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そして俺達は世界から消える

 人の一生という時間は均一に流れていないのではないか。

 そんな事を思ってしまう半年間だった。

 けど、生まれて死ぬまでの間に輝く半年間になるのだろう。

 それだけはきっとこの時間が過去になっても、死ぬ最後の瞬間まで思ってしまうのだろう。

 そんな事を思いながら、俺は自分が乗る第七次異世界派遣船団を下田港から眺める。


「ご主人。

 それは何?」


 俺が手に持っているそれを見つけたベルが尋ねる。

 手に持っていたそれを俺はそのまま手を広げて、海風にさらわれて海の中に落ちてゆく。


「片桐少尉の遺髪。

 マダムに持っていってやろうと思ったが、やめた」


 それを持っていってもマダムは喜ばないだろう。

 あの人は既に別れを済ませている。

 マダムの為と言い訳をして遺髪を持っていた自分に気づいて、自分の女々しさに嫌気が差して、今、手を離したばかり。

 それを眺めていたベルはそのまま市場の魚に目が行ってしまう。


「ご主人。

 ちょっと魚買ってくる!」


 ベルがふらふらと市場に歩いていったのと入れ違いに、今度はボルマナが荷物一杯にやってくる。


「何も買うものはないのですか?」


 自分の物というより、娼館のみんなへの土産物なのだろう。

 そのあたりの心遣いはボルマナらしいな。


「俺は元々こっちの人間だからな。

 今更だよ」


 ふとマダムの為に何か買えば良かったかとふと頭をよぎるが、ここに来てマダムが喜ぶものを手に入れるのは無理と気づいて、煙草を口にする。


「ご主人様。

 よろしければこれを」


 遺髪を飛ばした右手に風呂敷の重さが加わる。

 重さと大きさから反物だろうか。


「アニスと二人で、船団に積み込む品物から頂いてきました。

 内海審議官の了解済みです」


 マダム向けという事なのだろう。

 その気遣いはアニスの入れ知恵なのだろう。

 なんとなく気恥ずかしくなって、火をつける事をせずに煙草を海に捨てた。

 そんな俺の仕草を見て察したのだろう。

 リールは一礼して去ってゆく。

 なんとなく港の景色を眺める。

 はっきりとした戦争終結の空気を皆が感じているからに他ならない。


「太平洋宣言……か」


 吐き出した言葉が、俺のこの半年間の集大成を口にした。

 竜神様によってめちゃくちゃになった世界大戦の帝国にとっての成れの果て。

 帝国委任統治領である南洋諸島に、竜神様の一柱(帝国に光臨した竜神様では無くマリアナで泳いでいた竜神様である)を君主とする南洋竜国の建国合意にその領海内の相互不可侵。

 その国家の日米英だけでなくオーストラリア・ニュージーランドからの承認。

 そして、これら太平洋諸国による竜の問題や協議の為の機関をこの国家の中に設置する。

 竜神様の話の裏で、列強は日米英三カ国が竜の取り込みを企んだと既に水面下から囁きが世界に漏れ伝えられている。

 この宣言に独逸は激怒しつつも同盟破棄までいかなかったのは、怒りの相手先である帝国の指導者がいなかったからに他ならない。

 海風に運ばれた新聞が波間に漂っている。


「東条内閣総辞職!」


 その号外が波間に漂っていた。

 彼なりのけじめなのだろうか。

 太平洋宣言を表に出せば、せめてハワイの竜がサンフランシスコを爆撃した後にこの話を漏らしたならば、選挙の結果は違った事になっただろう。

 けど、彼は表舞台から去る。

 その結果、帝国はその新聞紙よろしく波間に漂う事になる。

 どこにでもいける。

 そして、どこにでも攻め込める。

 ありとあらゆる外交上のしがらみを全部竜神様に押し付けて、この国は波間に漂う事ができる。

 これが、俺がかかわった半年間の全て。

 多分、俺が帝国の暗部に触れて得たものの最大の成果という訳だ。


「いい場所ね。ここ」


 振り向くとアニスが微笑んでいた。

 こちらだろうが、異世界だろうがアニスはアニスのままで変わらない。

 それは、きっとマダムも同じだった。

 あの人は、大陸でも日本でも異世界でもマダムであり続けたと思い出す。


「こっちに残ることもできたのに、どうして帰るの?」


 あえて言葉を選んで、アニスは俺に尋ねる。

 だから、わざと間違えたその言葉を訂正して、その質問を繰り返した。


「違ったわね。

 どうして、帰らないの?」


「さあな」


 そんな問いに答える事ができなかった俺は、はぐらかすことで答えを提示した。

 アニスは微笑むだけでその答えを受け止めた。


「で、向こうでどうするの?」


 それぞ何も考えていない質問をアニスは口にする。

 流れ流れて、冒険者になった俺は、それこそ適当な答えを口にした。


「気の向くまま、風の向くまま。

 それが冒険者ってものだろう?」


 そんな答えが気に入ったのか、アニスは笑いながら去っていった。

 汽笛が鳴る。

 乗船の時間だ。

 すっかりお馴染みになった報国丸に清澄丸の二隻だけでなく、栗田丸に日枝丸の四隻。

 護衛の駆逐艦も第二○駆逐隊の四隻がついている。

 向こうで売りさばく商品も増えたという事なのだろうが、異世界での本格的駐屯を行い、撫子三角州には一個独立混成旅団規模にまで拡大させるつもりらしい。

 イッソスにも商館を立ち上げる為、その人員も乗っているそうだ。

 つまり、俺のイッソスでの仕事も終わったという事。

 ただの冒険者として異世界を歩く事になる。


「ご主人!

 見て見て!

 干物がこんなに!」


「何やっているんですか!

 この野良猫!

 臭いがつくじゃないですか!」


「そろそろ乗船して欲しいそうですよ」


 違うか。

 ただの冒険者として、彼女達と共に歩くか。

 そして、俺にはあの世界に帰りを待つ人が居る。

 俺は船に乗るために歩き出し、その後ろをベル・リール・ボルマナ・アニスが続く。


「さて、向こうで何をしようか?」


 その呟きは風に溶けて誰も答えず、俺達はこの世界から消えた。

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