総理暗殺阻止依頼 その三
港から歓声があがり、こちらの船からも手が振られる。
見慣れた景色が広がり、ひどく安堵した自分に軽く衝撃を覚えた。
第六次異世界派遣船団の帰還。
報国丸で運んできたのは黒長耳族と獣耳族。
獣耳族の数が想定より増えていたりするが、これはロムルス国家連合とカルタヘナ王国の争いによって、間にある虚無の平原を危険を冒して走破してグウィネヴィアの森まで逃れてきたからだ。
彼女達を救いたい帝国にとって、この新世界の治安維持は早急の課題となっている。
とはいえ、尋常でない森林再生能力を持つ長耳族が虚無の平原を今まで荒れるに任せていた理由である。
「古代魔術文明の機械獣や幻獣、魔獣が野生化していまだにあの地にとどまって我々を襲ってくるのです」
とはボルマナの説明。
500年間稼動しっぱなしとは恐るべし。古代魔術文明。
魔法防御に優れているがゆえに、彼女達では駆除できずに鏡の川の向こう側を放置していた事を俺はボルマナから聞いていた。
虚無の平原を好きにしていいといったという竜神様の言質は、虚無の平原に巣食う魔物達を駆除してくれということの裏返しでもあったのだ。
イッソス湾内でのマンティコアとの戦闘はそのまま大本営に報告され、その衝撃は過剰反応を引き起こしている。
魔獣達の掃討と、保護対象の獣耳族の保護と撫子三角州への輸送を考えると大陸以上の厄介さを陸軍は抱え込み、その打開策として撫子三角洲を起点とする鉄道建設計画が出され、鉄道建設資材を運び込むため第七次派遣船団は規模を拡大する事で調整が進められているそうだ。
神武天皇の故事より「東征計画」と命名されたこの異世界植民地建設計画は、その原動力となる獣耳族の保護と魔獣駆除の為に誰もが予想をしない速さで突っ走ろうとしている。
それは、大陸をあきらめた帝国がかけた最後の希望として国民の目には映っているのだろう。
船を降りる黒長耳族と獣耳族は貫頭衣をまとっているが、彼女達に服をどうやって着せるかについて、逃れてきた獣耳族は激しく抵抗していた。
「慣れると便利なんだけど、裸の方が動きやすいし男も喜ぶでしょ?
何が不満?」
とは、猫耳娘ベルの意見である。
分かって言っているだろう。おまえ。
この後彼女たちは富士の居住区にてこちらの生活に慣れてもらう事になっている。
また、屋久島や白神山地などに新たな居住区を作る予定でその候補地を探しているとか。
あ、何か揉めてる。
猫耳族の一人が港の水揚げ場の魚に目の色変えて憲兵と押し問答をしてやがる。
「好奇心旺盛で、集団行動に向かないのですよ。猫耳族は。
すぐふらふらと何処かに行きますから」
ボルマナが苦笑しながらベルを見る。
「あたしはそんなことしないわよ!」
否定の言葉をせめて水揚げ場の魚ではなくボルマナを見て言ってほしかった。ベルよ。
そのまま降りる桟橋を見つめるとまた別の耳発見。
「あれは、犬耳か?」
俺の言葉にリールが憮然として否定する。
尻尾ぶんぶんは否定と怒りでいっぱいだ。
「あんなのと一緒にしないでください。
あれは狼耳族。
野に暮らす事を誇りにする時代遅れの連中なんですから」
リールの言葉にボルマナがフォローを入れる。
「今の言葉、彼女達狼耳族の前でも言わないでくださいね。
犬耳族とよく間違われてプライドが傷つけられるそうですから」
「どう違うんだ?」
俺の質問にボルマナが答える。
「人と付き合うのが犬。
人と付き合わないのが狼。
私達の世界の人間はそう定義していましたわ」
なんだ。人間の選別に彼女達も振り回されている訳か。
とはいえ、獣耳族はそもそもが古代魔法文明が作り出した人種なだけに当然なのかもしれない。
「あと、獣耳族1.2を争う戦闘能力を持っています。
彼女達の鼻と耳を用いた危険感知と人間以上の脚力を生かした走破能力は馬鹿になりませんよ」
陸軍が聞いたら喜びそうな言葉を言ってのけるボルマナ。
偵察部隊に使えそうだ。
そんな狼耳族の後ろから数人のメイドたちが降りてくる。
あっちが犬耳族という事か。
俺の考えを読んだのか、ボルマナが説明を付け加える。
「あっちのメイドたちが犬耳族。
彼女達は従順で、よくお屋敷のメイドとして雇われているんですよ」
納得。
雰囲気が狼耳族とまったく違う。
狼耳族が他の獣耳族と同じく貫頭衣なのに、犬耳族はきちんと奴隷召使としてメイド服と首輪をつけている。
人間と従順な関係を結んでいたのがよく分かる。
「彼女達も戦闘能力は高いですよ。犬ですから。
けど、狼耳族と違って群れ以外の人間の命令にも従順に従いますから」
これもまた兵隊好みの種族をつれてきたものだ。
「しかし、これだけ、異能な能力があるのに何で迫害されているんだ?」
「それ本気で言っているの?」
と俺に声をかけたのはアニス。
彼女の真意が分からずに、こくりと首を縦にふるとアニスはにこりと笑って言ってのけた。
「集団での争いでもっとも凶悪で残忍で大地の覇者となったのが人間ですのに」
と。
その言葉の重さは異世界に行ったからこそ分かる。
何か話題を変えようとして桟橋を眺めると気になる耳を見つけた。
「で、あれは何だ?」
俺が見つけた丸耳娘をボルマナに尋ねてみると意外な答えが返ってきた。
「狸耳族ですね。
あの丸耳がポイントですね」
「またマニアックな……」
「知ってますか?
狸って、肉食なんですよ。
あと、狐耳族とはやっぱり仲が悪いです」
「……まじ?」
そういやそうだった。
かわいい耳して肉食系。
彼女達が殆ど降りた後に今度は荷物が下ろされていく。
厳重な警備の中で、異世界交易で入手した金貨の入った箱が下ろされてゆく。
次に黒長耳族まで警備に入った別の箱が下ろされてゆく。
「イッソスで買って来た魔法具や魔術書、魔術媒介ですね。
これらは富士で帝大の方と共に本格的な魔術研究を進めるそうです」
ボルマナの声に嬉しさがにじむ。
迫害されていた黒長耳族は魔力の大きさでは人間より優れていたが、魔法を用いた応用や魔法技術が個人レベルでの継承しか行えなかった。
人間の魔術師に追いつく為の魔法研究機関の設立は彼女達黒長耳族の悲願でもあった。
あと、異世界の書物も大量に買いこんできており、帝大の研究者を交えて異世界の研究を始める事が既に決定している。
これらの荷物を東京に運ぶための特別列車に俺達も便乗する事になっている。
極秘任務なので、俺と俺の率いる中隊の身分は大陸から帰った支那派遣軍の一つという事になり、任務完了まで羽田の東京飛行場の空き地に駐屯する事になっている。
他にも、俺については内務省出向という形での身分があるので、内地に戻ったのに気分はスパイのような感じが。
こうして、俺達は内地の土を踏んだ。
「なにこれすごい!
ご主人!
この鉄の化け物こんなに速く、こんなに多くの荷物を乗せて走ってる!!」
列車に乗ってから窓を眺めてはしゃぎまくりなベルの姿は、そのあたりではしゃぐ子供とさして変わらない。
もっとも、リールはこの状況に呆然としているし、アニスは平常を装うつもりなのだろうが、酔ったらしく顔色が悪い。
「前に乗ったときに驚きましたけど、ひっきりなしにすれ違う列車の量と、同じ方向なのにこの列車は他の列車を追い越しているのは本当に凄いですね。
鉄の道しか走れないのに、このようなすれ違いができるのは脅威ですよ」
ボルマナのぼやきに、同乗していた内海審議官も苦笑する。
内海審議官は東京に戻ったらそのまま内務省にて仕事らしい。
かわいそうに。
「鉄道。
日本の全ての物流を司るこの鉄の道に、黒々とした煙を吐き出しながら大量の客車と貨車を連ねて信じられない速度で突っ走ってゆくそれは、陸上のどのような怪物に勝るとも劣らないだろう。
人の生み出した英知の一つさ。
もっとも、竜神様はその英知を軽々と超えてゆくから困るんだけどもね」
内海審議官のぼやきの意味は熱海についてから分かる。
以前来た時にみなれない工事現場ができていたからだ。
「新丹那トンネル。
弾丸列車計画に基づくもので、大量の犠牲者を出し伝説となった丹那トンネルの反省から難工事が予想され、戦時の逼迫から凍結が決まっていたこの工事だが、とある竜神様がちょちょいとやってしまったものでね。
おかげで官僚達は修羅場だよ」
内海審議官の声はうれしさ半分ありがためいわく半分に聞こえる。
帝国政府は異世界人、特に黒長耳族や獣耳族をインフラ整備に使う事で内需を拡大し、それによって莫大に積み上げられた戦時国債を償還する事を目論んでいた。
そうなれば、あとは『本当にそれができるのか?』と投資家連中が信じるかどうかが問題となる。
その信用の証にと竜神様に温泉接待をした結果がこれである。
「わらわにまかせるのじゃ!」
の一言で了解した竜神様の魔法によって、トンネルは完成。
湧水も地震も起こさなかったあたり、竜神様の真骨頂だろう。
多くの投資家達はこのトンネルを見た結果、帝国の開発国債に出資。
その内需開発は確実に帝国経済の回復に繋がっていたのだった。
そして、最難関のトンネルができたのだから、弾丸列車計画は加速する。
というか、トンネルだけしか作らず、その先なんて竜神様が考える訳もなく。
既に現状運用でいっぱいいっぱいの国鉄は線路からその先まで大急ぎで作り、喜ばしいが全計画の修正を余儀なくされた国鉄の関係者が本気で関係各所にガチ込みに行ったらしい。
またこれを見た地方の政治家や官僚が抜け駆け上等の夜討ち朝駆け接待を竜神様にしようとして、インフラ整備を陳情しようとしたものだから軍だけでなく政府も激怒。
とはいえ、地方有力者を敵に回すとろくでもない事になるので動けないという情けない理由を内海審議官は漏らす。
「どうしてでしょうか?
そのような横暴は抑えてしまえばよいのでは?」
慎重に言葉を選びながら俺は内海審議官に質問するが、内海審議官は車窓から騒がしい東京の景色を眺めるのみ。
見ると、あちこちで聴衆が集まり、何かを聞いている。
「選挙だよ。
時勢がおちついたので、国会の選挙が行われているのだよ。
君達を呼んだ理由の一つさ」




