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帝国士官冒険者となりて異世界を歩く  作者: 二日市とふろう (旧名:北部九州在住)
俺が大陸から異世界に流れる事までの話
7/82

ダウニング街10番地 英国宰相の決断より

 三月の灰色の空の下、久方ぶりに舞うように雪が降るロンドンの首相公邸に彼は足を入れた。


「こんな早朝に呼び出して、何か面白い事でもありましたかな?

 首相閣下」


 葉巻のにおいがこびりついた大英帝国首相の執務室に通された駐英日本大使は、差し出された紅茶に口をつけた。


「この間取れたダージリン葉でございます。

 近年まれに見る良葉だそうで」


 首相秘書官がうれしそうに紅茶葉の事を語る。

 去年のインドのダージリン葉が本土の首相官邸に出されるその意味は一つしかない。

 インド洋が安全になった。

 つまりはと日本大使は考えて、ゆっくりとダージリンの香りを楽しみながら祝辞を述べる事にした。


「マダガスカル制圧おめでとうございます。

 これで名実ともに、インド洋は大英帝国の物になりましたな」


 去年の十二月に竜達がやってきた。

 ハワイに住み着いて合衆国を追い出し、東京に住み着いて国民党を水攻めにし、アイスランドに住み着いて北大西洋を氷づけにし、マリアナ沖で超巨大鯨に巻きついて遊泳し、シチリアに住み着いてアフリカのイタリア軍が勝手に崩壊すると、世界は竜達によって引っ掻き回されているのである。


「いやいや、これも貴国が戦争などという最悪の選択をせずに真の勇気を発揮したおかげです」


 日本大使の世辞に、首相は儀礼的返答をもって答えた。

 外交など無いに等しい日本に比べて、英国はその外交力によってひたすら本土を独逸の手から守ってきたのだ。

 竜で合衆国があてにならぬと踏んだら即座に、日本が暴発しないように第三国法人設立の抜け穴を教えてあげた。

 大陸からの足抜けによる満州の兵の集中でソ連極東軍を動かさずに日本を牽制し、ドイツとソ連の軍事パワーバランスを整えて双方血を流すように仕向けた。

 そして独逸向けの日本船を見逃す代償に、インド洋で対日戦用兵力として点在する艦隊と部隊を使ってマダガスカル制圧し、余剰戦力を一気に地中海に集中させたのだ。

 北アフリカ戦線は、竜によるイタリアの裏崩れによって今はチュニジアが主戦場となり、極東艦隊と地中海艦隊の総力をあげて独逸占領下クレタ島を攻略する作戦を計画していたが日本大使はそこまでは掴んでいない。


「さて、大使。

 少し政治の話をと思いまして」

「政治の話ですか?」

「ええ。貴国は失業率が上がるので大変でしょう」

「はて、本国の話は聞いてないですなぁ」


 日本大使はしらじらしくとぼけるが、それが通用するほどこの首相は優しくは無かった。

 失業率が上がる。それは戦時動員の解除を指しているのだから。


「大陸での戦争も終息に向かっているとか。

 平和になるというのは、戦争をしている我が国にとってはうらやましい限りです。

 もっとも、我が国も第一次大戦終結時に、貴国と同じような問題を抱える羽目になりましたがな」


 白々しく笑う大英帝国首相閣下。

 日本大使は既にこの老人の老獪な力に引きずり込まれて、ただ愛想笑いを返すのみ。


「で、我が大英帝国がその失業率解消に協力しようかと」

「ほぅ。英国本国にまで輸出をさせていただけるので?」


 困惑しながらも皮肉な笑みを浮かべた日本大使に似たような笑みを返して、首相は目を細めて本題を切り出してきた。


「いえね。

 我々はナチと戦争をしていまして。

 失礼。貴国は同盟国でしたな。

 兵器と兵がいくらあってもたりないのですよ」


 優雅に紅茶を味わっていた日本大使の手が止まった。


「連合国の盟主であられる大英帝国首相のお言葉とは思えませんな」


 日本大使はゆっくりと言葉を吐き出して首相の思惑を探ろうとするが、葉巻を楽しんでいるこの首相は何を当然の事と言わんばかりの顔を日本大使に向けた。


「当然のことでしょう。

 私は、あのナチを打倒する為なら悪魔とも手を組むと公言している男ですぞ。

 ましてや、貴国はかつての同盟国ではないですか。

 しかも、三国同盟についたのは対ソ戦のためであって、わが国と戦う為では無いはず。

 その証拠に我々はこうして優雅にお茶を飲み、紫煙をゆらめかせているでしょう?」


 冷や汗が出るのを我慢しながら日本大使はゆっくりと口にたまったつばを飲み込んだ。

 ここまでして日本を取り込もうとしている理由は何だ?

 ソ連崩壊がカウントダウンに入ったからか?

 いや、冬季反攻は挫折したけど睨みあいは続いたままだ。

 英国首相の本音は独ソ両者の共倒れで、それに日本を巻き込むつもりだ。

 日本で動員解除を予定している陸軍、対米戦が回避され呉に碇をおろしたままの連合艦隊。


(それが狙いなら、大作戦でも企んでいるのか?)


 大規模兵力も艦隊も今の日本は使っていない。

 米国が当てにできぬ以上、持っている勢力は日本しかない。


「お恥ずかしい話ですが、わが国には資源が無い。

 とても貴国が満足できる量の商品を供給できるとは思えませんが」


 日本大使の言い訳を首相は葉巻の煙と共に一蹴した。


「北満州油田の採掘に成功したとか。

 これから開発の為の資金も必要でしょう。

 幸いにも、わが国はいくつかの米国銀行と借款の関係にあり、よろしければ彼らを紹介してもよろしいのですよ。

 アジアの我が植民地には、貴国にとっても十分なほどの資源があるはず。

 あとは貴国の船で貴国の工場に持ち込むだけです。

 貴国は現在中立国ゆえ、その資源を商品に変えて何時でも何処でも運ぶ事ができる。

 そう。たとえばアメリカ東海岸とかに」


 首相はこう言っているのだ。

 英国が金と資源を出し、日本がそれで商品を作り米国に輸出する。

 米国が買った商品だから米国が自由に使えるわけで、それがたまたま米国船で東海岸から英国に運ばれただけである。

 独逸が聞いたら激怒しそうな甘い誘惑だった。

 重大な同盟違反だが、インド洋を誰が握っているかというと英国であり、予測より悪化していない帝国の景気も、英国が英国植民地への輸出を黙認しているからに他ならない。


「し、しかし、その話が現実になったとして、我が国の工場で生産されて貴国に届くまでに時間が……」


 首相が日本大使の言葉を遮った。


「あるじゃないですか。

 動員解除する百万の陸軍と連合艦隊という『商品』が。

 今の我が国ならば言い値で買いますが?」 


 首相の決定的な一言に日本大使は完全に固まった。

 本国では、この大戦において中立を維持するという方針で固まったはずだった。

 独逸の「シベリア取り放題」という甘言すら断ったのだが、この英国首相の甘言は甘すぎた。

 米国を巻き込むという事は、対米交渉を仲介するという事だ。

 資源も資金も出すという事は、破綻寸前で四苦八苦していた帝国経済が回復するという事だ。

 外交問題と経済問題を独逸を見捨てるだけ。

 いやほんの少し資本主義に従い買い手を優遇するだけで解決できてしまう。

 日本大使にはこの場で拒否できるわけが無かった。  


「で、ですが、第一次大戦時の某国の風評を聞くと、国際社会というのは信義のある国こそ大国にふさわしいと愚考するわけでして」


 この某国というのはイタリアの事である。

 三国同盟に参加しておきながら、未回収のイタリア問題から早々に離脱し寝返ったイタリアの風評は決して良いものではなかった。

 額の汗を拭きつつ必死に言葉を探す日本大使。

 首相はその姿を気にもせずに言葉を続ける。


「さすが誇り高いサムライの国ですな。

 ですが、貴国の懸念はもっともだ」


 極上の笑みを首相は浮かべる。

 見ていた秘書官と日本大使は悪魔の微笑にしか見えていなかったが。


「ふと思うのですが、貴国がルシタニア号を持っていれば我が国としては嬉しいのですが。

 メーン号でもいいですし、アラモと叫んでもいいのですが。

 そういえば、全部同じ国でしたな」


 にこやかに笑い声をあげる首相を尻目に日本大使の顔は青ざめていた。

 何よりもこの話の美味しい所は、戦時経済を解除することなく最大の消費行為である他国の戦争に参加できる、つまり一次大戦時の帝国の立ち位置に戻るという事を意味していた。

 更に汚い事この上ないのが、万一米国の商品を積んだ日本船を撃沈した場合、双方が独逸に宣戦布告する格好の理由ができてしまう。

 世界に冠たる大英帝国の首相は馬鹿ではない。

 日本を巻き込みつつ、日本にも利が出て、米国まで道連れにするプランを提示して見せたのだ。


「最近は大寒波による氷山の発生で北大西洋航路が封鎖された上に、独逸の通商破壊も活発で、艦船や潜水艦がアメリカ東海岸にも出没しているとか」


 独逸が船を沈めまくっている大西洋に、独逸の同盟国の商船が入ってくる。

 間違って沈められたらりっぱな開戦理由になる。第一次大戦の米国のように。


「そ、それはそうですが……独逸が我が国を攻撃する理由が……」

「ソ連崩壊後にシベリアに侵攻なさればよろしい」


 部屋の空気が完全に凍った。

 ソ連崩壊後に侵攻。

 火事場泥棒でシベリアを席捲。

 独逸は当然面白くない。

 この帝国のシベリア侵攻を英国が黙認すれば両国関係をギクシャクするだろうし、独逸総統の性格から帝国に対して疑心暗鬼になるだろう。

 そんな状況で帝国にとってのルシタニア号事件が発生すれば……

 考え込む日本大使の顔を見て満足した大英帝国首相閣下は上機嫌で秘書官に声をかけた。


「大使がお帰りだ。

 丁重にお見送りするように」



 三月の灰色の空の下、久方ぶりに舞うように雪が降るロンドンの首相公邸に彼は足を入れた。


「こんな昼に呼び出して、何か面白い事でもありましたかな?

 首相閣下」


 葉巻のにおいがこびりついた大英帝国首相の執務室に通された駐英ソ連大使は、差し出された紅茶に口をつけた。


「この間取れたダージリン葉でございます。

 中々船が届かないのですが、近年まれに見る良葉だそうで」


 秘書官がうれしそうに紅茶葉の事を語る。

 インドのダージリン葉が本土の首相官邸に出されるその意味は一つしかないのだが、ソ連大使はそれに気付かずに諜報機関が調べた報告を元に、ゆっくりとダージリンの香りを楽しみながら祝辞を口にした。


「マダガスカル制圧おめでとうございます。

 これで名実ともに、インド洋は英国の物になりましたな」

「いやいや、これも貴国の大祖国戦争の英雄達が血を流したおかげです」

 まるで先ほどの日本大使と代わらぬ光景がそこには存在していた。

「さて、大使。

 貴国に残念なお話があります」

「残念な話ですか?

 貴国からの援助途絶以上の残念な話があるのならお聞きしたいですな」


 十二月からの大寒波によって、北大西洋航路はまともに船が通行できない状態が続いていた。

 それは北極海を通る北氷洋航路も使えない事も意味しており、ハワイに居座った竜の為に太平洋の対ソ援助航路も途絶した結果、冬季反攻の失敗に繋がっているのだからソ連大使としては皮肉の一つも言いたくなる。


「極東の島国はご存知でしょう。

 戦争参加を決定したようですよ」


 部屋の空気が完全に凍った。


「そ、それは本当ですか?」


 ソ連大使が必死に言葉をひねり出したが、首相は気付いていないふりをした。


「先ほど、日本大使が来られて、

 『春に三国同盟にもとづき対ソ宣戦布告するが、英国とは戦争をしない』との報告を」

「そ、それは、その情報は確かなのでしょうか?」

「さすがにこのような情報は文章や電波に流せるものではないですからな。

 貴国が信じるか信じないかの問題でしょう。

 ただ、現在トウキョウではナチが日本参戦について、激烈なロビー活動をしているのはご存知でしょう?

 そして、大使が来る前に日本大使が面会にこられた」


 もちろん、そんな話は首相のでっちあげである。

 状況証拠を積み上げて国の指導者が堂々と嘘をつくという点だからこそ、この嘘に説得力があった。


「で、首相は何とお答えになったのですか?」

「『貴国はナチと戦う大事な同盟国だ。

 そんな事認められない』とは答えておきましたが。

 いやいや、お恥ずかしい話ですが、今日本が暴発してもわが国には対抗できる手段がないのですよ。

 極東に巨大戦艦を含む強大な艦隊を有し、大陸での戦争が終わって自由に使える兵が二百万もある国ですからな。

 だから、せめてものと貴国との信義に重んじて大使にお話した次第」


 ソ連大使の方にも日本の戦時動員解除の報告は届いていた。

 と、同時に戦時体制解除後の日本の景気動向と失業率の報告も。

 今の日本に百万の雇用を生む産業はない。

 そして、不可侵条約を結んで中立の立場である日本が、独逸と対ソ戦目的の為に同盟を結んでいるのも分かっている。

 春の雪解けと共に始まるであろう独逸との決戦において、決定的な瞬間に背後から日本が殴りかかる。

 それを止める力は英国には残っていない。


「早急に本国に連絡します」

「お急ぎになられた方がよろしいでしょう。

 何とか日本を宥めておきますが、春までは時間がないでしょうからな」


 青い顔をして考え込むソ連大使の顔を見て満足した英国首相は上機嫌で秘書官に声をかけた。


「大使がお帰りだ。

 丁重にお見送りするように」



「しかしよろしいので?」


 日も傾きだした頃、紅茶を差し出しながら、秘書官は首相に尋ねてみた。


「何、責任問題になろうとその時には選挙で負けているさ。

 選挙で負けるのならば敗者として諦めがつくが、戦争に負けるのは破滅でしかなないからな」


 冬季反攻の失敗で英国はソ連を見限っていたのだ。

 米国のレンドリースの途絶、英国の支援中断等不幸な事態もあったが、この冬季反攻失敗で英国は覇権国家としてのソ連を見限った。

 ならば、独逸と共食いさせてドイツが痛手を回復するまでに新たなパートナー、強大な艦隊と大量の陸軍を持つ日本を引きずり込んでしまえと。

 あの人間を信用できないソ連首相がこの報告を聞いて、あちこちから上がるであろう『日本は侵攻しない』という報告を信じられるはずが無い。

 極東に配備している兵力は動かせずに、ソ連はウラル山脈まで後退する事になるだろう。

 ソ連追い落としのメリットとして、独逸が勢力を伸ばしたとしてもソ連領すべてを統治できるはずも無く、英国の生命線であるインドには手出しができないというのがある。

 イランからインドという線もあるが、日本と組めば海上戦力で絶対的優位に立てる点も魅力的だった。 


「首相閣下。海軍の方々が到着いたしました」

「通せ。

 英国国民を代表してこのような大失態を見過ごすわけにはいかないからな。

 おかげで、日本に媚を売り、ソ連に嘘を売る羽目になったのだからな」


 新聞各紙の一面にでかでかと映る一隻の巨大戦艦。

 通商破壊戦の激化で忙殺される海軍をあざ笑うかのように、悪天候のドーバー海峡を一気に突破して大西洋に消えたティルピッツの姿がそこには映っていた。

説明回。その二。

長くなったのでそのまま投稿。


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