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第一話「バケツ女の冒険」

 その日アキバは、朝から雨が降っていた。


 アキバの外れにある閉鎖された錬金術師学校の校舎前で、大地人のムゾウはいつものように先祖伝来の槍を片手に立っていた。


 閉鎖されたのは百年以上も前のはずにもかかわらず、白く塗られた三階建ての校舎は、目立つ汚れもなく、壁にまばらに蔦が張ってはいる程度の良好な状態を保っていた。

 その校舎の入口の扉の前に立ち、この場を訪れる冒険者に学校が閉鎖されていることを告げる。それが代々続くムゾウの家の勤めだった。

 校舎と学校の門までには、石畳の道があり、その脇には、かつては校庭として使われたと思われる開けた場所があった。今は芝生が敷かれ数本の木が植えてあり、随所にベンチに配置されたベンチと相まって、ちょっとした公園のような広場になっていた。学校としては閉鎖されていたが、何故か門は開かれたままにしてあったため、この広場までなら誰でも入ることができた。

 校舎の入口は、門から広場の脇の道を抜け、五段程の階段を登った位置にあった。入口の扉は、大きな南京錠にて施錠され、校舎の窓には木板が打ち付けられていた。そして校舎脇から校舎沿いに奥へ行く道は左右とも柵が置かれ、行く手を阻んでいた。

 

 閉鎖しているのならば、門を閉めてしまえば良いのにとムゾウは考えたこともあった。だが、このような雨の日は、校舎の前のひさしのおかげで濡れずにすむので、門が開いたままなのは、ムゾウにとって悪いことでもなかった。

 そもそも、ほとんど人の訪れることのないこのような場所に立っている必要はないのでは、という疑問はとうに考えるのを止めていた。

 もっとも、門を閉じたままにしていたなら、この広場を利用する冒険者など現れなかったろうし、ましてやムゾウは彼らと友人になどなれなかったのも事実であった。


 「こんにちは。雨の日もお疲れ様」

 昼飯時を過ぎて半刻ほど経った頃、不意にムゾウに門の方から声がかかった。

 門に目を向けると傘を差した女性が、門を通り過ぎ校舎までの道を歩いて来るところだった。

 傘の影から除く濃い褐色の肌と、紫を基調としたローブを身をまとったその女性は、ムゾウの友人の冒険者の一人だった。

 

「こんにちは、ライムさん。一週間程出かけると聞いていましたが、何かあったのですか?」

 

 声をかけてきた女性にムゾウは挨拶と質問を返した。


「ちょっとドジっちゃってね。予定を変更して早めに帰って来たところなの」


 質問に答えながら、ライムと呼ばれた女性はゆったりとした足取りで広場を抜けてきた。校舎前の階段を上がりムゾウの隣まで来ると、傘を降ろしてムゾウに水がかからないように注意しながら、軽く水を払った。そのまま壁に傘を立て掛けると、肩まで伸ばした銀髪を揺らしながらムゾウの方に振り返った。

 髪からちらりと覗いた尖った長い耳は、濃い褐色の肌と相まってエルフの中でもとりわけ黒い肌を持つ部族のダークエルフを連想させた。

 白い肌の普通のエルフから、とある理由により忌み嫌われるダークエルフは、本来このアキバにはいないはずであったが、そもそも、ムゾウは彼女がダークエルフではないことを知っていた。

 冒険者とは、人間やエルフという種族である前に、冒険者なのであった。

 ムゾウにとって冒険者達の話は理解し難い部分も多いが、とにかく今の冒険者の姿は仮初めのもので、冒険者達の故郷では、全く違う姿をしているのだとムゾウは解釈していた。


「今回は安全な素材狩りで、危険はないと言ってませんでしたっけ?」

 ムゾウは、ライムが落ち着くのを待って次の質問を投げかけた。


 このヤマト列島では、街を一歩でも出れば様々なモンスターが徘徊していた。モンスター達は、ムゾウのような大地人でも倒せる弱いものから、冒険者達でも苦戦する強力なものまで千差万別であった。

 冒険者達は、そういったモンスターを倒して得られるアイテムのうち、素材と呼ばれる物を組み合わせて様々な物を作り上げることができた。

 素材狩りとは、特定のモンスターを倒して狙いの素材を集める行為のことだった。


 作れる物は、武器や防具といった戦いに役に立つ物から料理や家具や楽器と多岐に渡っていた。ムゾウのような大地人にもそれらを作る者は存在していたが、冒険者達は大地人では到底敵わない強力なモンスターの持つ貴重な素材を組み合わせることで、とても大地人には作れないアイテムを生み出すことができた。

 その傾向は、五月の大災害から一か月程が経った頃にさらに加速した。

 冒険者達の自治組織である円卓会議が設立され、そのメンバーが広めた新しい技法によって、冒険者の作り出す物も種類も爆発的に増えたのである。

 作る物が増えれば、それに伴って素材の需要も高まる。

 そういった需要の増えた素材を一人で集めに行くのは、冒険者のライムにとって実益を兼ねた趣味の一つになっていた。

 

「そのはずだったのだけどね。ムゾウさん、ちょっと話を聞いてくれるかしら?」

「もちろんです。どのみち、私にはここに立っている以外にやることはありませんから」

 ライムの問いに、ムゾウはいつも通りに答えた。

 その答えを確認すると、ライムは言葉を慎重に選びながら出掛けた先で何が起きたのかを語りだした。




 「これで三ヶ所目」

 暗い通路に立ち、ライムはカマキリに似た機械仕掛けモンスターの残骸が消え行く様を眺めていた。

 そこは、アキバから馬で数時間移動した場所にある廃棄された都市内の建物の一つだった。

 今は滅んだという古アルヴと呼ばれる種族が作った湾岸の工業都市、という設定のエリアだとライムは記憶していた。

 塀に囲まれた広大な敷地内には、ライムがいる十階建ての建物の他にも居住施設や倉庫と思われる施設が、立ち並んでいた。

 各建造物は、地上だけでなく地下通路や空中を通る渡り廊下でも、行き来できるようになっていた。そして、長き年月にさらされた結果なのか、各所の崩れた通路や壁の存在がその構造を複雑化し、都市全体を一種の迷路へと変えていた。大災害以前、ライムが遊んでいたエルダーテイルというゲームにおいても、このエリアの全て把握しているものは少なかった。

 

 大災害、それは待ちに待ったエルダーテイルというゲームの大型アップデートの日に起きた事件だった。アップデートが日本で適用されたその瞬間にエルダーテイルを遊んでいた人間が、気がつくとエルダーテイルに酷似した世界に放り出されるという奇妙な現象に、ライムもまた巻き込まれたのだった。

 ゲームの中では、彼女はタフで明るく頼りになる守護戦士だったが、現実では普通のOLだった。もちろんライムというのもあくまでゲーム内での仮の名で、たまたま手元にあったアルコール飲料の缶から付けた適当な名前だった。

 鈍色の甲冑を身にまとい、時には無骨な両手剣を振るい敵を両断し、時には盾とハンマーを駆使して強敵の攻撃から味方を守るのが守護戦士としてのライムの仕事だった。

 血と汗と汚臭にまみれ、恐怖と苦痛に耐えながらモンスターと戦うことなどゲームの中だからこそできるのだと、ライムは思っていた。


 だから最初は戸惑った。

 部屋でディスプレイを前にキーボードを叩いていたはずが、突然ゲームの中、昼間のアキバに投げ出されたのだ。

 パニックになり、眩暈がした。周囲で騒ぐ、ライムと同じ境遇の冒険者達にも全く気が回らなかった。


 何をどうして良いかわからず、どこかに逃げ出したい衝動を抑えきれず走り出した。

 とにかく人のいない方向に行こうとして思いついたのは、いつもゲーム内で溜り場にしていた、閉鎖された錬金術師学校の広場だった。

 ギルドに属さないライムは、大災害前からそこで度々、誰でも参加自由の集会を主催していた。内容は、単なる雑談会から、釣り大会に始まり、時にはレイドと呼ばれる大人数が集まって行う戦闘の体験会等も催していた。

 いつしか集会の時以外にも、その広場に集まる人が現れた。

 仕事後に家に帰るとゲームにログインし、その広場に顔を出すのが習慣になっていった。自然とその場所は、ライムと仲間達との待ち合わせ場になり、帰る場所になっていた。

 まずはあそこに行こう。

 行ってからのことなど何も考えてはいなかったが、それでもライムは広場を目指し、そしてそこで、ムゾウに出会ったのだった。


「やっぱり同業者、よね」

 機械式のモンスターの姿が光につつまれゲーム時代と同じように消えて行くのを確認した後、念の為と構えていた両手剣を背中の鞘に戻しながら、ライムは周囲を見渡した。


 通路の壁は、素材不明の灰色の物質で継ぎ目無く塗り固めてあった。壁全体が、光をわずかに放っているため、薄暗かったが、とりわけ明かりを持たなくても、先を見通すことが出来た。

 

 ライムのいる場所から前後に続く通路には、他に動くものは見つからなかった。

 この建物入った時からどこか遠くで大型の機械が動いてるようなブーンという低い音以外には、ライムが周囲を見渡す動きに合わせて、着込んだ鈍色の甲冑が出すカチャカチャという音しか聞こえなかった。

 アキバにいる時とは違い、今の彼女は仲間の盾となる守護戦士らしく、金属製の全身鎧を装備していた。その鎧は、華美な装飾を排し、彼女の体に合わせて丁寧に仕立た実用性重視の物だった。

 

 特徴的なのは頭を完全に覆う円筒状の兜で、一般にバケット・ヘルムと呼ばれるタイプのものだった。目元付近に十字のスロットがあり周囲を覗くことができるが、あまり視界は良くなかったため、周囲を全方向見渡すには、体ごと兜の向きを動かす必要があった。またその兜は、甲冑を纏っているとはいえ華奢なエルフの体と合わせると、どうにも大きく、不恰好な印象を与えた。


 元は、レベルが低い時に少しでも自分の役割、守護戦士としての防御力を求めた結果、安価なこの兜に辿り着いただけだった。使い続けるうちに、その兜がライムのトレードマークになってしまっていた。不恰好であることはライムも承知していたので、レベルが上がって装備の選択肢が増えた後は、何度か別の装備に変えたこともあった。しかし、周囲からは違和感があると言われ、結局はこの形の兜に戻すというのを繰り返していた。

 正直言えば、武骨な鎧姿も嫌いではなかったが、プレイヤーは女性であるから、おしゃれな装備もしてみたかった。今、ライムが使っている兜の両脇には、小さな鳥の羽根を象ったアクセサリが取り付けてあり、それは彼女のささやかな抵抗だった。


 とはいえゲーム時代なら問題は見た目だけで良かったが、実際には兜による視界の制限は大きかった。ただでさえ、前線で戦う戦士の視界は前方に集中し、背後の様子など見えなくなった。その上、頭部全体を覆う兜は、前方の視界までも上下左右を半分以下に切り取った。

 それゆえ、大災害以後、多くの冒険者はゲーム時代から引き継がれた頭部装備の非表示機能を使うものが多かった。

 それは、エルダーテイルのようなMMORPGには、良くある機能だった。

 兜を装備しないとゲーム的には防御力が下がり不利であるが、しかし兜を被ると顔も髪型も見えずおしゃれが出来ない。しかも性能を重視するとデザインも限定されるため気に入らない、似合わない、そんなプレイヤーの要望に応えるべく導入された機能だった。

 頭部や顔の装備は、その性能をステータスに反映させたまま、見えない状態にできる。 ただそれだけの機能であったが、そうすることでプレイヤーはステータスを維持しながら、おしゃれを楽しむことができた。

 非常にゲーム的な都合により導入されたこの機能が、大災害以降もちゃんと働いていた。

 兜のような頭部装備による視界の制限を避けるため、元々頭部装備の非表示機能を使っていなかった冒険者もこの機能を利用することが一般的になった。

 しかし、中にはそれでも非表示機能を使わないものもいた。

 単なるこだわりである場合もあったが、必要にかられての者も一部いた。

 ライムもまた、その一部に該当した。

 

「まだ近くにいるはずだけど……」

 ソロで動いていると独り言が多くなるななあ。

 心の中でつぶやきながら、ライムは、視界内に動く物がいないのを確認し終えると、次のポイントに向けて通路を進み始めた。


 彼女にとってこの地点を通過するのは、今回の素材狩りを始めて四度目であった。

 素材狩りは、手当たりしだい敵を倒して鞄いっぱいになったら帰るという場合もあるが、大抵は目当てのアイテムを落とすモンスターに的を絞って行うものだった。

 今回ライムが選択したのは、アキバで需要の増えた機械部品を落とすモンスターだった。

 通常人気の素材は、武器や防具に使われる物や、消耗品である料理や薬に関係するものが多かった。

 しかし、大災害以降の発明ラッシュで、それまで多くは単なる飾りでしかなかった機械工業系の需要が高まり、その素材の需要も増えていたのである。

 もっとも、ライムがこの素材を選択したのには、別の理由があった。

 単純にまだ、ゴブリンやオークといった生物を倒す行為には抵抗が残っていたのだ。

 かといってゾンビやスケルトンといったすでに死んでいるモンスターは、実際に前にするとその醜悪な姿と臭いに辟易とさせられた。

 それに比べれば、機械部品を落とす機械系のモンスターは、ライムにとってまだ気が楽だった。

 生きてもいないし、臭いも許容範囲内だったのだ。

 今回の狩場は、そのような理由で機械系のモンスターだけがおり、ライムの良く知っている場所を選択した。

 

 素材狩りのための狩場に到着すると、まずライムはゲーム時代の記憶を頼りにりポップ調整から作業を始めた。

 大災害以降でも、モンスター達は倒すと、一定時間でその死体は消え、そしてまた一定時間後に決められた場所で復活した。

 この復活のことをリポップと呼び、決められた時間内でより多くの敵を倒せるように移動の時間や休憩を考慮して倒す順番とタイミングを調整するのが、リポップ調整であった。

 ライムが素材狩りを行うのは、素材を売ってお金を得ることが一番の目的であったが、もう一つの理由はこのリポップ時間の確認であった。

 大災害前と後で、この時間に変化があるかどうか、ライムはそれを確認したかった。

 ライムの知る限り、結局大災害とはなんなのかをつかんでいる冒険者は、まだいなかった。

 推測はいくらでもできるが、裏付けのためにはデータが足りないとライムの仲間の冒険者は言っていた。

 意味があるかわからないが、ライムはライムなりにその裏付けを探そうと、大災害以前と以後の変化を探していた。

 しかし、今のところ、決定的な事象には出会うことは、なかった。

 何度か同じように場所を変え素材狩りを行った結果わかったことは、大災害前と同じくリポップ調整を行った素材狩りは、まだ可能ということだけだった。

 

 しかし、リポップ調整も終わったはずの四周目に関わらず、予定の時間になっても目当てのモンスターが現れないことが二ヶ所で続いた。

 そして今いる三ヶ所目にライムが到着すると、既にモンスターは倒された後で、その残骸も消える寸前であったのである。

 

 場所によっては、同じエリアに対立するモンスターが存在し、お互い殺しあったりすることもあった。

 しかし今回ライムが選んだ場所は、そのような対立は存在しないはずだった。

 考えられる可能性は一つであり、自分の他にも冒険者がこの場所に現れたのだとライムは結論付けた。

 

 ライムは、建物内の構造を頭に浮かべながら、次のリポップポイントに移動を開始した。

 今の場所に到着した時に、倒されたモンスターがまだ消えていないことを考えれば、おそらく次のポイントでその冒険者に追いつくことができるはずだった。

 

 通路を先に進み次の角を曲がれば次のリポップ場所のはず、というところで金属を打ち付ける音と、爆発音が断続的に聞こえてきた。

 

 二人、かな?

 

 聞こえてくる音から、ライムはそう推測した。

 戦士職が一人に、魔法攻撃職が一人。回復を考えると、魔法攻撃職は召喚術師というのがライムの推測だった。

 

 そうライムが思ったところで、音が止んだ。

 決着がついたのだろうと思いつつも、予想よりもずいぶんと早かったことにライムは少し違和感を感じた。

 とはいえ、わざわざここまで来たのだから会わないという選択肢は、ライムにはなかった。相手の目的が自分と同じ素材狩りならシェアや共同で狩りをすることを提案する気でいたし、ただ迷い込んだだけなら案内をしても良かった。


 相手が移動を開始する前に声を掛けられるように、ライムは少し小走りになりながら通路の角を曲がった。

 相手に警戒させないように友好的に、努めて明るく笑顔で、心の中でつぶやきながら、頭部装備の非表示機能を使うべく、自然にコマンド画面を開いて指で非表示を選択した。

 兜が消え、狭まっていた視界が開ける。

 兜の中に納まっていた髪の毛がばさっと広がり、通路に満ちた乾いた空気が頬を撫でた。兜によって遮られていた若干黴臭い匂いを感じながら、ライムは、通路の先に目を向けた。

 そこには、漆黒のマントを纏い巨大な斧を携えた騎士風の男と、これまた漆黒のローブに身を纏った魔法使い風の女の後姿が見えた。

 マントの先はどちらもぼろぼろで、その姿もぼうっとした暗く青白い光に包まれて見えた。

 二人の足元には、先ほどと同じくカマキリに似た機械系のモンスターだったものの残骸が転がっていた。

 

 「こんにちは。あなた方も素材……」

 

 見たこと無いけど発光機能があるということはそこそこのレベルの装備だろうと、ライムは、二人の装備を観察しながら、片手を上げて明るく声をかけた。しかしライムは、台詞を最後まで続けることができなかった。

 近づきながらライムは、大災害以前からある視界内にいる者の名前や種族や職業が確認できるステータスウィンドウの表示機能を用いて、彼らのステータスを確認していた。

 そこに現れたステータスを見てライムは、言葉を失ったのだ。


 ドレッドナイト・ゼイキーとアークメイジ・エリドラ。

 

 そこに表示されたのは、冒険者を表すステータスではなく、明らかにモンスターのものだった。

 大災害前からある自動翻訳機能により、中途半端にカタカナに日本語訳されたその名前をライムは、聞いたことがなかった。

 

「レイドランク!しかも名前付き!?」

 

 思わず驚きの言葉がライムの口から漏れた。

 ライムの心臓が早鐘のように鳴り始め、どっと汗が吹き出た。

 

 モンスターは、強さによりいくつかのランクに大雑把に分類されていた。

 ノーマルランクは同じレベルの冒険者一人、パーティーランクは六人の冒険者が戦うことを想定した強さといった感じである。

 レイドランクとはその上、二十四人以上で戦うことを想定した強さに設定されたモンスターということだった。


 仮にレイドランクの最低である、二十四人向けの敵だったとしても、冒険者の中でもっとも頑丈な守護戦士が、味方の支援がなしの場合、二撃耐えられればマシだった。

 さらに名前付きである。一般的にモンスターの名前は、種族名か、種族名と職業の組み合わせになっていた。しかし、中には今ライムの目の前にいるように、固有の名前を持っているものがいた。名前付きは、クエストに関連したり貴重なアイテムを持っていることが多い反面、同じランクのモンスターよりも強く設定されていることが多かった。

 

 なんでこんなところに……

 呼吸が自然荒くなり、体が硬直していくのをライムは自覚した。。

 

 油断した。

 何故声をかける前にステータスを確認しなかったか。

 ここには、レイドモンスターの名前付きなどいるはずがない。

 アップデートの影響だろうか?

 もう気付かれている。

 助からない。

 

 次々と思考が浮かび、そして状況に対して否定的な言葉が、ライムの頭の中を駆け巡った。

 

 ライムは冒険者である。

 この世界の冒険者は、死んだとしても神殿で復活ができた。

 死は終わりではないし、実際に死んだこともあった。

 

 だからといって、怪我をすれば痛いのだ。

 剣を突き立てられ、骨を砕かれるなんとも言えない感触。

 炎で皮膚を焼かれる苦痛。

 体を凍らされ、ハンマーで砕かれる嫌悪。

 

 ゲーム時代は画面の向こう側の出来事だった恐怖が、ライムの思考を、そして体を支配した。

 

 まずいまずいまずい。

 

 二体のレイドモンスターは、ゆっくりとライムの方を振り返り、そして近づいて来ようとしていた。兜とフードに覆われたその顔からは、その表情を伺うことはできなかった。 

 なんとか、兜を。

 

 混乱し暴走する思考を必至に押さえつけ、ライムはコマンドメニューを開くと先ほど設定した頭装備の非表示関するコマンドを探し当てた。

 震える指先を、ライムだけに見える中空に浮かんだ設定ウィンドウに伸ばすと、非表示設定を解除した。

 

 不意にライムの視界がまた狭ばまった。

 円筒形の兜の十字に開いたスリットだけが、ライムと世界をつなぐ唯一の窓になった。

 臭いも音も、兜に遮られ、生々しさが薄まったようにライムは感じた。

 

 そうだ、ここは私の好きだったエルダーテイルの世界だ。ちょっと前までは画面の向こう側にあった世界だ。そして、この兜の内側にいる私は、今でも普通のゲーム好きの人間でしかないのだ。

 しかし、とライムの思考は、今まで戦いの前に何度も念じた言葉を反芻する。

 兜の内内側にいる、私は普通の人間だ。同時に私は、超人的な身体能力を持った守護戦士なのだ。仲間と共に巨人や竜と戦ったこともあるし、何度もこの世界を危機から救った、歴戦の冒険者なのだ

 

 狭まった視界から見える世界は、情報量が減ったにも関わらず、ライムの中でより鮮明に見えた。兜の遮る視界の一部に、ゲーム時代の各種パラメータを表示するウィンドウが融合し、情報量の不足を補っているようにライムには感じられた。


 とるべき行動は、単純だ。

 走れ、ライム。

 自分の体にライムは、命令した。

 

 ライムの体は、さっと後ろを振り返ると、今曲がったばかりの角を目指して一目散に駆け出した。全身を覆う金属鎧は、冒険者の超人的な筋力を持ってすれば全く苦ではなく、走る妨げにもならなかった。


 背後からは、気配からレイドモンスター二体が、彼女を追いかけ動き出したのが感じられた。

 相手は冒険者を上回る、文字通り化け物のはずであり、移動速度は、ライムより同じかそれ以上なのは確実であった。

 敵から逃げる時のコツは、後ろを振り返らないことだ。

 ゲームの時の教訓を心の中で唱えながら、ライムは体を走らせ続けた。

 しかし、ただ走っては逃げ切れないことをライムは感じていた。

 しかも、おそらく一体は魔法を使い遠距離から攻撃が出来る。

 射程内に入れば、強力な魔法で一撃で行動不能になる可能性もあった。


 まずは、モンスターの視界内に入らないように長い直線を避けること。

 この建物の構造を頭に思い浮かべながら、ライムは右に左に道を曲がり、レイドモンスターのいた通路の先への迂回路を辿っていた。

 時間をカウントしつつ、タイミングを調整しながら経路を選択する。

 だんだんと近づいてくる気配を尻目に、ライムは目的の通路に滑り込むように走りこんだ。

 

 そこは、二階層吹き抜けの少し天井の高い通路で、三十メートル程の長さがあった。

 少し遅れたか。

 そう感じながら必死に通路を駆け抜ける。半分を過ぎたところで、騎士風のモンスターの足音とは別に背中から魔法の詠唱する音が聞こえた。

 レイドモンスターの魔法だ。攻撃呪文なら良くて瀕死、最悪なのは麻痺や睡眠といった行動不能の効果を持った魔法だ。

 今、彼女に出来る事は、一つだけ、通路の端を目指して走ることだけだった。

 

 そのとき、ライムの行く手の床に、巨大な影が現れた。

 ライムはその影の主を確かめることなく、その影の上を駆け続けた。

 ライムの背後で魔法の詠唱が終わったことを告げる、一際大きな掛け声が上がった。

 爆音が轟き、熱気がライムに押し寄せた。

 

 熱気の正体、当たればライムを瀕死に追い込む威力があったであろう魔法の一撃は、しかしライムには届かなかった。

 

 魔法は、ライムが今しがた通過した影を作っていた、空中にリポップした機械系のモンスターが、床に着地すると同時にその機械式のモンスターに着弾したのだった。

 

 間に合った。

 魔法を受けたモンスターがどうなったかを確かめるために後ろを振り返ったりはせずに、すぐさま次のポイントに向かってライムは、走り出した。

 

 リポップした機械系のモンスターは、レイドモンスター相手ではすぐに破壊されてしまうだろうが、それでも数秒を稼いでくれるはずだった。

 また、たとえ破壊されてもその残骸はしばらくその場に残り通路を、通路を塞ぐのでさらに足止めの役に立ってくれるはずだった。

 

 素材狩りのために調整したリポップ順を頭に思い浮かべながらライムは、ひたすら自分の体に走れと命令を続けた。

 外に出るまでにあと三ヶ所は、先程と同じような場所が作れるはずだった。

 その後は、リポップ調整の範囲外に出てしまう。

 冒険者に対して敵対的なモンスターもいるため、無傷では抜けられないかもしれないがライムのレベルがあれば、駆け抜けることは可能のはずだった。

 他に冒険者がいたら巻き込んでしまうことになるが、まあそれは考えないことにした

 

 

 

「それで、なんとか逃げ切って、お昼ぐらいにアキバに着いたの。それから着替えて、ここに来たというわけなんだけど」

 そこまで話したライムは、一度言葉を止めると、ムゾウの反応を確認した。

 

「なるほど、大変だったのですね。しかし、何故そのレイドモンスターはそこにいたのでしょう?」

 ムゾウは大地人であり、アキバの街を離れたことはなかった。

 しかし、この広場に集まる冒険者の語る数々の冒険譚から、いかにレイドモンスターというものが恐ろしいかを聞いていた。

 

「それなのよね。レイドモンスターは、決められた場所にしかいないはずだし、あんな名前付きは今まで聞いたことがないわ」

 ライムは首をかしげながら言葉を続けた。。

「だからアップデートで追加された……大災害後に現れたモンスターか、もしくは……


 アップデートとは、冒険者の間で使われる大災害の別の表現のことだとムゾウは解釈していた。そもそも大災害という言葉も冒険者が言い出したことらしいので、何故別の呼び名があるのかは、いずれ聞いてみたいと思っていた。


「アデリーのようにヤマト列島以外の場所からやって来たのかもしれない?」

 ライムの言葉を、ムゾウが引き継いだ。

 

 アデリーとは先日、この錬金術師学校の門の前に現れた、大地人の少女の名だった。

 何かトラブルを抱えている様子だったため、ムゾウが思わず声をかけて引き止めたのだ。

 しかし、どうやらその少女にはムゾウの言葉が分からない様子で、またムゾウも少女の言葉がわからなかった。

 ムゾウが、身振り手振りでなんとか意思の疎通を図ろうとしていた時、たまたまライムとその仲間の冒険者がやって来た。

 

 冒険者達は皆、自動翻訳という能力により、ヤマトの言葉のみならず、いかなる国の言葉も話すことが出来た。

  これで少女の事情が分かるとムゾウが安心したのも束の間、やって来たのが冒険者と知ると少女は、怯えて逃げ出してしまったのだ。


 しかし、冒険者と大地人では身体能力に大きな開きがあった。

 ライム達は素早く優しく強引に少女を捕まえると、時間をかけてなんとか名前までは聞き出した。それがアデリーという名前だった。

 それ以上は頑なに口をつぐんおり、その日は進展がなかった。

 結局、今は一度ムゾウの雇い主が預けるということになっていた。

 ムゾウの雇い主は、この閉鎖された錬金術師学校の創始者の子孫にあたり、冒険者達がいくつかの魔法の品を譲るという条件で、アデリーを預かることを約束してくれた。

 

「関係ないかもしれないけど、今度アデリーちゃんに聞いてみたいなと思ってね」

「分かりました。今度様子を見て来ます。ここ数日は、大分落ち着いた様子なので、大丈夫そうならここに連れてきますね」


 ムゾウがそう約束すると、ライムは微笑みを浮かべてありがとうと礼を述べた。

 

「話は変わりますけど、ライムさんが出かけてから、こんなことがありまして」


 話が一区切りついたことを確認し、今度はムゾウが昨日聞いた話をライムに語り始めた。


 雨はまだ降り続いていた。

 この広場に常連の冒険者達が集まり始める夕暮れには、まだ少し時間があった。

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