総理暗殺阻止依頼 その五
有事において、羽田から帝都の中枢のある永田町に出張る為には陸路では間に合わない可能性がある。
その為、船を用意して向かう事になるのだが、ルートがいくつかあった。
一つは竹芝ふ頭に上がっておよそ三キロ近くを駆けてゆく。
真っ先に却下されたルートである。
敵に見つけてくれと言うような物だ。
そうなると、絡め手で行くしかないのだが、船で神田川を上って市ヶ谷で降りるルート。
これも市ヶ谷から先でどうしても網を張られたら見つかりかねない。
という訳で、下見に選択したのがこのルートである。
「ご主人!
ご主人!
ご主人!!
何あれ凄い!!!」
大興奮のベルに表情はすまし顔だけど、耳はびくびくしっぽびんびんのリールに、ボルマナとアニスは何というか、信じられないものを見ているという顔で俺を見て、それを再度見つめた。
「東洋唯一の地下鉄道。銀座線さ。
さぁ、乗ろうか」
船で浅草まで上がり、地下鉄浅草駅から乗った俺達はそのまま赤坂見附駅まで地下鉄の旅を楽しむ。
もっとも、車窓がトンネルなのでベルはすぐ飽きてしまったのだが。
駅に着くと、帝都の中心だけあって、目に見える形で警護の兵が立っている。
その物々しさに東条首相の政治生命の危うさを感じずに入られないと思っていたら、こちらに向かってくる私服の一般人ではなさそうな男が一人。
ベルとボルマナが前に出ようとするのを手で制すると、男はなれた口調で言いなれているであろう言葉を口にした。
「失礼ですが、こちらにはどのような用件で?」
「内務省神祇院の者だ。
公務にて、異世界から来た客人を持てなしている所だ。
お仕事ご苦労様です」
内海審議官から用意された身分証を見せると、男は顔は変えずに声を崩した。
「失礼しました。
何かありましたら、最寄の交番に駆け込んでいただけると助かります」
そう言って去っていった男の後姿を見ながら、ベルがぽつり。
「あれ誰よ?
ギルドの幹部みたいな雰囲気出てたから警戒したけど」
ベルもリールも警戒感ばりばりである。
つまり、あの男の他に数人がまだ見張っているという事だろう。
「特別高等警察。
通称特高。
この国のギルドみたいなものさ」
ベルやリールにそう説明しながら、ボルマナを呼んで耳打ちする。
彼女は黒長耳族だから、俺よりも帝都の裏情報に詳しい。
「何が起こっているんだ?
特高が出張っているなんて聞いていないぞ」
「こちらも探っているのですが、何でも我々がこの国に来る前の不祥事らしくて、なかなか教えていただけないのです」
何かが起こっているのは間違いがない。
そして、総理暗殺阻止すらそんな何かの隠れ蓑になっているという突きつけられた現実に、暗澹とせざるを得ない。
「で、いつまでここにいるの?
見られているけど」
アニスの声で我に返った俺達は駅を出て周囲を散策する事にした。
外に出て、日枝神社の方に歩く。
神社にはボルマナと同じ黒長耳族の巫女さんが多く、ボルマナを見て手を振っている者もいる。
「黒長耳族大長のダーナ様の仮住居になっているのです」
とは、ボルマナの台詞。
ボルマナが帝都の最新情報を日枝神社の黒長耳族巫女から聞き出している間、近くの茶店で茶と茶菓子を堪能する。
酒饅頭の餡子に女性陣がとろけそうな顔をしているのを横目に、ボルマナが戻ってくるのを待っていたら、さきほどの男が俺を見つけてこちらにやってくるのが見える。
リールのしっぽが揺れるのが止まり、ベルがおいしそうな顔で酒饅頭を食べながら投げナイフを取り出せる用意をしたのを見た男は苦笑しながら俺に声をかけた。
「警戒しないでください。
一応、分かるように声をかけたんですから敵意なんてありませんよ」
男は両手をあげて俺のそばにやってくる。
何か言おうとしたベルを手で制して俺は口を開く。
「まどろっこしい話はなしにしよう。
何が狙いだ?」
俺の台詞にも男は笑顔を崩さない。
「昔、内海審議官の下で働いていた事がありましてね。
神祇院で男性の方だと、ほぼあの人の下につくんですよ。
ならば、あの人の命で動いていると考えるべきで、あの人が観光案内ごときで手駒を使う人じゃないのは十分知っていますからね。
その意向を確かめに」
男の言葉に俺はお茶を飲む事で時間を稼ぐ。
何しろ依頼が『総理暗殺阻止』だ。
漏らして事が表に出て拘束されでもしたら目も当たられない。
「直接内海審議官に確かめたらよろしいのでは?」
「それで漏らすような人だと思いますか?」
苦笑する男に思わずこちらも苦笑する。
「一つだけ聞かせてくれ。
あの人、何をして神祇院に飛ばされたんだ?」
こっちの質問に男が苦笑するが目は笑ってはいない。
それは、どうも核心を突いた質問だったらしい。
「それ聞くと、表で歩けなくなりますが?」
「元々やばい話を聞いて、異世界に島流しにあっていた身だ。
一つや二つ聞いても困りはしないよ」
店員を呼んでお茶と茶菓子を頼んで出た茶と茶菓子を男に差し出す。
男は苦笑しながら、漏らせる範囲でその話を呟く。
「半年前ぐらいの事ですが、我々が派手に動く事件が発生しましたね。
その捜査を主導したのがあの人だったという訳です」
警視が出張る大捕り物。
大事件じゃないか!
そして、それが現在まで秘密裏に隠され、主導した内海審議官が飛ばされたという事はその捜査がやばい案件を抱えている事を示している。
「で、そっちの事情を少しは話してくれると助かるのですが?」
茶を飲みながらの男の問いかけに俺は言葉を選んで答えた。
「選挙に合わせて、大陸浪人が暴れる可能性がある。
その暴れ方によっては、大事になりかねんから影から守ってやれと」
「また漠然としていますなぁ」
男が苦笑するが、双方やばい話をしている以上、手札を簡単に明かす事はできない。
最初の接触としてはお互いこんなものだろう。
「そろそろ行きますよ。
東京観光楽しんでいって下さい」
片手をあげて男が去ってゆくと、俺達を取り巻いていた気配が消える。
「わんこ。
影に二人、あの馬無し馬車に二人」
「店の中にも一人居たみたい。
気配が消えてる」
ベルとリールが互いに言葉を交わしながら警戒を解く。
この町でこそっと何かをするのがこんなに難しいとは。
ボルマナがこちらにやってきて声をかけ、酒饅頭を堪能していたアニスが答えた。
「何かあったんですか?」
「たいした事はなかったわよ」




