盗賊ギルドへの報復 その四
盗賊ギルドの報復。
実は、今回の高級娼婦買い付けはこれを狙ったものだったりする。
俺達は盗賊ギルドに金を払ってない。
だから、こうやって襲われる事はある意味覚悟の上で、それを返り討ちにする事でギルドの影響力を排除しようと企んでいたのである。
危ない橋を渡るので撫子三角州に駐屯する部隊の支援を受けるつもりは無い。
俺は手を叩いて裸の女達の注意を引き付ける。
「ベル。
やってくる盗賊ギルドの人数を想定してみてくれ」
事前に知らされていたベルは既に下着をつけて俺に返事をする。
「あたしらを処分して高級娼婦達を奪還するならば、腕利きが数チーム動いている可能性が高いわね。
大体四人で一チームを作るから、人数は多くても二十人は超えないと思う」
わざわざリールを伴って威圧したかいもあり、来る人間はリールと戦える連中という訳だ。
「リール。
館については任せた。
思いっきり暴れて構わない」
俺はリールに声をかけたが、いつの間にか完全武装で殺気を放っていたり。
さすが勇者専用メイドである。
「ベルとボルマナ達は俺と一緒に地下室に篭るぞ。
派手などんぱちをして衛視が駆けつけてくるまで粘ればこちらの勝ちだ」
ここで、急いで下着をつけた狐耳娘から提案を受ける。
「私達も最低限の身を守るすべは心得ています。
どうか戦わせてください!」
と。
その意気は買ってやる事にした。
「わかった。
地下室に装備品がある。
とりかくここは危ないから地下に潜るぞ」
俺たちが地下室に潜ると、館から剣戟音が聞こえる。
「始まったみたいね。
あのわんこ、はしゃいじゃってまぁ……」
片方の猫耳をぴくぴくさせながら、ベルが苦笑する。
最初は複数対一になるので、リールへの支援も検討したのだが、
「結構です。
かえって邪魔です」
と言い切られたのだから仕方ない。
ギルド側の戦力を知っているベルも、
「あのわんこを殺す必要は無いから、牽制に留めるでしょうね。
勇者専用メイドともなると、排除するのに同じ連中を用意する必要があるわ。
って事は、金貨千枚以上を賭けないといけない訳よ。
今回の嫌がらせでご主人が支払ったのは金貨三百枚。
あたしだったら、わんこを引き付けてその隙に女たちを奪うわ」
あえてダークエルフ系の高級娼婦を引っぱらなかったのも、この割の合わなさも計算したものだ。
切り札ではないが一線級。
これならばリールでも踏ん張れるし、リールがそれを引き付けるならば、残りはそれより格が落ちる訳で。
リールには思いっきり囮としてがんばってもらう事になっている。
「こちらも準備できました!」
ボルマナの声の後にがっしゃがっしゃと音を立てて動き出すのが、鎧人形。
従者成形魔法、たとえば石人形なんかは石を使ってゴーレムと呼ばれるモンスターを作り出す魔法だが、魔法が続く限りという制限がある。
ならば、最初から人形を作ってそれを操作する形にすれば、魔力の消費が抑えられて稼働時間が延びるのは当然の理。
この人形操作魔法前提の下に作られたのが鎧人形である。
全身金属鎧を繋ぎ合せて操作用の術式を組み込んだそれは、金貨十枚程度しかかからないお手軽なものなのでダコン商会から十体ほど購入したのである。
「よし。
それで本館と地下水道の通路を塞いでくれ」
六体の鎧人形が肩を組んでそれぞれの通路を塞ぐ。
これで、リールが討ち漏らした連中が襲ってきても時間は稼げる。
高級娼婦達も簡単な魔術が使えるので、この鎧人形の操作を任せる事にするが戦闘に使用できるかなんて期待するつもりはない。
移動して通路を塞ぐ事ができればいいので、彼女達が使えたのは嬉しい誤算である。
おかげで、ボルマナは地下室に直接転移魔法でやってこれないように、結界を張る事ができたからだ。
転移魔法なんてのを使う連中は当然切り札な訳でそれを投入するとは思えないが万一の事もある。
まだ鎧人形は四体残り、ベルという予備兵力もある。
さて、本館でリールが暴れているなら、本隊は離れか地下水道の二つから来るしかない。
こちらの思惑通りに。
「来ました」
ボルマナの離れにしかけた探知魔法に引っかかった盗賊達が隠し通路に進入した事を知ると、俺は九二式重機関銃の押し金を押した。
軽快な音が地下室内に響き、盗賊達が死に射抜かれてゆく。
遮蔽物の無い一直線の通路の先にある機関銃。
彼らにとって必死の罠なのだが、それに気づく事無く彼らはそのまま息絶えた。
あ、機関銃の音に獣耳娘達が悶絶している。
「ひい……ふう……み……よ……
ご主人。
離れに忍び込んだ連中みんな死んだみたい。
あとは、地下水道の奴等が諦めれば……」
耳栓していたベルすらびくってした轟音と地鳴りが地下水道から轟く。
地下水道にしかけていた九三式地雷が炸裂したのだろう。
密閉空間で爆発物が爆発した場合その威力は増すのだが、少し離して仕掛けたはずなのにこの音と地鳴りである。
「ボルマナ。
離れの通路にも鎧人形を置いて封鎖。
ベル。
上はどうなっている?」
「ちょっと待って。
耳がきーんってしているから」
見ると獣耳族の高級娼婦達も耳を押さえて涙目になっている。
耳栓を渡しておくべきだったかもしれない。
「ご主人様。
リールです。
今の音は何事ですか?」
心配になったのかリールまで降りてきた。
鎧人形越しに顔を見るが五体満足らしい。
「上の盗賊たちは?」
「先ほどの音で撤退していきました。
かなり大きな音だったので、周りの屋敷もざわめいています。
衛視たちも駆けつけるでしょうから、これ以上の襲撃はないと思います」
盗賊たちは音に敏感だ。
この後衛視がやってくる事を考えてもとりあえず今夜の襲撃は終わったと見るべきだろう。
そして、次からの襲撃は本気でくる事が分かっている訳で、今度は防げるとは思えない。
「ボルマナ。
遠見の鏡の準備をしてくれないか?」
「ご主人!
凄い!
飛んでる!
雲の上を飛んでる!!」
大はしゃぎのベルに隣のリールがつんとした顔で強がりを言う。
「こ、このぐらいの高さたいした事ありません」
だったら、まず震える尻尾を何とかした方がいいと思うのだが。
ボルマナは帝国の飛行機には大陸で乗った事があるらしく、表立っては喜んだり怖がったりはしていなさそうに見える。
盗賊ギルドに対して報復をした俺たちは、さっさと高級娼婦達を連れて逃げ出す事にしたのだった。
館はまたダゴン商会に預け、盗賊の襲撃がらみのいざござは空中騎士のキーツ氏に任せ、カッパドキア共和国内部の権力争いはコンラッド氏に任せ、一介の冒険者として国政に関与する気はないとの意思が込められており、深く関与する気は無い帝国の意思にも従っている。
ダコン商会から馬車を借り受けてイッソス郊外の砂浜に着くと、待っていたのは九七式飛行艇。
俺たち四人に高級娼婦十二人の計十六人という大所帯だが、輸送型に改造している九七式飛行艇は十七人もの乗客を積める優れもの。
銃などの向こうに残すとやばい品物まで回収して、およそ七時間ばかりのフライトである。
第四次異世界派遣船団が来るまでは撫子三角州に留まる事にし、緊急の問題だった竿不足も向こうの兵士たちに使ってもらえるからと無事解決。
周りを見ると、ベルかリールみたいな表情で空の旅を楽しんでいるらしい。
そこにベルが爆弾を投下する。
「ところでご主人。
前々から聞きたかったけど、マダムって誰?」
あれだけ騒がしかった室内が途端にエンジン音しかしなくなる。
というか、一斉に耳がぴくりと動いて、一言も聞き漏らさないとしているのが怖い。
「え?
何で、マダムの事を知っているんだ?」
「寝言で言ってましたが」
狼狽を出さないようにつとめて冷静に振る舞おうとした俺に、ボルマナの無慈悲な一言が突き刺さる。
「ご主人様の手馴れたお茶の入れ方、良き師が居たのでしょう。
とても楽しそうでした。
もしかして、その方に振る舞っていたのでは?」
リールの目ざとい指摘に俺はたまらず白旗をあげた。
「違うな。
茶はマダムに教えてもらったんだよ。
俺が知っている限りで、超一流の高級娼婦さ」
つい思い出を語ってしまい、踏まなくてもいい地雷を踏み抜いてしまう。
ここに乗っている十二人はプライドもある一流の高級娼婦達だという事を思い出させたのは、狐耳娘のひんやりとした一言だった。
「へぇ。
私達をお使いにならないのに、超一流を語りますか」
「あら、まだ味わっていないからいいじゃないですか。
ご主人の言葉を借りると、あたしらの奉仕ってそのマダムより下みたいですし」
やばい。
地雷がベル達に連鎖して爆発した。
ベル達も娼技は一流を自負しているから、俺を見る視線がものすごく冷たい。
俺にとって地獄のようなフライトは、女性陣の言葉の集中砲火によって到着するまで続く事になった。




