盗賊ギルド討伐戦 その五
イッソスの街がマンティコアの脅威に震え上がったその日の朝。
俺たち四人は寝る暇もなく高級住宅地にある館の前に居た。
「何者だ?」
門の隣にある見張り小屋から柄の悪い男が出てくるが、ベルを見てその脅しも尻すぼみになる。
これが、盗賊の格の違いというやつだろう。
「ガースルに会いに来た。
嫌とは言わさないわよ」
この隠れ家を見つけ出したのはベルだった。
今回の騒ぎでギルドマスターが粛清された今、ギルドマスターの派閥にいたガースルも連座する可能性が高かったからだ。
「あいつはディアドラを抱えている。
あれは、ギルドマスターの一・二を争う財宝だろうけど、高級娼婦という特性ゆえに持ち出して逃げる事ができない。
ガースルはきっとそこにいる」
この状況でまだ逃げない度胸を褒めるべきか、それとも状況判断の甘さを笑うべきかなんて考えていたら、ベルが楽しそうにガースルの思考を解説してみせる。
「ご主人の国がダークエルフを買い漁ったのを知っているから、いずれはディアドラに目が行く。
そのうち、ディアドラを味あわせて、ご主人を破滅させる寸法だったのさ。
彼女を抱くには金貨三十枚以上が必要になる。
そうやって、彼女に破滅させられた貴族や富豪は数知れず」
ベルが楽しそうなのは、ガースルのたくらみを自ら潰せるからに他ならない。
女の恨みは恐ろしい。
こっちがそんな事を考えているとは知らずにベルは楽しそうに話し続ける。
「で、ご主人が破産したら、その時はあたしとボルマナは質に売られてまたガースルの元に。
あたしは一度ギルドから離れているから序列は最下層に落ち、ガースルに 足広げてお情けを請わないといけない訳」
そんな未来はまっぴらごめんなので、騒動が収束しきっていない夜半からベルとボルマナを放ってガースルの隠れ家を見つけ出した次第で。
俺たちは館の一室に通されたが、ガースルはまさに夜逃げの準備の真っ只中だったらしい。
「何の用か知らないが、俺は夜逃げの準備で忙しいんだ!
用件ならばさっさと言ってくれ!」
ガースルとて、昨日の騒動から俺がイッソス太守家の下で働いていると勘違いしているだろう。
夜逃げの準備をしつつもこうして話をする気になったのは、買収を含めた逃亡の選択肢の為に違いない。
「連れないなぁ。
あんたとあたしの仲じゃないか」
ベルが意地悪そうに一枚の紙をガースルにつきつける。
コンラッド氏のサインの入ったそれはガースルの赦免状だった。
「こ……こいつぁ……」
書いてある内容に目を見張り、紙を奪い取ろうとしたガースルの手をベルはひらりとかわす。
その姿が猫が鼠をいたぶるようで微笑ましい。
「こんなもの、ただであげる訳ないでしょ?」
ベルの挑発にガースルの顔が怒りで赤くなるが、黙っていたリールのひと睨みでたちまち顔を元に戻すあたり、彼の格が透けて見える。
「条件を言え」
ガースルから引き出したかった言葉を聞いたベルが俺を見て頷く。
選手交代だ。
「決まっているだろう。
『千夜一夜』ディアドラの身柄だ。
どうせ、連れて逃げるつもりだったのだろう?」
この瞬間、盗賊ギルド討伐からマンティコアの騒ぎが収まっていない今だからこそ、できる荒業だった。
全部の罪をギルドマスターに背負わせて、ディアドラの身柄を押さえられる千載一遇のチャンスはこの瞬間しかない。
それは、ガースルも読んでいたのだろう。
「赦免状だけで、ディアドラを渡すなんて安く見たものだな」
「そういうと思った」
俺は懐からもう一枚の紙をガースルにつきつける。
それを読んだガースルの顔色が、歓喜に変わる。
「こ、これは……」
「次期ギルドマスターにガースルを推挙するというコンラッド氏のサイン入りの書状だ。
ただし、こいつは今しか使えない」
盗賊ギルドなんて非公認組織は公的機関の介入を最も嫌う。
状況が落ち着けば中の政治工作で潰されるこの書状も、今ならば絶大な影響力を発揮する。
ギルドへの取り締まり等は、コンラッド氏が騎士団長をしている空中騎士団が中心となっているのだから。
これらをコンラッド氏にねだった時点でこちらの狙いがディアドラにあるのはうすうす感づいているだろう。
だが、彼にはキーツを助けた恩と、マンティコアを潰して見せた力と、代替手段としてのマダムの色気でそれを妨害できなかったのだ。
とはいえ、この紙の効力はそれほど長くはない。
多分、被害の状況把握などが一段楽する昼には効力を失うだろうが、それまでの立ち回り次第では本当にギルドマスターになれる博打札がこれである。
「さあ、どうする?
次期ギルドマスター殿?」
あえて欲望をくすぐる呼び名で俺はガースルに呼びかける。
彼が迷ったのは少しの間だった。
「ディアドラの鍵だ」
「確認します」
ガースルがテーブルに鍵を置くと、それをボルマナが取って部屋を出てゆく。
待っている少しの時間、ガースルがベルに対して口を開いた。
「しかし、あれだけの仕打ちをしてよく俺への殺意を抑え込んだな。お前」
「自覚はあったんだ。
勘違いしないことね。
あんたへの殺意は今でも滾っている。
ご主人の命が無ければだれがこんな事するものか!」
(確認しました。
ディアドラ様はこちらで保護します)
ボルマナのテレパスが入ってきたので、俺は二枚の紙をテーブルに置き、ガースルがそれを懐に入れる。
「今後とも良い取引ができる事を祈っているよ」
「ああ。
俺はついているらしいからな。
期待していてくれ」
ガースルが部下を連れて立ち去るのを確認するまで、しばらくの時間を要した。
そして、ガースルだけでなく彼の部下の気配まで消えた事を確認した時、ベルが耐え切れずに大笑いする。
「『俺はついている』ですって!
最悪の貧乏くじ引かせたのについているですって!
ああ!笑いすぎてお腹痛い……」
いまだ殺意収まらぬベルをここまで笑い転げさせたのは、俺がガースルに打った手を説明したからに他ならない。
その説明を聞いていたリールがあきれ顔で俺に感想を漏らす。
「位打ちでしたっけ?
ご主人様の世界はえげつない事をしますね」
「人が争い殺し合いを続けてきた技術の一つさ。
分不相応な輩に高位の地位を与えてその自滅を誘う。
ディアドラをはじめとした高級娼婦を引き抜かれ、暗殺者をはじめとした実戦力を失った盗賊ギルドは、これからイッソス太守家や冒険者達の圧力を受けなければならなくなる。
その圧力をかわせるだけの人望は彼にはない以上、いずれ引き摺り下ろされるさ」
頂点を極めてその後叩き落される苦痛は、頂点を知っているだけに深く心に刺さるだろう。
心に刺さるだけならまだしも、体に何か刺さって人生そのものから叩き落される可能性だって低くはない。
「よし。
雑談はここまでだ。
『千夜一夜』の顔を拝みに行くとしよう」
俺達にも残された時間はそれほど多くは無い。
この後、ディアドラを乗せた船はイッソスの港を出て郊外の砂浜に待機し、迎えに来た九七式飛行艇で一気にカッパドキア共和国の貴族や富豪連中の手が届かない所に連れてゆくつもりなのだから。
俺達以外誰も居なくなった一室の前にボルマナが控えており、ドアをあけるとそこには漆黒の髪の美しいドレス姿のサキュバスが居た。
妖艶なる無垢。
それが俺の見た第一印象で、ディアドラは俺を見つめてただ微笑み、その言葉を口にしたのだった。
「どうぞ、よろしくお願いします。
ご主人様」




