たのしいたのしいいんぼうのおはなし その三
第六次異世界派遣船団がやってきた時、俺はその違和感に気づいた。
いつものとおり報国丸にやってきた時、海軍士官達の会話を耳にしたからだ。
「……丸五・丸六計画白紙って本気か?」
「大和級三・四番艦の予算が通った方が奇跡だろうな。
まぁ、船台に乗っている物は仕方ないから作るとして、船台に乗る前のものは空母以外は全て白紙だ。
海軍的には大勝利だが、水雷屋大激怒で軍令部に怒鳴り込んだらしい」
「で、付随資料として現在の対竜戦で軍需増産著しい米国の建艦計画がついている訳だ。
大蔵はこれ突きつけて、『どう足掻いても勝てない計画なんぞ金の無駄だ』と言い放ったそうな」
後で見たが、二年で連合艦隊二個作れる化け物国家の建艦計画なんて見たくない。
対米戦――いや、回避されつつあるけど――を考えると帝国はもはや何をやっても勝てない。
「陸軍もひどいな。これ。
百万除隊って削減というより粛清だろ」
「航空機も計画の整理統合が決定。
陸海軍航空隊の統合を視野にした空軍設立も上は考えているらしい。
軍令部は頭をかかえているが、これでも軍令部はがんばったらしいぞ。
せめて制空権だけでも取れればとその方向での予算を分捕ってきたのは功績だろうな」
「竜神様さまか。
あのお方がいると戦が楽だという事は大陸で実証済みだからな」
「けど、竜神様の帝都侵入で上が軒並み責任を取らされたので動いた話だろ。空軍は」
竜神様の持つ空間把握能力と同時多数通話能力は、どの方面から敵が来て、それをもっとも迎撃しやすい機に同時多数に指示を出せるという事で、大陸でのお披露目時に容赦なく発揮されたのだ。
これを踏まえて一式陸攻に強力な通信機能を持たせた指揮機みたいなものを作って運用してみようという話が出ており、それの予算が通ったという事だったりする。
それがらみで通信の重要性もわかり、通信機も改善されたらしい。
ついでに懸案事項だった空軍の話が動いたのもさすが竜神様と言った所なのだろうが。
(昭和十七年度予算が提示されたのか)
軍隊とて政府組織であり官僚組織である以上、金がかかり支払いのためには書類と判子が必要なわけだ。
同時に、金の流れというのはそれゆえに大本の政府方針をかなり的確に推測する事ができる。
少し船内を歩いて陸軍の面子からも話を聞く事にする。
大陸帰りでかつ、本土に置くと危ない連中で構成されているだけあって、口は軽いがやばい話は色々と聞く事ができた。
ソ連の不気味な沈黙に満州の帝国は疑心暗鬼になっていた。
何しろソ連軍が国境全域で無線封鎖を実行したのだから。
無線封鎖後、普通は攻撃が開始される。
この無線封鎖にともなって関東軍は臨戦態勢に入っていた。
「司令部から繰り返し、
『変化あるまで待機。監視のみに留めよ』と。
こっちから攻撃はするなと言い続けていましたよ」
生々しい話を語ってくれた軍曹に飴としてこちらの金貨を握らせてやる。
誰もが「まさか?」と思わずにはいられなかったソ連の無線封鎖。
モスクワ前面にドイツ軍に迫られていながら、我々を攻撃するなんてと思いつつじっと国境線向こうの動向に注意を払い続けたのだ。
何しろ帝国は大陸の泥沼から足抜けした事による兵力再編が、ほぼ終了しつつある段階にきていたのだから。
支那派遣軍は解散され、石油が出た満州にはさらに兵が集められ、支那派遣軍の装備はまとめて満州軍に再配備されていた。
支那事変前十六個歩兵師団を中心とする七十五万人の兵力は、三個戦車連隊と二十二個歩兵師団を中心とする百万に増強され、八百機の陸海軍航空機によって防空する体制に移行している。
まさに大日本帝国建国以来の規模と言ってよい。
なお、帝国が大陸に派兵していた兵力はおよそ二百万。
つまり、先の百万除隊というのは満州に配備されなかった連中のことである。
それだけの大軍であっても、いまだ現在続いている独ソ戦の中では一地域に展開する戦力でしかないのだ。
ソビエトという大陸国家――人口二億を超える超大国――にとっての百万の兵員とはそういうものであり、これを相手取ると考えるなら現状でも安心していられないのだ。
「で、ソ連に怯えていたら、南で火がついて共産党の北京無血開城と国民党の総崩れ。
俺達が大陸を出る前に、共産党は中華人民共和国の建国を宣言したとか。
満州は上に下にの大騒ぎでしたよ」
そんな中、彼は移動に伴う武器の横流しを行って、この地に流されたという。
本土に戻っても職のない連中や戻すとやばい連中をまとめてこの地に流すつもりらしい。
事前情報を収集して、俺は内海審議官の所に顔を出す。
内海審議官は開口一番、こんな事を言ってきた。
「冒険者神堂辰馬君に仕事をお願いしたい」
軍籍でもなく、出向している神祇院でもない、『冒険者』としてのお願いだ。
ろくでもない汚れ仕事だろうと感づきながらも無言にて内海審議官の話を聞く事にする。
「貴方も知っていると思いますが、大蔵省が昭和十七年度の予算案を提示しています。
ここでこちらの世界の方々を使った内地開発の案はあらかた通りませんでした」
審議官という実質的事務次官格ともなると横のつながりが当然上層部に及ぶ。
だから、こんな情報からあの依頼に繋がるのだが。
「関門トンネルの二期工事や黒部の水力ダムとかに使うつもりだったのですが、内地開発より満州・朝鮮・台湾に回す事になって地方局が激怒ってこのあたりの話はいいでしょう。
この計画にストップをかけた連中が居ます」
まだ話が見えない俺に、内海審議官は楽しそうに続きを口にする。
「これが省庁間の予算の奪い合いだったら私達の日常茶飯事だったんですが、ヴァハ特務大尉が調べてくれた結果、もう少しお付き合いが広かったりするみたいなんですよ。
憲兵にお友達がいる為か首相の所まで情報が届いていなかったり、近衛第一・第二師団あたりも動きが怪しかったり、横須賀鎮守府もどうもお友達がいるみたいで困ったものです」
これは第二次二・二六事件の前触れじゃないのかと、俺は知らず知らずのうちに汗まみれになる。
冷や汗が止まらない俺の顔を見て、事態に気づいたらしい内海審議官が楽しそうに苦笑する。
だが、語られた言葉はもっとたちが悪かった。
「安心してください。
武装蜂起という事態にはなりませんよ。
このお友達の方々、重臣達にも顔が効くらしいので彼らの幾人かが協力しているみたいなんですよ。
政治的に、今の総理は詰んでいます。
あとは何かあれば、内地への帰還兵達が何かすればそれでおしまいです」
一枚の紙を内海審議官は俺に手渡した。
それは帰還兵のリストなのだが、ヴァハ特務大尉の調査の結果、死んだと思われている人物が内地に帰っている事が確認できたそうだ。
身元不明の大陸浪人が帝都で何をするか、考えただけでもろくな事にはならないだろう。
そして、そんな要注意人物の一人に、『満州国軍 片桐次郎少尉』の名前を見つけてしまう。
その時の俺の顔はどうなっていたのだろう?
自分の顔が見えなかった事をこんなに感謝した事はなかった。
「陰謀渦巻く世界。まるでビクトリア朝ですね」
何でこんな事を言ったのか自分でも分からないが、たどたどしく作り笑いをする自分が分かる。
「当たらずとも遠からずですね。
世はメイドにあふれていますし。
まぁ、彼らの言い分も分かるのですよ」
内海審議官は軽やかに語る栄光の大英帝国華やかな時代の暗部。
階級の固定化が進み、富めるものはさらに富み、飢えるものはさらに飢える社会。
植民地争奪によってしか成り立たない国家への変貌。
それはあまりに想像しやすい刹那的世界だった。
その道を走った帝国が、1941年12月までの対米戦という破滅寸前の状況にまでいたろうとしていたことを俺と内海審議官は理解している。
過去の英国がそれに生き残れたのは、ただ単に、当時最も強力な国力を有していたからに過ぎない。
そして現在の日本は、欧米列強を圧倒できる国力など有していない。
時間が必要であった。すべてをうやむやにしてしまえるだけの時間が。
「けど、それならばどうして貴方は俺を動かすんですか?」
政治的に詰んでいる首相に尽くすぐらいならば、次の首相に忠誠を誓った方がいいに決まっている。
にもかかわらず、俺なんて番外の駒を使ってかき回そうとする内海審議官の意図が分からない俺の質問に、内海審議官は淡々と答えた。
「現在、英国仲介で秘密裏に対米交渉をやっているというのは話しましたね。
おともだちの方々はあれがまとまらないと踏んで、竜神様に全部投げてしまったんですよ」
「え?」
予想外の一言に俺は間抜けな声をあげてしまう。
外交なんてのは外務省がするものだ。
よしんば、政府が代表に立つものだ。
それがまとまらないからと踏んで竜神様に丸投げした?
「これも、政治的に詰んだ首相窮余の一手だったんですが、その結果、まとまるにせよ壊れるにせよ神祇院は矢面に立たざるを得なくなりました。
つまり、成功すれば総取りです」
ああ、その性格でこの人はここに流されたのだろうなと俺は思っているのを知ってか知らずか、内海審議官は楽しそうに決定的な一言を俺に向けて口に出したのだった。
「貴方とその仲間たちには帝都に戻ってもらって、企んでいるだろう暴動および総理大臣暗殺を阻止してもらいたい」
と。




