第二話「めがねこんぶの冒険」
天秤祭が終わり、数週間が経っていた。
その朝もムゾウは、アキバの街外れにある閉鎖された錬金術師学校の校舎前に立っていた。
基本的にムゾウの仕事は、この場を訪れた者に学校が閉鎖されていることを伝えること、それだけであった。それだけの仕事のために、朝から日の暮れるまでこの場に立ち続けるというのは、非常に退屈なものであった。
それゆえ、自然と錬金術師学校の前の通り、校舎に至るまでの小道やその横の広場の掃除と整備は、彼の日課となっていた。
冒険者達が大災害と呼ぶあの事件以来、校舎前の広場をたまり場にしていた冒険者達が頻繁に顔を出すようになった後もそれは変わらず続いていた。
もっとも学校の敷地の一部でしかないとはいえ、一人の手で毎日隅々まで掃除するにはそれだけで日が暮れてしまう広さがあった。毎日少しずつ一週間をかけて全体を終わらすように区切って作業は行った。
かつて校庭であった、校舎前の広場に植えられた数本の木は紅葉し、秋から冬へ移り変わる季節を教えてくれていた。紅葉した葉は、広場の各所に降り積もっており、ムゾウの日課たる掃除のやりがいを増やしていた。
その日は、手始めに門から校舎前までの小道の周辺の落ち葉をかき集めたところで掃除を切り上げ、持ち場に戻っていた。
集めた落ち葉を使って焼き芋というものをしたいと、この場をたまり場にしている冒険者の一人が言っていたことをムゾウは思い出し、ひとまず集めた落ち葉はその場に残すことにした。
もっとも冒険者達は気まぐれであり、いつこの場に現れるかなんてわかったものではないため、焼き芋自体にはあまり期待はしていなかった。
ムゾウが掃除を終え、いつも通りの持ち場に戻ったところで、手提げ袋を持って一人の冒険者がやってきた。
紺色のローブとフード付きのマントを纏い、手提げ袋とは反対の手には身長と同じくらいの長めの杖を携えた姿は、冒険者の中でも魔法攻撃職と呼ばれる職業に分類される者の典型的なスタイルに見えた。
見えた、などという表現をするのは、彼が実際には魔法攻撃職ではないことを、ムゾウは知っていたからであった。
「おはようムゾウさん、場所借りるね」
そう声をかけると、その冒険者は門からムゾウのいる校舎前に至る小道沿いにあるベンチの一つに座り、持ってきた手提げ袋を自らの隣に置いた。
「おはようございます、ハミオさん。また、スミさんに追い出されたのですか?」
スミさんとは、彼が住む部屋で雇っている家政婦の名だった。
大災害の以前から冒険者達の一部は、このアキバの街に自分たちの部屋や家を持っていた。その用途は、生活の場として、打ち合わせの場として、倉庫としてと様々であった。 ハミオもまた、このアキバの街で部屋を所有しており、その用途は主に冒険で手に入れたアイテムの保管・展示にあった。
ムゾウも一度ハミオの部屋に招待されたことがあったが、そこには数々の得体の知れないアイテムと本が並べられた棚が部屋の8割を占めていた。
残りのスペースには申し訳程度にシンプルな机とベッドがあり、部屋の隅には未整理のアイテムが積まれていた。
部屋は雑然とした印象ではあったものの、埃等はほとんどなく、清潔感が保たれていた。
冒険者は一部の例外を除いては掃除は不得手であるため、放っておけば荒れ放題になってしまう。そのため、家や部屋を持つ冒険者は、家政婦を雇うのが一般的であり、部屋が清潔なのは、ハミオが雇っているスミさんという家政婦の功績だった
基本的には、冒険者達は大地人より金持ちの者が多い。
そのため冒険者はたいていは金払いが良く、冒険者の家政婦として雇われることは、大地人にとっては非常に幸運なことであった。
反面、冒険者の家政婦にとって雇い主は絶対であり、その言葉に逆らうことはできなかった。
大災害の翌日、錬金術師学校前の広場に集まり夜通し仲間と語らい合ったハミオが、部屋に戻ると、当然家政婦として雇われているスミさんが待っていた。
その時ハミオの目に映ったのは、非常に布面積の少ない水着を着たスミさんの姿だったと、ムゾウは聞いていた。
なんでも大災害以前、偶然手に入れた家政婦用の水着をスミさんに着せたまま放置していたのを忘れていたということだった。
以前は大地人に対して無関心であり、ただ気まぐれでその服を着せても時は気にならなかったそうだが、大災害以降には、そのことはあまりに失礼であることに気づいて慌てて元の家政婦の服に戻してあげたそうだった。
ただ、まだスミさんは、そのことを根に持っているのか、それ以降大変冷淡に接してくるとハミオは嘆いていた。
「まあお察しの通り、掃除の邪魔だと追い出されてね」
フードをはだけ、いつもかけている黒い丸縁メガネの位置を無意識に直すと、ハミオは答えた。
ハミオの青白い顔の頬には鳥の羽に似た文様が刻まれており、彼が魔法に長けた法儀族と呼ばれる種族であることを表していた。
「まあ、昨日拾って来た、これが見つかっちゃったからってのもあるけどね」
苦笑いをしつつ、手提げ袋の中からハミオは本を一冊取り出して見せた。
「ああ、薄い本ですか」
ムゾウの言葉通り、その本は大変薄く、そして表紙には肌を晒した女性、といかほとんど裸の女性が大胆なポーズをとった絵が描かれていた。
本の表面には、大地人が一般的に使っている紙にはない独特の光沢があり、ムゾウには読めない字で題名らしきものが書かれていた。
ハミオ曰く、その本は神代の時代のものであるということだった。
「それはまた、書庫塔の林で手に入れたのですか?」
「そうなんだけど、まあちょっとその時気になることがあってね」
その本をパラパラとめくりながらハミオは答えた。
「本当は皆が揃ってから話すつもりだったけど、まあいいか。先にちょっと聞いておいてくれるかなムゾウさん」
そう問いかけるハミオに対して、こくりとうなづくとムゾウは答えた。
「ええ、もちろん」
その答えを聞くと、先ほどの本を手提げ袋に戻し、そしてハミオは語りだした。
その日、ハミオは書庫塔の林を歩いていた。
書庫塔の林は、アキバのすぐそばにある初心者用のゾーンの一つで、アキバの街と同様に神代の時代の建造物が立ち並ぶ場所だった。
ハミオのような冒険者と呼ばれる存在にとって、大災害と呼ばれる5月のの事件以前は、この世界はエルダーテイルというゲームの中のものでしかなかった。
エルダーテイルの世界は、ハーフガイアプロジェクトという名の下、現実の世界を2分の1の縮尺で再現するという手法をとっていた。そして、特徴のある建造物や町並みは、遥か昔の神代の時代のものとして、ゲーム内にて採用されていた。
書庫塔の林は、現実の日本では神田神保町にある古書店街を模した地域であり、ハミオにとっては学生時代に毎日通っていた馴染み深い場所であった。
神代の時代という遥か昔を表す設定は、各所の建造物が朽ちて崩れ落ち、瓦礫となって道を塞ぎ、無秩序に繁茂した巨大な植物が街路までを覆った形で表現され、元から複雑であった古書店街の町並みを迷路のような状態に変えていた。
通常、アキバのようなプレイヤーが拠点とするべく設定された街の近くは、初心者用のゾーンになっており、弱いモンスターしか存在しない。
アキバのすぐ近くの書庫塔の林も例外ではなく、初心者時代には、足繁く通ったこの場所もハミオのような高レベルの冒険者にはただ通過するだけの場所になっていた。
しかし大災害以降、ハミオは暇を見つけてはこの場所に通うようになっていた。
理由は、この場所が元々古本の街がモデルであることにちなみ、モンスターを倒して得られるアイテムに書物が多いことにあった。
たいていは、初級の魔法の本や生産用のレシピであったが、中にはゲーム製作当時の流行をもじったような名前だけのなんの役にも立たない書物が存在していた。
元々はそれらは、エルダーテイルというゲームにおいて日本列島に相当するヤマトサーバーを運営・ローカライズする会社のスタッフが仕込んだジョークアイテムでしかなかった。
大災害直後は、やはりこれらの書物はアイテム名とフレーバーテキストに書き込まれた内容以上の意味はなく、ページをめくれば白紙の物が大半であった。
しかし、時が経つにつれ、中を捲ると目次が書かれた本が発見されたとの噂が立ったのである。
大災害と呼ばれる現象に対して、その謎を解き明かす手がかりを求める冒険者の一部は、期待を持って書庫塔の林を訪れるようになっていった。
アキバを自治する円卓会議からも定期的に調査団が派遣されるようになり、実際に読める本が発見されたとの報告も上がっていた。
しかし、まだ大災害の謎に迫る決め手はようとして見つからず、一時期増えた書庫塔の林を探索する冒険者も徐々に数を減らしていた。
ハミオもまた、この神代の時代の本に期待している一人だった。
基本的にハミオはレベル90に達した冒険者であるものの、あくまで一プレイヤーに過ぎず積極的にアキバの自治や謎を究明するような活動を行うような性分ではなかった。
それでもなにか、この大災害という事件の謎を解き、現実への帰還の為にしなければという焦燥感だけがあり、まずは手近なところからできることをしようと、この場所に通うようになったのであった。
すでに通いなれた道のりをハミオは迷いなく進んでいた。
いつもどおりの、魔法攻撃職に見えるローブを纏い、魔法攻撃職が持つ杖のようなものを携えフード付きのマントで細部を隠した出で立ちだった。
法儀族という種族特有の痩身かつ長身な体躯と相まって、見た目は完全に三種ある魔法攻撃職のどれかに見えた。
書庫塔の林を探索する上で一つ面倒なことがあった。
通常のモンスターは、自分よりはるかに強い冒険者を襲ったりはしない。
しかし書庫塔の林のモンスターの一部には、冒険者の強さに関係なく襲ってくるものが少なからずいたのである。
ハミオのレベルであれば、そういったモンスターを蹴散らして進むことも不可能ではなかったものの、それは時間無駄であるとハミオは感じていた。
ハミオはそういったモンスターに絡まれないように目的の場所に辿りつく為、独自に開拓したルートを辿って進んでいた。
道路の右を行くか左を行くか、大通りを進むか小道入って迂回するか、何度も通う内に確立したルートをすいすいと通り抜けていった。
初心者ゾーンとはいえ、奥地に進めばモンスターはそれなりに手ごわくなってくる。
モンスターのレベル帯が変わる頃合を見て、ハミオは足を止めると後ろを振り返った。
「そろそろ出てきてくれないかな?」
ハミオは今しがた通ってきた曲がり角に声をかけた。
一瞬の沈黙の後、そこに二つの人影が現れた。
どちらも粗雑な皮鎧を着込み、腰には刀を携えていた。
顔立ちから年の頃は、14か15くらいだろうか。
一見して人間の少年と容姿は変わらないが、冒険者はゲーム時代と同じく、意識すれば相手の名前や種族やレベル等のステータスを見ることができた。
それによれば、二人は狼族の武士と盗剣士で、そして大地人であった。
レベルはどちらも10台前半で、初心者ゾーンとはいえ書庫塔の林のこの場所まで辿りつくにはいささか低すぎた。
ハミオには、書庫塔の林にはこのような大地人が配置されていた記憶はなかった。
とすれば、何かのイベントだろうか?
思い当たる節がなく、仕方なくハミオは直接彼らに聞くことにした。
「なにか俺に用かな?用がないならこのまま回れ右をしてこの場所を離れることをお勧めする」
ハミオの言葉に、年長と思わしき少年が答えた。
「用はある。この先のお宝のあるところまで案内してもらおうか」
本人は極力迫力を出そうと低い声を出そうとしているようであるが、緊張を隠せぬその声は、逆にハミオを安心させた。
しかし、お宝とは神代の時代の書物のことだろうか?このような少年が何故興味を持っているのだろうか?
浮かんだ疑問を吟味すべく、ハミオは二人をじっと観察した。
その間を、無視されたと感じた少年はさらに言葉を続けた。
「大人しく案内するんだ。俺の仲間があんたがアキバの街の魔法屋に魔法の本を持ち込んでいるのをみたんだよ」
「ああ、なるほどそっちね」
ハミオは、合点がいったことでつい苦笑しながら、言葉が出た。
どうやらこの少年達の目的は神代の時代の書物ではなく、この辺りのモンスターが持っている初心者用の魔法の本やレシピであるようだった。
たしかに、ハミオのような高レベルの冒険者にとっては、それらは売ってもはした金にしかならなかったが大地人にとっては、十分な収入になるはずだった。
なるほど、もう一度彼らの姿を観察すると、そのみすぼらしい装備と若干やつれた様子からかなり金銭面で窮していることが伺われた。
大災害後しばらく経ち、冒険者による自治が開始されたアキバの街は、急速に発展していた。それに伴い、ある者は生きるために職を求め、ある者は一攫千金を夢見て、噂を聞きつけた多くの大地人が、流入してきていた。
また、8月に起きたゴブリン王の帰還というクエストが拍車をかけていた。
ゴブリンを筆頭に各地でモンスターが大量に発生し、周辺の大地人の居住区を襲ったのだ。
被害が拡大する前に、アキバの冒険者達が、大量発生を食い止めたが、被害を受けた大地人の一部は、アキバやその周辺の都市に移住する者が少なからずいた。
アキバの発展は冒険者だけでなく多くの大地人の雇用を生んでいたが、それでも流入する全ての大地人を受け入れられるわけではなかった。
おそらくハミオの前に現れたこの少年達もそういった、職にあぶれた者達だと思われた。
「何を笑っているだ、今あんたは俺の仲間20人に取り囲まれている。あんた魔法攻撃職だろ?いくら冒険者だからってこの人数に囲まれて一斉に攻撃されたらひとたまりもねえぜ。悪いことは言わない、お宝の場所に案内しな」
ハミオを威圧しようと少年は、怒鳴るように言葉を発した。
現実世界で武器を手にした少年に脅されたなら、冴えない会社員でしかないハミオは、即座に逃げ出すか、財布を差し出してひたすら謝ることしか出来なかったであろう。
しかし、今のハミオは超人的な肉体を持った冒険者であった。
最初は戸惑いはしたものの、大災害以後の約半年間で、暴力を振るうことにも振るわれることにもある程度慣れていた。
脅しに対しても落ち着いて観察する余裕があり、少年の発する怒鳴り声も、緊張と不安をごまかすためのものであることに気づくことが出来た。
仲間はいるのは嘘ではない。20人というのは嘘である。
それがハミオの見立てであった。
もっとも90レベルの冒険者であるハミオにとって10レベル台の大地人が20人集まろうとものの数ではでなかった。
しかしとりあえずは、暴力に訴える前に勘違いを正すところから始めて見ようかと思い、ハミオは少年に語りかけた。
「まず幾つか勘違いをしているようなので、説明させてくれ」
「なんだと?」
ハミオの余裕のある振る舞いに、少年は苛立ちを隠せない様子だった。
しかし、ハミオは無視して話を続けることにした。
「一つ目は、君たちが求めている魔法の本は、この奥に行く必要はない。この周辺のモンスターを倒せば手に入るはずだ」
これは嘘ではない。ただし、彼らの実力でそれが可能かは別問題だった。
「二つ目、この奥には君達にとって大変危険なモンスターがいる。俺が一緒でも確実に命を落とすことになるので止めたほうがいい」
これも嘘ではない。だからこそ、この場で足を止め、アキバから尾行してきた彼らを問い質す事にしたのだ。
「最後に……」
「その男は、武闘家だ。脆弱な魔法攻撃職ではないので、束になってかかっても傷一つ負わせることができずに返り討ちになるだろう」
不意に、ハミオの言葉を遮るように、少年達とは別の声が上空からかけられた。
見れば大柄なカラスが一匹、街路に建てられた柱に止まっていた。
カラスとしては奇妙なことに、首には小さい袋が紐でくくり付けてあった。
この書庫塔の林では見たことのないモンスターだった。
ハミオがすかさずステータスをチェックすると、Packardの従者という名前が表示された。
どうやらこのカラスは、魔法攻撃職の中でも幻獣や精霊を召喚して戦う、召喚術師の召喚した従者であるらしかった。
召喚術師の従者は基本的に会話はしない。
おそらくは、このカラスは召喚術師が幻獣憑依と呼ばれる魔法で乗り移り、遠隔から操作しているとハミオは判断した。
突然乱入してきたこのカラスに、状況がつかめず慌てふためく少年達を尻目にカラスはハミオに語りかけた。
「フライヤービルドとは珍しいな。あんたはPKなのかい?それともPKKなのかい」
「どっちでもないよ」
カラスの問い掛けは、エルダーテイル時代からあった自動翻訳機能を通してハミオの耳に届いた。
フライヤービルドとは、エルダーテイルとは別の対人戦闘主体のMMORPGにあった職業にちなんで付けられた、武闘家の戦闘スタイルの一つであった。
戦士系職業の中でも武闘家は、主に手足を用いたパンチやキックで戦う職業であるが、専用の格闘武器を扱うこともできた。
その格闘武器の中に、棍と呼ばれる棒状の武器が含まれていた。
同じ棍でも見た目や長さは様々あり、中には魔法攻撃職の使う杖に遠目には見えなくもない物が存在した。
フライヤービルドとは、一見杖に見える棍をメインの武器とし、軽装でも戦える武闘家の特性を活かしてなるべく魔法攻撃職のように見える服装を組み合わせたビルドだった。
モンスターは基本的には、ヘイトというパラメータで管理された定められたアルゴリズムに従って、攻撃の対象を決めるため、冒険者の外見などは気にしない。
ゆえにフライヤービルドは、対人戦に重きを置いたビルドであった。
対人戦の中でも、1パーティー6人同士の戦闘の場合、一番先に狙われるのはたいてい魔法攻撃職である、妖術師・召喚術師・付与術師のどれかであった。
なぜなら、魔法攻撃職は他の職業に比べ、高めの攻撃力や一時的な無力化能力という重要な能力を持つ換わりに、防御も耐久力も少ないからであった。
あらゆる戦闘では、先に人数を減らすことが重要であり、対人戦においてはいかに味方の魔法攻撃職を守りながら、先に敵の攻撃職を倒すかが全てであったといっても過言ではなかった。
つまりフライヤービルドとは、敵に武闘家を魔法攻撃職と誤認させ攻撃させることで、味方の魔法攻撃職を守るために存在した。
ただし、冒険者であれば敵のステータスを確認することができるため、冷静な相手にはすぐにばれてしまし、対人戦に慣れているプレイヤーには、装備の外見や細かい挙動で武闘家と判別されてしまうため、必ずしも効果的なビルドとは言い難かった。
元々エルダーテイルというゲームが対人戦よりもモンスターとの戦闘に重きを置いたゲームデザインであったこともあって、フライヤービルド自体は武闘家の中でも非常にマイナーなビルドであった。
フライヤービルドが対人戦向けであるからこそ、カラスに憑依した召喚術師はハミオに問うたのだった。
ハミオがPKつまりプレイヤーキラーと呼ばれる冒険者を襲う側なのか、それともPKを退治する側のPKKつまりPKキラーなのかということである。
ハミオは、フライヤービルドであるものの、別段どちらというわけではなかった。
たまたま大災害の時にメイン武器にしていたのが、棍であったというだけだった。
大災害直後の混乱期、アキバの周りには、自暴自棄になった冒険者が他の冒険者を襲うPK行為が頻発していた。
ハミオもまた仲間と共に行動している時、PKに遭遇したことがあった。
もっとも当時のPKはゲーム時代から対人戦に慣れ親しんで者は稀で、ただ他にやることがないだけの、言うなればPK初心者であったため、ハミオを魔法攻撃職と勘違いして攻撃をしかけてきた。
まだ大災害以後の戦闘に慣れていなかったハミオにとって、大勢の冒険者から一度に狙われるのは恐怖であった。
しかしPK達が武闘家であるハミオを倒すのに苦戦しているうちに、ハミオの仲間によってPKはじりじりと数を減らされ、最後には全滅させられていた。
当時はまだこの世界で自分が何を出来るか迷っていたハミオにとって、それは仲間を守れたという自信になった。
以降、アキバの自治が確立しPKがほとんどいなくなった現在でもフライヤービルドを続けていた。
「どっちでもないよ。なんとなくこの格好をしているだけさ」
ハミオはあいまいに答えた。
「ふーん」
カラスは、納得しかねる様子であったが、それ以上の詮索はしなかった。
「それよりもPackardさんは、何用でここにいるんだい?」
ハミオはカラスに逆に質問した、自動翻訳機能が働いていることから、このカラスが使っている言語は日本語ではないということでカラスの主はヤマト列島以外にいる可能性が高かった。
「人を探して妖精の輪を巡っている途中で、あんたをつける少年達を見かけたものでね。ちょっと様子を伺っていた」
妖精の輪とは、別の妖精の輪につながっている移動用の仕掛けのことで、その行き先は周期的に変わっていた。
ゲーム時代はその周期は解析されていたが、大災害以後その周期についてはまだ調査中であり、移動手段としては確立されていなかった。
そのため、移動先がどこで、安全かどうかを確かめる為に、召喚術師が幻獣憑依で行き先を確認する方法が広まっていた。
「それで、まあついでにここがどこか聞きたかったが、あんたが所属するギルドがD.D.Dということからするとここはアキバの近くだな?」
どうやらカラスは、ハミオのステータスを読んだようだった。
D.D.Dはアキバを拠点とする大手ギルドの名前であった。
戦闘をメインに組織化されたギルドは、大災害以前から活発に活動し、海外にも名が知れていた。
ハミオはそのD.D.D所属ではあったものの、ゲームを始めたしばらく経ったあと、たまたまパーティーを組んだギルドメンバーに誘われて、特に深く考えず入隊しただけで、メンバーとしての活動はほとんどしない、いわば幽霊メンバーであった。
「それであっている」
ハミオの答えにカラスは満足そうに頷いた。
「ではできれば、アキバの街まで案内してもらえないだろうか?」
カラスの願いに、少しハミオは思案すると一つの提案を行った。
「ここからならすぐ近くだが、そうだな案内ならそこの少年達に頼むのはどうだろう」
突然割り込んで来たカラスとハミオの会話についていけず、少年達はどうして良いものかわからない様子であったが、突然話を振られ慌てて答えた。
「何故俺らが、そんなことをしなければならない!?」
状況は分からないが、とにかく舐められてはいけないと、声を荒げた。
「ふむ、なるほど良い案だ。報酬は出そう」
カラスは、そのような少年達の様子に全く動じずに、首に括りつけた小袋から一つ輝く石を取り出すと少年の足元に投げかけた。
「これは、宝石?」
「そうだ、案内してくれたらもう一つ同じ物を出そう。それだけあればお主等5人でもしばらくは宿には困らぬであろう」
カラスの尊大な物言いに、少年達は戸惑いを隠せ、そして奥から顔を出して心配気に覗いていた残りの仲間3人と顔を見合わせ相談を始めた。
「では俺はもう行くよ」
思いがけず足止めを食ってしまったハミオは、少年達の興味が宝石に向いているうちに奥に行くことにした。
「幸運を、Packardさん。貴方の探し人が見つかることを祈っているよ」
「ああ、もし君も見かけたら教えてくれ。私の探し人は、アデリーという大地人の少女だ」
「……了解した」
少しの間を置いてそう答えると、ハミオはそのまま本来の目的である書庫塔の林の奥地へと向かっていった。
「アデリーと言ったのですか?そのカラスは?」
ハミオの話が終わると、ムゾウは聞き返した。
アデリーというのは、先日ムゾウがこの錬金術師学校で保護した少女の名だった。
今はムゾウの雇い主の元に預かってもらっている状態だ。
そのカラスが探しているのが、同じアデリーであるかはわからないが、保護した時にはハミオも一緒におり、少女のことは知っているはずだった。
「うん。だからね、ムゾウさん気をつけてほしいんだ、事情が分かるまでね」
ハミオは、真面目な顔でムゾウに言った。
ムゾウは、アデリーを保護した時に、冒険者であるハミオやその仲間の姿を見ると怯え、逃げ出そうとしたのを思い出した。
そのカラスは、あの異国の少女のことを知っているかもしれないが、味方であるとは限らない。そうハミオは言っているのだ。
「わかりました。あの子には外出は控えるようにお願いしておきますし、冒険者の皆さんにはなるべくアデリーの名は口にしないように伝えておきます」
「うん、そのほうがいいと思うよ」
そう言うと、ハミオはあらためて手提げ袋をまさぐると、昨日の戦利品の吟味を再開するのだった。