森林周辺モンスター討伐戦 その二
「ご主人。
足跡発見。
多分オーク。
奥の丘の方に続いているみたいだね」
ベルが地面を見ながらモンスターの足跡を探る。
オークというのは豚顔のモンスターで、子供の大きさが中心だったゴブリンと比べたら大人の大きさに体格がなっているだけに、それだけ脅威が上がる。
「数はどれぐらいだ?」
俺の質問にベルは即答してみせる。
このあたり、ベルが熟練者なので助かる。
「百匹前後の巣かな。
それ以上増えると共食いをしなきゃいけないから、群れを分けるはず。
他にも巣があると思うから、多く見積もって三百から五百匹ってとこじゃない?」
「わかった。
ひとまず戻ろう」
俺はベルに声をかけて、大発の方に戻る。
ボルマナとリールも連れて三角州の対岸に偵察に出ていたのだった。
「どうでしたか?」
大発で待っていた陸戦隊小隊長が声をかけてくる。
向こうも偵察はしているのだろうが、こういう時にお互いの情報を刷り合わせる事で情報はその精度を増す。
「敵は中隊規模で増援の可能性あり。
ただ、連携はとれておらず、各個撃破は可能」
「こちらも似たような判断をしています。
出てきた敵を撃破しても増援がこっちに来ない可能性もあるので、そこをどうするか詰め切れていない所なのです」
オークの群れを潰したとしても他の群れがこっちにやってくる事は確実ではない。
むしろ、潰した群れの巣を襲って、牝どもを奪った方が手っ取り早いと小隊長は言っているのだった。
なんだろう。
この無法ぶりと私利私欲の極みは大陸を思い出す。
「襲撃はそちらだけでするつもりですか?」
煙草を差し出してきた小隊長に煙草をもらって返事をする。
「ですね。
囮ですから、少ない方がいいでしょう」
作戦はこうだ。
俺とベル・ボルマナ・リールの四人が対岸でオークの巣に攻撃をしかける。
適度に暴れながら三角州に撤退。
渡河するだろうオークたちを対岸からつるべ撃ち。
なお、ボルマナは水上歩行魔法まで使えるらしい。
それでも、四人全員を対岸まで渡らせるだけの魔力はないので、リールにかけて撤退時にリールはボートまで歩かせる事も考えていたり。
「心配しすぎです。ご主人様。
私が全ての敵をなぎ払いますので、うまくいった事を考えて開拓地に屋敷を構える事でも考えてください」
リールの横からの口出しに俺と小隊長が同時に首をひねる。
それが分かったらしく、リールが疑問符を顔につけながら続きを口にした。
「え?
オークの巣を襲って獲物の一部をもらうのでは?
ここだったらダークエルフは必ずいるでしょうし、牧場開けるだけのダークエルフをもらって開拓地を開拓すれば、領主様になれますよ」
ようするに、こちらの世界の冒険者と呼ばれる連中の立身出世物語の終着地だとこうなるらしい。
金を稼いで家畜としてダークエルフを複数購入したら、開拓地にて牧場を開く。
家畜と交配し家畜が生まれたら開拓地に卸し、ダークエルフが生まれたらそのまま飼ってもよし、奴隷市場に流してもよし。
ダークエルフを飼えるだけの財力と武力があるのだから、開拓地において名士は確定。
開拓地の貢献度によっては領主もありえると。
そこまで聞いた俺と陸戦隊小隊長が額に手を当ててため息をつく。
「違うのですか?
一流娼婦十二人も買い取ったのですから、月で一人ずつダークエルフが買えるぐらいは稼げるはず。
ですが、ここでダークエルフを得られるならば、後は開拓地に旅立つだけです」
なんだろう。
心なしか小隊長の視線が冷たくなったような気が。
「何でそれを前の山賊討伐の時に言わなかったんだ?」
俺の質問にリールは澄ました顔で言ってのける。
「あの時は、ご主人様があそこまで規格外だと思わなかったので。
普通の冒険者は、あういう場所で獲物を獲ても維持ができないので売り払ってしまいます。
ですが、ご主人様の場合はイッソスに館があるし、高級娼婦達もいる。
遠慮なく獲物を取れる訳で。
イッソス太守家と親しく、ダコン商会とも繋がっているご主人様は、望めばすぐそこに領主の道が開けているのですよ」
ここまで価値観が違うと清々しいものがある。
煙草の煙を吐き出しながら、小隊長が茶化してみせる。
「で、どうなさいますか?
ご領主様?」
「茶化さないでくださいよ。
最前線行きと同義語ですよ。これ」
そうなのだ。
開拓地というのは、モンスターが跋扈する地を開拓するから開拓地な訳で。
「大丈夫です。
私がなんとかするので」
リールがえへんと言ってのけたので、俺はそれに突っ込んでみる。
「蟲だったらどうするんだよ?」
「……」
なるほど。
リールといえども尋常な数で群れる蟲にはかなわない訳だ。
「お邪魔するよ。
様子はどうだい?
アデナ」
ベルが声をかけてドア代わりの布をのけると、そこには枯れ葉に布をかぶせた簡易寝台で寝ていた猫耳娘が返事をした。
「ああ。
ベルか。
世話になっちまったね」
煉瓦で造った家は雨風をしのぐ為だけに造られているので、思ったよりも小さい。
中を見ると、寝台の他に木箱一つがテーブル代わりに置かれ、食べ終わった食器が置かれていた。
「あんたがベルのご主人様かい。
世話になった。
このお礼は体で払う事にするよ。
したくなったら、いつでも呼んでくれ」
ここまであけずけに言われると俺からは苦笑しかでない。
「体の方は大丈夫なのか?」
アデナは寝台から起き上がるが毛布の下は何もつけていない。
堂々と晒すあたり、見せたいのか恥じらいが無いのか、両方だろう。
ベルが均整取れた体に対して、アデナの体は肉がつき熟れた果実のようになっている。
「肉がついちゃって、壊されたからね。
盗賊としてはおしまいね。
誰かに飼ってもらおうと思うのだけど、あんたわたしを買わないかい?」
あ、ベルの顔が露骨に不機嫌になる。
俺が買うとでも思ったのだろうか?
「アデナ。
このご主人は高級娼婦十二人一括で買い取っておきながら、まだ餌をあげない鬼畜なご主人だからよした方がいいよ」
「の、割にはベルはいっぱい餌をもらえているみたいなんだけど?」
「またゴブリンの所に飼われたらぁ?
はしたなく腰振れば餌はくれるでしょうよ」
仲が良いと聞いたのだが、この言葉の応酬はどうなのだろう?
そんな俺の表情が出ていたのか、ベルとアデナが二人して笑う。
「そんな顔しないの。
ベルとは本当に長い付き合いなんだから」
「あたしらこんな感じでギルドでやっていたからね」
だからこそ、笑っていたベルの怒気が膨れ上がる。
「だからこそ、アデナにこんな仕打ちをしたガースルにはちゃんと報いを受けてもらわないと」
その怒りがベルとアデナの絆の深さをなんとなく分かってしまう。
「何であんたガースルなんかにはめられたのよ?」
ベルの質問にアデナが苦笑する。
「あの子達を人質に取られてね。
わたしには薬が効きにくいのを知って、あいつらゴブリンを薬で強化しやがった。
で、負けてあのざまって訳」
聞くところによると、こうやって正気に戻ったのはアデナが一番早く、まだ数人しか正気に戻っていないという。
「ご主人。
アデナはこの後どうなる訳?」
ベルの質問に俺は考える。
使える人間は本土に即戦力として持って行く予定になっているからだ。
「アデナはどれぐらい壊れているんだ?」
俺の質問にアデナ自身が答えてみせる。
その自己分析能力で彼女がどれだけ優秀だったから分かる。
「日常生活には支障は無いはず。
問題は男断ちの方で、三日あけると禁断症状が出る。
我を忘れて発情するのは五日目という所かな。
残念だけど、娼技はベルの方が上」
「という訳。
長期の旅だと安全を確保できない可能性もあるし、古代魔術文明の遺跡潜りなんてのは下手したら一月近く潜る事もある。
媚薬系の耐性も弱くなっているから盗賊としての仕事は無理という訳」
聞いている限りではチンピラの仕事とかは無難にできそうな気もするが、それは仕事ですらないという所なのだろうか。
「使える人間は本土にという事なんだが……」
「ご主人。
良かったらうちで引き取れないかい?」
ベルが真顔で俺に語りかけてくる。
その表情にいつもの軽さは無い。
「ベル。
アデナを入れたら、その分お前の取り分が減るんだがそれでいいのか?」
「いいよ。
アデナ相手ならば」
即答だった。
つまり、そういうのが言えるだけの関係だったという事なのだろう。
「イッソスの屋敷で留守番役を探している。
ガースル側から襲撃があるかもしれない危険な役目だ」
俺の言葉にアデナが嬉しそうに笑う。
「いいじゃないか。
ガースルが痛い目を見るのを近くで見れるんだ」
立ち上がって俺の手を握る。
「あんたの下につこう。ご主人様よ」
かっこいいのだが、全裸でそれは色々と困る。
色っぽいので。
「ご主人。
あんなむちむちがいいの?」
ベルのジト目は彼女の部屋を出ても続いた。
撫子三角州近隣のオーク討伐において、一つの提案が上がり海軍陸戦隊が頭を抱えている。
で、不幸は皆で共有しようという訳ではないだろうが、俺もその頭を抱えている事例を聞かされる羽目になった。
つまり、
「私達を戦わせてください!」
という獣耳族たちの純粋な願いである。
彼女達の戦力化は考えなかった訳ではない。
石人形をはじめとする魔法が使える黒長耳族や、身体能力が人間以上の獣耳族を投入すれば多くの逃亡黒長耳族や獣耳族が救えるはずなのだ。
「で、それを躊躇う理由がこれか……」
俺の言葉の先に逃れてきた獣耳族達の武器・防具が並べられる。
武器は石の槍及び石の斧。
木の槍や弓矢もあるが、鉄器具は無い。
防具にいたっては木の盾がせいぜいで、そもそも衣服をつけていない連中も多い。
これでよく逃れてきたと天を仰ぎたくなるが、俺と同じ思いを陸戦隊小隊長もしたらしく、同じように空を仰いでいる。
「なぁ。
ベルにリール」
俺の後ろに居るベルとリールに説明を求めるが、二人とも目を逸らす。
つまり、この状況で志願させるのは魔力切れが即死に繋がると。
二人の後ろで控えていたボルマナが口を開く。
「真面目な話、冒険者達の初期装備ですら銀貨が必要なものです。
彼女達奴隷種にはそれを用意する余裕なんてありません」
食料や衣料品だけでない、こちらの世界の武器防具でも投下するだけで彼女達の生存率が上がると理解した瞬間、俺はある事を思い出す。
「じゃあ、この間の山賊がつけていたやつってこっちに持って来たら使えるのか?」
「きちんと手入れができるならば良いでしょうが、痛んだものでも喜ばれますよ」
ダゴン商会への防具大量発注が決定した瞬間である。
同時に、帝国側からも持ち出すものが決定する。
「ご主人。
あたしは、ご主人の世界の兜は凄いと思うけど」
「私は靴ですね。
荒地を裸足で逃げて来る者にとってそれだけでも負担が軽減されます」
このあたりは本土から大量に持ってきてもらうとしよう。
ここで、小隊長が俺に話を振った。
「こちらの世界の防具、つまり魔法防具について話を聞きたいのだ」
これがどうも本題らしい。
で、ボルマナの防御魔法説明会が始まる。
「防御魔法は、唱える事で発動しますが、維持・継続する場合は呪文を魔方陣に刻んで魔力を流すか、魔法そのものを魔石にいれるかの手段が取られます」
魔石の場合は俺が使っている盾の事で、ボルマナは木の盾に防御魔法を刻んで立てかける。
「よろしければ、この盾を銃で撃ってみてください」
ボルマナの言葉に小隊長が拳銃を撃つと、木の盾より魔法が発動して銃弾が弾かれる。
防御魔法の威力に俺と小隊長が唖然とするが、ボルマナの顔色は変わらない。
「すいません。
もう一発撃ってもらえませんか?」
言われるままに小隊長が二発目を発射すると、こんどはあっさりと木の盾を銃弾は貫通し、木の盾に丸い穴が開いた。
「こめられた魔力によって防御魔法の強度が変わります」
ボルマナは再度防御魔法をかけなおす。
「すいません。
今度はあれに手榴弾を投げていただけませんか?」
という事で、俺が手榴弾を投げると木盾は爆発と共に木っ端微塵となる。
「私だと、あれは防げません。
我が主だとまた別なのかもしれませんが。
で、ここからが本題です。
オークにもこの手の防御魔法を使うのが居ます」
ゴブリンにもゴブリンシャーマンが居たように、オークにもオークシャーマンがいるという訳だ。
小隊長が腕を組んで答える。
「なるほど。
一撃で仕留められると思ったら、不覚を取るか」
「遠距離砲撃でまとめて叩くのが、一番簡単でしょう。
問題は……」
俺の言葉を小隊長が遮って続きを言ってしまう。
「弾がどれだけ持つかだな」
弾薬は使えば無くなる物で、その補給はこの世界から見て異世界になる本土に依存している。
その為、使ってしまえば次の補給まで待たなければならず、モンスターだけでなく、蟲などの襲撃に備える為にも、余力は残しておかないといけない。
更に厄介なのが、弾薬消費に伴う予算の問題である。
今はまだ陸戦隊中隊規模で済んでいるが、陸軍まで出張ってくる予定で大規模救援活動なんて行ったら、あっという間に大蔵省に目をつけられる予算を請求しなければならなくなる。
大陸から足抜けしたばかりで緊縮財政に躍起になっている大蔵が、いくら帝国の将来の利益になると言っても無尽蔵に金を出すとは思えない。
我が帝国は明日の一円より、今日の十銭を切実に欲しているのだから。
「効率よく助けようとすると、これまでの通り空からの支援だろうな」
小隊長の言葉に、大陸で見かけたあれは持ってこれないのかと俺は口を開いた。
「砲艇はこちらに持ってこれないのでしょうか?」
物資投下だけでなく救援まで考えると、この鏡の川とよばれる大河を利用するしかない。
帝国陸軍は大陸での戦争において大河渡河支援や警備の為の砲艇を保持していたのである。
俺の言葉に小隊長が顎に手を置いて呟く。
「そちらは陸さん次第ですね。
こちらも砲艦が持ってこれないか検討してみよう」
男二人頭をつき合わせて話していたのが気に食わないのか、リールがいつものドヤ顔で言ってのける。
「何かあっても私がオークごとき全て斬り捨てますからご安心を」
「思うけど、あんた戦闘においてはご主人の事学習していないよね」
ベルの突っ込みどおりの展開になった。
オーク討伐は俺達がオーク約三百匹を十数回に分けて河原までおびき出し、三角州からの三八式野砲で全部吹っ飛ばしたのだから。
その後、空になったオークの巣に火炎放射器を持って突入し、残りのオークを焼き殺しながら捕らわれていた黒長耳族百五人と獣耳族二百二十八人を救助。
三日で二つの巣を潰した時点でこれだけの戦果が上がったのと同時に、全員壊れているので移送や治療に時間がかかり、更なる攻撃は一時中断となった。
四日目。
水上機母艦日進に呼ばれた俺は、第四次異世界派遣船団がこちらに来た事を知り、イッソスに帰る事になる。
イッソス近くの砂浜に着水した九七式飛行艇に高級娼婦(全員何故かついてきた)とアデナを残して先にイッソスに入り馬車を手配し、イッソスに入港した報国丸に乗り込むとそこには懐かしい顔があった。
「久しぶり。
元気にしていた?」
そう言ってマダムは俺の顔を見て微笑んだ。
マダム復活。
順調に初期構想から外れていっているが、まぁ気にしない。




