総理暗殺阻止依頼 その四
帝国議会選挙。
大政翼賛会の元にまとめられていた政党だが、開戦回避の動きに合わせて離党者が続出。
選挙戦は翼賛会がどれだけ議席を減らすかに焦点が移り、軍から見放されている東条政権は選挙結果如何によっては総辞職に追い込めると選挙の熱気は熱い。
なお、選挙後に開かれる議会において、選挙の無い貴族院の方に初の女性議員としてダーナ総裁とメイヴ副総裁の二人が席を持つ事が決まっており、女性参政権の扉が開かれたと話題になっている。
それだけでなく、朝鮮および台湾にも少数ながら在住する満三十歳以上の男子にして、名望ある者より勅任する事を決定。
異世界人への反発をこのような形で吸収しようとするあたり、いかに竜神様によってこの国が捻じ曲げられたかを感じずにはいられない。
「大陸から撤退し、戦争は終わった。
それは結構!
大陸に出征していた将兵が帰る。
大いに結構!
では、その先は?
帰った彼らに職はあるのか?
無いではないか!」
反翼賛会派の論説は鋭い。
それがまた聴衆を引き付ける。
「現在こうしている間にも、東北の零細農家は塗炭の苦しみを味わっているのだ!
政府は何をしていた!
財閥と結託し、列強に屈し、利権を貪っていただけではないか!
今こそ維新を!
昭和維新の完遂を目指すべきである!」
始まった選挙は、女性参政権が認められた事もあって主要焦点から外れ、帰還兵とその雇用問題に焦点が集まっている。
その為か、外交政策での枢軸参戦や連合寝返りについては、工作員がいくら工作しても動かない状況に陥ってしまっていた。
更に、反翼賛会派の中でも各派争っており、国粋主義派の過激な主張とぎりぎりの立場で出た労働者擁護をうたった社会主義者等が互いの票を食い合う始末。
このような状況に警察を握る内務大臣まで兼任していた東条首相は何も手を打たなかった。
いや、打てなかったと言った方が正しいだろう。
陸軍を中心に反東条の動きが激しく、クーデターを警戒せざるを得なかったのだから。
この議会選挙もそんな大衆へのガス抜きという点と、クーデター側に正当性を与えない為の手の一つなのだという。
その為に、独立愚連隊な俺達まで内地に引っ張り込まれている。
東京での演説会をはしごした俺は、羽田の東京飛行場の外れにある建設途中の高層物に帰る。
その高層物を守るという名目で、俺達の部隊は駐屯するという名目が一応作られている。
「おかえり。ご主人。
この砦みたいな建物は何なのさ?」
離れたところからこの高層物を眺めていたベルが寄ってきてしがみつく。
ベルの頭をなでながら、俺が与えられた資料を思い出して答えを口にした。
「高射砲塔というらしい。
同盟国独逸から導入された、対空陣地だ」
「ふーん。
こっちの世界にも空飛ぶモンスターとか出るのか……」
ベルの勘違いを俺は訂正しないことにした。
実際、こいつが作られた理由は、竜神様の帝都侵入事件のせいだったのだから。
竜神様の帝都侵入事件の後、関東周辺の陸海軍の基地司令の首を飛ばしたはいいが、陸海軍の連絡の悪さも露呈する事になった。
次に似たような事件が発生したら政府の首が飛ぶと協議した結果、同盟国独逸を見習って防空隊を内閣指揮下で一元管理する事を決定。
航空自衛隊の誕生である。
それだけでなく、これまで陸海軍の統帥権に邪魔されていた内閣側に警察予備隊と海上保安隊を創設する事を決定し、陸海軍の激怒を招いて警察予備隊と海上保安隊については先送りされた経緯がある。
内海審議官曰く、東条首相排除の決定的要因がこれらしい。
なお、この警察予備隊・海上保安隊・航空自衛隊の三組織は内閣の中に置かれる為に、陸軍大臣・海軍大臣に配慮して別階級を用意し、組織の長は中将級にし、警察予備隊は編成単位を師団では無く独立混成旅団で作るなどなど陸軍を刺激しないように調整に涙ぐましい努力をしているそうだ。
同時に、選挙後も東条政権が続くならば、この三組織の長に諜報部門になってしまった神祇院、内務次官、警保局長、警視総監の『内務省三役』を加えた総理直属で常設の『国家公安委員会』を設立する事で、総理が握る軍事力の適切な指導を行う事を目指しており、風通しだけならば大本営よりもはるかに改善されるだろう。
閑話休題。
別階級で出向という事は、この三組織に『飛ばされ』たり『島流し』にされたりというイメージも強く、事実、振って沸いた航空自衛隊長官職に押されたのが誰もが驚愕した山下奉文陸軍中将。
『東条首相は皇道派残党の影響力を陸軍から消すつもりだ』とまことしやかに陸軍内で囁かれた人事で、内閣直轄で作られた航空自衛隊はその出仕からして海の物とも山の物ともつかない組織を、航空自衛隊長官として山下奉文という稀有の人材を得た事で急速にその組織を整えていった。
彼が最初に手をつけたのが、同盟国独逸を手本にした帝都防空網の整備と帝都周辺の高射砲部隊の空自化だった。
万一、また竜神様みたいなのがまた帝都に無断進入なんぞしようものならば、今度腹を切るのは東条首相なのだからある意味当然だろう。
対英米戦争突入寸前までに整備が進められていた高射砲部隊は、内閣直属の航空自衛隊という上部組織によって統一運用される事で急速に本土防空網の整備に邁進する事ができた。
なお、高射砲部隊を取られる形になった陸軍だが、そこは山下長官の説得と部隊の移管が本土限定(つまり何かあったら腹を切るのは山下長官だという事)という所から最後は折れたという。
このあたり、竜神様の帝都侵入未遂は陸海軍に深刻なトラウマを植えつけたのだから罪深い。
話をそらすが、現状における航空自衛隊の最大の功績は帝都防空に限り、陸海軍航空隊の指揮権を無視して関東在住の基地航空隊に命令を出すことができるという破格のものだった。
当然、この決定に陸海軍共に激しく抵抗したが、山下長官の、
「竜神様に陸軍と海軍の違いがわかるのか?」
という当たり前の質問にあえなく撃沈。
竜神様帝都進入未遂事件では関東各地の基地指令や航空隊指令の首が飛んだ前例があるだけに、ついに抵抗する事をあきらめたという経緯がある。
なお、この話を聞いた当の本人が、
「馬鹿にするでない!
赤い丸のついた飛行機を落とさぬぐらいわかっておるわ!!!」
と憤慨して図らずも山下長官の疑問が的中した事を露呈。
あげくに竜神様の飼い主が確認の為に差し出したアブロ・ランカスターの写真を見て、
「落としてはいけないのであろう。
ほら、ここに赤い丸がついておる」
と予想の斜め下ぶりを見せた結果、間違いなくこれは何かやらかすと確信した陸海軍が己の保身の為に権限を差し出したという。
『俺が腹を切る』と責任を明示した結果、横紙破りを可能とする権限を得てしまう日本官僚機構の構造的欠陥の良い一例である。
話がそれたが、現在は英独にとも良い顔をしている帝国が双方に求めた軍事技術は防空関連技術が多く、中立国という皮をかぶった資源輸出という手札を持っている独逸からかなり高度な技術情報を仕入れる事に成功していたのである。
帝都を四方八方に取り囲むレーダー網の整備に着手し高射砲塔の建設を進め、羽田に帝都防空司令部と名づけた戦闘オペラハウスの建設など、俺達が表向き警備をしているものの正体がこれである。
表向きは警備の為に、一個小隊は羽田に常駐させる必要があるので動かせるのは二個小隊。
片桐少尉の件を考えたら、本当に確実に動かせるのはベル達四人だけか。
頭をなでていたベルから離れて宿泊地に向かうとベルも後からついてくる。
「で、ご主人。
この後どうするの?」
「イッソスと同じ。
地下にもぐるのさ」




