永田町大走査線 その三
「ヤクザの手打ちってのは、見た目八割で勝負が決まる。
だから、極道者はできるだけ一流で身を固めるのさ」
とは片桐少尉の酒飲み話だったか。
羽田駐屯地に迎えに来たプショー402を見てそんな事を俺は思い出していた。
で、ここで問題が出る。
402は詰めて五人乗り。
ドライバーを除くと四人。俺達は五人な訳で。
「私が外れます」
と言ってきたのはボルマナ。
テレパスで本心を俺に伝える。
(今回の会談はダーナ様が主役です。
ダーナ様には専属の護衛がついていますので問題ないかと。
私が残れば、最悪小隊を出せます)
黒長耳族は真っ先に召喚されたのと諜報面を担当した事もあって、特務という形で階級を持っている。
ボルマナも特務少尉で俺の副官扱いという形での出動のお願いは、ベルやリールやアニスのお願いに比べて小隊長に聞き入れ易いという訳だ。
「わかった。
何かあった時の出動判断は任せるからそれ以後は小隊長の指揮に従え」
「了解しました」
とはいえ、異世界人であるボルマナに帝都での活躍を任せられる訳も無く、出動の判断のみ与えて現場は小隊長に仕切らせるのを忘れない。
何しろ、歩兵第一連隊はここが本拠地なのだから。
「お迎えに上がりました。真田様。
今回、送迎を担当します第一商会の……」
なんと会社の社長自らの運転手という自己紹介を聞きながら俺が助手席に乗り込み、ベルとアニスとリールが後ろに座る。
真ん中だと壮絶な女の争いが勃発しかねないので回避する知恵である。
「武彦様とは商売でお付き合いがありまして」
「勘当された身だから役には立たないさ」
聞くと、ダーナ総裁や内海審議官は専属の護衛と共に車を出したが、俺達にはそんなものは最初は用意されていなかったらしい。
ある意味当然である。
ところが、俺の兄と知己でこの話を聞きつけた彼が送迎を買って出たという次第。
「私のような若造にも商売をしていただいた神堂様への恩返しと思っていただければ」
几帳面かつ義理堅い性格らしい運転手の世話話を聞きながら都内に入る。
選挙戦は終盤に入り、国際情勢の激変で情勢は五里霧中なのに、帝都は日常を維持したままのように俺には見えた。
帝国ホテルは日比谷公園の隣にある。
事を起こすには格好の拠点だろう。
「ここ凄い……」
「王侯貴族のお屋敷でしょうか?」
車を降りたベルは素直に、リールは控えめながらも帝国ホテルの概観に驚いている。
アニスは貴婦人よろしく静々と歩いてロビーの椅子に腰掛けるが、客に見える彼女が護衛であるとだれも気づかないのが少しおかしい。
「居るね。かなりの数」
「手練がいっぱい居るのはわかりますが、敵なのか味方なのか……」
俺の耳に交互にベルとリールが囁く。
そうしているうちに車が到着する。
中から出てきたのは内海審議官とヴァハ特務大尉で、俺はあわてて駆け寄ろうとして固まる。
二人の前に二人のメイドが出てきたからだ。
かつて見た、アンナとナタリーという英独工作員メイドの二人が。
俺の警戒を見て、ヴァハ特務大尉が微笑む。
「おはようございます。
この二人は大丈夫ですよ。
こちらに転びましたので」
そういえば頭を潰したとか言っていたが、こういう事か。
ここに連れてきたのはそれを周知させる意味合いもあるのだろうが、二人のメイドから表情は読めない。
ある意味納得した俺に内海審議官が声をかける。
「おはようございます。
今日の主役は私達ではないので気を楽に持ってください」
そして、俺が挨拶を忘れていた事に気づいてあわてて挨拶をする。
「おはようございます。
自分達の出番が無い方がうれしいのですが」
そんな俺の願いもむなしく、ヴァハ特務大尉は口を開いた。
「周囲は私の手の者が固めています。
特高からも人員が出ているのを確認しました。
既にその両方に属さない大陸浪人の皆様もそれとなく周囲を取り囲んでいます。
神堂大尉は内海審議官についていてください」
「了解しました」
しばらくして周囲の警戒が肌に分かるように強くなる。
ロビーに満州国軍の軍服の将校を引き連れた紳士が現れたからだ。
(あれが甘粕理事長ですよ)
ヴァハ特務大尉のテレパスで伝えられ、気づかれないようにそっと彼を覗き見る。
ロビーの人間に気さくに声をかけて歓談をする彼の周囲には彼を慕う大陸浪人達がそれとなくついているが、片桐少尉の姿は見えない。
「おや、内海さんではないですか」
「これはこれは。
こんな所で奇遇ですな」
甘粕理事長がこちらに気づいて、内海審議官と歓談に入る。
しばらく談笑していた甘粕理事長の視線は、護衛にあるまじき客人としてくつろいでいたアニスで止まる。
「失礼ですが、こちらの女性は?」
甘粕理事長の問いかけに、アニスは立ち上がって優雅に一礼する。
その仕草は舞踏会で挨拶をする姫君のように凛々しかった。
「はじめまして。
今回、内海審議官の護衛として雇われております、冒険者のアニスと申します。
どうぞよしなに」
アニスはあえてテレパスで訳さずに、意味が伝わらない西方世界語で挨拶する事で自分がこの世界の人間でない事をアピールし、ヴァハ特務大尉がそれを翻訳する事で、ただの護衛でもない事を挨拶だけで悟らせる。
「甘粕正彦です。
ただの映画好きですよ。
よろしかったら銀幕に出てみませんか?」
「また理事長の悪い癖がはじまった」
甘粕理事長の映画狂いは有名で、それを嗜めた満州国軍将校の顔に俺は見覚えがあった。
上海で俺に勧誘してきて、この世界のどす黒さを見せ付けてくれた男だ。
向こうも俺に気づいたが何も言わないし、俺も何も言わない。
俺達は脇役で、主役の一人が護衛を引き連れた車の中から現れたからだ。
和服の黒長耳族というのは、その存在だけで一つの美といえる。
ましてや、護衛の黒長耳族巫女を引き連れた銀幕御前は、この帝国ホテルの格調高さも重なってその高貴さを静かに漂わせていた。
「どうかなさいましたか?」
凛と澄んだ鈴のような声で笑う神祇院ダーナ総裁の言葉はテレパスで翻訳されたものでない綺麗な日本語。
手を差し出した甘粕の手を握り、ダーナ総裁はにっこりと微笑んで見せる。
その笑顔は銀幕で微笑む彼女の笑みであり、浅黒い長耳姿での彼女の涙と共に日本中の男は彼女の虜となったのである。
それを甘粕理事長は映画に携わる人間として知っているはずなのに彼の言葉が出ない。
「どうしました?」
手を握ったまま離さない甘粕理事長に優しく諭すようにダーナ総裁は尋ね、慌てて甘粕理事長はその手を離す。
照れくさそうに笑う甘粕理事長はあっさりと己の胸のうちを晒して見せた。
「いえ。貴方を使ってどんな映画を撮ろうかと考えていた次第で」
その顔も心もその通りに思っていたのを知ったダーナ総裁は、ここに来て初めて可笑しそうに笑みをこぼす。
「本当に理事長は映画がお好きなんですね」
気品のある艶を含んだダーナ総裁の声は、それが既に歌であるかのように聞こえる。
「映画がすばらしいのは、その映像に夢が詰まっているからです。
明日への希望を感じさせるそういったものを、人は初めて映像というものによって手に入れることができた。
だからこそ、私はこの世界に身を投じた訳で」
満州映画協会を取り仕切る、いや、満州を取り仕切る有力者である彼は映画の事を語る時、まるで子供のように夢を語る。
ここまでは映画人と女優という姿にしか見えない。
満州の実力者と異世界逃亡者の大物という裏のある二人の会談に見える訳が無い。
「で、私を招待して頂いたのはどのような理由で?」
ダーナ総裁が優しい言葉に澄んだ刃を潜ませながら甘粕理事長に尋ねる。
まるで舞台に上がったかのように甘粕理事長は優雅にお辞儀をして見せた。
「あなたにご紹介したい方がいらっしゃいまして。
先ごろ軍を退いた国士で、現在は立命館大学で教鞭をとっていらっしゃる方です……」
挨拶も終わると、会談は当然奥の部屋で行われるので護衛は控え室で待たされる。
内海審議官は会談の中に入っているので、この場に居るのはヴァハ特務大尉とアンナ・ナタリーの二人、俺とベル・リール・アニスの七人である。
「コーヒーをお持ちしました」
ホテルのボーイが人数分のコーヒーを持ってくる。
俺の前に置かれたカップに何か紙が挟んであるので見ると背中が震えた。
「ヴァハ特務大尉!
これを……」
「!」
それは片桐少尉からの電話でロビーにきて欲しいというメッセージ。
ヴァハ特務大尉は少しだけ考えて、俺と一緒にロビーに向かう事になった。
「久しぶりですな。大尉」
電話越しの声は変わっているようには聞こえない。
「久しぶりです。少尉。
大陸からえらく経ったと思うけど、まだ半年も経っていないのにこんなに遠くなった」
そうだ。
大陸で二人して死線を潜ったのはまだ思い出にするには早すぎる。
「大尉が止めに来ているというので、無理して電話をかけさせてもらいました。
声が聞けてよかった」
「マダムもあんたに会いたがっている」
「嘘ですな。
あれは、二人の男を愛するほど器用な生き方はできない女です」
「それだけ分かっていながら、あんたはどうしてこんな事をする!
今回の一件だって……」
「知っていましたさ。
捨て駒に使われた事も」
言葉に詰まる。
何故という言葉が頭を回るが呂律は回らない。
「大尉。
自分はノモンハンで死んでいた人間だ。
いや、この国のお偉方の言葉を借りるならば死なねばならなかった人間だ。
敗北したノモンハン参加部隊に陸軍中央は何をしたと思います?」
言葉の出ない俺に少尉は嘲りの声で答えを口にした。
「口を閉ざさせた上に、口封じに最前線に送られたんですよ。
あげくに、上の人間には自決を強要した」
声が出ない。
この国が、自分が信じていたものが崩されるような気がしたのだ。
だが、片桐少尉の弾劾は続く。
「自分はノモンハンでソ連軍の捕虜になりましてね。
あの戦争が終わって捕虜交換で開放された時、待っていたのは憲兵の尋問でした。
で、その尋問が終ったら大陸で最前線送り。
戦死しろと暗に言っているようなものでしたよ」
だからなのか。
マダムの言ったノモンハンの亡霊の正体がこれでは、何を説得すればいいのか俺には思いつけない。
「自分だけならば死んで片付くなら死にましたよ。
だが、本当に片付けないといけない人間がのさばっている。
それじゃあ、不公平でしょう?」
あの当時関東軍を指導していた連中が今の帝国を動かしている。
彼らに復讐をすると暗に言っていると気づいた俺はなんとか言葉を口に出す。
「馬鹿な真似はよせ。少尉。
そんな事をしても誰も帰ってこないじゃないか!」
「ですが、自分のせいで大尉まで飛ばされた。
この国はそんな国ですよ。
知っているでしょう。
大尉が飛ばされるきっかけとなった例の取引、物資の横流しの相手に共産党が入っています」
衝撃が頭から突き抜ける。
馬賊が動かなかった理由がこれか。
そして、国境が静かだったのもこれが理由だろう。
「この一件が明るみに出たら、世界はどう動くのでしょうな。
仮初めの平和ぐらい打ち破られるかもしれません。
大尉。
自分は大尉が異世界に飛ばされたと知ってほっとしているのです。
愚かで馬鹿らしい殺し合いに大尉を巻き込まなくて済んだと」
やっと分かった。
この馬鹿騒ぎの全貌が。
竜神様降臨による大陸足抜けと物資横流しで片桐少尉は満州に足場を築いた。
そして、国共内戦で馬賊経由で共産党に物資の横流しをしたのだろう。
この一件がばれたら、国民党は激怒し国民党を支援している米国も帝国を許さないだろう。
そして、帝国と同じ非道をしていた英国も国際的非難を避けられず、英国仲介の対米交渉は頓挫する。
そうなれば喜ぶのは独逸で、おそらく片桐少尉に接触し公表の手はずを整えていたのだろうが、独逸はゾルゲ事件で組織ががたがたになってしまってこの一件が漏れたのだろう。
これに、東条首相後の総理の椅子をめぐっての暗闘がからんでくる。
東条総理を引き摺り下ろしたいが、公表されたら帝国は再度戦争に突入しかねない。
手打ちとはそういう事で、東条総理側にこの一件の全貌を漏らして処理してもらう。
そして、その処理要因が片桐少尉と繋がっており、片桐少尉が確実に食いつく餌である俺。
なんてすばらしく反吐が出る世界なのだろう。
「そろそろ切ります。
この電話も盗聴されているでしょうから。
では、大尉。
あなたに伝えられて良かった」
こちらの返事を待たずして電話は切られる。
受話器を持ったまま、隣で一部始終を聞いていたヴァハ特務大尉に尋ねる。
「自分の仕事はこれだったんですね」
怒気をなんとか押さえ込みながら訪ねた俺に、ヴァハ特務大尉はテレパスで指示したのだろう黒長耳族巫女を走らせながら返事を返した。
「まだです。
あなたには、片桐少尉を捕まえる役目が残っています。
我々ならば、片桐少尉を助ける事はできません。
あなた自身で捕らえられるならば、彼を救える余地が残っているのです」
二人同時に考えたのは、異世界で待っているマダムの事。
はかなく切れる蜘蛛の糸だが、まだ彼を助けられるというヴァハ特務大尉の言葉に俺はなんとか受話器を壊さずに戻す事ができた。




