Side-B 3
スイッチがあった。
少女が座る椅子に仕掛けられていたスイッチは、少女が立ち上がると同時に通電し、仕組まれた機構が活動を開始する。
少女の身体スイッチは、極限まで分泌されたアドレナリンによってOn状態となり、しなやかなその肢体は、脳幹や脊髄での反射レベルで反応を始める。
急激に立ち上がった少女。恐らく、彼女の記憶にこの部分の動作は残らないことだろう。なぜなら、彼女の心のスイッチはこの時点で途切れてしまったのだから。
埃すらも残らないように清掃された絨毯、少女の身体はその上に倒れ込んだ。
そして、眠った。
失神したと云ってもいい。
薄れていく知覚はまるで、五感に霞がかかっていくようであった。同時に、記憶の引き出しの中身と彼女自身の想像力で構築される幻想は、美しい映像とともに研ぎ澄まされていく。
少女は草原に立っていた。朗らかに頬を撫でる風、そして鼻腔を埋める草木の香り。振り返ると、そこには将来を誓った男が立っていた。彼女には未だ、人生を歩む上でのパートナーを選ぶ裁量はない。しかし、今この時点で心から愛しているという気持ち、それを大切にしようと思う。彼がいない未来は、想像するだけで苦痛だった。
「ありえないわ。」
思わず口から漏れた台詞は、彼が去ることを考えてしまったことによる。
この言葉が引き金となって、彼女の置かれた状況は途端に変化した。
小奇麗に纏っていた衣服や装飾品が、みるみる内に朽ち果てていく。笑顔を絶やさなかった彼の形相が、鬼のそれに変わった。
「何て言ったの?」
恐る恐る彼女は訊いた。
底辺を知らぬ者どもを駆逐する? 彼女には意味がわからない。
狩が始まったのだよ、最高の獲物だ?
輝く未来が消え失せていく。少女の意識とともに。
現実と幻想の合間で少女が流した涙は、絨毯に染み込んでいき、彼女の最後の意志とともに誰に気づかれることもなく消え失せていった。
<続く>