盗賊ギルドへの報復 その一
「ここか」
「必要なものはとりあえず取り揃えてあります。
何か要るものがありましたら、おっしゃってください」
内壁の港に面する部分の一角、見るからに貴族や富豪が住んでいそうな場所にその別荘はあった。
第三次異世界派遣船団の交易の売り上げもあって、アダナの商人から買ったイッソスの別荘の所有権が正式に移ることとなったのだ。
帝国の拠点になるこの別荘だが、まだ干渉したくない帝国政府の意向によってその所有者が俺になってしまっている。
「貴族のお屋敷かぁ・・・・・・
あたし一度はこんな場所に住んでみたかったのよねぇ」
ベルがきょろきょろしながら屋敷内を歩く。
塀で囲まれた屋敷は、池のある庭を挟んで四階建ての本館と二階建ての離れに分けられている。
「使用人などもこちらで用意・・・・・・いや、必要ありませんか」
案内をしていたガリアス氏が言葉を撤回したのは、俺の後ろに居たリールが露骨に機嫌を損ねたからに他ならない。
勇者専属メイドは基本勇者の全ての要求にこたえられる様にしつけられている。
裏を返せば、勇者は専用メイドによって守らないといけないほどの機密の塊であり、他者を排除しないと危ないものとも言えるのだ。
「かろうじてこちら側にいる人間」
とは勇者専用メイドの説明をしてくれたボルマナの言葉である。
ガリアスが出向いて説明をしているこの屋敷はチェックしているだろうし、リールという勇者専用メイドの存在もある。
つまり、盗賊ギルドに対して報復する策を披露する事に問題はない。
「ところで、わが国の支払い能力については納得していただいたと思うのですが、少し欲しいものがありまして。
ガリアス氏ならばいくらの値段をつけるのか、尋ねてみたいのですよ」
遠まわしな商談にガリアス氏の顔も緩むが、その顔が引きつるのも俺がその商品の名前を言ったからだった。
「ほほう。
私の所見でよろしいならば値をつけてみますが」
「では、『千夜一夜』ディアドラを」
ガリアス氏が真顔で俺に忠告する。
「およしなさい。
あれは金貨十万枚出しても買えないものです。
一夜ならば、繋ぎを取っても構いませんが」
「なるほど。
とりあえず十万枚は用意させましょう。
で、彼女が買えない理由、教えていただけるのでしょうね?」
俺の切り出した質問にガリアスはため息をついて答える。
「あの人は、偉い人に知り合いが多い。
私を含めてね」
ガリアスの説明をまとめるとこうなる。
上流階級ともなると、結婚生活に政治権力や財産まで絡んで来るわけで、円満な夫婦生活、もしくは円満な仮面夫婦生活を送るためには子供が必要となってくる。
で、女に恥をかかせない為にも男は筆卸しをしないといけない訳で、高級娼婦という職業の需要は本来そこに存在が求められている。
マダムや俺の母の生き様はこの高級娼婦にふさわしい。
これに、老いを知らず長く現役を勤める事ができ、しかも身元が保障できて自身がその味を確かめており、後腐れが無い不老種の高級娼婦というのは息子達の格好の筆降ろしかつ性授業の教師となりえる。
それは祖父から父に父から息子にと穴兄弟として受け継がれ、やはり同じ穴兄弟である他の貴族の友との秘密の共有にと人脈が築かれてゆく。
その人脈と結社化したコネクションこそが高級娼婦の力の源泉なのだ。
そんな彼女が盗賊ギルドなんて所に置かれているのは、一種の中立地帯だからで、彼女が皆が望んでそこにおいているわけではないという事だ。
「なるほど。
皆の共有物だからこそ、奪ったら皆の恨みを買うと」
「その通りです。
ですから・・・・・・」
一夜で我慢しなさいというガリアス氏の説得を止めて、俺は話を引き上げる。
「その盗賊ギルド、本当に信用できるのですか?」
彼女が大駒だと分かったからこそ、大きな遊戯盤を用意すれば面白いように駒が動く。
ガリアス氏が引きつりながら、まだ商人の顔で答える。
「あれだけの組織です。
中に派閥もあるでしょう」
「ええ。表向きでも協力してくれるのならば。
ですが、アダナ向けの荷を襲うのが盗賊ギルドの言う協力で?」
ダコン商会はコンラッド氏の紹介という事で、イッソス太守家の御用商人みたいな立ち居地についている。
その商会がアダナの商会を吸収し、商隊を直接派遣する事が全てを物語っているのだ。
現状の状況は、イッソス太守家にとって容認できるものではないと。
「あくまでここだけの戯言です。
国政議会議長が磐石な力を発揮するには、イッソス太守の協力が必要ですよね?」
あえて話を斜めに振る事で揺さぶりをかける。
それにガリアス氏が答えてしまう事で、国政内部の派閥争いの激化を確認できてしまう。
「ええ。
近年さえないとはいえ、イッソス太守家の力は強大です。
本来、ダミアン国政議会議長の任期は、コンラッド氏の繋ぎと目されていましたから、この二者が手を取り合わないといけません」
はい。
答えいただきました。
二つの派閥があり、その隣で大国が派手にどんぱちしている。
間違いなく、諜略の手を伸ばしているに決まっている。
今の帝国のように。
「戯言は忘れてもらって構いません。
ここからは真面目な話です。
あの山賊討伐で多くの女性達を保護しましたが、その中にうちの知り合いがいたのですよ」
今度は、話をまた小さくして今までの話を流し、変わりに今の話を食いやすくする。
こうやって話の大小を織り交ぜながら、会話の主導権は決して離さない。
これもマダムの教えである。
「それはそれは・・・・・・治療に必要な術師や薬を手配しましょうか?
で、その話と私がどう繋がるので?」
「お心づかいありがとうこざいます。
ただ覚えておいて欲しいだけです。
仲間をこんな姿にしたケジメをつけると粋がっているので。
騒動があるかもしれませんが、こういう背景があると知っていたら動きやすいでしょう?」
情報を与えて何も求めない。
これ以上相手を効果的に動かす方法はない。
しかも、相手の望む方向に情報を置いてやるのだ。
「なるほど。
物騒になりますね。
私も気をつけないと」
おそらく、アダナ産小麦が安定供給される事で小麦価格が下落する。
それまでにダミアン国政議会議長が動くだろう。
そして、俺達が盗賊ギルドに一撃入れてしまえば、自力に勝るコンラッド氏は政治的優位に動けるはずだ。
「今の戯言はお伝えしてよろしいので?」
コンラッド氏に伝えていいのかと暗に尋ねたガリアス氏に俺は満面の笑みで答えた。
「もちろん。
あなたとわたしの仲ではありませんか」
商売の世界においてこれ以上ないほど胡散臭い言葉を吐いて、俺達の盗賊ギルドへの報復は始まった。




