Side-B 1
都心のホテルとしては広い部屋。恋人達に用意されたキングサイズのベッドとは反対側に位置する窓には、今も幸せ色の夜景が広がっていた。しかし、彼らの目には恋人色のフィルターがかかっている。彼らには美しくきらめいて見える夜景の中には、クリスマスイブの夜には不似合いな哀愁や苦痛も存在するのだ。それは遠い世界の話ではない。
深く愛に溺れれていた二人。そんな彼らから僅か十メートル少々の距離。恋人達が愛し合っていたその時、隣の部屋は恋愛とは対極の感情で満ち溢れていた。言葉にするならそれは、憎悪や恐怖と呼ぶのだろうか。
それぞれが隔離された空間を占有する。ホテルというのはそういう場所だ。故に、隣近所で何が起こっていようとも、それに関知しないことは責められないだろう。同様に、たまたま隣接してしまったという偶然についても、それは誰の責任でもない。
邪悪に蝕まれた空気が、徐々に周囲に拡散していく。それを停める手立ては、恋人達の与り知らぬことなのである。
僅かに隣の部屋から漏れ聞こえる声。聞き耳を立てていたとしてもそれがテレビ等の騒音か、あるいは悲鳴のような窮地の知らせか、聞き分けるのは難しかっただろう。増して、愛の語らいに夢中な恋人達にとって、そこは彼らだけの世界なのである。周囲からのサインを受け止めることなど、有り得ないのだ。
幸せな状況故にこれから起こる事象に気付かないとは、何たる巡り会わせか。しかし、その時点の幸せを満喫せず、常に周囲のアラームにアンテナを張り巡らせていたとしたなら、本当の幸せはいつになったら訪れるのか。
そんなジレンマを感じることもないまま、恋愛と邪悪の時間軸が、今ここで交差しようとしていた。
<続く>