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辰馬が去った後の会話

 辰馬が去った後、首相と男と女が残った。


「うらやましい限りだ。

 こんな厄災から逃れられたのだから」


 男の苦笑に、首相は皮肉で返す。


「逃れたいのならば、今からでも帰ってもらって十分だ。

 話を聞く理由など無いのだからな」


 場の空気がこれ以上悪くなるのを察した女が、口を挟んで本題に入る事にした。


「今から話すことは、我が主および我々がどうして作られたのか、そこから話さなければなりません……」


 ゆっくりと、でも決意をもって淡々と女の言葉が闇の中に満ちる。

 女の長い話に男も首相も何も言わなかった。

 だが、既に聞いている男と違い首相は女の話を聞くたびに額から汗が吹き出て、その汗を気にしないぐらいにメモを取り、その手も途中で止まった。


「……以上です。

 首相。何かご質問は?」


 女が口を閉じた時、当然のように首相が口を開く。


「それは本当なのか?

 そして、それが本当にできるのか?」


 当然の質問ゆえに、女も想定していた答えを返す。


「最初の問いについては、信じてもらわなければどうしようもありません。

 ですが、私達がここにいるのが何よりの証拠かと」


 微笑を浮べながら女が言葉を紡ぐ。

 嘘をついているようには見えないと首相は思った。


「最後の問いについては、手間はかかりますができます。

 我が主及び、我々は元々その為に作られたのですから」


 優しい笑みを浮べたまま女は最後の札を切った。

 黒長耳族及び、竜神様の秘中の秘を晒してまで女は訴えたのだ。

 私達を見捨てないでくれと。

 それが分からないほどの首相と男では無かった。


「俺は貴様が嫌いだが、貴様のその律儀な所だけは評価しているつもりだ」


「『中将』。

 俺も貴様が嫌いだが、貴様のその法螺と行動力だけは俺には無い」


「『首相』。

 私は既に陸軍を引退した身だが?」


「お国の為に有能な者を再召集するのは陛下の臣として当然の事だろう?」


 陸軍の大陸派遣軍の解散に伴い、動員解除の他に高級士官のポストが足りなくなり、それも陸軍内部の不満の一つとなっていた。

 その代替案として異世界に屯田兵(内情は将官ポストと兵の維持)の派遣を陸軍は決定しており、一個連隊を更に増員させて軍を創設しようという動きがあったのである。


「新設される軍で適当な椅子をくれてやる。

 帝国に不必要な輩を全てかき集めろ。

 異世界でまとめて屍になってもらう。俺も含めてだが。

 で、異世界の資源は帝国を賄うだけの量があるのか?」


 首相の懸念は、資源が止められて危うく開戦を決断しようとした帝国の宰相として当然の疑問といえよう。


「異世界丸ごと、星ひとつの資源を我々で独占しようというのだ。

 大概の物は手に入るだろう。

 現在確認が取れている資源は、食料に水に木材、金・銀・銅・水銀・鉛・宝石類に石炭に鉄。

 石油もあるだろうが向こうの世界では使われていないから、探す所から始めないといけない。

 アルミの精錬技術まで向こうの文明は達していないみたいだから、ボーキサイトやタングステン、レアメタルも一から捜索だな。

 ゴムは東南アジア似の風土にプランテーションを作ればなんとかなる。

 まぁ、捜索に10年、採掘に10年かかるだろうが、足りない資源は欧米から買い付ければいい」


 一度話を切って男は意地の悪い笑みを首相に浮べる。


「何しろ、この話の汚い所は我々は欧米列強と取引ができるのに、欧米列強は我々の指定した場所以外では取引ができない点だ。

 結界から移動手段までこのままいけば全て帝国の手に落ちるのだからな」


「お前の計画が成功した後も欧米列強が我々と取引をすると思うか?」


 首相の疑問に男は確信をもって言い放った。


「するさ。

 この戦争、英・独・ソのどれが勝っても、竜神様のせいで中立をせざるを得ない米国と長期的にはいやでも争う事になる。

 その時に第三勢力として帝国がある程度の力を保持しているならば、取り込みなり仲介なり都合よく使えるからな」


 男の断言にめずらしく首相が冗談を漏らす。


「まるで、世界全体で行う三国志じゃないか。

 さしあたって、我が国は蜀という所か」


「魏たる米国は強いぞ。

 まぁ、やる事は劉備よりその祖先の劉邦のやり口に近いな。

 蜀の地に引きこもって力をつけて、天下の趨勢定まるまでおとなしくしていればいいんだからな」


 男の笑っていた顔が引き締まり、真顔で首相に訴える。


「俺は欧州から始まった世界大戦が、最終的には旧世界の盟主たる欧州と新大陸の最終戦争に繋がると思っている。

 だが、どっちが勝っても待っているのは白人の更なる支配だ。

 帝国は、亜細亜はその最終戦争に搾取され続けるのさ。

 だが、この計画が成功すれば話は別だ」


 その確信に満ちた口調は軍人より政治家、いや宗教家にちかいなとふと首相は感じた。


「再鎖国を完成させた帝国に欧米列強は攻め込む事ができない。

 そして、好きな時に好きな場所を攻め込む力を帝国は手に入れる事ができる。

 その時点で我々の勝ちだが、欧米列強を力で押さえられるほど帝国の国力は強大ではない。

 だから帝国は幕府が行ったように王道を歩むのだ。

 国内を富ませ、亜細亜の民と手を取り、10年、いや20先の最終戦争に備え、彼ら白人社会と対峙するだけの力を手に入れ、最終戦争に勝ち白人支配から世界を開放するのだ!」


 そこには、かつて満州事変を起こした天才参謀を髣髴させる熱気が満ちていた。


「その最終戦争には俺もお前も居ないのは確実だぞ。

 大逆賊として腹を切っているだろうからな。

 お前の馬鹿げた計画が成功しているならばの話だが」


 軽く首相が男の熱気に水をかける。

 言葉通り成功すれば、ほぼ大逆賊確定の博打である。


「俺はその前に化け物相手の戦争で討ち死にしているかも知れんぞ。

 この国の膿と共に、異世界に屍を晒す可能性だって低くはない」


 男は言下にこう言っているのだった。

 成功するにせよ、失敗するにせよ、この国の溜まった膿は吐き出してしまわないとならない。

 それを異世界という国際社会の介入など関係ない所で吐き出せるのならば、それだけでも帝国の益になるではないかと。

 陸海軍のやばい連中をまとめて異世界に送って心行くまで戦争ごっこに興じて屍となれば、それはそれでこの国が道を間違える事も少なくなるだろう。

 満州事変時みたいに現場が暴走しようとも、こっちの世界にいる帝国は欧米列強に対して外交的不利にはなりはしない。

 そして、苦々しい顔で黙って聞いていた首相もにこやかに笑った。


「それはそれで構わん。

 貴様の屍とその詰め腹はわしが切る。

 貴様も歴史に名を残す大悪人として100年後の歴史に名を残す事になるだろうよ」


 首相の笑っていた顔が元に戻る。


「近く、重臣達に次期首班指名の根回しを始める。

 選挙の結果が結果だし、事ここまで来て、対米戦は起こりそうも無いからな。

 引き摺り下ろされる前に辞意を示して、ある程度の影響力は保持しておくつもりだ。

 首相・陸相は降りるが、内相は辞めるつもりはない」


 厄介払いのつもりで送り出した、竜神様の対米交渉がよりにもよって英国仲介でまとまりそうだという驚愕の報告を首相は政権の延命工作に使わなかった。

 だからこそ、次期政権はそれを得点に加えられると同時に借りを作れる。

 内務省、現在の神祇院を管理する省は首相自らが押さえる。

 これは、男と女の提案推進の絶対条件でもあった。

 現状、首相の味方は女の主を除いて、対米戦回避と大陸足抜けを評価した陛下しかいない。

 だからこそ、自発的辞意による影響力保持の公算はかなり高く、次期内閣にも残れる可能性は高かった。


「海軍は戦争終結によるリベラル色を背景に宇垣さんか近衛君を押してくるだろうが、宇垣さんでは陸軍中枢が大臣を出さないし、近衛君はゾルゲ事件との関係で出来る訳がない」


 現在、ゾルゲに対する捜査で帝国中枢のスパイ組織の存在が露になろうとしているが、近衛政権時の側近である尾崎や西園寺の逮捕もあり近衛に政権は任せられない。

 男が首相の腹を読んで先に候補を呟く。


「小磯さんか寺内さんか。

 飾りの頭で院政を敷くつもりだな」


 小磯國昭予備役大将と寺内寿一大将ともに陸軍内での影響力は小さく、必然的に内閣は迷走せざるをえない。

 その時に、特高や神祇院という警察・諜報をバックに内閣に影響力を及ぼすつもりだった。

 首相が手帳にただ一言何かを書いて、その書いたページを破って女に渡す。

 それは先に書くのをやめた女の話で、ページの下にと自分のサインを入れていた。


「誓約書だ。この話を知っているのは?」


 その紙を懐にしまいながら女は口を開く。


「この三人と我が主とメイヴの五人のみです。

 わが主の性格から飼い主様にはお話しするかもしれませんが、自発的ではないでしょう。

 話された時にはメイヴを通じて注意をしておきます」


 女が話す時に一筋の涙がこぼれる。

 言うつもりもなかったが、その涙に500年の悲願が詰まっていた。

 最初で最後の賭けに勝った。

 長年にわたる自分達への迫害から、この帝国にも反黒長耳族の一派がいるとは思っていた。

 それがどれだけの規模でどれだけの影響力を持つかはまだ分かっていないが、今年の予算編成での国内開発予算の全滅に女はその一派の影を感じたのだった。

 そして、会談前に海軍の要人である重臣の一人が入っている事に女は愕然とする。

 だからこそ、この一件で手打ちを模索していた満州側に接触し、男を通じて秘中の秘まで明かして政治的に孤立しつつある首相に接近した。

 少なくとも首相はその残り少ない政権基盤と、次期政権における影響力を大きく彼女達に依存せざるをえない。

 そして、復活する予定の男を彼女たちが支援して彼に陸軍をまとめさせる。

 海軍は既に最大の庇護者であるからバランスは取らないといけないが、帝国の発展の為に彼女達は全力で帝国を支援する。

 帝国の良き理解者として。

 人類史上に残る大逃亡の共犯者として。

 女は首相のメモを恋文のように大事に懐にしまった。

 これこそが、帝国の信頼の証。

 たった一枚の紙切れだろうが、そこに詰まっていた信頼はダーナ達彼女らが500年間与えられなくて是非とも欲しかったもの。 

 500年ぶりに安住の地を確約された涙でもあり、自分達をきちんと契約者として同列においてくれた人間への感謝の涙たったのだが、男二人にはそれが分からない。

 だから、男二人はその涙を見なかったことにした。

 まぁ、こんな話が外に出たら政権転覆どころか、現在行われている世界大戦すら影響を与えてしまうので、涙の理由なんて考える事すらなかったのだが。

 男二人は女の涙を見なかったことにして、地悪そうな笑みを浮べる。


「たしかにこんな話はお前しか信じないだろうよ。

 だが、これで帝国は最も欲しかった時間が手に入る」

「10年、いや20年、もしかするならば50年。

 帝国が欧米列強に追いつくのにそれだけの時間がかかる。

 だが、第一次大戦から今回の欧州大戦までたったの24年だ。

 その間世界は狭く、人殺しの道具は格段に進歩した。

 この欧州の戦争が終わって次があるとするなら10年以内だろうよ。

 それは確実に今世紀の覇者を決める決勝戦となる。

 今の帝国にはその決勝はおろか、この戦争に参加する資格すらない」


 何かのスポーツのように気楽に帝国の未来を語る男に首相が苦言を呈す。


「まるで六大学野球のように軽く言ってくれるな」


「戦争もスポーツも勝ってこそだ。

 せいぜい人が死ぬか死なないかの違いでしかないさ」


 男のさも当然とした顔があまりに荒唐無稽で耐え切れずに首相が笑い出し、涙をふいた女もつられて笑う。


「で、リーグ戦に出ずに決勝を戦うなんて詐欺手なんぞ編み出した訳だ」


 首相の笑い声に男も自虐の笑みを浮べながら笑い返した。




「ああ。

 『災害を装い、大日本帝国領土全て魔法結界によって異世界に転移させてこの世界から逃げ出す』なんて俺しか考え出せないだろうよ」


 と。

多分次回か次々回で最終回の予定。

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