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総理暗殺阻止依頼 その一

 内閣総理大臣暗殺。

 この国を率いる代表者の一人に対する暴挙にありながら、誰も彼を守ろうとしない事で彼が詰んでいる事をいやでも思い知る。


「ご主人。

 どうしたの?」


 帰りの船の中、日本食の食事を満喫したベルがこっちの顔を見る。

 心配の言葉がでるぐらいだから、よほどひどい顔をしているのだろう。


「ああ。

 帰ったら皆に話すよ。

 それぐらい大事な話だ」


 そう言った俺の頬にベルの両手が当てられ、視野いっぱいにベルの怒った顔が映る。


「ご主人。

 あたしはご主人に買われた事を誇りに思っているの!

 そんなあたしの恩返しは体を張るぐらい無いのだから、相談なんかしなくて結構!

 ただ『行け』と言ってちょうだい!」


 ベルの叱責にたまらず笑わずにはいられない。

 きっと、ボルマナもリールも同じ事を言うのだろう。

 ベルなりの励ましに感謝しながら俺はその事を告げる。


「冒険者冥利につきるとびきりの仕事を受けてきた。

 成功すれば英雄。

 失敗すれば犯罪者」


 聞いていたベルの顔がにやりと笑う。

 獲物を見つけた獣のごとし笑顔から出た言葉はまた挑発的だった。


「おお。

 なおの事あたし向きの舞台じゃないの。

 で、何をするわけさ?ご主人?」


 頬からベルの手をのけて報国丸の方を見る。

 そして、状況をできるだけ簡潔にまとめた依頼内容を口に出した。


「俺の国の要人暗殺阻止さ」


 館に戻るとマダム・ボルマナ・リールを呼んで、俺は全てを話す。

 漏れても構わないというか、漏れた所でどうにもならない話にベルを含めた異世界組三人は気楽な顔で言ってのける。


「暗殺阻止ですか。

 守れば勝ちのなのですから、ある意味気楽ですね」


 最初に感想を口に出したボルマナにリールがダメだしをする。


「ボルマナは甘い。

 どうせ暗殺なんてするのは少数だから、こちらから打って出るのも策と」


 それに口を挟んだのがベル。

 なんだかんだで仲がいいのではないかと邪推するぐらい口出しのタイミングがいい。

 二人とも嫌がるかもしれないが。


「わんこも気楽だねぇ。

 食べ物に毒とか入れられたらどうするのよ?

 とにかく、情報を集めてから行動しましょうよ」


 そんな三人に対してマダムの顔は明らかに暗い。

 ある意味察してしまったからこそ、俺は何もマダムに声をかける事ができない。


「私は残るわ。

 そんな場所だと何もできないし、娼館の面倒も見ないといけないしね」


 マダムの言葉を俺と片桐少尉の殺し合いを見たくないと思ってしまったのは、俺のうぬぼれなのだろうか。


「今回は報国丸に乗って内地に帰る事になるので、お土産を期待しててください」


 そう茶化したが、内海審議官はこの大博打において手を抜く事はするはずもなく、俺達だけでなくマンティコア退治や山賊討伐で協力した撫子三角州に駐留する部隊を中隊規模まで引っ張って構わないというお墨付きをもらっている。

 海軍陸戦隊については知らないが、陸軍の駐屯部隊は島流しという扱いだから内地帰還と罪の軽減の言質(これも内海審議官はくれた)でまず裏切る事はないだろう。

 その為先のマンティコア戦で地下水道に潜った連中を中心に召喚する事を心に決める。

 逆に言えば、それぐらい内地で、いや、首相周辺で信用できる人間が居ないという事なのだ。

 なお、総理周辺には現在黒長耳族が密かに護衛についているらしい。

 俺は帝都の地図をテーブルに広げる。

 これが次の冒険の依頼と分かった二匹はその地図をガン見するが、隣に置いたイッソスの略地図を並べるとその違和感に気づく。

 で、帝都を知っているボルマナがそれを口にした。


「これがイッソスの街、こっちが帝都東京です」

「ご主人。

 こっちイッソスだと思うけど、この街どれだけ大きいの?」

「というか、こっちの地図まだ城壁が無い!

 港からこの大きさってどれぐらいですか!?」


 そりゃそうだよなぁ。

 人口数万の都市国家の集合体でしかないこの国から見れば、一都市だけで人口七百万を超える東京は化け物でしかないよなぁ。


「喜べ。

 そんな街の地下水道を俺達はうろうろする予定だ」


 俺の一言に真っ青になるベルとリール。

 生きて戻れぬ大迷宮に挑戦するとでも考えているのだろう。


「ご主人様。

 この街の地下水道に出るモンスターは?」


 リールの質問はある意味当然なのだろうが、俺は笑いをこらえてそれを告げる事にした。


「いない」

「は?」

「はい?」


 ベルだけでなくリールもすっとんきょうな声をあげる。

 なお、顔は何言ってんだこの人と二人とも言っているので本当に仲良しだ。本人達に言うつもりは無いが。


「居ないんだ。化け物なんて。この帝都に。

 多分、大鼠すら居ない。

 鼠そのものは大量にいるだろうが?」


 俺の言葉で別の意味で真っ青になる二人。

 きっと考えている事が同じなのだろう。


「つまりご主人。

 あたしらは、イッソスの湾に落とした金貨をあたしらだけで探せと?」


 なるほど。

 砂漠に落とした真珠を探すのこちらでの言い回しはこうか。

 俺は皮肉な笑みを浮かべてベルに言ってのけた。


「だから言ったじゃないか。

 『冒険者冥利につきるとびきりの仕事を受けてきた』って」


 ベルとリールが東京の大きさについてボルマナから説明を受けている間に、俺とマダムは報国丸に積んでいた新聞と雑誌を見て情報を得ようとする。


「うわぁ……大陸めちゃくちゃじゃない……」


 住んでいただけに大陸の国共内戦の泥沼さ加減にマダムが頭を抱える。

 その内戦で国民党を追い込んだのが竜神様が作ってしまった三峡ダムだった。

 長江封鎖の為に築かれた巨大な堤はそのまま国民党が保有し、これに発電施設・利水施設・交易用運河建設などが計画され、その利権を担保に1942年3月米国は国民党に5億ドルもの資金貸付をしていた。

 これは、帝国が足抜けして空白と化した大陸権益を米国が保有する宣言にも取れたのだが、この結果二つの事態が更に米国を追い込む事になった。

 第一に、三峡ダムの建設資材を何処から持ってくるのか?

 発電施設・利水施設・交易用運河建設に水に沈む四川盆地の代替建設まで、大陸史上空前の建設ラッシュの為にありとあらゆる資材を必要としていた。

 だが、大陸の民に多大な恩恵を与えてくれるであろうダム開発の能力を国民党は持っておらず、その開発は欧州大戦に参加していない米国資本が独占する事となる。

 ところが、米国本土から大陸まで資材を運ぶのにもハワイの竜神様が邪魔だった。

 現在、パナマ運河からハワイを避けてマーシャル諸島・オーストラリアを通って、太平洋を長躯運ばれてくる資材の為に大量の船を必要としていたのである。

 その船の量は即座には米国一国では賄いきれず、船を持つ英国は戦争でそれ所では無く、帝国を大陸から追い出した手前帝国に生産を頼むわけにも行かず、最短距離の北太平洋航路はまだ大寒波の大荒れ状態という八方塞りとなって、米国政府は産業界から猛然と突き上げを食らっていたのだった。

 第二に、共産党の勢力の急拡大。

 この三峡ダム建設で四川盆地のかなりの部分が水に沈み、多くの農民が土地を追われる事になる。

 だが、国民党政府はその農民対策で最悪の手を打った。

 米国から与えられた資金には農民の移転対策費用を賄うだけの大金が与えられていたはずなのに、それを腐敗しきっていた国民党上層部が着服して軍を使って農民達を追い立てたのだった。

 彼らは激怒し共産党に助けを求め、農民層の支持の元共産党の勢力が急拡大していたのである。

 更に情けない事に国民党内部の権力争いで敗れた有力者も共産党に走り、日々勢力を伸ばしている共産党に国民党は何も手を打つ事ができていなかった。

 こういう最悪手の繰り返しが国民党の華北失落に繋がっている。

 ここに至って、米国は初めて帝国の大陸の苦労を思い知る。

 国民党政府に武器貸与という形で更に5億ドルを貸付け、フィリピン駐留の米軍から軍事顧問団を上海に派遣して大陸情勢をコントロールしようとしていたが、人民の海は米国の生産量を凌駕しようとしていた。

 1938年米国の海軍拡張法が11億ドルという事を見れば、この対中投資がいかに過大かよく分かる。

 国共内戦で共産党が勝つような事になれば、その10億ドルが不良債権となるため切り捨てるには大きすぎる。

 手に入れた大陸利権てこ入れの為にも、米国は太平洋を文字通り「太平」にしたかったのだ。

 米国は戦争と大陸投資で多大な利益をあげようとしていたが、それは英国と国民党に金を貸し付ける事によって成り立っている。

 逆に言えば、国民党が共産党に負けたり、英国が欧州戦争で負けて膨大に貸し付けていた債務が紙くずとなって不良債権に化けたら、大恐慌以上の政治的経済的混乱を招く事を意味していた。

 英国が仲介の対米秘密交渉はこうした背景があった。

 英国は、米国に恩を売ることで更なる債務引受と太平洋の安定化による米国の対独参戦を。

 帝国は、英国に恩を売ることで竜神様を政治カード化して停滞している米国との関係改善を。

 米国は、英国の案に乗って帝国と交渉する事によって竜神様の無害化と大陸利権の安定化を。

 もはや、竜神様すら政治カード化している冷徹な国際政治がそこに存在していたのである。

 そして、諸事情からそれがまとまらないと帝国は踏んで、竜神様をそこに差し向けたと。


「ねえ。

 一人連れて行って欲しい人が居るの。

 私の代わりに」


 情報収集が終わった終ったと思った時、マダムの一言が場をかき乱す。

 何を言うのかと思っていた俺達に、マダムはとんでもない人物の名前を告げた。


「アニスちゃん。

 多分役に立つと思うわよ」


 ベル達異世界組三人が驚愕と呆れの顔を晒す。

 というか俺も同じ顔をしていると思う。


「一応聞くけど理由は?」 


 マダムは俺の言葉に自信満々にこう言ってのけたのだった。


「女の勘」


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