盗賊ギルド討伐戦 その四
「マンティコアだぁぁぁ!」
その叫び声にボルマナが反応する。
「大崩壊前の古代魔法文明期に使われたという戦闘鎧です。
全身が白銀の魔法金属で形成され、人の三倍の大きさを持ち、人面のライオンの形態をした化け物で、今は制御方法すら失い、ただの高価な飾りとしか見られていなかった品物です」
「それがギルドマスターの隠し玉か!」
俺は叫びながら全員に後退を叫ぶ。
脇道を塞いだ状態で戦車と当たるようなものだ。
兵達だけでなく、冒険者達も一緒に撤退している。
「あんたらでも勝てないか?」
「マンティコアなんぞ、勇者が出張る案件だ!
俺達で勝てるか!」
つまり、勇者が出る仕事という事は、リールでも厳しいという事と理解した。
逃げながらベルが叫ぶ。
「向こうの戦闘音が止まった!
こっちに来る!!」
「距離は?」
「まだ距離がある!
けど、向こうはこっちに気づいてる!」
俺の質問にベルは息を切らす事無く駆け続ける。
現在の殿は、俺とベルとリールとボルマナだ。
「この水路を爆破して封鎖する!」
俺の言葉に第一小隊長が叫ぶ。
「地雷を持って来い!
そこの枝道の鉄条網に繋ぐぞ!」
先に張った鉄条網に地雷を数個繋ぎ、地下水路を横切る形で針金を張る。
針金を化け物が引きちぎったら地雷が横から爆発するという仕掛けであるが、化け物が高速で突っ走ったら罠を回避しかねない。
「ボルマナ!
足止めの石人形を召還してくれ!
動かさなくていい」
ボルマナが魔法で石人形数体を召喚し針金の後ろで地下水路に佇ませる。
化け物がこれを倒す為には嫌でも立ち止まらずを得ない。
「走れ!走れ!
化け物に襲われたくなかったらな!」
闇雲に駆け続ける事数分。
閃光とともに共に大轟音が轟き、衝撃が俺達に襲い掛かるが倒れるほどではない。
「あれで死んでくれたら御の字なんだが……」
「あれで死んでくれるならば、勇者なんていらないさ」
俺の言葉に冒険者のリーダーがぼやく。
俺の言葉をまったく信じていない顔で、あの化け物のやばさを語らずに訴える。
「とりあえず館に戻ろう。
状況を確認しないと」
冒険者および兵達と共に館に戻ると、街は大混乱に陥っていた。
いきなり、道が爆発してその中からマンティコアが出てきたというのだ。
「何か起こった!!」
「道が!道が爆発した!」
爆発した道は内壁の大通りの一つ。
崩れた道の瓦礫を突き崩して出てきた四本足の金属の化け物が吼える。
煙と炎を纏い、それに傷すら受けていない白銀の体を震わせて金属でできた老人の顔が咆えた時に住民達に恐怖が走った。
「化け物だぁぁっ!!」
誰かが叫び、慌てて屋敷の中に逃げ込む。
俺達が館に帰還した時、街はそんな状態だった。
警備をしていた兵達の敬礼に答えながら、館の最上階から化け物がいるだろう方向を見る。
煙が立ち上り、炎が夜の闇を押しのけるほど赤々と燃え、崩れた館の上でマンティコアと呼ばれた化け物の姿を映し出す。
尻尾がサソリのように帆船の一隻を捕らえると化け物の周りに四つの魔力の塊が発生し、光の矢となって帆船を貫いた。
大爆発を起す帆船。その爆風が隣の船まで吹き飛ばし、その隣の船に爆風であちこちに火をつけ巨大な松明となるのは時間の問題だった。
マンティコアはそのまま港に向かい、周囲を破壊しながらまっすぐ何かに向けて駆け出す。
騎士団や冒険者達の攻撃を意に介さずにそのまま周囲を見渡し、目的を見つけ水上を駆け出す。
その視線の先には、イッソスの湾内中央に女王のように鎮座している巨大な鉄船達--第四次異世界派遣船団--がいた。
マンティコアが洋上に駆け出したのを見た俺は思わず安堵の息が漏れ、それに気づいたベルとリールが怪訝な顔をする。
「なぁ、あの化け物が地雷で無事だったのは、シールドの魔法のせいだよな?」
俺の質問にリールが答える。
「たぶんご主人様の想像通りかと。
シールドの魔法が強力だったのと、爆発が同時に発生したからシールドの魔法の範囲内で防ぎきったのでしょう」
「つーか、ご主人、あの化け物がご主人の船団に向かっているのに何安心しているのよ?」
ベルの質問に俺は苦笑する。
「あの化け物最悪の選択をしやがった。
俺の国が竜を落とした力の一端が見れるぞ」
白銀の巨大な獅子が波を駆ける。
老人の顔はうなり声をあげ、サソリの尻尾は敵を探してるかのようにピンと立ったまま。
マンティコアはまっすぐに愛国丸に向かって海上を駆けていた。
その前面にペガサス数騎が火樽を落として海上に炎の壁を作って見せた。
立ち止まるマンティコア。
これぐらいの炎でダメージを受けるような体ではないのだが、何故か炎の壁に怯えたのだ。
その一瞬を、ペガサス達は逃さなかった。
次々と投下される火樽。火達磨になると騎士達が勝利を確信したのはわずか一瞬で崩れ去った。
マンティコアの全身に魔法障壁が発生してその上で火樽が炎を上げるのみ。
マンティコア本体にはまったく傷一つついていない。
その魔法障壁が海上の火の壁を押しつぶしてマンティコアはまた突進を始める。
グリフォンに乗った隊長騎の指示でペガサスの乗った騎士達が、次々とボウガンの矢をマンティコアに向けて放ってゆく。
その殆どが魔法障壁によって弾かれるが、魔法障壁は同時に攻撃を受ければ受けるほど魔力が分散して弱体化してゆく特徴がある。
ましてや、今放っているのは魔術師に魔法を弱体化する魔力付与された魔力矢。
魔力障壁があちこちで光り、ガラスが割れたように魔法障壁が破られる。
その瞬間に魔力を込められたランスを持ったペガサス三騎が突貫する。
高高度から落下して慣性をかけたペガサス三騎のランスの内一本が首筋に刺さり、もう一本が腹に刺さり金属片とガラス繊維を海に撒き散らす。
マンティコアもサソリの様な尻尾で突っ込んできた一騎をペガサスごと海中に叩き落し、尻尾の毒針を空中を飛ぶペガサスに向けて無数に飛ばしだした。
その毒にやられたのか、ペガサスの一騎がよろよろと海に落ちてゆく。
威嚇するように咆えるマンティコア。その恐怖でペガサスの数騎が怯えて近づこうとしない。
マンティコアは更にランスが二本腹に刺さる代償によって六騎のペガサスが落とされ、魔術師の半分が魔力を使い果たして撤退する羽目になった。
上空のうるさい奴をあらかた潰したと判断したマンティコアは再度魔力障壁を張って、帝国の船団の方に向かって駆け出してゆく。
ペガサス達が残った火樽とボウガンでマンティコアに攻撃するが、それまでの攻撃で矢も火樽もほとんど使いきっており魔力障壁を抜く事ができない。
武器の無くなった者から順次母船に取って返してこっちに駆けつけているが、彼らとて戻ってくるまでにまだ時間がかかる。
残りのペガサス達ができる事は、その残り少ない武器を使っての牽制しかできない。
港に居たガレー船四隻のバリスタがマンティコアを射程に捕らえたのはそんな時だった。
数十本の巨大な矢がマンティコア目掛けて放たれるが、マンティコアの顔が咆えたと同時に強風を矢とその先にあるガレー船に叩き付けた。
巨大な矢は強風によって軌道がそれてマンティコアの周りに次々水柱を立てるのみ、ガレー船も強風に煽られて次矢を放つことができない。
立ち上がる水柱の間をマンティコアは駆けた。
彼を阻む物は何も無いように見えた。
まさか、化け物が狙っている獲物が、どれだけの武装を用意しているかなんて考えなかったのだろうから。
イッソス湾に轟音と閃光が轟く。
その瞬間、護衛についていた軍艦から14センチ砲、12.7センチ砲が一斉に火を噴き、マンティコアに容赦なく降り注いだ。
海軍からすれば確実に当たる距離。
マンティコアに向かった火線は先のガレー船よりはるかに多く、また速かった。
マンティコアは先の突風をこの火線群に叩き付けたが軌道がそれる事も無く、その数秒後にマンティコアのいる場所に鉄と火の暴風をたたきつける。
無数にあがる水柱、連続して鳴り響く爆音。
マンティコアの強力な魔法障壁は、帝国艦船から発射された砲弾の直撃に最初は耐えて見せた。
しかし、魔法といえど慣性の法則は無視できなかったらしい。
砲弾の直撃と爆発という運動エネルギーは全てマンティコアの足に負担がかかり、その足の節から亀裂とガラス色の筋を露出させた。
だが、マンティコアは耐えた。
そのまま船団に向けてまた歩みだす。
ぼろぼろになって14センチ砲と12.7センチ砲の弾幕を潜り抜けたマンティコア。
しかしそれでもなお船団へ向けて進もうとした所へ25ミリ機銃が撃ち込まれた。
この世界ではありえない火力の集中によってマンティコアの魔力障壁が粉々に打ち破られ、白銀の皮膚に容赦なく襲い掛かる。
白銀の鎧を叩くように連続して起こる爆発。
その数倍の規模で外れた銃弾や砲弾が水柱を大量に作り続けてゆく。
白銀の表面部に断続的に当たる機銃弾は無数の傷や凹みを与えてゆき、機銃弾が当たり続ける事による慣性は容赦なく足に負荷をかけ、マンティコアを浮かべていた浮力の魔法に障害を与える。
最初の着弾から二秒後で全身に爆煙に包まれ、爆風の衝撃で足が折れ、マンティコアがバランスを崩した。
三秒後にマンティコアの中央部に砲弾が直撃し、25ミリ機銃弾でボロボロにされて怒りの声をあげたそのマンティコアの頭部を12.7センチ砲弾が爆散させた。
最終的にマンティコアが沈黙したのは五秒目で、その連続する爆発音と水柱が無数にあがる中、白銀の巨体がゆっくりと沈んでいった。
その光景を俺達だけでなく、天馬に乗っていた騎士、空を飛んでいた魔術師、ガレー船の船員、港にいたイッソスの人々全てが見ていた。
誰もが声を出せない。
てこずっていた魔法の化け物があんな遠距離からのわずか数秒の攻撃で沈黙するとは。
しかも、あの中央の船は動きもしていない。
「……」
「ご、ご主人……何……あれ……」
一緒に見ていたベルとリールが呆然として、その光景を見つめる。
山賊討伐で帝国の力は理解していたつもりだったのだろうが、火力の集中が勇者を呼ばないといけない化け物を打ち崩した姿は彼女たちですら想像の範囲外だったのだろう。
「通信兵。
報国丸の内海審議官に連絡を。
負傷者の支援を行いたいと伝えてくれ」
通信兵が立ち去り、しばらくして内海審議官の了解が出たのを確認して、俺はボルマナに声をかけた。
「ボルマナ。
コンラッド氏に連絡をとってくれ。
帝国は負傷者の救助と支援を行う用意があると」
ボルマナがテレパスを使ってコンラッド氏に了解をとりつけている間に俺は兵達に指示を出す。
「陸戦隊と第三小隊はコンラッド氏の了解が出たら、町に出て負傷者の救助に当たれ。
第二小隊も水路の封鎖をしつつ周辺の救助を。
第一小隊は館の警備だ。
冒険者?
好きにさせてやれ。敵に回るとも思えんしな」
こうして、イッソスを震撼させたギルド討伐の長い一日は終わった。
25ミリ機銃の射撃距離についてご指摘を受けたので、少し修正しました。




