盗賊ギルド討伐戦 その二
イッソスの地下水道の出口は三つ。
水道橋から城壁内に取り入れられるのは二つ。
今回は入り口と二つの出口については考えなくていいので、館に一番近い出口を封鎖する事が第一目標となる。
「失礼します。
歩兵第一連隊第三大隊第八中隊より参りました。
神堂大尉の指揮に従えとの命を受けております」
歩兵第一連隊。
帝都を守る要の部隊であり、二・二六事件における実行部隊でもあった彼らは満州に送られていたと聞いたが、このような場所に島流しにされるあたり、まだ上は彼らを許すつもりはないらしい。
ヴァハ特務大尉が『あまり近づくな』と警告した理由もわかった。
実際に何が起こるかわからない本土でこれ以上やっかいな関係を作るなという事なのだろうが、士気連度ともに悪くない部隊なのは俺に安心感を与えてくれた。
彼らを使って出口を封鎖する。
「了解した。
諸君らの活躍に期待する。
これがイッソスの町の地図で、こっちが地下水道の地図だ。
写して各小隊に配布するように」
俺のノートを手に取ると大急ぎで数人が写しにかかる。
中隊ともなると中隊付で士官が配置され、館なんて便利なものがあるので部屋の一つが司令部になってしまっている。
部屋の提供のつもりが、ついでとばかりに指揮まで丸投げしやがった。
内海審議官の要請を餌に第一連隊は赦免を期待しているという所なのだろう。
士官達の表情を読み取ると、女連れでいいご身分だとは思っているらしいが、大陸経験者という事は知っているらしくお手並み拝見といった所だろう。
なお、この動きに刺激されたらしく、海軍陸戦隊からも一個小隊が派遣されている。
こっちは山賊討伐を聞いているらしく、こちらの行動に最大限協力するそうなので、扱いは慎重にしなければならない。
「出口の封鎖は第二小隊で行わせる。
一人冒険者をつけるから上の道を通って回り込め。
警備している衛視はコンラッド氏から話が言っているはずだ。
第一小隊は俺と共に地下水道に突入。
第三小隊と海軍陸戦隊は予備を兼ねてこの館の警備。
玄関前に集合し、出発は十五分後。
かかれ!」
俺の命令と同時に仕官が叫び、兵達が駆けて行く。
増援部隊の多くを深入りさせなかった理由が情報不足だ。
特に地下水道はベル頼りなので、彼女の知らない情報や彼女が見落としている情報で部隊が危険に陥る事がある。
で、実はこの時点で誤算が発生している。
俺の構想では、出口を塞いで、館を警護してもらって、俺達のみで地下水道に行くつもりだったのだ。
ところが、指揮権まで手に入れてしまったので、このような手間でまだ地下水道に突入できていない。
襲撃に怯えながらこちらからも襲撃をしかけるのだから時間との勝負になる。
「ご主人。
なんか騎士っぽい感じがする」
隣に控えていたベルの感想だが、俺が十騎長待遇をコンラッド氏より受けているのは知っているだろうに。
「だって、ご主人鎧着こなせていないもの。
それで騎士って言われてもさぁ」
目は口ほどに物を言ったらしく、おれの視線から察したベルがちゃかして場の空気を和らげる。
とはいえ、兵達が見ている前で表情を崩す訳にも行かないので話を変えることにする。
「そういえば、最初に地下水道に潜った時は罠が置いてあったが、今回は大丈夫なんだろうか?」
「多分、大丈夫だと思う。
あれ、置いたのアデナだったし」
ベルの言葉に驚きの顔を晒してしまい咳払いでごまかす。
「あたしだって知ったのは撫子三角州で彼女にあってからなんだから。
あの時点で、アデナはかなり危ない立場に居たって事よ」
人の因果は何処で繋がるか分からないものだ。
「大尉殿!
準備整いました!」
中隊つきの少尉が俺を呼び、俺たちは慣れた地下水道へ兵達と共に足を踏み入れた。
兵が持つランタンによって、地下水道は赤々と照らされている。
地図で確認しながらまずはわき道を塞ぐ事から始めた。
「ここに鉄条網を敷いてくれ!」
「了解!」
こっちに来る事を想定する以上、相手に地の利がある地下水道でその地の利を使わせない事が大事になる。
館の地下水道は出口への本水道から少し脇に反れた場所にあるので、本道に繋がる道を除いて鉄条網で塞げは敵は進入経路の変化に戸惑うだろう。
これで腕利き暗殺者が傷ついてくれればもうけものである。
殺人人形については期待薄なのだが。
なお、前の襲撃者が地雷を踏み抜いた結果、脇道の一部が抉れていたり崩れていたりしているのだが、まだ修理はしていないらしい。
地下室へ繋がる階段部分にも兵を置いてランタンで地図を確認しつつ進み、俺は潮の匂いのする地下水道本道に出る。
まずは、退路の確保からだ。
「このまま出口の方に向かう。
リールは俺たちが出口まで行って戻ってくるまで、この場所で待機」
「かしこまりました」
白銀鎧をつけたメイド姿でリールが一礼するが場違いな事この上ない。
ベルとボルマナを先頭に俺達は出口へ向かう。
思った以上に水の音が大きい。
「よろしいのですか?
彼女を一人だけで?」
連れて来た第一小隊長が俺に質問するが、俺は苦笑して第一小隊長に告げる。
「大丈夫だ。
あれで山賊三十人を撫で斬りにした猛者だよ。
そんな彼女の傍に兵を置くとかえって邪魔になる」
道中に遭遇した大鼠二匹に兵達が驚くが、ベルとボルマナによって排除される。
始めてみる異世界の化け物に彼らに怯えが走るが、倒せるものだという認識が広がるにつれてそれも払拭されてゆく。
時折やってくるこれらの化け物を排除しつつ、途中にある脇道を鉄条網で次々と塞いでいくと無事に出口の兵と合流する。
「ご無事でしたか」
「そちらもな。
変わった事はないか?」
俺が敬礼しながら尋ねると、第二小隊長も敬礼を返しながら答えた。
「衛視の話だと、スラムの方ではどうも始まっているみたいですね。
あと、冒険者と呼ばれる者たちが『地下水道に入らせてくれ』と衛視と揉めているみたいです」
第二小隊長の報告を聞いて俺は眉をひそめる。
こっちは鉄条網で道を封鎖しているから、冒険者達に勝手に荒らされたくはない。
「わかった。
冒険者達と衛視は俺が相手をしよう。
戻ってくるまで待機」
そう言って出口の衛視小屋に向かうと、こちらの兵が遠巻きに眺める中、衛視が冒険者の一行に詰め寄られている最中だった。
「あ!あんた……」
「あんたじゃないか!」
そして、俺の顔を見て両方から上がる声。
衛視は俺が地下水道に潜った時に気を失っていた衛視で、冒険者達はベルからの耳打ちで『笑うカモメ亭』の常連客だったからだ。
ここで、冒険者として話をするとつけ込まれるから、こちらで散々使わせてもらっている名乗りをする事にする。
「イッソス太守であるコンラッド氏から十騎長待遇を受けている神堂辰馬だ。
この地下水道に関わる事全てをコンラッド氏より預かっている」
思った以上の大物が出てきた事で双方の顔色が変わるが、即座に対応してきたのはさすが冒険者と言わざるを得ない。
「貴族のぼんぼんだったか。どうりで」
「そうでないと、派手に金貨をばら撒くなんてしないだろ?」
冒険者達は六人。
そのリーダーらしき剣士が俺に話を振るので、俺はかるく交わす。
互いの舌戦はここからだ。
「違いない。
とはいえ、偽りの身分とはいえ、冒険者として同じ『笑うカモメ亭』の飯を食った仲だ。
優遇して中を通してくれるとこちらは助かるのだが?」
そらきたと思いながら、俺はその提案を拒否する。
「悪いがそれはできない。
あの地下水道の中は、封鎖したり罠を張ったりと色々しているのでね。
ほか二つの出口を当たってくれ」
「なるほど。
罠を張るという事は、ギルドマスターがこちらに来る理由がある。
こちら側だけ、警備が厳重なのであたりをつけてみましたが正解と言った所ですかね」
俺の拒否に杖を持ってフードをかぶった冒険者がしたり顔でこちらを挑発するが、俺はそれに乗るつもりはない。
「言っただろう。
『この入り口は使わせない』。
それを覆したかったら、コンラッド氏でも連れて来るんだな」
「……わかりました。
リーダー。
ここは引きましょう」
フードをかぶった冒険者の声にリーダーが頷いて、冒険者達が去ってゆく。
去ったのを確認してボルマナが俺に声をかけた。
「あきらめますかね?」
「あきらめるようでは、冒険者じゃないだろう?
あの冒険者連中、できる奴らと見たが」
俺の言葉に今度はベルが返事をする。
「あいつら、『笑うカモメ亭』でも上位の依頼達成率を誇る看板冒険者の一つさ。
ご主人の言った、『この入り口は』の意味をちゃんと理解して、近くの屋敷にある地下水道の枝道から入ろうとするだろうけど、通して良かったんじゃない?」
「理由は二つ。
全部通すと足手まといまで入れてしまう。
あの連中に鉄条網が有効ならば、暗殺者達にも有効だろうよ」
「それでも突破して、こられたらどうなさるので?」
ボルマナの質問に俺は冷笑して見せる。
リスクとリターンを秤にかけての行動ならば、何も言うつもりはないからだ。
「歓迎するさ。
こちらの盾としてな」




