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総理暗殺阻止依頼 その六

「そりゃあれだ。

 こちらの世界で言うご挨拶ってやつさ」


 かつて辣腕を振るっていたらしい特高との接触を報告した内海審議官の口調は楽しそうだった。

 内海審議官もこの件については機密保持の為に羽田の駐屯地にまで出向いて、こちらで報告を聞く事にしている。


「感づいていると思うが、この依頼は時間制限がある」


 内海審議官は窓の外を眺めながら、その言葉を口にする。

 壁に貼られているのは東京の地図に、選挙情勢を伝える新聞記事。


「選挙が終るまで。

 正確には、選挙の結果が出て総理が退陣を決意するまでだ」


 政府側を気にした記事ではあるが、丹念に読んでいくと接戦の選挙区がかなりの数存在していた。

 こちらが言いにくかった事をずばりと口にしてくれたので、俺は内海審議官に質問をする。


「負けますか?」

「負けるね。

 過半数は維持するだろうが、総理の椅子の座り心地が悪くなる程度には議席を落とす。

 これに、軍がそっぽを向いているんだ。

 長くは続けられないのは総理自身が一番知っているさ」


 そこまで言われると新たな疑問が沸く。

 政治生命が尽きている総理を襲撃する必要が何処にあるのかを。


「君も肌で感じたと思うが、今回の選挙は国内問題が焦点に上がっている。

 欧州大戦真っ只中というのにね。

 選挙時の総理襲撃なんて許したら、

 それに国民が激昂するのが目に見えている。

 そして、間違いなく実行犯の背後に英独の影がちらつく。

 新総理の最初の仕事は、実行犯の背後に居る国家への宣戦布告となる。

 それだけは避けないといけない」


 なるほどと言おうとしてある事に気づく。

 英独が工作を考えるならば、帝国の暗部を知っている俺を見逃す訳が無いと。


「内海審議官。

 俺が内地に帰った事を広めましたね」


 俺の意地の悪い言葉にも内海審議官は顔色一つ変えずに言ってのけた。


「だから、特高が接触してきたんだよ」


と。

 そのまま、話を続けるあたりこの人も人が悪い。

 分かっていた事だが。


「英独の工作員だが、頭を排除したのでその活動は下火になっている。

 大陸浪人あたりを使うのはその現われだ。

 同時に、国内に大量に居る大陸浪人を使われるとこちらでも網をかけきれない。

 だから、君を呼んだ訳だ」


 餌であると同時に、その餌に食いつく間抜けを仕留める役までしろというのだから人使いが荒い。


「特高はどこまで信用が置けますか?」


 俺の質問に内海審議官は即答する。


「国家には忠誠を尽くしているよ。

 多分」


 暗に信用するなと言っているのに等しい言葉に、俺は大陸情勢で思いついた事を話してみる事にした。


「総理襲撃犯ですが、本当に英独の紐なんでしょうか?」


と。

 その言葉が意外だったのか、内海審議官がまっすぐにこちらを見る。

 俺は大陸の地図を机に広げて、疑問を口にした。


「大陸情勢の混沌ぶりは押さえていますが、馬賊の動きが鈍いのです。

 内海審議官が注意人物に入れた片桐少尉は馬族の大物と顔見知りでした。

 彼が事を起こす場合、大陸がこれだけ動いているのに馬賊が動かない訳がありません」

「彼が事を起こしてから動く可能性は?」

「動く場合、必ず物資の貯蔵に走ります。

 そして、その貯蔵は物資の横流しから入るはずです。

 神祇院が協力して関東軍内部で監査をした現状で、それが聞こえない事はあるのでしょうか?」


 内海審議官がすばやくメモにそれを書き留める。


「早急に確認させよう。

 馬賊が動いているならば、警戒をさせる。

 動いていなかった場合は?」


 内海審議官の言葉に、俺は口を開こうとして押し黙る。

 そこから出た結論の荒唐無稽さに躊躇ったのが大きいのだが、内海審議官はそれを見逃さない。


「ここまで聞いたのだ。

 思う事があったら言いたまえ。

 笑い話ならばそれで結構だが、現実になった時、驚くのは私ら二人ではなく帝国臣民一億人という事もありえるのだぞ」


 そこまで言われると俺も口を開かざるを得ない。


「動いていない場合、動く必要がない事が考えられます」


 内海審議官とて馬鹿ではない。

 俺が押し黙ろうとした荒唐無稽さの正体に感づく。


「満州国と共産党がつるんでいると?」

「共産党が華北で攻勢を強めていますが、満州国国境は静かなものだと新聞では言っています。

 このような状況だと、馬賊は敗走する国民党の落ち武者狩りをして稼ぐはずなのです」


 馬族が騒ぐというのは、遊牧民である彼らにとって国境と言うのは地図に書かれた線でしかないからこそ、南下して荒らし、北上して帰る事を意味していた。

 その為、国境警備隊は彼ら馬賊のトラブルには必ず遭遇する。

 それが今回発生していない。

 俺が感じた違和感の正体はこれだった。


「陸軍ではないな。

 共産党の親玉である対ソ戦しか頭に無い現状で彼らと手を結ぶという発想が論外だろう。

 大陸浪人に影響力のある誰か。

 それもかなりの大物だな。

 その大物が総理襲撃を狙う理由は?」


 まっすぐ射抜くように見つめる内海審議官に、俺は上海港での一幕を思い出す。

 異世界なんぞに島流しになったあのきっかけにあの男は何と言っていた?


「満州映画協会。

 あの男はそう言っていました」


 そこから導かれる満州国の大物黒幕に内海審議官も気づいて顔を変える。

 出てきた答えは予想外の大物だからだ。


「甘粕理事長か。

 どうりで国粋主義系の政党が元気なわけだ。

 だが、彼が東条総理を襲う理由が分からない。

 東条総理とも関係が深いはずの彼がどうして事を起こす?」


 そこで俺も言葉に詰まる。

 今、甘粕理事長が東条総理を襲う理由が思いつかないからだ。


「自分にもそこは分かりません。

 ですが、実行犯がそのあたりと考えた場合、襲撃箇所については思いついた場所があります」


 東京の地図を眺めながら、俺はある場所を見つめる。


「『昭和維新』。

 わが国をここ数年縛り続ける呪いの言葉。

 それをなぞるならば、格好の場所がここにはありますよ。

 襲撃が政治的理由になるのならば、自分はここでしかけます」


 その元の言葉である明治維新に繋がる幕末の動乱の幕開けとなった場所。

 幕府が政治的に動揺したそのテロの場所は皇居から首相官邸に向かうルート上にあり、その前に警視庁が置かれている帝都治安の要を俺は口に出す。


「桜田門。

 やるならばここでしょう」

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