プロローグ
「この錬金術師学校は閉鎖されています。開校までしばらくかかりますので、この学校に御用でしたら本日はお引き取り下さい」
先ほどから門の前に足を止めていた少女は、声をかけられると慌てて辺りを見渡した。
声をかけた当人であるムゾウは、錬金術師学校の門の内側にあるちょっとした広場の先、古びた校舎前からその様子を眺めていた。少女の服は所々破け、所々についた赤い斑点は、血の染みのようにも見えたが、立ち振る舞いからは大きな怪我をしているようには見えなかった。
さて、どうしたものか。
いかにも厄介を抱えた様子の少女の姿を眺めながら、次の言葉をムゾウは探していた。
天秤祭も終わり冬の訪れを待つばかりのアキバの街外れ、どんより曇り今にも雨が振り出しそうな空の下で、ムゾウはいつもの勤めを果たしていた。
閉鎖された錬金術師学校の校舎前で、先祖伝来の鎧を着込み十文字槍を片手に持って直立し、訪れる者に先の文句を伝えること。それがムゾウの勤めであった。
以前の彼なら、門の外を通りがかった者に声を掛けることなどなかった。彼の勤めは、あくまで目の前に来て声をかけてくる者に応えるだけで良かったのだ。
しかし、冒険者達が大災害と呼ぶ五月の事件以来、アキバの街は変わってしまった。そして、アキバの街に住む大地人であるムゾウにも少なからぬ影響を与えていた。この勤めになんの意味があるのだろうか、そんなことは以前なら決して考えたことはなかった。
そもそもムゾウがここに立つ以前、ムゾウの父の代も祖父の代も、その前の代から代々同じ勤めに就いていた。それはつまり、この学校は百年以上もずっと閉鎖されたまだということであった。
大通りからも離れ、周囲には廃棄された建造物が立ち並ぶだけのこの場所を訪れる地元の大地人などいなかったし、稀に冒険者が道に迷って辿り着いたとしても、ムゾウの言葉を聞き再度訪れるものは一部の例外を除きいなかった。
そしてまた、週に一度報告に行くムゾウの雇い主、かつてこの学校の所有者であった貴族の末裔の一門にも、この学校の詳細を知る者など存在しなかった。
そのような場所に何故自分は立ち続けなければいけないのか。
ムゾウの疑問の答えを、友人の冒険者達は知っているようだったが、以前問うた時には曖昧にはぐらかされただけであった。
冒険者の友人、それもまた五月の事件以来に起きた変化の一つだった。
冒険者とは、数百年前にこのヤマト列島に現れた超人的な能力を持った存在である。見かけはムゾウのような大地人と変わりはないが、その能力には大きな開きがあった。
大地人が大人が束になっても敵わないオーガやトロルのような怪物と一人で互角以上に渡り合い、
数人集まれば巨人を打ち倒し、数十人集まれば竜や魔王と呼ばれる存在さえ退ける。そしてなによりもの違いは、死しても神殿と呼ばれる場所にて無傷でまた蘇ることだった。
見た目は似ていても全く異質な存在。このアキバは、そんな冒険者達の集まる街の一つであった。
五月の事件に先だって、この学校に変化があったのは父の代だそうである。
一年に一度くらい、複数の冒険者がこの校舎前の小さな広場に集まるようになったのだ。最初は、十人前後だったその集まりは、だんだんと数を増していった。ムゾウの代になる頃には、時には百人を超える大集会になることもあった。
集まって彼らが何をしていたかというと、それもまた様々であった。
しばらく話し合っているだけの時もあれば、いくつかのグループに分かれてどこかに旅立っていく時もあった。
珍妙な衣装で踊り狂い、華美なドレスでダンスをし、釣り竿を担いで出かけ釣って来た魚を自慢げに披露しあう。彼らの行うあらゆる奇行を彼の父と彼は、この場で見続けてきた。
そうしたことが起きるようになってしばらくした後、集会の中心人物達の一部から、普段からこの校舎前の広場を溜り場にする冒険者が現れた。たいがいは、数名で語らいながら人が集まるのを待ち、そして5、6人集まるとどこかに出かけていった。
しかし、その冒険者達も、稀にムゾウに話しかけてくることもあったが、いつものムゾウの台詞を聞くとそれ以上は語り掛けてはこなかった。
それが五月の事件以降に一変した。
ムゾウは最初その変化に気づかなかった。街がいつもより騒がしかったが、それはムゾウの勤めにはまったく関係のないことだった。
その変化を教えてくれたのは、この校舎前の広場を溜り場にしていた冒険者の一人だった。
いつも自信に満ち溢れ、楽しげに仲間と語らいあっていたその冒険者は、その日は酷く慌てた、不安げな様子でこの場にやって来た。
キョロキョロとあたりを見渡し、たまに耳に手を当てて何事か独り言をつぶやいている様子を見て、なにかあったのかと、ムゾウは思わず声をかけてしまった。後から思えば、それはムゾウから冒険者に話しかけた初めての瞬間であった。
答えを期待していたわけではなかった。
しかし、ムゾウの予想に反し、その冒険者は大きな反応を示した。目を見開いてムゾウを見つめ返すと、酷く混乱した様子で、矢継ぎ早に問いかけてきた。
ゲームだったはずで、アップデートがどうで、気が付くとキーボードもマウスもなくなって帰り方もわからない。
ムゾウは、その冒険者の問いの答えどころか、意味さえさっぱり分からなかった。
噛み合わぬ会話を続けているうちに、この場を溜り場にしていた冒険者が、さらに集まってきた。
彼らもまた酷く混乱しているようであったが、冒険者同士で話合っているうちに段々と落ち着きを取り戻していった。
一度落ち着きを取り戻すと、その矛先は今度はまたムゾウに向いた。彼らの投げかけてきた質問に、またもやムゾウは半分にも答えることはできなかったが、彼らはムゾウの答えを一つ一つ吟味し真剣に長い時間をかけて話合っていた。
彼らの質問に答えているる間、ムゾウは不思議な感覚を覚えていた。言葉を交わすことこそ初めてであるものの、ムゾウはこの勤めについてからずっと、この場で彼らのことを見つめてきたのだ。
最初は別人のようにも見えた彼らだが、時間が経つにつれ、話し方も、仕草も、性格も、結局は良く知っているいつもの彼らだと悟った。
そしてその日、ムゾウは数年来の顔見知りである冒険者達と友人になったのだった。
彼らなら、どうするだろうか。個性豊かな冒険者の友人達のことを思い浮かべながら、ムゾウは校舎前から広場越しに、門の前に立つ一人の少女に声をかけたのだった。
声をかけられた少女は、ようやくムゾウを見つけると、視線を返してきた。
「この錬金術師学校は閉鎖されています。開校までしばらくかかりますので、この学校に御用でしたら本日はお引き取り下さい」
ムゾウは、お決まりの文句をもう一度口にすると、続けて彼女に語り掛けた。
「もし、あなたが何かお困りで、手助けを必要としているなら、そこのベンチに座りしばらく待ってみて下さい。きっと、私の友人が力になってくれるでしょう」
ムゾウの言葉に対して、少女は短い単語でムゾウに言葉を返したが、その言葉をムゾウは理解できなかった。
離れていたから聞こえなかったわけではない。それはムゾウの知るヤマト列島の言葉ではないようだった。
彼女の抱えている厄介は、予想以上かもしれないとムゾウは思った。
ムゾウの友人のお節介な冒険者達は、口では面倒事を嫌う者もいた。危険と隣り合わせの冒険者なんて、性に合わないと言う者のいた。
しかし、ムゾウは知っていた。
大地人より強いからではない。死んでもまた蘇るからではない。
ただただ、新しい事が大好きで、お人好しで、どんな厄介事でも乗り越えて最後は笑ってこの場所に帰ってくる。
彼らこそ、本当の冒険者なのだと。
まあなんとかなるでしょう。
この少女を引き留める言葉をムゾウは、再度探し始めた。
MMO RPGで知り合った友人達をモデルにした話を作りたくなり書き出してしましましたが、投稿は不定期となります。見切り発車です。わーい。