永田町大走査線 その四
「日比谷公園より、各隊へ。
日比谷公園の群集はまだ落ち着いている。
警戒を続ける」
「日比谷公園に集まっている群衆の数はおよそ二万」
「警視庁待機中の特別警備隊に出動要請。
祝田橋から西幸門前に防衛線を敷き、暴徒の進入を許さないようにせよ」
「近衛師団司令部より連絡。
各所警戒中。
日比谷公園の群集に対して更なる警戒を要する」
赤坂見附駅の一室にもうけられた臨時司令部の中には、次々と各地の情報が集まってくる。
選挙も投票が終わって開票作業に入っているのだろうが、大勢が判明するのは明日だから今は日比谷の群集がどう動くかの方が大事だ。
「ご主人。
特高の人がご主人にこれを渡してくれって」
部屋に入ってきたベルから封筒を受け取り中を見ると、そこには特高が調べた各地の選挙情勢が記載されていた。
反東条を明確にしていた革新的右翼系の東方会は推薦者の半分以上である三十人の当選者を出し、翼賛会系は七割を割り込むという敗北の予測は、票読みにおいて外れたことがない特高からの情報だからまず間違いがないだろう。
そして、東条首相の政治生命が尽きた事を明確に示している。
「群集の方は問題なさそうだ」
俺が口に出した言葉を捕らえてボルマナが尋ねた。
テレパスで情報をやり取りできる彼女たちは今回の作戦の要である。
「どうしてですか?」
「現体制に不満を持っているから集まっているからで、その不満が選挙結果としてはっきりと表れた以上、東条首相は引き摺り下ろされる。
つまり、批判していた現体制が崩壊するのが分かった以上、頭のいいやつはここで騒ぐ事はしないさ」
そんな事を言っていたらリールが入ってきて一枚のビラを渡される。
「道端でこんなものを配っていましたが?」
見ると、新聞の号外で『政権敗北!昭和維新を完遂しない現政権に鉄槌下る!』と過激な記事が書かれており、刷られたばかりだろうインクのにおいが鼻に触る。
「こんなのが号外で配られているのに、特高が動かないのが証拠さ。
日比谷公園でも配られているだろうから、群集は沈静化するだろう」
「で、その隙を狙われると」
茶化した口調でベルは言ったが、目は真剣そのものだ。
警察も特高も日比谷公園の群集に注目して他の所に目を向けられない。
特高情報だと、片桐少尉に共犯者はおらず単独犯である可能性が高いという。
それは、彼一人をこの東京から探さないといけない訳で、確実に待ち構えられる所で網を張らないといけない。
「本当に来るのかしら?」
椅子に座っていたアニスが楽しそうに呟くが、俺は地図から視線をそらさずに返事をする。
「桜田門前は警官や特高でいっぱい。
そこで事を起こす為には、背後から近づくしかない。
で、この赤坂見附駅には国会議事堂方面に繋がる地下鉄工事のトンネルがある。
あの人は、絶対ここに来る」
自分に言い聞かせるように語気を強める。
三宅坂経由で回られたらという疑念もあるが、最終防衛線として国会前にも兵を置いている。
どれぐらい待ったのだろう。
その時は、火災報知機のベルと共に伝えられた。
「何?!ご主人!」
「何事ですか!?」
ベルとリールが耳としっぽをびくってさせながらも戦闘準備に入ると、駅員室から情報を聞いてきたボルマナがベルの理由を伝える。
「男子便所で小火だそうです。
消防に連絡し、駅員が消化したとの事」
来た。
銃を持ってベル達と共にホームに降りようとすると、そこに伝令に走った兵士と出くわす。
「不審者一人が制止を振り切ってトンネルに降りていき、追跡中!」
「ベル!リール!
任せた!」
切り札であるベルとリールに片桐少尉捕縛の命を出す。
獣耳族の身体能力は人間の数倍。
そして、二人とも近接戦闘ならば向こうの世界でも修羅場を潜り抜けてきた熟練である。
「了解!」
「かしこまりました」
言葉だけを残して二人が一気にトンネルを駆けてゆく。
建設途中のトンネルだけあって明かりなどないが、明かりをつけたら銃にとっては良い的だ。
構内に拳銃の銃声が轟く。
こちらは発砲を許可していない。
「ベル!
リール!」
「大丈夫!
わんこも無事!」
俺の叫びにベルが返事を返す。
銃の脅威は知っているので柱に隠れている二人を見つけて追いつく。
こっちが合流したのを知ってか知らずか、片桐少尉が投げた物から煙がトンネル内に広がってゆく。
「げほっ!げほっ!
な、何これ……」
「これ煙たくて……」
「発炎筒だ!
ごほっ……」
獣耳族の身体能力があると言っても、五感をふさがれたら話にならない。
とはいえ、トンネルの中に片桐少尉が入った時点で負けはなくなった。
トンネルは出口が固定されるし、全ての出口は兵に見張らせているからだ。
「片桐少尉!
このトンネルは完全に封鎖しています!
投降してください!」
煙を我慢しながら叫ぶ。
ボルマナの魔法で風を起こして煙を散らさなければ、まだ声すら出せなかっただろう。
「投降してどうなります?
大尉殿と同じく島流しですか?」
片桐少尉の声がトンネル内に響く。
同時に発砲音が轟き、こちらを近寄らせないように牽制する。
「それでも生きていられるだけましだろう!」
「そんな温情がノモンハンの時にあったら良かったんですがね!」
爆発音と爆風が押し寄せて柱にしがみつく。手榴弾だ。
「発砲許可を!」
と言ってきた兵士を下がらせて、俺は説得を続ける。
「選挙結果も出た!
大勢は決している!
東条首相は退陣に追い込まれる!」
「次の総理は対ソ宣戦布告をしてくれるので?」
近くから発砲音が聞こえる。
命令に反して誰かが撃ったらしい。
「止めろ!
撃つな!」
後ろに叫びながら俺は片桐少尉に語りかけようとして、二発目の手榴弾が炸裂する。
煙と轟音の中、遠ざかる駆け足が妙に耳に残った。
「行かないでくれ!少尉!
そっちは……」
(終わったわよ)
上を先回りして出口で待ち構えていたアニスの無慈悲なテレパスが俺に届く。
事が終わった以上、その最後は見届けないといけない。
指揮官として。
魔法というものは便利なものだ。
特にそれを知らない人間にとっては脅威以外の何者でもない。
最も国会議事堂に近い出口で姿隠しの魔法で隠れて、片桐少尉がやってきた所を一刺し。
死に顔は笑っているようにも見える。
「特高に連絡しろ。
襲撃犯を殺害したと」
兵の一人を伝令に走らせ、血で汚れる前に遺体を漁る。
少尉の事だ。
遺書ぐらい持っているだろうと思ったが、案の定封筒が一通出てきた。
中には一枚の便箋に丁寧な字で一言。
「俺の首は帰還の功績になりますかね?」
涙が便箋に落ちるのが止められない。
全部無駄だと分かってて、それでも止められなくて、その愚行に付き合った俺とマダムの事を案じてここで死ぬ事すら少尉は受け入れた。
「馬鹿野郎!
俺もマダムもこんな終わり方望んじゃなかったろうが!!」
こうして、帝都における冒険者神堂辰馬の仕事は成功裏に終わった。




