Side-A 4
彼女は、二人のイベントの企画を基本的に彼にお任せにしていて、今年のクリスマスも彼がどのように演出してくれるのか、楽しみにしていた。
楽しみに何かを待つということ。それ自体が恋人達の特権と云えようか。より大局的には、若者の特権と言い換えられもしようが、いずれの要素をも満たす彼女にとって、その日を待つ心境は無邪気でさえあった。
山手線の内側、東京の中心地。昨年同様に美しい夜景が見られるが、今年は360度全方にそれが広がっていた。皇居の周辺だけが暗くなっていて、まるで大きな穴が穿たれているよう。右手に新宿の高層ビルとネオンが広がり、前方の煌めきは六本木だろう。左手の太い柱の向こうには、銀座から大手町方面の明かりが見える。そんな夜景を強調する為だろうか、店内の照明は控えめに抑えられていた。
恋人達のテーブルを最初に彩ったのは、豆のスープ。彼女は、もう少し明るければと思ったが、乾杯用の辛口シャンパンとの相性は抜群だった。
その後の料理も食の進みや会話との絶妙なタイミングで供され、贅沢ではあっても既に料理自体に新しさを二人が覚えることはなかったが、大人びたサービスにとても満足していた。
そしてテーブルには、チョコレートムースに苺のソースがアクセントを描くデザートが静かに置かれた。フレンチ風のコース料理からすると、ややイタリアンなアンマッチを感じさせはしたが、コーヒーもエスプレッソ風なもので、それはそれで絶妙なマッチングを見せていた。
彼女がフレンチコーヒーが苦手なのを知って、彼がアレンジしたのだろう。
そういう繊細さを彼はもっている。彼女にはそれがとても嬉しいことだったが、飲み下したコーヒーの温かみを胃に感じたその刹那、彼の手が彼女の前に伸び、そして一つの小さなケースを置いた。
リングケース。
この時点で、彼女は全てを悟った。
そろそろ、そういう時期かもしれない。
先延ばしする理由はない。
ところが、現実として結婚を受け入れる心の準備はしていなかった。
準備が必要だろうか? 彼女の頭脳が自己問答を始める。
「結婚してください。」
彼の声が、所在無さげに宙に浮いていた。
<続く>