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たのしいたのしいいんぼうのおはなし

 マンティコアがイッソス湾に沈んでから、第四次異世界派遣船団がイッソスの港から出発するまでを簡単に語る事にしよう。

 まずは盗賊ギルドだが、ギルドマスターは地下水道にて首無しの遺体で後に発見された。

 周囲に護衛についていた暗殺者達の死体もあったから仲間割れという線で片付けられる事になるだろう。

 新しいギルドマスターだが、見事ガースルが火中の栗を拾ってギルドマスターについてしまい、ベルが大爆笑したのは言うまでもない。

 その彼が率いる盗賊ギルドだが、暗殺者をはじめとした武力を喪失し、高級娼婦を失った経済的損失は計り知れず。

 更に、地下水道崩壊の責任を問われて修理費用を押し付けられた上に、事情聴取という名前の召還をカッパドキア共和国国政議会からいただく予定になっている。

 再建の道は果てしなく長い。

 一方、俺達帝国の方だが、表向きはあくまで奴隷を買いに来た商人の一団という扱いなので何の変化も見られないという事になっている。

 だが、コンラッド氏経由で内海審議官あてに商館の設置と、常駐商館長の設置を国政議会が求めている事を伝えてきた。

 この商館や商館長を俺の世界で例えるならば、大使館や大使となる。

 商人の建前は崩すつもりはないから、ちゃんとした外交チャンネルを置いてくれという要望である。

 イッソス湾で見せたマンティコアを撃破したあれは多くの住民に知れ渡っている。

 そんな武力を持つ国とお話がしたいという他の国々の商館長が、国政議会に熱心に働きかけている事もコンラッド氏が漏らしているあたり、そろそろ物を買いにきた商人では通りにくくなっているという事でもあるのだろう。

 この件に関して内海審議官は、領事格で商館長を置く事を了承。

 独逸に睨まれて外務省を激怒させた外交官が居たらしいので、彼を引っ張ってきて据えるつもりらしい。

 なお、最初はそのまま俺を商館長になんて荒唐無稽な案が進んでいたらしい。


「いいじゃないですか。

 字が違うだけで、同じ『しょうかん』なんだし」


 なんて内海審議官の冗談はまったく笑えないが、それをはじいたのも内海審議官なんだから色々と思う事があれども黙っておくことにする。

 未だこの異世界という海の物とも山の物ともつかない物に、帝国内では手を出すのは躊躇う風潮が透けて見える。

 それも、現在秘密裏に行われているらしい英国仲介の対米交渉(もちろん内海審議官が漏らした最大級の機密だ)や、独ソ戦に伴う満ソ国境の緊迫化と陸軍強硬派のパージ、大陸での国共内戦の再発と、異世界にかかりきりになれない事情があるのは分かっているが、いいのかと疑問に思わないわけではない。

 で、俺についての思惑だが、商館長に推挙しなかった内海審議官は別の所で俺をこきつかうつもりらしい。


「地下水道における交戦記録はしっかりとこっちにあげてください。

 こういう実践記録は大いに助かるのです」


 何で軍関係者でない内海審議官が、この地下水道の交戦記録を欲しがるかといえば、それが類似する戦場で使えるからだ。

 たとえば、帝都地下鉄や帝都地下水道等で。

 そんな事を言いながら、内海審議官は俺に超特秘の資料を渡すから困る。


「……帝都圏治安警察機構……何ですか?これは?」

「帝都圏内で発生する共産勢力に対する武装蜂起に対処する組織。

 そう書かれているでしょう?」


 たしかに書面ではそう書かれている。

 だが、それをまともに受けるほど俺はお人よしではない。

 内閣府内に国家公安委員会を設置し、その下に直属の警察組織を作る。

 人員規模は千人を超え、これは連隊規模に近い。

 そこから考えられる状況はたった一つしかない。


「二・二……」

「それ以上は言わないのが華ですよ」


 内海審議官にたしなめられて俺は口を押さえる。

 彼は元は特高の人間だったのを思い出す。


「二・二六事件発生時、警視庁に設置されていた特別警備隊は決起軍に大して無力で、武装解除されるという失態を晒してしまいました。

 起こってはいけない事ですが、次も同じような失態は犯してはいけないのです」


 『起こってはいけない』のに『次は』という矛盾をあえて強調しながら、内海審議官は苦笑する。

 つまり、内海審議官は確信しているのだ。

 第二次二・二六事件が発生する事を。


「武装勢力が政府機関を占拠し政府要人を害する事を避ける為にも、要所に兵を送れる指揮官というのは大事なんですよ。

 特に、上にいる連中に気づかない地下道なんかを利用できる指揮官はね」


 内海審議官の言葉に俺は疑問をぶつけてみた。


「何で新設の組織なのでしょうか?

 武装勢力の決起に対処するのならば、警視庁の特別警備隊の強化で十分なのでは?」


「それは、敵も考えているでしょうね。

 知らないだろうけど、今の帝都は誰が敵で誰が味方なのか分からない状況になっているのですよ。嘆かわしい事に」


 後で知ったのだが、この時の帝都は英独の工作員に、アカに復員した兵隊ヤクザ、食えなくなった水飲み百姓の小作争議とどうしようもない状況に陥っていたのだった。

 アカについては政府要人が関与したスパイ事件が発覚し、政府要人内部で疑心暗鬼が広がり、対米戦回避だけでなく、対ソ戦すら回避した総理の弱腰外交に出身母体である陸軍ですら総理を支えようとしない。

 戦争でなんとか国をまとめていたのに、その戦争をしない事で、帝国の箍は外れかかっていたのだった。

 その為、味方を選別する為にどうしても新しい組織が必要となる。

 一方、国内治安を担当する内務省からすれば、でかい顔する陸軍は気に食わないが今の総理と共に泥舟には乗りたくないという訳で、あえて総理府内の組織立ち上げを黙認したという経緯があった。

 そして、立ち上げに際して人員は内務省が出すことで、総理府内に内務省の植民地ができるという官僚的思考があったらしいが、今の俺には関係の無い事だ。


「という訳で、私とすれば警部待遇で君をこの部署に送り出そうかと企んでいる訳です。

 もちろん、君の佳人達も連れて行って構わない」


 警部待遇。

 警察署長の扱いという破格の待遇である。

 だからこそ、疑問がわく。


「自分については破格の待遇ですね。

 で、内海審議官の取り分はいかほどに?」


 俺の質問に内海審議官が楽しそうに笑う。

 その笑いに初めて彼の感情が喜色が表れる。


「いいですよ。

 そういう考えた方は警察でも通用します。

 私は元が特高の人間なのは話しましたね。

 そこからお目付けとして神祇院にやってきた訳ですが、何もなければここで私はおしまいです。

 けど、何か発生した時に上の椅子が空くと、私にも座る順番が来るかもしれません。

 これが理由その一」


 官僚の出世争いは、外郭団体に島流しをされた時点で終了という訳だ。

 だが、何か不祥事によって上の椅子が開いた場合、下からの抜擢でなく横からの滑り込みでその穴を埋める傾向がある。

 なお、そんな不祥事の一例として先の十二月の竜神様帝都侵入事件があり、関東周辺の陸海軍航空隊司令の首が一気に飛んだ結果、撤退した大陸組が一時的腰掛に使っているとかいないとか。


「そして、官僚というのは飛ばされてもその組織に忠誠を尽くすものでね。

 現状、今の総理が居なくなると一番困るのは誰か?

 竜神様およびその眷属達なんですよ。

 彼女達は、竜神様以外はその認識を持っていますよ。

 理由その二です」 


 どうやら、竜神様というのは馬鹿殿様らしい。

 それはともかく、現状で総理を支えようと奮迅しているのが竜神様とその眷属というのは理解できた。

 それが内海審議官個人の理由とどうして繋がるのかと疑問に思った俺を尻目に内海審議官は話を切り替える。


「『千夜一夜』の感想はいかがですか?」

「ごく普通のどこにでもいる高級娼婦でしたよ。

 俺にとっては」


 そう答えたが、実態は少し違っていた。

 超一流娼婦であるマダムは少し話しただけで、彼女の本質を見抜いていたのだから。


「綺麗なお人形さんね。あの子」


 この世界における高級娼婦はその最初で徹底的に快楽で感情を壊す。

 そのうえで、思考や技術や知識を上塗りする訳で、それはディアドラも変わらない。

 彼女が超一流としての高級娼婦として名乗れていたのは種族補正が高かったのだ。

 強大な力を持つ竜の眷族が、人間の男の下で喘ぐという種族差別こそが彼女の持つ価値だった。

 もちろん、男の下で喘ぎ続けて三百年以上の時間が経過しているから、すべての仕草が洗練され、上品な貴婦人としても見事なまでに完成している。

 だが、それは男が望む事を機械的に反応しているからに過ぎず、ある意味マダムの対極に位置する高級娼婦とも言えた。


「彼女を使って、ある家に送る計画があります」


 最初、何を言っているのだろうと疑問に思っていたが、それがさっきまでの話の続きと理解した時にはっきりと背筋が寒くなった。

 ある家?

 現状で竜の眷属がその保護を求めるならば、宮家しか考えられない。

 第二次二・二六が起きかねない時点で、彼女達は何を……

 俺が青ざめた顔を向けると、内海審議官が目で語っている。


「言うな」


と。

 二・二六事件の直後、軍にある噂が流れて、憲兵が必死にその噂を打ち消していた時期がある。

 あの事件は、『君側の奸を討つ』という名分で起こされたが、決起軍はそれ以上の錦の御旗を用意していたと。

 もし、その噂が本当ならば、次の決起軍もそれを用意するだろう。

 そして、現体制を支えようとする竜神とその眷属は、その旗を奪うつもりなのだろう。ディアドラを使って。

 必要ならば異世界に建国してもいいのかもしれない。

 それで帝都の不安要因が消えるならば島流しも選択肢の一つだ。

 だからこそ、俺は上司の礼儀を忘れて尋ねざるを得なかった。


「内海審議官。

 あんた、何をして神祇院に飛ばされたんだ?」


「言わぬが華ですよ。それも」

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