Side-B 2
一言で犯罪と云っても、それは様々な側面を持っている。分類する方法も無数に存在し得るが、一般には動機か被害規模に応じて区分するだろう。
それらとは異なるアプローチとして、顕示性での区分を試みてみると、どうなるだろうか。
多くの犯罪は、隠蔽方向に向く。しかし、一部のものは敢えて開示されることを欲し、そういう性向を持つ犯罪は、基本的にはテロだと言っていい。つまり、主義・主張を暴力によって周知させる、あるいは受け容れを強要する類のものである。極論すると、多くの犯罪とテロとの決定的な差異は、顕示性の有無として表面化し、より本質的には被害者を個人としては選ばないという処に帰結する。個人は象徴としてのみ選ばれ、その人間性が攻撃の対象とはならないのだ。唾棄すべき性質は似ているように見えても、通り魔事件や一部の詐欺事件が、テロリズムに分類されない所以である。
ホテルの一室で、愛を確かめ合い、そして将来の夢を思い描いている恋人達がいたとして、彼らに落ち度があったかどうかということに、テロリストは関知しない。テロの結果を醜く彩る手段として、被害は悲しみと苦しみに満たされるべきなのだ。
恋人達の部屋と同じフロアには、多くの部屋がある。その殆どが彼ら同様に恋愛に満ちていることだろう。しかし、彼らの隣の部屋では、一人の少女が今まさにその人生に幕を降ろそうとしていた。自ら望んだものではなく。誰であっても、生の終焉を望むことはないだろうが、自然現象以外の要因であることは、法的にも道徳的にも、認められないものである。唯一、社会
や人間自身の未熟さに起因する不可抗力だけが、不可避な偶然として、具体的には何らかの事故として、生命を奪う要因となってしまうのみである。
彼女が置かれた環境は、そういったものとは一線を画していた。暖房が効いているとはいえ、高級ホテルのこと、それは適温に調整されている。だが、彼女の全身は、薄着であるにも関わらす汗でグッショリと濡れていた。
椅子に座っている。
もう何時間も前から。
動けないのだ。彼女の身体を拘束する器具は何ら取り付けられていなかったが、彼女は動けない。どうやら、椅子に細工があるようだ。彼女が立ち上がりでもすれば、その細工が作動する仕掛けだ。彼女をそこに座らせた者達は、大きな音でもスイッチが入ると言った。大声は出せない。
随分と泣いた。
精一杯考えた。
答えは見当たらない。
自らの運命を嘆くことにすら疲れ果てた彼女の精神は、既に限界を超えて久しく、心が折れてしまうのに、何がトリガーになっても不思議ではない。
その時、そんな状態など知る由もない隣の恋人達は、互いの未来を祝う為、2本目のシャンパンを開けた。
ポン。
軽衝撃音は、防音しにくい。プライバシーを保護するはずの壁を易々と通り抜けてしまう。本来は歓喜を誘発するはずのその音は、決して大きなものではなかったが、隣の少女が狂気するには充分だった。
<続く>