総理暗殺阻止依頼 その二
「ん……しょ……ん……しょ」
かわいい声をあげてボルマナが石人形に何かを引っ張らせている。
まぁ、四一式山砲なのだが。
「ちょっとご主人!
これ結構重たい!」
石人形だけで引っ張るのはきついらしく、アニスの軽量化の魔法をかけてベルが獣耳族特有の怪力で後ろから押し、リールは背負った背嚢いっぱいの砲弾を持って行進している。
なお、人間だけでこれを運用するのに数十人の人員が必要で、それだけでは足りずに馬もかなりの数使っているのだが、こうやって石人形で引っ張れば黒長耳族の娘数人(獣耳族なら十人程度か)で弾薬運搬まで含めた運用が可能になる。
そんな可能性を確かめる為の実験だったりする。
「あの娘っ子がいると仕事が無くなっちまうなぁ」
四一式山砲の持ち主である撫子三角州駐屯の歩兵第一連隊隷下の連隊砲大隊所属将校がため息をつくが、彼がこの実験の責任者の為、ため息をつきつつも石人形に引っ張られる四一式山砲を眺めていたのだった。
むしろ、それを何で俺達が眺めていたかというのを先に語るべきなのかもしれないが、内地に帰る為には撫子三角州に作られた転移装置を使わねば帰れないからだ。
その為、撫子三角州に荷を降ろした後で内地に帰る報国丸に乗り込んだという次第。
で、内地での作戦の為に中隊を借りる予定だったのだが、彼らとて近隣モンスター討伐作戦の最中で部隊を抽出されるのは困る訳で。
兵が減るならば、砲火力で確実に火葬にするのが堅実。
そして、この四一式山砲は昭和11年までにすべての歩兵連隊に配備され、中華民国も購入している輸出武器なので数が揃えやすいという利点があった。
道なき荒地で火力支援ができる四一式山砲の運用について、何かアイデアが無いかと相談を持ちかけられた時の回答がこの実験である。
「そうでもないですね。
黒長耳族にしても獣耳族にしても、まだ数が足りないでしょうから。
その場しのぎの枠から出ないでしょう」
俺がこたえるが、そもそも魔法が使える黒長耳族や怪力の獣耳族は片っ端から内地に送っていたりする。
ここに残っているのは、それができない――イッソスで家畜として育てられたのを買った――連中が殆どなのだ。
彼女達は牧場で家畜として育った者で、その大半が魔法を教える前にまず快楽に狂った精神を何とかしなければならず、治療に長い時間がかかると予想されたが、彼女達には無限に等しい時間がある。
学べは呪文が使えるので、隣接するグウィネヴィアの森の長耳族の保護の下で学習と治療に励んでいる最中だったのだ。
俺はベルたちから視線をそらして、見渡す限りの森と雄大にそびえる世界樹、その先の彼方に連なる白銀の山々の稜線を眺める。
距離的には山々より近くにあるとはいえ、世界樹の高さは1000メートルに届く高さを誇っており、一度来てはいるのだが、いまだ山と勘違いしそうになる。
なお、この地に船で来ると、
「世界樹よ!
世界樹が見えるわ!」
「見て…あれが私が生まれた森よ…分かる?」
世界樹を見てイッソスで買われたダークエルフ達が、黄色い歓声をあげて涙するのが定番になりつつある。
彼女たちの数人かはかつてここで育った者もいて、もう見る事は無いと諦めていた故郷に戻れた事に感極まったのだろう。
俺もそれを見た時は、できるだけ彼女達を邪魔しようとはしない、いや避けるように彼女達から離れて彼女達の喜ぶ姿を追いかけてしまう。
彼女達を見ていると良心が限りなく痛む。
自分達が更なる迫害へ彼女達を追い込んだのに、彼女たちの感謝と善意を帝国は十二分に使う予定なのだ。
帝国には彼女たちが操る魔法従者によって開発する場所が無数にあり、牧場で万全に躾られた夜の仕事は壊れたままでもいや、壊れているからこそやはり需要が無尽蔵にあるのだから。
彼女達に安らぎ場所を提供する代わりに、彼女たちの全てそれぞ魔法からその体まで差し出させる。
それは最初から想定されていた事でもあるが、こうやって現実を見せ付けられると本当に気が重い。
「欧州の戦争を参考に機械化を取り入れた師団編成が始まっているとか。
それはいいのだが、こっちにはそれに追随するだけの足がない。
その足の確保にいろいろやっているという訳だ」
連隊砲大隊所属将校の声で我に返る。
実験はとりあえず成功という所だろう。
「魔法というのは便利ですから。
それ専属の編成ができるかもしれませんね。
魔法大隊とか」
俺は冗談で言ったのだが、連隊砲大隊所属将校は真顔でその冗談に返答する。
「同盟国の独逸では、武装親衛隊というものが勢力を伸ばしているそうだ。
志願による義勇兵によって編成されているとか。
娘っ子達がお国の為に尽くすのなら、あながち絵空事には聞こえんなぁ」
俺より二周りほど年上だろう連隊砲大隊所属将校は娘を見る父親のような顔でベルたちを眺めたが綺麗な敬礼をして訓練協力の感謝を伝えたのだった。
「ぁ……ご主人どこに行くの?」
俺が起き上がろうとすると、ベルが声をかける。
しっぽを見るとリールも起きているみたいだが、俺に声をかけるのは控えるらしい。
「食堂。
水でも飲んでくる」
「いってらっしゃい」
起き上がって服を着た俺にアニスが声をかける。
ボルマナはいつものように気を失っているのだろう。
あの三人ともついてこなかったのはなんとなく気づいていたからなのかもしれない。
俺の中でも、まだ踏ん切りみたいなものがついていない事を。
水を飲みながら、食堂に置いてあった新聞に目を通す。
大陸で何があったのかは内海審議官から聞かされていたが、こうして表に出る情報と照らし合わせて、自分の中で情報を咀嚼する時間がほしかったのだ。
何で片桐少尉は暴動や総理暗殺をたくらむのかを。
その理由が知りたくて、大陸情勢を俺は俯瞰する。
共産党の躍進、北京無血開城、国民党総崩れでまとめられる国共内戦を時系列でまとめるとこうなる。
帝国の足抜け後、英米の支援によってもたらされた千両を越える戦車と八百機を越える航空機、四百二十万もの兵力を持っていた国民党軍に対して、百万ほどしかない共産党軍はゲリラ戦にて戦いを挑んだが、対日戦において黄河堤防を爆破して日本軍を足止めして数百万単位の人民に被害を与えた国民党を華北の民衆が支持する訳も無く、華北の多くの地は共産党が支配する事となった。
更に内部の腐敗と経済格差の肥大で国民党内部は既にボロボロになっており、そんな彼らが孤島の様に維持していた北京を守れる訳がなく、国民党軍は共産党の本拠地である延安を占領したが、既に共産党首脳部は避難しており、彼らが西に目を向けていたその時に北京を包囲して電撃的に占領したのである。
なお、この占領において戦闘行為は一切行われていない。
国民党守備軍が共産党軍に寝返り無血開城したからだ。
北京を占拠した共産党は軍を南に進め、華北においては国民党が大壊走の様相を呈していたのである
無血開城した北京を行進する共産党旗のつけられたM3戦車の写真が撮られ、米国軍事顧問団進出のきっかけともなり、英米は国民党に対して決定的な不信感を持つようになり、国民党の戦争指導が混乱しだしたのもこれに拍車をかけていた。
「ん?」
水を飲み、空になったコップを置いて、俺は新聞の地図を眺める。
何かを忘れている。
その何かに手が届きそうで届かない。
思い出せ。
片桐少尉とマダムと一緒に居た大陸を。
匪賊討伐でえんえんと陣地に篭って……っ!
「そうだ!
匪賊だ!
何で匪賊は動かない!」
匪賊。いや、馬賊。
満州から蒙古にかけて広く点在する騎馬の民にとって、国境など紙に書かれたものでしかない。
その匪賊が動いていないのだ。
特に、満州南部熱河省の匪賊がまったく動いていない。
国民党大壊走は、英米の軍需物資横取りのチャンスでもある。
それに匪賊が参加していない。
そんな事がありえないはずなのに、関東軍は混乱しながらも満州国南部に兵を再配置して警戒している。
盧溝橋事件みたいな偶発衝突はいくらでも大陸では発生し、それが戦火拡大に繋がっていたというのに、国境線は静かだ。
ありえない。
喉が渇きコップに手を伸ばすが、空だったのに気づいたのは傾けた後だった。