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マダムリターンズ その三

「華やかですねぇ」


 内海審議官の一言が容赦なく俺に突き刺さる。

 現在、報国丸の食堂を使ってイッソスの要人を招いてのパーティが行われていた。

 これを企画立案したのは、中央で要人達と華やかに話をしているマダムだ。


「ご主人。

 なんでこうなったのさ?」

「俺が知るか」


 ベルのぼやきに俺もぼやく。

 たしかに、マダムに押し切られて娼館開設の許可を与えた覚えはあった。

 そこからマダムは早かった。

 ヴァハ特務大尉を引き連れて内海審議官に話を通し、この船上パーティを夜には開いてしまっていたのだから。

 なお、ベルをはじめとした高級娼婦の皆様は、チャイナドレスを着用していたり。

 もちろんマダムの持ち物なのだが、黒長耳族へ娼技を教えていた時に、日本・欧州・中華の衣装の最高級品を容赦なく買いあさったらしい。


「一流の着物を着る事で、一流になる事もあるの」


なんてしたり顔でマダムは言っていたが、絶対趣味が入っていると思う。

 だが、華やかな色と豪華な装飾、そして肩から出た腕とスリットから見える生足に男達の視線は釘付けで、見事にその企みは成功したと見て良いだろう。

 料理についてもマダムは口を挟んだ。


「手で取って食べやすいものをお願い」


 報国丸の料理長は貨客船時代のままだったので、そのリクエストを理解しておにぎり、漬物、焼き鳥、味噌汁等を用意。

 パーティーが始まる前に娼婦全員を集めて、食べ方・飲み方をレクチャーしてしまったのだった。

 で、高級娼婦達は一口でその味にめろめろ。

 マダムにたしなめられる一幕があったり。


「私はそんな無粋な真似はしませんが……もぐもぐ……」


 メイドという立場を利用して俺の付き人で隣に居るリールが、こっそり無粋に焼き鳥をぱくついていたり。

 尻尾がおもいっきり揺れて喜んでいるので、見なかった事にしよう。


「内海さん。

 今回はお招きいただいてありがとうございます」


「急な思いつきなのに来ていただいて申し訳ない。

 コンラッドさん」


 こちら側の要人トップであるコンラッド氏は真っ先にやってきたのは、こちらの食事と酒が堪能できるからに他ならない。

 彼と彼の派閥から要人数人がこの船に乗り込んできていたあたり、自派の結束に利用しようという所なのだろう。


「ところで、この場に居る華やかな女性達の幾人かはとある場所で知っているのだが、また彼女たちはそのような所に来るのだろうか?」


 俺が高級娼婦を買い取ったのを知っているので、彼女達のお披露目が新しくできるであろう娼館のお披露目と察してコンラッド氏が話を振る。


「ええ。

 神堂君が館長として、先に買った館を使って営業するそうですよ」


と内海審議官は言ってのけるがそこにはまったく俺の意見はない。

 そんな俺の内心を知らず、コンラッド氏は中央で談笑してみせるマダムを見る。


「という事は、かの女性もその場所にやってくるので?」


 マダムが着ていたのは、花魁衣装だった。

 髪を結い、簪で飾り、肩から胸元まで大胆に見せながらそれでいて上品さを失わない。

 後で聞いたが、あの花魁衣装は俺の母親の形見だったらしく、お民さんから譲り受けたものだそうだ。


「ええ。

 あの人もそれを望んでいますよ」


 俺は中央で華やかに咲き誇るマダムを見ながらその言葉を吐き出す。

 なお、この花魁衣装を着ているのがこの場にもう一人居て、ヴァハ特務大尉だったりするのだが、褐色肌で銀髪の花魁というのは異国情緒漂いまくりでこの船の船員達も見とれるぐらい。

 ついでだが、ヴァハ特務大尉の花魁衣装はお民さんのものだったり。


「貴方が一時イッソスから逃げ出したのは正解でした。

 おかげで、こちらはだいぶ掃除ができましたので」 


 コンラッド氏がさりげなく俺にお礼を言う。

 俺と盗賊ギルドの対立は、アダナの街道山賊討伐と盗賊ギルドの癒着が暴露されて、ギルド内部でかなり揉めているらしい。

 カッパドキア共和国国政議会でもこの問題が取り上げられているのだろう。


「という事は、もうしばらく外に居た方が良いと?」


 俺の気を使った質問にコンラッド氏は首を横に振った。


「最後まで逃げていたら臆病者と罵られかねませんよ。

 むしろ居て頂いた方がこちらは動きやすいので」


 最後の暴発の餌になれと。

 その報酬が、娼館認可とお得意様紹介という所か。

 俺はちらりと内海審議官を見るが彼は何も言わない。

 それを黙認と解釈した事で、俺は了解の言葉を口から出す。


「では、粛々とですが、館の開館の準備を整えさせる事にしましょう。

 その時にはまた来て頂けますかな?」


 コンラッド氏は俺の手を握って楽しそうに笑った。


「こちらこそ、楽しみにしていますよ……っ!

 少し失礼」


 打って変って緊迫した顔になったコンラッド氏が壁際に離れて何かをしている。


「あれは何をしているんだ?」


 俺の質問にベルがため息をついて答えた。


「わからないの?ご主人。

 緊急のテレパスが入ったんだよ。

 たぶん、何かまずい事が起こっている」


 空中騎士団団長でもあるコンラッド氏を慌てさせる出来事が、こちらに無関係な訳がない。


「内海審議官。

 ここはお願いします」


「わかりました」


 内海審議官に後を任せると、ベルとリールとボルマナに命令を飛ばす。

 この手のやつは発生する前に動けるのと動けないのではまったく違うからだ。


「リール。

 抜けて俺の指揮下に入る兵達に召集をかけてくれ。

 三十分後に甲板に集合」


「かしこまりました」


 リールが気配を消して抜けると今度はベルの方に顔を向ける。

 ベルの目は娼婦から盗賊に戻っているのを確認して声をかける。


「マダムのサポートはアデナに任せるから繋ぎをとってくれ。

 ギルド絡みならば、働いてもらうぞ」

「任せてご主人」


 パーティはそのまま続けられないといけない。

 こういう時に信頼できる人間が居るというのはありがたい。苦労も多いけど。

 同じくベルが抜けると、俺は残ったボルマナに声をかけた。


「ヴァハ特務大尉に繋いでくれ。

 『コンラッド氏に緊急のテレパス。イッソスにて何か良くない事が発生しつつあり。我々は館に戻って警戒する』と」

(わかりました。

 何かあったらボルマナに報告を。

 できうる限りの支援はつけます)


 さすがテレパス。

 直でヴァハ特務大尉と繋がった。

 そこまで準備した上で、俺はコンラッド氏の方に向かう。

 彼は俺がやってきたのに気づいて、笑顔で俺を出迎えた。


「コンラッド氏。

 貴方と私の仲です。

 助けられる事があるのでしたら、喜んで力を貸しましょう」


 単刀直入。

 状況に振り回されるより振り回す方がわかりやすいので、俺は真正面から切り込んでいったが、出てきた言葉はこちらも驚くものだった。


「ありがとうございます。

 わが友キーツが何者かに刺されたと」


 思った以上に状況は切迫しているらしい。

 彼は山賊討伐で功績を立てたばかりだ。

 個人的にも知り合いだし、死なれると困る。


「それで、キーツ氏の容態は?」


「魔法で傷は塞いだのですが、血が戻る訳でもなく……」


 魔法という物は便利なものだ。

 特に傷に対しては。

 だが、万能ではないらしい。

 コンラッド氏の青白い顔を見て、二人が本当に友人同士なのだと悟る。


「なるほど。現代医学でも勝てる要素はある訳だ。

 輸血の人間を探さないといけないな」


「輸血?」


 コンラッド氏の質問にどう答えるか考えて、


「コンラッド氏。

 キーツ氏を助けるためにお願いがあります」


 窓から見える船団の周りに浮かぶガレー船達を見た。

 天馬ってのも便利な物だ。

 コンラッド氏の要請で、キーツ氏を乗せたペガサスが甲板に着艦する。

 陸上や船なら数時間はかかるだろう距離も、三十分もかからずに報国丸に到着する。


「彼を医務室へ!

 輸血の準備を。

 ヴァハ特務大尉。輸血の候補者を医務室へお願いします」


 医務室へ連れて行って、採決してもらって血液型の合う人に輸血を頼む為だ。

 コンラッド氏の頼みでパーティ参加者には参加をお願いしている。


「皆様、こちらに」


 ヴァハ特務大尉に連れられて数名が医務室に連れられてゆく。

 血を採ることについて怪訝な顔をしていたが、キーツ氏の命の危機でコンラッド氏が頭を下げたそうだ。


「ご主人。

 準備できたって!」


「わかった。

 今行く!」


 呼びにきたベルの声に俺も甲板にあがろうとしたら、マダムとすれ違う。

 何も言うわけではないが、ただにっこりと微笑んで俺を送り出してくれた。


「大尉!

 小発出しますよー!」


 ベルやリールやボルマナに兵達と武器弾薬を積んだ小発が、軽快な音を立ててイッソスの湾を進む。

 こうして、俺と盗賊ギルドの諍いは期せずして怒涛の決着に向かう事になる。  

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