっても足りないわ」

「まぁまぁ、ハラダさん。無事に全員揃ったんですし、出かけましょ?」


 困惑しながらもフォローするアカネに、ササキは早速鼻の下を伸ばした。


「優しいんですね、アカネさん」

「ヘラヘラしない!」


 ハラダに背中をバシッと叩かれ、情けない顔を引き締め直すササキ。アカネは二人のやり取りを、おろおろ見ているしかできなかった。


「こんなこともあろうかと、電車で行けるデートスポット調べてきたわよ」


 さっと取り出した手帳には、びっしりと一日の予定が立てられていた。




 三人は電車に乗り、最初の目的地へと向かっている。

 ハラダの計画によると、まず映画を見るようだ。


「デート初心者のあなた達には、王道コースから始めるのが良いと思うの」


 ササキは未練がましく、ドライブマップを握りしめている。


「そんな顔しても駄目。運転したいなら教習所からやり直しておいで」


 すごすごとマップをしまうササキ。周囲の乗客達は、二人の様子を笑いながら見ている。だが衆目を集めていることに、二人は全く気づいていない。


「お二人とも、もう少し静かに……」


 声を潜めて注意するが、お構いなしに会話は続く。


「アカネちゃんも、ドライブが良かったよね?」

「えっ、えぇ?」


 まだ打ち解けてもいないのに、いきなり『ちゃん付け・タメ口』で話かけられ、アカネは戸惑った。

 しかし、こんなに突然懐へ飛び込まれる経験など無かったアカネは、ササキのフレンドリーさをやや不躾に感じつつも、女性との感覚の違いを新鮮にも思った。


「そうですね、ドライブも楽しそうですね。今度はそうしましょう」


 その返事にササキは飛び上がりそうなほど喜び、ハラダは細い目を目一杯開いて驚く。


「あれ? 何か変なこと言いました?」

「いえねぇ、アカネちゃんが思いの外、男の人と話しても大丈夫みたいだから……」

「あ、言われてみれば。自分で考えてたより平気みたいです」

「ふむふむ……五点プラス」


 予定表とは別のページを開いて、点数を書き込むハラダ。ササキは自分が採点されていることなどつゆ知らず、再びマップを取り出しアカネに見せながら、計画していたルートを熱心に説明している。


「私、海に行ってみたいです。海岸線を車で走ったら気持ち良いでしょうね」

「海良いね! よーし、必ず連れて行ってあげる!」

「楽しみにしてますね」


 どうやらまんざらでもなさそうなアカネの様子に、ハラダは胸をなで下ろした。

 恋のキューピッドを買って出たは良いが、ぎくしゃくしたままでご破算などということになれば、恐らくササキは店に来なくなり常連を一人失う。アカネも真面目な性格ゆえ、自分のせいで店に迷惑を掛けたと思い、最悪、退職してしまうかもしれなかった。

 そうなれば責任はハラダにあると、店長は言うだろう。理不尽なようだが、お高いサンドイッチに釣られて安請け合いをしてしまった自分が悪いと覚悟していた。

 体型と同じく肝が図太いように見えて、その実とても繊細なのが本当の彼女なのだ。


 すっかりハラダそっちのけで盛り上がる二人を、目尻を下げて見守るのであった。

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