盗賊ギルドへの報復 その三
館に高級娼婦が十二人もやってきた。
で、そこで真剣かつ笑えない問題が発生する事になる。
竿が圧倒的に足りないという問題が。
「いいじゃないか。
しないならばしないで」
野外以外のほぼ毎日三人としている俺の台詞に説得力はまったくない。
で、この件に関してはボルマナだけでなく、ベルとリールも共闘していたというのだから珍しい。
「馬鹿な事をいっちゃいけない。ご主人。
それは彼女達の存在意義を消してしまう」
「そうです。ご主人様。
ご主人様の仰り様は、餌を前にお座りさせて餌を取り上げようとするものです」
ここで、この世界における高級娼婦の作り方を紹介しよう。
買われた彼女達はまず男だけでなくモンスターまで使って徹底的なまでに『壊す』。
そうして、色事にしか目が行かないようにするのが商品--家畜--としての第一段階である。
この時点では価値はさほどないが、余計な知恵をつけて逃亡や反乱を企てるダークエルフなどはあえてこの段階に留めて取引が行われていたりする。
次に色事を徹底的に仕込まれた彼女達に色事以外の事を教える。
ここまでしてはじめて娼婦として価値が出るようになる。
だから、この世界の娼婦についてこんな格言がある。
「裸で男を誘うのは二流。
会話で男を誘うのが一流。
超一流は勝手に男が会いに来る」
と。
こんな話をするとついついマダムを思い出すが、彼女は間違いなく超一流だった。
話を戻そう。
一流娼婦と呼ばれる連中は、色事を仕込まれた上でそれ以外の所で一芸を身につけて上り詰めた連中の事を指す。
このあたりに来ると、貴族や豪商に囲われる事も視野に入るので、メイドぐらいはできない方がおかしい。
で、この説明で気づいただろうか?
最下層の家畜だろうが、一流娼婦だろうが、基本として色事で壊されているという事に。
つまり、快楽狂として壊れたままで上辺を取り繕っているのだ。
だから、魔法で生やして互いを慰めるなんて魔法ができたりする訳で、彼女達にとって色事は精神安定の為の食事みたいなものなのである。
個人の個性を一度壊して、一気に必要な事を詰め込む。
なんか軍隊教育のようだと思ったのは内緒。
「という事は、基本毎日しないと持たないのか?」
額に汗をかきながら俺が質問すると、何をいまさらと三人から無言の視線で答えられる。
もちろん生やして女同士でするのも問題はないが、生物的に男女で交わる方がご飯はおいしいのである。
「ちなみに、彼女達の休日ってギルドの構成員だと無料で使えるのよ。
上流階級だと一夜独占で長くしないから、荒々しくたくさんされるのが気持ちいいと」
ベルの言葉に盗賊ギルドにもちゃんと役得もあるのだと妙な納得感がたまらなくいやになる。
そこまで聞いて、俺は疑問をぶつけてみた。
「気になったんだが、ベルとかこの間あったベルの友達だっけ?
そういう仕込みならば、壊れないんじゃないのか?」
「あたしたちは、娼婦仕込みじゃないのよ。
娼技は後で覚えた技。
私もアデナも本質は盗賊って訳。
けど、アデナ壊されているみたいだから、戻ったとしても盗賊としては廃業でしょうね。
迷宮に潜っている時に、発情して仕事できなかったら大変でしょ?」
なるほど。
初期選択の徹底が違う訳だ。
という訳で、現状の腹上死の危機は理解してもらえただろう。
その解決策だが、さすが異世界。
またこれがぶっ飛んでいた。
「ゴブリンでも飼いますか?」
家畜あがりのボルマナの提案である。
基本彼らは牝を物としてしか見ないが、ゴブリンキングやゴブリンシャーマン、ゴブリンヒーロー等の指導種は知性があるので、彼らを生んだ場合生みの親である母親から彼らをコントロールできる可能性がある。
そうやって彼らの花嫁として一族を作り、それを兵として雇い入れている人類国家もあるという。
もちろん、問答無用で却下した。
「他のゴブリンが出てきたら面倒じゃないですか。
触手にしましょう」
メイドあがりのリールの提案である。
地下室に触手の化け物を飼って彼女達を餌にするという提案なのだが、苗床にする為に栄養や健康面の保護が受けられ、使っている彼女達に侵入者が手を出して返り討ちにあうなど、食虫植物的な防犯が期待できる。
なお、この触手の卵はマジックアイテムとして重宝されて経済的にもお得で、産卵による苗床の期間も品種改良によって一週間程度で済むらしい。
もちろん、ボルマナの提案と同じく問答無用で却下した。
「めんどうだから、ここで娼館開いちゃえば?
最低限の補充はできるし、足りない分はご主人にがんばってもらう事で」
現実的視野を持たざるを得ない盗賊あがりのベルが妥協案を出してくる。
で、これにリールが噛み付いた。
「あなた気楽に言ってますが、当然その時は外れるんですよね?」
「何で?
お屋敷の出来事だから、ちゃんとわんこが外れて警戒すればいいじゃない?」
いつものようにいがみ合う二人だが、何を言っているかと言うと男が一度にどれだけの女性を相手にできるかという話なのだ。
限界で三人。それ以上でも奇数人が前提となる。
やっている時にあまった女性が気持ちを高ぶらせたままでいる為に、あまった女性同士で組ませるからだ。
そして、ここでこうしていがみ合っているという事は、基本二人とも自ら外れるつもりは無いという訳で。
「当たり前じゃないですか。
知らない娘をリードするよりわたしたち二人がサポートするだけで負担は格段に軽減するんですよ」
こっちが考えている事を読んだのかボルマナが補足説明を入れるが、もちろん彼女も自ら外れるという選択をするつもりはないらしい。
「これで、格安で客を取らせるのも本末転倒だしなぁ。
そういえば、娼館を開くのに許可とかいるのか?」
俺の質問にベルが答える。
「いるわよ。
イッソス内部でするならばイッソス太守家に届ける必要があるわ。
税金の義務が発生するけど、太守家の保護が期待できるの」
もちろん、盗賊ギルドは税金を払ってはいないが、彼らの領土が外周部のスラムであり、また賄賂と言う形で要人に金と女を送っているからこそ黙認されている訳だ。
「どっちにしろ、早急な人員確保は必要な訳だ。
いざとなったら、撫子三角州に送るか」
先の九七式飛行艇の飛行実験が無事に成功した報告はこちらにも届いている。
送るなり来て貰うなりの選択肢が増えたので、いずれはこの拠点に人が送り込まれる事になるだろう。
で、ここまでつめた所で肝心の彼女達で揉めたのだ。
「わたしたち要らないじゃないの!」
という事に感づかれたからに他ならない。
で、高級娼婦達十二人が押しかけての交渉である。
全裸で。
いや、ギルドから受け取った時に裸で受け取ったので、ダコン商会でとりあえず服をみつくろったはずなのだが、一流どころの美女十二人の裸が拝めるのはありがたいが、全員怒った顔なので凄みがあって怖い。
「裸で男を誘うのは二流じゃなかったのかよ・・・・・・」
何でこうなったと頭を抱える俺のぼやきに、高級娼婦を代表して一人の狐耳娘が尻尾を揺らしながらつんとした顔で揚げ足を取る。
「その二流以下の仕事すらさせてもらえないならば、こちらもこうならざるを得ません。
私達を買い取ってくれたのですから、それ相応の働きをするつもりでしたのに、使う事なく送るなんて発言がどうして出てきたのかお教え頂けますわよね?」
なお、十二人の人数構成は兎耳族が六人、犬耳族と狐耳族が三人である。
それに答える前に俺は後ろの三人に釘を刺しておく。
「脱ぐなよ」
「なんでさ!ご主人!」
「そうです。
彼女達に格を見せつけてやらないと」
人は過去の失敗から反省する生き物である。
あの時マダムがこういう行動を取った理由が分かり、修羅場だというのに思わず笑みがこぼれてしまい、女達全員から不思議そうな目で見つめられる。
「何がおかしいのですか?」
ボルマナの質問に答える事すらせず、俺は宿からもってきた荷物を探してあるものを取ってくる。
「リール。
済まないが、お湯を頼む」
「かしこまりました。
お飲み物でしたら、私が用意いたしますが?」
リールが俺の持ってきた茶器に気づいて口を挟むが、俺は楽しそうに首を横に振った。
「さすがのリールでも初見は無理だろ。
黙って見ていろ」
現実逃避である。
俺は今、全力で現実逃避をしていた。
茶器に茶葉を入れてお湯を注ぐと、ジャスミンの懐かしい香りが部屋の中に広がる。
「ぁ・・・・・・」
「いい香り・・・・・・」
その香りは修羅場の空気を少し和らげる。
大陸の茶の入れ方は飲むだけでなく、香りを楽しむ事も求められていて、マダムに直接教えてもらった事の一つだった。
「とりあえず、飲んでみろ」
一つの茶碗に茶を注いで、高級娼婦達だけでなく、ベルやリールやボルマナにも茶を振舞う。
これは、軍における組織掌握法の一つだったりする。
一つのものを皆で分ける事で連帯感が生まれ、待つ時間が冷静さを取り戻してくれるからだ。
「おいしい・・・・・・」
「初めて飲むお茶です・・・・・・」
とはいえ、裸の女達が茶を飲みながら談笑するというのは冷静に考えてシュールすぎるのだが。
で、意地の張り合いに負けたくないのか、結局ベルとリールとボルマナも裸になっているし。
俺はそこで考えるのはやめる事にした。
いつのまにか女性同士の雑談が始まっていたからだ。
「ですから、せっかく買っていただいたのだから、全力でお仕えしたいのです」
「わかるわ。
ご主人そのあたりどうも気づいてない節があるのよね」
ベルと狐耳娘が俺の方を見てため息をついてやがる。
わざとらしい仕草が妙に腹立つがここは突っ込んだら逆襲されるので黙っている事にした。
「ゴブリンでも触手でもその辺の浮浪者でも構いませんので、確保できるならばそれ以上の稼ぎを提示させて頂くのですが」
「実はそれをこちらもご主人様に提案したのですが、却下されまして」
リールと犬耳娘が尻尾を振りながら情報を交換する。
この種族は群れる事ができるので、こういう時にすっとコミュニケーションが取れるらしい。
「送るという話ですが、それは私達を再度売るという考えなのでしようか?」
「違います。
帝国は竜の使役の代償に黒長耳族および獣耳族の保護を政策として決定しており・・・・・・」
ボルマナが兎耳娘に現状の説明をする。
よし。
とりあえず、この場は乗り切った。
何も根本的な解決はしていないけど。
だが、問題は一つ解決したらまた一つやってくるものである。
兎耳娘と話していたボルマナが俺に駆け寄って耳元でささやく。
「地下水道の探知魔法に反応が。
おそらく、盗賊ギルドの連中が報復に来たものと」




