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帝国士官冒険者となりて異世界を歩く  作者: 二日市とふろう (旧名:北部九州在住)
俺が大陸から異世界に流れる事までの話
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昭和十七年二月五日 大陸戦線

 昭和十七年度における日本の産業はどのようなものだったのか?

 後に前半の苦悩と後半の歓喜と呼ばれる昭和十七年日本帝国の経済的転換点はこう呼ばれる事になる。

 竜という摩訶不思議な異世界生物によって第二次世界大戦の参戦を回避した日本帝国は、その年の前半部を大陸での戦争の精算にあてていたのだった。

 国家財政はすでに破産寸前の所にあった。

 陸海軍予算は国家財政の37%、日中事変の諸経費が別枠で四割近くに達し、GNPにおける軍事生産は23%に達していた。

 軍事というのは究極の消費財と言われている。

 結局は何も生まないからだ。

 つまり、国家財政の4/5、国民総生産の1/5をどぶに捨てていたと言っても過言ではない。

 これを大陸足抜け――中華民国との停戦――によって精算した。

 軍事費を毎年10%削減、五年後には国家財政の20%(22%が目標)に、GNPにおける軍事生産を12%に抑える事を目標にしたのだった。

 その流れを受けて十七年予算が成立する。

 春に行われた大陸からの撤兵および動員解除と第三国であるタイに作ったダミー会社であるバンコク商会に世界第三位の帝国商船団を移籍させて行ったインド洋通商活動、植民地及び本土の公共事業と設備投資が帝国経済再生の第一歩となる。

 予算面における軍事費圧迫の解消は戦時国債の償還と低利国債への借り換えによって凌ぎ、バンコク商会の通商活動が必要な資源と資金を少しずつ帝国に注いでいったのだった。

 この第二次大戦期に成長した企業はその業種の部首を文字って「糸偏長者」(繊維)、「金偏長者」(鉱山・鉄鋼・金属)、「船偏長者」(造船・海運)の三種に分かれる。

 日本の産業は米国に繊維を売ることで成り立っている。

 日米に直接交易航路が無く、オーストラリアを用いた三角貿易を持ってしても、その価格競争力を有していた日本の繊維産業はこの戦争で逼迫している欧米に繊維を売りまくった。

 綿花の産地であるインドは工場のある英本土に綿を持ち込めず、その加工を日本に頼むしか無かったからである。

 労働コストが無きに等しいインドの綿花をやはり無いに等しい日本の工場で世界に売りさばく。

 とはいえ、一番の売り手である米国への経済制裁は解除されていないので、英国製というみかじめ料を英国に払っての三角貿易でなのだが。

 三角貿易の関係上その製品はオーストラリア製とされ、その金は英国と帝国にそれぞれ転がり込み、英国は戦費(それでも足りない)に、帝国は経済再生の原資にあてる事になる。

 次に、鉱山・鉄鋼・金属産業だが、北満州油田の発見と第二次大戦期の造船業の急発展によって急成長を遂げる。

 この産業は十年単位での投資を必要とするのだが、竜によって手に入れた異世界との関係によって常に需要を支える形となり、企業は次々と投資を促進させてゆく。

 最後の造船と海運だがこれが短期的には一番帝国に金を生み出した。

 大西洋は独逸潜水艦の跳梁が未だ激しく、日本のハワイ奇襲と対米宣戦によって発動されるはずの米国の対独参戦が行われなくなった英国は、昭和十七年時になっても一国で大西洋を支えなければならず、西太平洋からインド洋は日本の独断場となる。

 そこで集められた金や物は独占企業と化したバンコク商会(帝国内財閥も出資して肥大化が進められていった)が一元管理をし、帝国に還流したのだが当時の帝国商船隊は六百万トンしかなく、とてもこの二つの海洋交易を支配できる状況ではなかった。

 この時に船と船員を供出して帝国以上に暴利を貪ったのは米国である。

 米国をハワイから追い出して住み着いた竜をさけてオーストラリアを基点とした三角貿易だが、西大西洋とインド洋を航行する米国船は船籍を日本やタイにして独逸潜水艦の跳梁から逃れたのである。

 世界の海に一日に三隻の割合で建造された米国のリバティシップが溢れる結果となったが、それをもってしても世界の船舶不足は解消されなかった。

 結果、帝国造船業もそのおこぼれをもらう事になる。

 統制経済の解除を行わず、統制経済をもって売れる船(戦時標準船)を量産。

 その価格はリバティ船よりも安く日本海運業を支える事になった。


 これらの産業促進における公共投資だが、十年にも渡る戦争の為に手を入れる所は多岐にわたっていた。

 まず、国内物流の改善による道路舗装・鉄道改修・港湾拡張の公共工事、工場建設における電力増大に伴う電力確保のダム建設、それらの事業を行うに当たって必要な人材の育成。

 それを帝国は泥縄式に解決していった。

 帝国産業における構造的問題は当時の蔵相が看破したように、戦争によって引き起こされた物不足にあった。

 その物不足の解消のためにも、帝国における戦時統制経済は、緩和はされども継続される事になる。

 異世界からはこの年だけで約十万の異世界人が帝国に逃れ、彼女達による物流改善を目的とした公共工事が本土各地で行われる事になった。

 特に昭和十五年・十六年と凶作続きで食料供給に不安が出ていたこの時期に、魔法を行使した農業生産および収穫高の拡大は世論の沈静化に大いに役立つ事になる。

 彼女達は農業だけでなく公共事業にも積極的に関与した。

 道路舗装・鉄道改修・港湾拡張の公共工事はほぼ全て彼女達が関与し、短期間かつ低予算で開発されてゆく。

 その効果は工事が完成する昭和二十年時には劇的に変わり、大戦景気に沸く帝国の経済発展の下支えをはたす事になった。

 地方経済改善の為に、商法を改定して株式会社の設立を容易にし、地方地主層の大規模農業を促進。

 異世界向けの地方特産品生産等で雇用を作り出した地方はこの株式会社化で所有と経営の分離を促進し、帝大出の社員の登用による地方企業の近代経営移行に大きな役割を果たす事になる。

 だが、近代経営の移行と公共事業の低予算省力開発は地方部に大規模の失業者を出す事が分かっていた事もあり、小作農対策については、物流改善と大戦景気が双方絡んで人手の足りない工場労働者として働くぐらいしかなく、その対策に帝国政府は四苦八苦する事になった。

 鉄道運行の改善による出稼ぎの容易化は都市部人口の流入を招き、造船と繊維業の人手不足は彼ら出稼ぎ労働者の大きな雇用先となっていった。

 民需の復興、異世界との交易、英米のおこぼれを貰う大戦景気の便乗。

 この十七年後半に起こった以下の状況があと半年遅ければ、致命的なインフレと共に帝国経済は破綻の坂を転がり落ちていっただろう。 

 事実、昭和十七年以降通貨は安定傾向に入り、インフレが沈静化に向かった為に小作争議及び労働争議は縮小傾向を示してゆく事になった。

 当時の大蔵官僚はこの十七年度を、


「指一つで崖にしがみ付いて奈落に落ちずに済んだ」


と日記に残している。

 政治的には激震続く日本帝国だが、経済的にはその回復の目と半世紀に及ぶ経済成長は既にこの頃から見えていたのだった。


――あるエコノミストの著書『円の王子様』より抜粋――


 二月五日に戦争が終わった。

 大陸を歩き回り、永遠に続くかと思われた戦争がなんの前触れもなく終わった。

 国民党政府、汪兆銘政府を通じて日本政府と交渉開始の報告が飛び込み、それを俺は駐屯地の歓声で聞いた。

 この後実質的停戦で、共産党は態度を硬化しており、いずれ国共合作は破綻するだろう。

 なお、竜によって塞がれた三峡をダムにする事も合わせてニュースとして飛び込んできて、竜神様様様と誰もが竜に感謝しているのが分かる。

 世界は竜によって動かされた。

 世界に衝撃を与えたドラゴンのハワイ空襲によって、アメリカ政府はハワイ市民の一時避難を決定。

 竜の眷属たるワイバーンの妨害を受けながら市民の避難を完了させたアメリカ軍は、ハワイ奪還作戦を発動。

 激しい空中戦の果てついにハワイ近海の制空権が取れず、逆に西海岸にワイバーンがちらほら襲来する事態についに後退したという。

 既にこの影響があちこちに出ており、太平洋からウラジオストックに向かう予定のソ連用レンドリースは、西海岸の混乱に伴い完全に途絶。

 帝国の大陸情勢が竜によって好転した結果、満州の戦力が回復した帝国陸軍に対抗する形で軍事的緊張が張り詰めたソ連極東軍が動けずじまい。

 その為、独ソ戦はソ連軍の冬季反撃に息切れがみられている。

 そして、今回の戦争終結。

 帝国は独逸第三帝国と同盟を結んでいる訳で、支那から撤退した後で満州に渡りソ連と戦うなんて意見も士官の間で聞こえていた。

 だが、実を言うとそんな事は今の俺にはどうでもよかったりする。

 戦争が終わった結果、次に何をするべきか俺は考えられないでいたのだから。

 中尉に昇進の後、率いた小隊の兵員を補充して次の戦地に行く事になっていたのだが、その戦地が消えてしまったのだから。

 

「いかんですな!中尉殿!

 娑婆の空気を吸って、次を考えないと!」


 なんて片桐軍曹に肩を叩かれた結果、俺は駐屯地近くの店に足を伸ばしている。

 その店は片桐軍曹の紹介で、いい女と酒がそろっていたが、最近は慰安活動に現れた異世界の女性達のせいで売り上げが落ちているらしい。


「あら、いらっしゃい!

 昇進おめでとう!」

「ありがとうございます。マダム」


 店のマダムの春麗に挨拶をしてカウンターに座り、酒を頼んで煙草を吸う。

 見ると、露出の際どい衣装を着た女たちが俺に媚を売ってくる。


「今日は少ないな」

「かんの良い子は上海に先に行っちゃってね。

 私たちももうすぐ店を閉めて上海に行くつもりなの。

 これも片桐さんのおかげよ」


 まかりなりにも帝国占領地では治安が維持されている。

 だが、国共内戦が勃発した場合、どうなるか分からないというか間違いなく悪化する。

 だから、国民党および共産党の手が届かない上海に逃げるつもりらしい。

前に片桐軍曹が俺を連れて青幇のカジノに出向いたのは、このあたりの事が絡んでいるのだろうな。きっと。

 あの人はその意味では、ちゃんと筋を通す任侠だ。

 本人に言ったらいやがるだろうが。


「それで今日はどうする?」 


 俺より年上なのだが、流行のチャイナドレスを一番妖艶に着こなし、美しい黒髪を揺らし、豊満な胸と肢体を見せつけながらキセルを咥えてマダムが俺に尋ねる。

 なお、片桐軍曹の紹介で俺の筆おろしの人だったりする。

 後で知って間男じゃないかと気落ちした俺に、片桐軍曹とマダムが二人そろって大爆笑しやがったのは俺の黒歴史となっている。

 マダムのキセルは片桐軍曹が本土の職人に頼んで作った装飾のこったものらしく、同じ職人に作ってもらった簪と共にマダムのお気に入りだそうだ。


「寝るには早いし、しばらくは酒を楽しむさ。

 何しろ、中尉程度の給料ではここの娘と遊ぶのも大変だ」

「あら、片桐さんの上司さんなんだから、お金は取らないわよ」


 楽しそうにマダムが笑う。

 片桐軍曹は独身らしいが、おそらく彼のいい人なのだろう。きっと。


「今まで俺が払ったのは?」

「全部片桐さんにお返ししたから、返ってくると思いますわ」

「もらった事無いなぁ」

「じゃあ、利子つけて女の子でお返しを。

 私でもいいわよ」 


 妖艶に会話を楽しんでいたマダムがふと真顔に戻って、俺に頭を下げた。

 その姿に俺は戸惑うが、マダムの言葉は淀みがない。


「本当に感謝しているのよ。

 あの人を救ってくれて」


 たいした事はしていない。

 だが、それで片桐軍曹が助かったと、思っているならばそういう事なのだろう。

 そして、その一言でマダムがどれほど片桐軍曹を愛しているか分かってしまう。

 なんとなしに互いの会話が無くなり、煙草を肴に二人とも酒を煽る。


「戦争が終わったがどうする?」


 なんとなしに聞いてみた言葉に、マダムは紫煙をくべらせて笑う。


「さぁ。

 所帯をせがむほど重たい女でもないし、昼に生きるには夜が長すぎた。

 こうやって若い男相手に話したり、肌を重ねながらあの人の事を思う。

 で、そのうち適当にこっちで男見つけて、子供生んで全部忘れちゃう。

 そんな所よ」


 その笑顔が儚くて、強くて、そして美しかった。

 見とれた結果、咥えていた煙草の灰が落ちて慌てる俺をマダムは楽しそうに笑う。


「あらあら。

 こんな笑顔で釣れるのならば、私もまだいけるわね。

 今晩いかが?」


 マダムがすっと俺に顔を近づけてささやく。

 吸っていた煙草の煙と、香る香水の匂いと、熟れた女の香りが程よく混ぜられた吐息が俺の耳元をくすぐる。

 それに何か答え様とした時に、ドアが開けられて一人の高級娼婦が入ってくる。

 俺はその娼婦を見たことがあった。

 正確には初対面だが、その格好をした女を青幇のカジノで見たばかりだった。

 女は俺を見つけるとまっすぐにこっちにやってきて、高級娼婦らしからぬ淡々とした口調で俺に告げたのである。


「上海海軍特別陸戦隊所属のヴァハ特務大尉と申します。

 現在は陸軍憲兵隊に協力して、横流しの犯罪組織の捜査を行っています。

 お話をお聞かせ願いますか?」


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