本日も天気が良い様ですが一部は雨みたいです 1
おはようございます。
現在時刻は皆様方の感覚では朝の七時になるかと思います。もうお目覚めの方もいらっしゃるかもしれませんね。
清々しい朝ですね。新しい朝ですね。希望の朝ですね。
こんな朝ですので気分爽快な方も勿論いらっしゃるでしょう。大変宜しい事です。はい。朝日が登り、太陽の光が朝露に反射して美しいです。僕とは正反対ですね。乏しい蝋燭の光と魔法の光の下、視力低下の可能性と3日も部屋に帰れずお風呂に入れない現実に慄きながら仕事をしていた僕とは。正直言って疲労困憊です。とりあえずひと段落ついたので二階にある仕事部屋から廊下にでて少し右に行った所に樹木が程よく日差しを和らげてくれる場所があり、そこの窓から日光を浴びているのですが階下を見ると外勤や職員棟から出勤してくる人々の姿があります。
いいですね、皆さん。小綺麗な格好をされていて。この世界は大体3日から一週間に一度の入浴が一般的なのですが職員棟は温泉が引いてあることもあり毎日入っている方もいるんですよ。僕もそうしたいのですが、如何せん此方の伯爵様のお屋敷に勤め出してから多忙であり毎日の入浴を日課にしていたのにまだ十回しか入浴出来ていないという辛い現実があります。ですので、毎日入浴出来る時間に帰宅する事が可能な程度の仕事量を任されている方には心の底から苛立ちを感じてしまいます。しかもその雑用が元王女マリーゴールド・ローレル様の、出納帳、代筆の手紙、サロンの招待状、辞める侍女の紹介状やらなんやら。これは僕の仕事なのだろうかと疑問に思うものばかり。
しかも残業で。
残業です。
残業代でません。
僕の給料は定額なので。
温泉毎日入れます、職員棟住まいなら格安でしかも休日以外毎日二食付きます美味しいです、緊急時以外残業ありません、病気になっても医師が常駐しているので心配はありません、定額で不払いありませんという話で此方に就職したのに話が違うと叫びたくなる僕はおかしくありません。あっても利用出来る暇がなければ意味がないのです。絵に描いた餅なんて僕はいらない。
開いた窓枠に手をそっと、そう、そっと添えていると鈍い音がしましたが、気にせず横を見ると毎日判を押したように手早く雑巾で床を拭く亜麻色の髪の侍女と目が合います。こちらの世界では清掃会社等が出している便利な道具は無いので原始的且つ一般的な方法でするしかないので時間が掛かるのですが、彼女は毎日毎日恐らく他の侍女より多めの、侍女仕事と雑用掃除等の仕事をこなしながら定時で帰るという素晴らしい人で、何となく親近感というか尊敬というか、恐らくそれらに似通った物を一方的に感じているので頑張って口角を上げて頭を僅かに下げてみました。あちらは僅かに目を見張った後、雑巾を持ったまま僅かに口角を上げて頭を下げ返してくれました。
残業続きで苛立っていた何かが僅かに、そう、僅かにですが静まるのを自覚しつつ窓の外を見ると、同じ部屋で仕事をしている一応同僚で、元王女マリーゴールド・ローレル様と一緒に降嫁の際ついてきたむの…取り巻き集団のにひ…二名が周りに人がいないのをいい事に、何だかとってもお金の掛かってそうな派手で悪趣味の服を着ておりそれに合わせたのか、頭の悪そうな会話をしながら歩いています。僕が手を添えている窓枠から少しだけ音がしました。それを見てから横から下へと視線を滑らせると亜麻色の髪の侍女の足元には雑巾を洗う為のバケツがあります。
亜麻色の髪の侍女さんは無言でそのバケツを差し出してくれました。
僕は頑張って口角を上げてからバケツを受け取り、窓から樹に満遍なく水をまきました。
ええ、樹木に水をまいただけです。
こんなに天気の良い朝ですから幸せな気分を樹にもお裾分けをしなければ。
既に出勤時間のピークは過ぎているので歩いている人はいませんし。
人は、いません。
動物はいるかもしれません。
ですが、僕の愛する相棒、蓬君、縞君、山葵ちゃんの様に可愛らしい動物はいないみたいなので大丈夫でしょう。
可愛いは正義。
つまり可愛くないのは正義じゃないのです。
勿論、豚や一般的な家畜と呼ばれる動物も可愛いですよ。
ただ、人間の皮を被った家畜は可愛くないんですよ。
可愛いは正義ですからね。
階下から何か醜い雄叫びが聞こえてきます。
「発情期の季節ですかねぇ。」
呟きながらバケツを返すと左の握りこぶしから親指だけを上に向けられたので同じことをしてから亜麻色の髪の侍女さんの手を引き部屋へと戻りました。
掃除の為に入ってもらったと言えば大丈夫なので、空になったバケツに手を翳して水を半分の位置に満たしてから侍女さんの顔を観察していると僕用の机の書類の山の間から縞君が顔を出して尻尾でホコリを取りながら首をかしげています。
流石僕の相棒。出来る上に可愛らしく癒し効果もあるとは。ちょっとうっかり鼻血が出そうになる時もありますが、今は大丈夫。
それよりも。
侍女さんの横を向いたふりでこちらをしっかりと見ている目が光ったのを僕は見逃しませんでした。
おお、同士よ。
「縞君、て言うんですよ。」
侍女さん、振り向くの早いですね。
「縞君…男の子ですか。」
「はい。あと、僕の相棒は蓬君と山葵ちゃんですね。ちなみに僕の名前はシーソ・ローズマリーです。今の所はこちらで文官をしています。腕っ節はさっぱりです。」
「ご丁寧にありがとうございます。私はエマ・ソルトです。あの…」
エマさんの言いたい事はすぐに分かったので頷いて、縞君を抱き抱えてエマさんに差し出しました。
「どうぞ。縞君も嫌がっていないので。」
円なタレ目とそれを縁取る可愛いこげ茶。着ているのは深緑のベスト。そちらの世界で言うと狸に似ていますが若干大きめです。種族は勿論狸です。そちらの世界もこちらの世界も固有名詞は大体同じなので。
エマさんは縞君を抱えて僅かに口元を緩めている。
当然だ。
縞君にはそれだけの愛らしさと癒しがあるのだから。
可愛いは正義です。
すべてのものを超越するのです。
基本賢い縞君は愛情には愛情で返すのでそのままでいいとして。
僕は懐から取り出した油壺をに入口の丁度中央に行き刷毛を使って塗ると再び席へと戻りペンを片手に書類へと向かう。
こまめにインクを足さねばならないので面倒なのですが仕方ありません。そちらの世界みたいにボールペンなどないのですから。こちらはそちら程文明が進んでいないので面倒ですね。むしろパソコンがこちらに来いと本気で思ったりもしています。まあ、そうなったら失業する方々が沢山いらっしゃるのでその先を考えると憂鬱なのですよね。
まあ、分刻みでの行動は御免被りたいですが。
書類を二枚作成してからインクを補充している最中に、エマさんに声を掛けると利巧な縞君は再び机の上へ。エマさんは僕の机周りに散らかっているゴミを拾い始めます。
その後すぐに二人分の足音が響き、ドアが開かれました。
罵倒と共に現れた二人は僕に向かって大きな口を益々大きく開けた瞬間。
派手に転倒した。
しかも二人同時に。
そちらの世界の喜劇役者並に。
着替えたらしい新しい服で。
髪の毛が摩擦熱で巻き毛になるのではと思う程に。
あっはー。
そのまま禿げろ…何て事欠片も考えずに痙攣する口元を抑えながらにひ…二人に僕はいつもの様に振り向きながら目を合わせずに口を開く。
「おはようございます。」
何か叫んでいましたが、僕、人外語は介さないのですよね。
勿論、縞君、蓬君、山葵ちゃんの言う事は分かりますが。
だって可愛いは正義なんですよ。
「ソルトさん、入口の汚れを取ったらこの部屋はもういいですよ。」
こちらには目を合わせて話しかけると、はい、と従順の一言で表せる様な完璧な一礼をしたあとエマさんはにひ…二人が転んだ、油が塗ってある部分を雑巾で手早く拭き上げると部屋から出ていきました。
まだ人外語がBGMで聞こえますが、僕は手元にある仕事をするのが忙しいので無視して文書作成に勤しみます。
あ、これ、伯爵様に提出する書類だ。
紛れ込んだか、にひ…二人が作る書類を面倒だから押し付けたのでしょうね。いつもの事なので気にしません。当然、書類作成者記入欄には僕の名前を入れますが。最初の頃はチェックを入れていたものの僕が書類作成者ににひ…二人のどちらかの名前を入れていたので今はチェックすらしません。勿論持っていく事も。ちなみに、最初の時書類作成者欄には特別なインクを使って書いていました。下に後から文字が浮き出るインクを使ったものと次に最初は文字が書かれているものの後から消えるものを使っていました。(どちらも効力が30分程の子どものおもちゃです。大人の黒い部分には使われていません。あまり、ですが。だって効力30分なんですよ。だから契約書は書いてから一時間は部屋からです最初と最後に署名を確認するのが暗黙の了解なんですが…普段人任せの人はあまりそれを知らずに形式だと思っているようです。)別に嘘では無いし、確認している伯爵様直属の文官や秘書方、執事様宛の書類も、受取確認している目の前で書類作成者記入欄の文字が変わったりしているので暗黙の了解という事で苦笑されたりしていましたので問題はありません。
少なくとも嘘はついていません。僕は。大体にひ…二人の前でこれはあなた方が書いたものですよ、なんて一度も言った事がありませんので。
はい。
嘘は言っておりませんし、虚偽報告もしておりません。
僕は黙って書類を差し出していただけです。
人外語をBGMに仕事をしておりましたら気が付けばあっという間にお昼の時間。
顔を上げると同時に鐘の音が響きました。
ああ、どうせ人外の言葉なら縞君や蓬君や山葵ちゃんの声だったら良かったのに。勿論、厩にいるお馬様でも歓迎です。まあ、動物は主に似ると言うので若干苦手なお馬様もいらっしゃるのですがね。
手早く持っていく書類を片手に部屋を出ようとしたのですが人外語を叫ぶ声の主が邪魔でしたのでちょっと片手で背伸びをしてから額の中央を押してから場所を確保して、足早に部屋を後にしました。
急がないとご飯を食いはぐれてしまいます。