墓地アンデッド討伐戦 その五
地下墓地へ続く礼拝堂は本来は薄暗い所なのだが、今は松明で明かりが灯されている。
ワイト討伐の拠点になっており、いくつかのパーティーが既に潜っているからだ。
で、現在その場所でちょっとした修羅場が発生していた。
「で、何であなたはついてきているのかな?」
「あら、勇者と見定めた者に支援をするのが神殿の巫女の勤めですから」
アニスはそう言って、ベルに神殿の紋章が彫られた証明書を見せる。
なお、体に同じ紋章が魔法で浮かぶように彫られており、必要なときに肌を見せれば身分証明にもなるという訳だ。
「うわ。
よりにもよって、華姫かよ」
華姫。
ベルの説明によると、竜に対抗する為に生まれた勇者を信仰する神殿が勇者の為に作り出した、神聖娼婦の最高位。
竜およびその眷属が女性で男を篭絡する事を恐れた人間側の究極娼婦とも言え、勇者の投入される戦場について行けるように勇者専用メイド以上の戦闘力を与えられた化け物とも言える。
また、各国共に勇者に関する情報は秘蔵され、かつ在野に出る勇者を確保する見地から、華姫には勇者と同じぐらいの優遇が付随されている。
高級娼婦達でも二つ名持ちの上でかつ、国家クラスの機密に包まれる華姫の証明書を見てベルが天井を見上げて額に手を当てる。
「ん?リールとどう違うんだ?」
俺の質問にリールがしっぽをわっさわっさ振って答える。
「私の上位互換と思ってもらって構いません。
私が勇者に対するサポート要因ならば、華姫は勇者のパートナーとして作られた存在です。
ご主人様が華姫から選ばれるなんて従者としてこれ以上の名誉があるでしょうか」
その言葉に、俺もベルと同じように天井を見上げて額に手を当てた。
それは誰かが俺を勇者として扱うとも取れるからだ。
「それは、カッパドキア共和国が、俺を勇者として認めるという事なのか?」
ため息交じりの俺の質問に、アニスは微笑を浮かべながらやんわりと否定する。
「私が認めるのです。
国はその後を追随するのみ」
その自信に満ちた言葉に彼女の矜持と誇りが見える。
同時に、この世界における国家という枠組みの弱さにある意味暗澹とせざるを得ない。
「ワイトが出たぞ!」
「何処に!」
「スラムの地下水道からこっちに逃げている!
二人やられた!」
地下墓地から礼拝堂に戻ってきた一人の冒険者の報告に、俺達を含めた全員が口を閉ざして緩んだ空気を引き締める。
「はやく魔力付与の呪文を武器にかけてください!」
「あたしにも!」
ボルマナがエンチャントの呪文を二人にかけようとするが、詠唱が長くてまだかからない。
「来たぞ!」
冒険者の叫びと共にワイトが現れ、やっと呪文がかかったベルがワイトに向かって突っ込んでゆく。
幽霊相手にちゃんばらとは何処の怪談物かと苦笑するが、命の危険がある以上笑ってもいられない。
「あれ、効いているのか?」
警戒しつつ後退しながら、俺はボルマナに尋ねる。
ワイトに攻撃をしかけているのはベルを含めて三人。
更に四人ほど魔法をかけて援護する体制を整えているが、ワイトの姿を見る限り効いているのかどうかいまいち分からないのだ。
「効いているとは思うのですが……」
「思った以上に魂吸っているわね。
大きな攻撃魔法をかけた方が早いかもしれないけど、今切り結んでいる前衛を巻き込んじゃう」
ボルマナの説明にいつの間にか隣に居たアニスが解説を付け加える。
同時にアニスの周りに光玉が十数個集まり、マジックミサイルがワイトを穴だらけにしてゆくが、その穴がみるみるふさがってゆく。
「じゃあ、これに魔力付与ってやつをかけてくれないか?」
俺がアニスに差し出したのは手榴弾。
アニスは言われるがままに魔力付与の呪文をその手榴弾にかける。
俺は手榴弾についているピンを抜き、叩きつけた後にワイトに向かって投げつける。
「ワイトから離れろ!」
俺の警告にベル以下三人はワイトから離れる。それが二秒。
ワイトの半分しか残っていない顔についている目に、手榴弾が飛び込んできたのがその一秒後。
手榴弾がワイトの手前に来た一秒と少し後で光り、閃光と轟音が響き煙が消えた後に残っていたのは、粉々になったワイトの霊体の欠片たち。
それもワイトという核をうしなってゆっくりと夜の闇に溶けてゆく。
投げた本人以外は何が起こったか分からず、ただ俺を見つめるのみ。
「なるほど。
これは効果がある訳だ」
「魔法も唱えずにあの破壊力を持つ石なんて持っている貴方はやっぱり勇者かしら?」
アニスのぼやきを俺は聞こえない振りをした。
ワイト討伐に繰り出したのは、俺達を含めて四パーティ二十人。
で、二人の死者を出しているのだから、この戦果は上出来の部類だろう。
正直、この手の仕事は手を出さないようにしようと思っていたら、戻ってきたベルが俺にちくり。
「勝手に女買っていい事した当然の報いじゃない?
自業自得。ご主人」
ぷいっと横を向いて俺に吐き捨てるがまさにその通りなので俺は何も言い返す事はできない。
「ちょっと、その当人がいるんだからもう少し気を使っていいと思うんだけどなぁ」
さり気なく俺の腕にしがみ付いてベルを挑発するアニス。
俺はベルの耳と尻尾が怒りで震えているのを見なかったことにした。
「つーか、何で二つ名持ちの華姫様が、こんなちんけな冒険者にしがみ付いているんですかぁ?」
反対側の俺の腕にしがみ付いてベルはアニスに喧嘩を売る。
「あら、未来の勇者様を見つけるのは私の趣味なの。
夜の方も良かったし、惚れちゃったかな」
そこは流石華姫様。
売られた喧嘩を倍値で買取り、俺の腕にその胸を押し付けてベルを挑発する。
「うわぁ。
『歌妃』アニス様とあろうお方が堂々と横取りですか?
『千夜一夜』ディアドラ様が居なくなったから、万年二位から念願の頂点に上って調子に乗っていませんか?」
ベルが胸だけでなく尻まで押し付けるが、レザーアーマー越しだと痛い。
「ちょっと!
二人とも落ち着け!
リールとボルマナも見てないで助けろ!」
俺の叫びにアニスとベルが同時にすっと離れる。
大岡裁きを知っているわけではないだろうが、こっちが本気で嫌がる前に離れるあたり二人ともできるな。
「今日はこのぐらいで。
勇者様。
またお会いしましょう」
優雅にお辞儀をして、アニスは立ち去ってゆく。
その去り際にベルが舌をだしているあたり苦笑するが、俺は彼女がいなくなったのを確認して考えを口に出した。
「なぁ。
女が男の名前を別に呼ぶ時はどんな時だと思う?」
「そりゃ、ご主人。
立ち居地が変わった時だろうね」
ベルが即座に反応するが、俺の言葉の続きを聞いてげんなりとする。
「アニス、部屋では『シンドー君』だったんだよ。
今日は『勇者様』ときた」
「何?ご主人?
彼女のように呼んでほしいわけ?」
絡んできたベルが黙ったのは、俺の顔が色恋ざたでない厄介ごとだと感づいたからに他ならない。
「ベル。
少し調べてほしい事がある」
「なにさ。ご主人」
真顔のベルに俺はため息と共にそれを言葉に出した。
「この国の勇者について」




