永田町大走査線 その二
世界がハワイによるサンフランシスコ爆撃に衝撃を受けた時、その衝撃にもっとも翻弄されたのが選挙中の大日本帝国だって事は想像にかたくない。
国内問題のみで大勢が決まろうとしていた矢先、突拍子もない竜による太平洋横断爆撃の衝撃は否応無く先のドラゴン帝都進入を思い出させ、自分達の選択がとても正しかった事に感謝をしたのである。
それは接戦の選挙区において、政府与党側にプラスの効果をもたらすだろう。
神祇院に呼び出された俺はそんな話をつらつらと聞かされながら、内海審議官の顔を伺う。
「勝ちますか?」
「勝っても降ろされるよ。
それは変わらない。
だが、降ろされ方によっては、政治影響力が残る可能性が出てきた」
それはハイリターンの博打を打っている内海審議官にとってもプラスのはずだ。
内海審議官の部屋は新聞社と間違えるほどに、全国選挙区の情勢が一面に張り出されている。
赤ペンで丸が書かれているのがきっと優勢候補者なのだろうが、関東を中心にその情勢が書き換えられているのを眺めながら俺は内海審議官に尋ねた。
「それで、サンフランシスコを叩かれた米国は?」
「ハワイ以上の大混乱。
西海岸全域でパニックが広がっており、ワシントンでも阻止できなかった大統領に非難が集まりだしている。
太平洋航行中の全船舶は安全の為に最寄の港に避難するよう命令が出た。
大陸もこのニュースで持ちきりだから、国民党の華北失落は決定的。
淮河で防衛線を作ろうとしているが、支えきれるかどうか。
それよりも真っ青になっているのは大西洋で孤軍奮闘している英国だ。
ここで、帝国に参戦されると詰むので、例の外交交渉の仲介だけでなく、とりまとめに奔走しているそうです」
帝国の中立国まがいの立ち居地を利用した英国による船員こみの艦船レンタルと英国からの戦時需要の余波は日本の民間造船業界に波及して、海軍向け以外の所は全て英国向け艦船を作っている最中。
その船を運用する帝国の金の鶏たるバンコク商会には、大増資をして船舶を買い漁る話がやってきているらしい。
バンコク商会の株主は英国ロイズ(英国政府が表に出るのを嫌った)と海軍の二者しか居ない。
海軍はこれ以上金は出せないし、ロイズは戦争による保険料支払いに苦しめられているはずである。
大増資というのは第三のスポンサーが現れた事に他ならない。
「何処です?
その酔狂な方は?」
「スイス銀行」
スイス銀行というのは正式には存在はしない。
中立国であるスイスに籍を置くプライベートバンク群の総称をスイス銀行と呼んでいるのだ。
「あっこがなんでうちに?
独逸の間接投資ですか?」
スイスはその国境を全て枢軸に囲まれているのに侵略されていない。
同じ中立国だったベネルクス三国を侵略した独逸とは、何だかの密約が結ばれていると噂はされていた。
「いや、出先は英国資本らしい。
国際社会は複雑怪奇とは良く言ったものだ。
出資担保は全部英本土にある土地登記や中東の石油利権だったりするんだよ」
内海審議官の話はこうだった。
万一、独逸が英本土に侵攻してブリテン島や中東を制圧した場合、その持ち主が帝国ならば独逸の同盟国という事もあり無茶はしないだろう。
帝国も自分のものになっている英国資産を独逸に吹き飛ばされたくは無い。
同じ理由でもし帝国が対英宣戦布告した場合、その英国資産は文字通りだたの紙と化す。
この取引が狡猾なのは、帝国の手の届かない財産であり、実際の管理は英国が行っている所にある点だ。
独逸について自力で元の利権を取り戻そうとしても、インド洋を越えて大西洋や地中海を越えて債権回収なんぞ出来るわけが無い。
そして、バンコク商会が稼ぐ利益の一部は配当という形で、スイス銀行経由で英国資本に還元される。
もちろん、金は何処で受け取っても構わない訳だ。カナダでも、オーストラリアでも。
互いが互いの信用によって成り立つ商取引が資本主義なのだから、帝国が配当を得続ける為にも英国への配当も払い続けなければならない。
「で、その大増資した金で合衆国から大量のリバティ船とコルベット共々買い付けて、当然船員も合衆国国民で大西洋からインド洋に……ってどうしました?」
内海審議官の話を聞いていた俺がじっと考えているのを見て内海審議官が様子を伺う。
「今頃、英国側からそんなアクションを起こす理由が無い。
あるとするならば、英国が握っていて帝国が知らない何かで動いているはずなんです」
バンコク商会の事といい、対米交渉仲介といい、英国は帝国が不思議がるぐらい帝国に対して下手に出ていた。
「この件だって、つまりやばそうな所の金を帝国のものにして拾わせて、独逸といがみ合わせる類のものでしょう。
英国が行っている対帝国工作の一環では?」
内海審議官の声に不意にひらめく。
「それだ。
やばそうな所です。
英国は本土や中東がやばそうな所と考えているんです」
内海審議官がその言葉の意味を味わった後、落ち着くために机にあったお茶を手に取ろうとして震えた手でお茶がこぼれた。
「現状、独ソ戦で手一杯の独逸に本土や中東へ攻撃が出来る訳が無い。
と、いう事は……」
二人とも己が一番望んでいない可能性を英国が考えている事に愕然としつつ、その言葉を口にした。
「英国は、独ソ戦は独逸の勝利で終わると考えている」
と。
「これはサンフランシスコ爆撃前の仕込みですね。
多分、この世界に竜がやってきたあたりで、独ソ戦に見切りをつけていたという訳か……」
恐ろしい大局観に俺も内海審議官も言葉が出ない。
同時に、女性参政権がらみの英独の工作の激しさに納得がいく。
独ソ戦が独逸の勝利で終わっても、独逸のダメージは莫大なものになりその回復には時間がかかる。
英国は独逸が英国に牙を向けるその時までに合衆国の参戦をとりつけるか、竜を持った帝国を対英戦に参加させなければ、世界各地に散らばる英国植民地や英連邦諸国の力を借りて独逸に対抗できる力を持つ事ができる。
シンプルな勝ち筋ゆえに、それを外れる事を英国は恐れている。
で、ここまでの話が実は前振りだったりする。
世界情勢なんてスケールの大きさで呼ばれるほど俺は大物ではない。
「で、自分を呼んだ理由は?」
本題に入れと俺が促した結果、内海審議官は考えていた大局から俺という駒を動かす小局に目を向けた。
「そうでした。
誰が誰を襲撃し、何時何処でまで分かっている。
あとは、それを阻止するだけなんですが、ここで政治が絡んでくるんですよ」
当たり前だが、小局にも俺や片桐少尉の他に無数の駒があり、それを動かす無数の対局者が居る。
それら対局者の手を読んで一人勝ちを狙おうとするのだから内海審議官は穏やかな顔の癖に性格は悪い。
「大雑把な手打ちは上の方で済んでいます。
ですが、このサンフランシスコ爆撃でそれが怪しくなってきました。
だから、その手打ちを確実なものにするために念押しをしておこうと」
まだ話の見えない俺に内海審議官は核心に触れた。
「向こう側の黒幕の一人である甘粕正彦満州映画協会理事長が、非公式に帝国ホテルに滞在しています。
おそらく、片桐少尉をはじめとした襲撃犯もここにいるのでしょう。
で、甘粕理事長から神祇院ダーナ総裁あてに招待状が届きました。
その護衛をお願いしたいのです」
多分、片桐少尉に会えるのだろう。
それは漠然とした予感だけど、確信してしまった。




