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『笑うカモメ亭』での一幕 その二

 冒険者の宿は常に人で賑わっている。

 一攫千金を夢見た冒険者はこの場で明日の栄光を夢見、今日の挫折を忘れようとしている風にも見えた。

 俺はいつものように『笑うカモメ亭』の扉をくぐる。

 こういう酒場の話は馬鹿にならない事が多い。

 ましてや、識字率が低く移動する住民が少ないこの異世界において、冒険者の宿というのは最新の情報発信地でもあった。

 だからこそ、マダムに


「外で女でも買ってきなさいな」


と、お茶会なるものが開催された為に追い出された俺は、なんとなくこの店に足を運んだのである。

 冒険者の実態は何でも屋に近い。

 貴族のペットの猫探しから、辺境開拓地の化け物退治、山賊盗賊討伐に、農家の臨時人手募集……などなど。

 そんな中で、今、人手が圧倒的に足りないのは傭兵であり、壁には相場の倍近い値段でロムルスに本拠を置く商会の傭兵募集の羊皮紙が張られていた。


「カルタヘナ、相当押しているんだな」


 ぽつり。

 いくら戦争が勇者達によって決められるとはいえ、勇者達全てに戦争ができるわけが無い。

 街の警備に物資の移送、墓穴堀りに相手の兵士との戦闘とやる事はいくらでもある。

 だから、他の国まできて相場以上で傭兵を頼むというのは、その手の仕事が自国民で賄えないほどロムルスは押されていると判断したのだ。 

 俺はカウンターの空いている所に適当に座る。

 腰にさしていた虎徹を椅子にかけ、主人の前に銀貨を置く。


「エールを。

 あと何か食い物」


 主人がエールを置く代わりに銀貨を取ってちゃかす。


「相方待ちかい?」

「残念ながら、お茶会とやらで追い出された。

 『外で女でも買って来い』だと」


 俺の物言いに女達の視線が集まるのがわかる。

 買ってもらって、娼館で働けるならばと娼婦達は考えているのだろう。


「じゃあ、部屋でも用意しておこうか?」

「頼む。

 さすがに買った後が怖いので、おとなしく一人寝でもするさ」


 女達のため息がここまで聞こえる。

 これでも寄ってくる女は、よほどの馬鹿かよほどの出来物しかないだろう。

 主人が焼けた肉を俺の前に置いて話す。


「金が続くあんたにはちと安い仕事かもしれないが、依頼がある。

 聞くかい?」


 焼いた肉に手持ちの胡椒と塩をまぶして食べる。美味い。


「こういう場合、聞いてから返事をするものだと思うが?」


 俺の物言いは、百戦錬磨の主人はお見通しだったらしい。

 意地悪な笑みを浮かべて俺をからかう。


「ここに来る連中は、そもそも金に困っているからその返事であんたが金に困ってないほど成功したか、金に困らない階級の人間と分かっちまう。

 気をつける事だな」


 まぁ、あれだけ色々やっていれば少し長く居る連中は知っているかもしれないと思うが、主人の忠告には素直に従っておく事にする。 


「金持ちなんぞになった覚えはないんだけどなぁ……

 で、話の続きを」


 エールを飲み干して、俺は主人に話の続きを促す。

 冒険者の宿も信用商売である。

 「この宿に依頼を持ち込めば失敗する」なんて風評が出たら、宿を閉めないといけないので、重要な依頼は宿の主人が認めた人間に限られる。  

 俺が今から聞く話はその類の話らしい。


「ベル嬢がいるなら安心だろうが、盗賊ギルドの方がごたごたしているおかげで回ってきた仕事だ」


(ベル「嬢」ときたか)


 おそらくベルの評価は俺よりもはるかに高いのだろう。

 敬意と親愛のこもった言葉に、俺はさっきまでの主人と同じように情報を嗅ぎ取る。


「何、あんたらだけに全部させる話じゃないから大丈夫だ。

 墓場のアンデッド退治さ」


 具体的な話を聞いて俺が可否を口にしようとした矢先、酒場が騒がしくなる。

 入り口の方を向くとこの間と同じ服を着たアニスが入ってきた所だった。


「高級娼婦ってのはそんなに暇なのかね?」


 俺が娼館を開いた事を知っているのだろう。主人が俺にエールのおかわりを注ぎながら呟く。

 一夜の稼ぎが大きいからこそ、高級になればなるほど娼婦は時間ができるとはマダムの言葉だ。


「さあな。

 彼女が名高い二つ名持ちならば、こんな所に出向く必要はないだろうさ。

 ああいう手合いが稼ぐ場所じゃないだろ。ここは。

 だから気に入っているんだ。俺は」


 俺の婉曲なほめ言葉に気づいた主人がうれしそうにサラダの皿を俺に出す。

 いつもより少し盛り付けが多い。


「あれは趣味みたいなものだと当人から聞いた事がある。

 金はもう遊ぶほど稼いだから、客を選ぶのだと。

 未来の勇者様を見つけるのが彼女の楽しみだってよ」

  

 彼女は自らの体を売り物にしているだけではない。

 イッソスの港近くに屋敷を構えて娼館を開き、彼女自身が集めた娼婦達に客を取らせている。

 アニスの指導の元、花の源氏名を与えられた娼婦達は『イッソスの花園』と呼ばれる高級娼婦としてこの界隈では有名なのだそうだ。

 そのアニスが真っ直ぐこっちに向かってくるのを、他の冒険者連中が放つ嫉妬の視線と共に受け止める。


「がんばれ。未来の勇者様」

「ちょ……」


 とばっちりを避けようと主人は奥に引っ込み、俺の抗議の声が出る前にその艶のある声は俺の耳に運命のように届いたのだった。


「ここ空いているかしら?」



「空いてない。

 予約席なんだ」


 即答で断る俺に、きょとんとしたアニスは少しだけ首をかしげた。


「あら、この間の猫耳さんかしら?」


 くすりと笑いながら、アニスは俺が予約席と言った俺の隣に平然と座る。

 鼻をくすぐる香水の香りが俺に警戒感をかきたてる。

 称号持ちの高級娼婦の妖艶さを俺は嫌でも感じざるにはいられない。

 腰まで届く黒髪はむき出しの肩を隠すように美しく輝き、その豊満な胸には大きなルビーのネックレスが赤い光を放っていた。

 肘まで包む緋色の手袋に包まれた右手に持つのは銀色の装飾が施された扇。

 頭のサークレットも銀細工で額に宝石が宿の灯りに輝きを返している。 


「魅了の魔法でもかけたと思った?」

「っ…」


 思っていた事を先に言われて俺は言葉に詰まる。

 そんな俺を見てアニスは楽しそうに笑う。


「私はアニス。

 貴方の名前は?」


 優しく耳元で喘ぐような自己紹介に、俺は短く答えた。


「神堂辰馬」

「よろしく。シンドー君」


 その言い方に少しカチンと来た俺が口を開く。


「その目上目線の物言いは……」

「だって目上ですもの。

 貴方が赤ちゃんだった時から私はこのお仕事やっているのよ」

「……」


 ここまで公言されると腹が立つより、自分が異世界の常識に慣れていない事をいやでも思い知らされる。

 この世界は人間でも望めば、俺がいた世界よりはるかに長く生きる事ができる。


「の、割には若作りだな」

「ひどい。

 日々のお手入れは欠かさずやっているのにぃ……

 シンドー君って私の事嫌い?」


 あ、この感じマダムと同じ類だ。

 だったら、俺に勝ち目は無い。

 実に白々しくいじけてみせるアニスに俺は何度目かのため息をつく。


「会ったばかりの人間に対して好意を向けられるほど、俺は優しい人生を送ってない。

 で、何の用だ?」


 さっさと逃げ出すつもりでぶっきらぼうに言ってのけるが、アニスは俺の腕を取って、その手を自らの豊満な胸に当てさせて囁く。


「こんな商売の女が、男に声をかけた。

 考えられる事は一つじゃないの?」


 手に感じる暖かくて柔らかい胸のふくらみの感触が気持ちよい。

 いかんいかんと心で平常心を心がけつつ、拒否の言葉を口にする。


「あいにく、アンタを抱くだけの金は持ってない。

 もっと金持ちを捕まえる事だな」


 俺の手はその気持ちよいふくらみから手を離すことができず、それを見たアニスが楽しそうに笑う。


「面白い冗談ね。

 あなたの活躍は結構耳に入ってきているのよ。

 なんならば、あなたのお屋敷にお金を取ってきてからでも構わないわよ」


 まぁ、あれだけ目立てばばれるのはある意味仕方が無い。

 彼女の本来の相手は、貴族や豪商等の国家支配階級だ。

 だとしたら、このお誘いは色事だけでなく別の面があるのかもと疑ってしまう。

 そんな事を考えつつも、俺はアニスの胸から手が離せなかったりするのだが。 


「とはいえ、そんな無粋な事で時間を潰すのももったいないわね。

 そうね、貴方が今受けようとしていた仕事の依頼で手を打ってあげるわ」


 俺の手にはその膨らみの先から出っ張った何かを感じてしまい、それが俺の理性を容赦なく責める。


「おい!

 俺はまだ仕事を受けるなんて……」     


 その俺の口を押さえたのはアニスの緋色の手袋をつけた指先。


「ね♪

 続きは部屋で聞いてあ・げ・る」


 俺はその指を振りほどく事はできなかった。

 揉んでいた胸の手を離すことができなかった。

 そして、悪戯っぽく微笑むアニスの笑顔を曇らせたくなかった。


「ごゆっくり」


 宿の主人の呆れ声と男性冒険者達の嫉妬の視線を浴びながら、エスコートするように俺はアニスの手をとって二階に上がらざるをえなかったのだった。

 その後のダンスが闇夜の中、裸で行われたのは言うまでも無い。



「何で俺なんだ?」

「私が見込んだからじゃ駄目?」

「生憎そこまで自分の事を自惚れてはいない」

「じゃあ、秘密。

 全てを教えるほど私達は親しくないでしょ。

 もっとお互いを知らないと」

「なんであんな所で歌っていたんだ?」

「私の彼が冒険者だったのよ」

「その彼氏は?」

「帰ってこなかったの。

 最初は彼を待つ為に歌っていたのよ」

「どうして娼婦に?」

「過去を待つのに疲れちゃったの」

「過去か。

 俺もそんなのを忘れたくてここまで来たんだけどな」

「忘れられるわ。

 未来は常に真っ白だから。

 楽しい未来で過去を隠してゆくの」

「アニスの場合、それが男に抱かれる事だった?」

「そうね。

 昔、何をやっていたかほとんど忘れちゃった。

 だから、今こうして抱かれている記憶とかが愛しくて仕方ないの」

「俺も隠す事ができるかな。

 過去を……」

「シンドー君の場合、それはなぁに?

 私でよかったら、いくらでも貴方の過去を隠してあげるわ。

 だから、私をもっと抱きしめて。

 私の勇者さま……」


 朝帰りの俺にベルは近寄って顔を近づけてくんくん。

 アニスの香水を嗅ぎ取られて修羅場が発生した事を付け加えておく。 


話の都合上仕方ないけどもげろ。

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