森林周辺モンスター討伐戦 その一
海岸部は見渡す限りの森が広がる。
その先を見るとはるか彼方に白銀の山々の稜線が広がっている。
「あれが『世界樹』です。
あの麓に竜神様の都だった竜宮はありました」
ボルマナが機内より一つ緑の山を指差す。
最初、ボルマナの言っている意味が理解できなかった。
なぜなら、距離的には山々より近くにあるとはいえ、世界樹の高さは1000メートルに届く高さを誇っていたのだから。
また、信じられないほど太い幹が見えていなかったら山と勘違いしていただろう。
「ここが西方世界最大のエルフの住む里です。
私達はこの森の事をドライアドの名前を取って『グウィネヴィアの森』と呼んでいます」
この世界に数人しかいないドライアド。
大森林を司る彼女は竜神に次ぐ魔力を持ち、今やこの世界にいない竜神以外に我らを元の世界に帰す事ができるのは彼女をおいて他にいない。
九七式飛行艇は大森林地帯を横目に、少し離れた河口近くに着水する。
あの白銀の峰が水源で、大森林地帯を横断するこの川をエルフ達は「鏡の川」と呼んでいるらしい。
その理由は何処までも澄み切った川の水面が鏡のように映るからで、川の大きさは河口部で幅1キロ以上はあるのだが、そこで見たのは川が地平線の果てで空と溶けている姿だった。
この川から北が大森林地帯、南には草原というか荒地が広がっている。
「昔は、もっともっと森が広がっていたんですがね。
かつての大崩壊の名残なんですよ」
とボルマナが語るには、大崩壊前に起こった人間とエルフの争いの跡なのだそうだ。
森全体に魔法結界を張って人間の侵入を阻んでいたのだが、エルフ達の力の源がその森に生えている木々であると看破した人間達が結界の薄い部分から次々に森を伐採しだしたのだ。
で、鏡の川まで人間達がやってきた時に大崩壊が起こり、人間達は引き上げていったという。
「しかし、何も無いな。
これだけの大河なら人間が街なり村なりを作っていると思ったのだが」
の俺の問いに、ボルマナが苦笑して答えた。
「大崩壊後のこちらの荒地、私達は『虚無の平原』と呼んでいるのですが、大崩壊後に野生化したモンスターたちがいて人間も手が出せないのが実情です」
なお、それらも元は人間達の対エルフ戦争の兵器だったというのだから人の業は深い。
現在、この三角州に停泊している船は三隻。
水上機母艦日進と飛行艇母艦秋津洲の二隻で航空機運営を行い、その護衛兼陸戦隊輸送に哨戒艇第一号型が二隻の隣で錨をおろしている。
三角州に上陸してみるが広い。
感覚的だが長江河口の三角州と同じぐらいの大きさをしているのではないだろうか?
その三角州の海よりに結構な集落が作られている。
海軍陸戦隊一個中隊が駐屯しているのと、この地に逃れてきた黒長耳族や獣耳族の集落がここにあるからだ。
獣耳族が何でこの地に逃れてきたかというと、元々奴隷種という事もあって人間達に狩られそこから逃げてきたというのが一つ。
もう一つは、彼女達の生息地である、『虚無の平原』の西に位置する森林地帯『緑壁の森』が現在戦争に巻き込まれたというのがもう一つの理由である。
かつての『グウィネヴィアの森』はこの『緑壁の森』まで続いていた。
そもそも、何で獣耳族を奴隷種と人間達が蔑むかというと、彼女達が古代魔法文明が奴隷や捕まえたエルフなどを使って作り出した愛玩用の生き物だったからに他ならない。
それが、大崩壊により逃げ出した彼女たちが野生化して『緑壁の森』に住み着いたのだという。
森が分断されたエルフは全員この『グウィネヴィアの森』に逃げており、彼女達は空き家となった新たしい住処で森と共存して暮らしていたが、この『緑壁の森』の位置が悪かった。
空から見た山地『白銀山脈』の外れに位置し、北は蛮族、西がカルタヘナ王国殖民地、南がロムルス国家連合本国と繋がっていたために、カルタヘナ王国とロムルス国家連合の戦争にモロに巻き込まれる形となってしまったのだった。
戦争だけではなく、開拓による森林の伐採や獣耳族狩りとまで加わって、獣耳族はついに森を捨てる決意をする。
白銀山脈の雪積もる険しい山々を越え、モンスターが跋扈する『虚無の平原』を越えてたどり着く彼女らの多くが途中で命を失っていたが、森から離れる事ができないエルフ達は助けを求める彼女達に手を差し伸べる事すらできない。
帝国が竜神を伴ってこの地にやってきたのはそんな時だった。
正式な眷属ではないが助けを求めた獣耳族に対し竜神はこれを了承し、帝国に支援を要請し、帝国も人間以上の力を持ち、魔法も使え、穴掘り能力などがある彼女達を本土の農業や鉱業、インフラ開発で使えると判断して了承したのである。
ここに滞在している獣耳族たちは逃れて一時的に滞在しているに過ぎず、帝国行きの船で全員本土に送られる事になるが、その彼女たちの逃亡を助ける為に水上機部隊はこの地に存在しているのだった。
『虚無の平原』の西の広がりについては、九七式飛行艇の行動半径以上の広さを持っている。
それでも、比較的安全な上空から食料や医薬品を投下するだけでも彼女達獣耳族の『グウィネヴィアの森』到達状況は改善しつつあった。
この状況を見た本土では更なる増派を検討しているらしく、政治的に異世界に絡みたい陸軍がその主力になるという事を、案内の兵士に教えてもらったりする。
女たちを空いている住居に待たせて、俺はボルマナを連れて陸戦隊司令部の建物に入る。
しばらく世話になる以上、この手の挨拶はしておくに限るからだ。
そこで、先の山賊討伐の話をせがまれる事になる。
この三角州の周囲にもモンスターが目撃されるので、参考にしたいという陸戦隊隊長の申し出に俺も思った事を口にした。
「自分が戦った経験ですが、銃の弾が持つかどうか、全てはそこにかかっています」
九五式軽戦車に斧で穴を開けるような連中である。
負けるとは思わないが、それは十分な補給がある事が前提だ。
そして、この荒野は大陸並みに広い。
大陸経験者らしい陸戦隊隊長も俺の言わんとする事に気づいてため息をついた。
「大陸で泥沼に陥ったのにここでも泥沼に陥るなんて御免ですな。
だが、最低でもこの三角州の防衛はしないといけない」
もともと、この三角州は『グウィネヴィアの森』から切り離されていたので、エルフ達の防御結界が届いていなかった。
その為、この地に駐屯地を作る際に竜神様の名前を頂いて、正式な帝国領として登録してもらっている。
緊縮財政を推し進める大蔵省に対して、領地防衛の為という予算申請を通しやすくするためだ。
そして、金を出す以上成果は出し続けないければいけない訳で、三角州に化け物が襲撃して被害を受けたなんて事になったら、目も当てられない。
大蔵省側は異世界交易で収支が得られるならば、異世界の拠点確保に慎重になるべきだという意見が大勢を占めている。
新たな植民地確保より、大陸との戦争で深手を負った帝国経済の再生を優先させよという彼らの主張が間違ってはいないのと同時に、それだけの深手を大陸で受けた事を否応無く思い知る。
「これだけの兵で三角州を防衛するのには少し広すぎます。
自分が指揮をとるならば、三角州周囲に警戒線をしき、ここの防衛に兵を集めますね。
渡河した後で休むなんて知能を化け物がもっていたら別でしょうが、そのまま襲ってくる所を塹壕と鉄条網で進路を塞いで、機銃で撃ちおろせば防ぐことはできるでしょう」
大陸での匪賊討伐時の防衛戦の経験を披露すると、陸戦隊隊長は副官を呼んでさっそく準備に取り掛かるらしい。
「で、ご主人は帰ってきたと。
どうしてもっと強く押し出さなかったのさ!」
司令部から帰った俺に対するベルの第一声である。
耳と尻尾を立てて怒っているのは分かるのだが、何に対して怒っているのかがいまいち理解できない俺に、ベルはその理由を明かして見せた。
「モンスターだよ!モンスター!
前のゴブリンとか戦ったのに何で気づかないかなぁ。
あいつらは牝が居ないのにどうやって繁殖していると思う?」
「!」
この付近に出張ってきているほどモンスターがいるという事は、この近くにそれを維持する事ができるほどの黒長耳族や獣耳族が捕らわれているという事だ。
「ただ居候させてもらうのも悪いので、ここはモンスターを討伐する事で恩を売っておくのも悪くないかと」
リールがめずらしくベルの意見に賛同するが、尻尾がわっさわっさと揺れているので、活躍して俺に褒めてもらおうという魂胆が見え見えである。
一方、俺についていきながら、黙ったままだったボルマナは慎重論を唱えた。
「同族を助けられる可能性は嬉しいのですが、少し危険が大きすぎます。
相手の巣も分からず、相手の数すら不明。
現状での危険は避けるべきです」
「わたしの腕が信用できないと?」
ボルマナの慎重論にリールが噛み付くが、どれだけいるか分からない敵戦力に対して攻撃をしかけるとボルマナの杞憂も分かるだけにと考えて気づく。
「そうか。
巣に攻め込むのは、襲ってくる化け物を先に倒してしまえばいいのか」
にやりと笑う俺に、ベルが楽しそうに微笑みかける。
悪巧みに一枚乗るつもりのベルの言葉はこういう時にすとんと俺の心に届く。
「で、何を思いついたのさ。ご主人」
「何、この間の街道でのあれをもう一回やろうと思っただけさ。
規模を大きくしてな」




