墓地アンデッド討伐戦 その一
この世界において、街というのは城壁で囲まれているのが普通である。
竜を頂点とする人類以外の敵がいる事と、飛行魔法と転移呪文の存在はこの世界における街の作り方に多大な影響を与えていた。
空を飛ぶ敵に対して城壁に多数の塔を作り対空の櫓とし、塔そのものの配置で魔法結界を張って転移魔法を妨害する。
イッソスの街もそれに習い港を除き尖塔付きの城壁に囲まれていた。
イッソスの墓地はその城壁から外れた所に作られている。
「墓場のアンデッド退治。
なんであたしはここにいるのかな?」
ベルの恨み節が聞こえるが、俺は聞こえないふりをしてぽつりと一言。
「いや、別についてこなくても……」
「依頼そのものが、あたしの指名じゃないの!
しかも報酬前払いで、ご主人は勝手に女抱いてるし!
『女買って来い』とは言ったけど、ほんとに買う?普通!」
猫耳の聴力を舐めていた俺はベルの逆鱗に触れる。
「ごめんなさい。
私がわるうございました」
こういう時は土下座して謝るに限る。
街から離れる訳でもない仕事で、冒険者の宿の主人とのコネは作っておいた方がいいとベルの判断でこうして墓地にいるのだから、ベルに対しては地面に頭をつけて平謝りするしかない。
「機嫌を直して。
改めて依頼の確認をしたいのですが?」
「まぁ、私がいるので失敗はありえないのですが」
ボルマナとリールが仲裁に入るが、この状況だと二人とも怒っているように感じるから不思議だ。
ついでにいうと、マダムは修羅場を鼻で笑いとばした。
「依頼はアンデット退治。
本来はスラムのはずれにある墓地に出るアンデッドを盗賊ギルドが定期的に処理していたのだが、ギルドはあのざまだから手がそこまで回らない。
で、冒険者達に依頼したと」
ガースルの差し金なのか、その下に有能なのがついているのか、この割り切りの良さについて俺はギルドへの警戒を引き上げている。
手が回らないと判断して冒険者に依頼として流す事で、本来の仕事であるアンデッド退治は達成されているからだ。
このあたりの金の出所は俺達がダークエルフを一括で買い取ったあたりだろうと目星はつけているが、確証はない。
「ベル。
機嫌が悪い所をすまないが、ガースルの下に使える人間は居たか?」
さすがにまじめな話と気づいて、ベルも機嫌を直して考える。
「あいつにそんな人望は無いと思うけど、どうして?」
で、俺の懸念を皆に話すと、一同黙り込む。
ガースルの自滅を狙っていたのだが、それを乗り切るかもしれないと言われて、ベルがまた不機嫌になる。
「うー。
なんか腹立つけど、とりあえずこのむしゃくしゃはアンデットにぶつける事にする」
割り切ったのか、気持ちを切り替えたのかしらないがベルが元の顔に戻ったので一安心。
「アンデッド退治って話だが、まず幽霊自体を未だに信じられんのだが」
色々化け物は見たつもりだが、幽霊ともなると懐疑的な俺にベルが呆れた顔で口を開く。
「まぁ、現物を見ればいやでも認識するでしょ。
来る前にボルマナが話した事は覚えてる?」
「ああ、マナ汚染の被害の一つだっけ?」
魔法は世界に満ちているマナを使う事によって行使される。
だが、その行使によって行使されたマナに使用者の意思が込められてしまう。
そして、その意思が込められたマナを別の誰かが使用した場合、使用者の意思が込められたマナより弱かった場合そのマナの意思に使用者が染められてしまう。
この現象をマナ汚染という。
そして、この世界では魔法が戦争にはるか昔から行使された結果、圧倒的な悪意がマナに込められてしまっている。
それは潜在的に人間の意識に染まって悪意を根付かせ、その悪意が更なるマナ汚染を引き起こすという悪循環を引き起こしていた。
その為、西方世界では朝に浄化の歌と呼ばれる清らかな呪歌を歌って、マナを浄化するという行為を魔術協会が主導して行っている。
少し話が逸れたが、そんな意識あるマナに依り代があった場合どうなるか?
たとえば死体とか。
アンデッドというのはこうして出来上がる。
土葬で眠る死体に取り付いたらゾンビに。
火葬で骨だけに取り付いたらスケルトンに。
意識だけでマナを糾合した場合ゴーストに。
当然、何も無い意思だけで依り代を作ったゴーストは一番たちが悪く、強さでワイトなどと呼ばれたりもする。
だからこうして墓地に定期的に湧くアンデッドを退治する事になる。
今回の装備は俺が虎徹と盾で、ベルが対アンデットのエンチャントがついたダガー、リールが同じくエンチャントがついたハンドアックスとバックラー。
ボルマナは魔法使用前提の為に今回はマジックワントを持っている。
魔力石のついた高級品で、ダークエルフ等には反乱や逃亡の恐れがあるからと魔術協会では売ってもらえなかった物なのだが、ダコン商会に頼んで取り寄せたのである。
防具の方は俺が身分の分かるものを一切取った軍服の上にレザーアーマーをつけ、背嚢を背負った姿で、ベルとボルマナはマントの下はレザーアーマーをつけている。
で、リールはロングスカートのメイド服の上にミスリルアーマーをつけて場違いな事この上ない。
これにエプロンとカチューシャがその場違い感をさらに印象づけるが、何でメイド姿なのかというと、
「私はメイドですから」
と良く分からない答えを返されたので、俺はそれ以上突っ込まない事にしている。
冒険者達から受けるちらちらと見る視線が、「こいつら何でこんな場所に居るんだろう?」と言っているが気にしたら負けである。
三人の他にも冒険者の宿で雇われた連中がいるが、こんな感じなので互いに近づこうともしない。
集められた人間は、カッパドキア共和国から練習目的の騎士を中心とする兵士達数十人。
魔術協会から派遣された魔術師が十数人。
で、本来なら盗賊ギルドが集めるはずの墓地周辺で、逃げ出すアンデッドを見つけて潰す冒険者達数十人。
俺たち四人は外周周りの一つに他の冒険者と共に配備されているのだが、見るからに他と違う俺たちを他の冒険者達は「貴族のぼんぼんのお遊び」と見ているのだろう。
「あ、ご主人様。これを」
リールから皆に渡される指輪。
見るとリールの手にも同じ指輪がつけられている。
「テレパス封じの指輪です。
ゴーストやワイトはテレパスで人に乗り移りますから」
ざわっと遠目で見ていた冒険者達がざわめく。
知らないという事は無いだろう。
となれば、その指輪の方か。ざわついたのは。
「だんだん慣れてきたけど、これ一つで金貨五枚はすると思うけど」
三人が使っているレザーアーマーも高品質の皮だし、ベルのダガーとリールのハンドアックスも出る前に武器屋で砥いでもらっていたりする。
「ベル知っているか?
俺の国、これでも貧乏なんだぞ」
ベルどころか、リールやボルマナすら俺から視線を逸らしやがった。
本当なのに。
とはいえ、イッソスの奴隷市場で黒長耳・獣耳族を全て買いあさっている帝国から考えると、これぐらいははした金に過ぎないのも事実だったりする。
有り余る金銀を本土に持ち帰ってイッソスで貨幣不足を起こし経済を崩壊させたくないので、既にダコン商会との間では手形取引で応対していたりする。余談だが。
なお、この街に住む平民が一日生活するのに大体銅貨五枚と考えると三人が目をそらすのもなんとなく分かってしまう。
なお、今回の依頼の報酬は金貨二枚で前金が金貨一枚。
アンデッドを倒したら別途報酬が金貨数枚ほど入る。
平民より遙かに支出が多い冒険者とはいえ、金貨二枚というそこそこの冒険者なら一月程度遊んで暮らせる依頼なのだが、テレパス封じの指輪だけで報酬が飛ぶ計算である。
なんでお前らここにいると冒険者達の突っ込み視線がとても痛いが、彼らはついに何も言ってこなかった。




