マダムリターンズ そのニ
「あ、ご主人」
「あ、辰馬くん」
ただ一言。
その一言にこめられた意地と色気と敵意の凄い事と言ったら。
マダムは優雅に、ベルは楽しそうに微笑むのだけど、双方視線を合わせようとはしない。
で、これにボルマナとリールが参戦しようとしてはじき出されたらしく、二人とも成り行きを見守っているという所か。
アデナは状況がわからないから様子見という感じだか、マダムを見て即座に白旗をあげたらしく、俺に向かって首を横に振って見せた。
更に、イッソスの町に置いていたら盗賊ギルドの報復が怖いので連れてきた高級娼婦十二人が遠巻きに見ているのでそりゃもう凄い事に。
女の争いと言うのは、最初の一目で勝負が決まる。
だからこそ、女と言うのは見た目に拘るのだ。
で、ベル以外一撃で場外に追い出したマダムは、アール・ヌーボーなドレス姿に秋月で買った簪を髪に挿している。
あえて、アール・デコではなくてアール・ヌーボーで来たのは、こちらの情報を事前に知ってチョイスしたと後で本人から聞いた。
「実は、とある絵の真似なのよ。これ。
知らないだろうから、内緒ね」
なんて後でこっそり俺に言ってきたけど、それを完璧にまねてかつアレンジして見せるマダムに、まず高級娼婦達が黙った。
曲線美とこちらの世界の装飾の妙は異世界のドレスに負けず劣らずで、それを優美に着こなしてみせる事で明確に格を見せつけられたのだ。
次にボルマナは、ヴァハ特務総長との関係で屈服させられた。
「ボルマナさんね。
ヴァハちゃんから聞いているわ。
よろしくね」
「はいっ!」
長寿ゆえに長生きすればするほど知恵と力をつけてしまう長寿種は、それゆえに年功序列が恐ろしく徹底されている。
そして、年功序列はそのまま友人関係にも反映されって極道と本当に変わらないな。このあたり。
かくして、ボルマナも脱落。
リールは俺という主人と従者という関係を突かれた。
「失礼ですが、ご主人様とはどのようなご関係で?」
「男と女の関係ね。
それ以上言う必要があるのかしら?」
「……失礼しました」
かくして、高級でなく、年功序列を気にせず、従者にもなりきれないベルが残った。
それゆえに、淫乱で、若々しくかつ荒々しく、盗賊の観察眼でほどよい距離を見極めていたベルはマダムが一筋縄では行かない事を悟り、俺がやってくるまで勝負をつけなかったという訳で。
「ご主人。
この人はご主人の何?」
あえて俺に直球で切り込んでくるベルをマダムが軽くいなす。
二人とも笑顔なのに、目がまったく笑っていない。
「辰馬くんに腰の振り方を教えたのは私。
気持ち良かったでしょ?」
「それはどうも。
ご主人は今私でとても満足しているので、いまさら過去の人が出てくる余地はないのでお帰りください」
「ひどいなぁ。
たしかに終わった関係だけど、辰馬くんの子供は生みたいからエルフの秘薬を使って体を若返らせたんだから」
気づいていた。
髪が大陸に居たころまで急に伸びていたし、その黒々とした髪から水気が溢れんばかりに瑞々しい事に。
胸もお尻もくっきりとドレスから浮き出るほど存在を主張しているのに、腰周りがすっとくびれていたり、片桐少尉から聞いた全盛期のマダムがこんな感じだったのだろう。
というか、マダムから視線を外せない。
熟れきっているのに瑞々しく甘い香りを放つ禁断の果実。
それぐらいマダムは妖艶だった。
俺の視線に気づいてマダムはウインクし、ベルの機嫌は急降下する。
「まぁ、ここで喧嘩してもはしたないし、夜の話は夜にしない?
とりあえず」
間をおいてみんなを見渡す。
内海審議官と話をしていたヴァハ特務大尉が入ってきたのも確認して、誰もが見とれる笑顔で修羅場の空気を吹き飛ばして見せた。
「お茶にしましょうか」
「裸で男を誘うのは二流。
会話で男を誘うのが一流。
超一流は勝手に男が会いに来る」
高級娼婦の一人がぽつりと、そんな言葉を漏らすとそれを隣の高級娼婦が拾って自虐する。
「超超一流はきっと男を虜にして離さない」
彼女たちと俺の視線の先でマダムが楽しそうにお茶を作っている。
マダムの大好きなジャスミンの香りが強すぎず、弱すぎずに部屋に広がってゆく。
みんなの分のカップを用意させ、船の中なのでお湯が大量に使えるのを良いことに、茶碗から茶道具までお湯で温めて、高級娼婦十二人に俺とベルとボルマナとリールとアデナとヴァハ特務大尉にお茶を振舞ってゆく。
笑顔を崩すことなく一人ひとりにお茶を渡し、あれ?一つ茶碗が多い?
「ヴァハちゃん。
これ、内海さんに持っていって」
この気遣いができるからマダムなんだよなぁ。
いつのまにかみんな毒気を抜かれているし。
一つ一つの動作が洗練されすぎているからリールが手伝えず、マダムはリールももてなすつもりだから手伝わさない。
かわりに、リールはお茶をいただきながらガン見して、マダムの仕草を盗もうとしているらしい。
「おいしい。
ご主人が入れたお茶よりもおいしいからなんか腹立つ」
「だって、辰馬くんにお茶を教えたのも私。
師匠が弟子より下手だとみっともないでしょ」
なんだろう?
ベルとマダムの関係が、おもちゃを取られた妹とそれをあやす姉みたいに見えてきた。
「で、あんたご主人のところに転がり込んで腰を振りにきた訳?」
これはみんなの一致した意見だったらしい。
男を喜ばすために、他の男の上で腰を振るのが娼婦というものの宿命みたいなものだからだ。
「いえね。
とりあえず、昔の男のトラブルがらみで『逃げろ!』って言われて一番安全な所にヴァハちゃんに頼んで連れて行ってもらっただけだったり」
マダムが重要機密に触れずにさらりと状況説明をしてしまうのだから、こちらも話が作りやすくなる。
「まぁ、そういう訳だ。
しばらくはマダムには俺の所で……」
「お願いがあります!」
俺の言葉をさえぎって、狐耳の高級娼婦が立ち上がる。
そこから出た懇願は俺の想像を完全に超えていた。
「どうか私を、この人の下で働かせてください!」
「私も!」
「私だって!」
我も我もと志願する高級娼婦たちに困惑する俺を見てマダムが苦笑する。
どうもこの手のトラブルは体験済みらしい。
「あはは……
どうもみんなに慕われる傾向があって……」
「あなた富士の居住区でもお別れ会開いていましたよね。
その処理全部私がしたんですよ」
マダムの困った顔に戻ってきたヴァハ特務大尉が突っ込む。
なお、短期間ながら黒長耳族の娼技は格段にあがったとはヴァハ特務大尉のお言葉。
「ちょっと!
忘れていると思うけど、ご主人の竿は一本しかないんだからね!」
このまま居つかれると、貰える分が少なくなると本気で危惧したベルが牽制するが、兎耳娘の高級娼婦があっさりと言ってのける。
「だってこの人の技盗めたら、一生男に困らないじゃない!
捨てられても生きていけるって!
それに、あなたいつも抱いてもらえるからいいじゃない!」
彼女の言葉に黙ったベルに、アデナがあきらめ顔で苦笑してみせて悟らせる。
「いいじゃないか。ベル。
この人一人で竿を咥える人じゃないって。
ちゃんと管理してわたしらにごちそうくれるわよ」
「う……それはそうだけど……」
ベルとて高級娼婦のはしくれ。
ここまでの短い時間でその格については負けを認めていたのだ。
そこで、はじめてマダムが不自然に首をかしげた。
「え?
辰馬くん娼館開いていないの?」
「ヴァハ特務大尉……マダムに何を言ったんですか……」
「ボルマナからの報告だと、『娼婦を買いあさっている』と」
事実なだけにまったく返す言葉がない。
で、これまでの成り行き、盗賊ギルドへの嫌がらせとかで娼婦を買ったことを説明したらマダムが怒った。
「駄目よ!!辰馬くん!
女ってのは男に触れていないとすぐ老けちゃうんだからね!」
「いや、だから男は現状俺一人……」
「だったら、買い取った責任を取ってちゃんと娼館を開きなさい!
いいわね!!」
マダムに真正面から顔を近づけられて、いいえが言えるほど俺は男ができていない。
なし崩し的に首を縦に振ってしまい、娼館開設の許可を与えると同時に、この場の上下関係においてマダムが一番上であると俺を含めた全員が認識してしまったのである。
マダムの着ていた服は、『moet chandon grand cremant imperial』を参考にしました。




