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街道山賊討伐戦 その一

 イッソス到着後、冒険者たちに護衛代金の銀貨二十枚を支払うと、さっそく市場で小麦を売却する。

 このあたりは市場を俺が知らないので雑貨商とあわせて売ってもらう事にし、雑貨商の取り分を抜いた金貨三枚と護衛料金後払いの銀貨十五枚が俺に手渡される。


「金貨二十枚以上かけて、金貨三枚と銀貨十五枚。

 どうだい?

 損した感想は?」


「これに死体剥ぎの売却代金が入っていませんよ。

 あっちは別で捌きますが、金貨五枚は硬いと。

 金貨八枚と銀貨十五枚ならば、勉強代として十分ですよ。

 馬車も手に入りましたし」


 まぁ、この後金貨五千枚の大取引が待っているだけに、些事と割り切っていたりするのだが。

 そんな姿勢も雑貨商には余裕に見えたらしい。


「また、商売ができる事を祈っているよ」

「ええ。またどこかで」


 そう言って、俺達は馬車を港にあるダゴン商会の方に向ける。

 さすがイッソス一の大店で、馬車も船も常ににぎわっている。


「止まれ!

 何者だ?」


 店の前で見張りに声をかけられる。

 その見張りに俺は自分の名前を告げた。


「コンラッド氏から十騎長の待遇を受けている神堂辰馬という者だ。

 我が祖国と当商会が行っている取引について話をする為に参った。

 ガリアス氏に取り次いでもらいたい」


 で、馬車から取り次ぐまでの時間は十分ほど。

 いかに我々を大事に扱っているかこの対応だけでわかろうというもの。


「ようこそ当商会へ。

 貴国とうちで扱っている取引について話があるとかで?」


 笑顔の仮面をかぶりながらこちらを伺っているガリアスに、俺はアテナでの顛末を話す。


「アダナの護衛の仕事を受けたんだが、その途中で落ち目の商家が抱えている勇者専用メイドの話を聞いてな。

 本国の了解の下それを引き取る事になった。

 その支払いだが、商家が抱えている請求書を代金分もらっている。

 決済して欲しい」


 俺の言葉が終るのを待って、ベルが金貨千枚分の証文をテーブルの上に置く。

 もちろん、高利で期日の迫っているものを順に並べている。


「失礼ですが、そちらの証文は?」


 ガリアスが見つけやすいように、本人の目の前で並べたのだ。

 声をかけてもらわないと困る。


「こちらに来る船と奴隷市場の開催がずれているのは把握していますよね。

 で、買い取った奴隷達の保護施設として、あの商家から金貨四千枚でこの町の別荘を同じ手法で買い取ったのです。

 ですが、これも決済ともなるとそちらも少し苦しいでしょう?」


 俺の台詞にガリアスも苦笑するしかない。

 この間の帝国の異世界交易は金貨一万枚の利益を上げている。

 ダゴン商会に手数料金貨五百枚を払い、金貨七千枚で奴隷を買いあさり、金貨千枚で書物やマジックアイテムを購入し、金貨五百枚は本土に持って帰る。

 で、金貨千枚が何かあった時の予備としてダゴン商会に預けられていた。

 だから、メイドの代金支払いはできる。

 問題は別荘の代金支払いが、次の船が来るまでできないという事だ。

 だから、俺は別荘の鍵を証文の上においてガリアスに取引を持ちかけた。


「これがその別荘の鍵です。

 そちらで価値を確認した上で、この証文を預かって欲しい。

 支払い終了後に別荘の権利は移る事になっています」


「この鍵、お借りしてよろしいでしょうか?」


「構わない。

 とりあえず、別荘については後回しでいいが、メイドの支払いについては先に片付けたい」


「かしこまりました」


 なお、この証文を使ってガリアスはアダナの商家と交渉し、ダゴン商会の一部門として吸収。

 これがやり手の商人かと俺たちを唸らせることになるのだが、それは後の話。

 金貨千枚分の証文が決済されて、その領収書を渡されるとガリアスが俺に尋ねる。


「メイドの権利引渡しはどのようにするので?」


 隷属の魔法がかかっているリールの首輪を変更しなければならないが、そのためにはもう一度アダナに行かなければならない。

 領収書を手にとって、俺はガリアスに向けて笑って見せた。


「何、またアダナに行くので。

 ちょっと大きな取引をするつもりなんですよ」



 支払いを済ませたその足で、今度は空中騎士団本部の方に出向く。

 狙いはキーツだ。

 用件を伝えて騎士団本部で待っているが、周りの視線が結構痛い。


「お待たせした。

 俺に用があると聞いたが?」


 鎧姿で待合室に入ってきたキーツに、俺は本題を切り出した。


「アダナへの街道の山賊退治についてお伺いしたい事があります。

 何度か討伐依頼を出しているそうですが、どれぐらいの人員を動員したのですか?」


 キーツは俺の隣に控えているリールを見て察したらしい。


「ここ数日、アダナ向けの街道を根城にしていた山賊たちが次々と討伐されたとは聞いていたが、あなたがたの手柄でしたか」


 キーツの台詞を俺は真っ向から否定する。


「残念ながら、あれらは雑魚です。

 山賊の本隊は別に居ます。

 それを狙いたいのです」


 さてと、手札を広げてみよう。

 それによってキーツがどのぐらいまでコンラッドと繋がっているか分かる。


「アダナとの街道に出る山賊について、我が国は憂慮しているのです。

 貴国との友情の証に、これを退治して見せろと命令を受けまして。

 よろしければ、情報を頂きたい」


 さらりと話を国家レベルに引き上げる。

 こっちが山賊退治に失敗しているのを把握して、取引を持ちかけているのはわかるだろう。

 そして、こちらの正体がまだつかめていないからこそ、この友情の手を取るかどうかで迷う所だろう。


「また、国が出てくるとは大きく出ましたな。

 そこまで話を大きくしなくてもいいのでは?」 


 キーツの言葉が否定調に変わる。

 警戒しているのだからそれは当然だろう。

 だからこそ、ここで俺は踏み込んだ。


「アダナへ行って、アダナが窮乏しているのはこの目で見て来ましたからね。

 コンラッド氏には色々と便宜を働いてもらっている。

 そのお礼という事で」 


 さて、話を国家レベルからイッソス太守家にまで落としたぞ。

 その上でどうでる?


「仮に山賊の討伐をするとして、勇者専用メイド一人で潰すのは少し荷が重たいのでは?」

「はい。

 その為に本国から増援を呼ぶつもりです。

 三十人ぐらい。

 この話をこちらに通すのはあくまでお礼としての行動なので、そちらの顔を立てて動こうという意思と思っていただけたらと」


 キーツはしばらく考え込んだ上で、解答を保留した。


「少し時間が欲しい」

「分かりました。

 良い答えを期待しています」



 俺は騎士団本部から出ると空に向けて手を伸ばす。

 ひとまずの根回しが終わったからだ。


「とりあえずリール。

 支払いは終わっているが、正式な契約はアダナに戻ってからだ。

 いいな」 


「はい。

 よろしくお願いします」


 新しい主人にいい所を見せようとでも言うのか、尻尾がぶんぶんと揺れている。

 表情が乏しいというか制御しているのだろうが、尻尾で分かるというのは頭かくしてなんとやらというか。


「ご主人。

 で、これからどう動くつもり?」


 ベルが腕を絡めて、豊満な胸を押し付ける。

 明らかに、リールへのあてつけだろう。


「ベルは盗賊ギルド界隈の情報収集を頼む。

 ボルマナとリールは俺と一緒に馬車で外に出て、明日から探し物だ」


 別行動で耳までしょぼーんとしたベルと、大逆転とばかりに尻尾ぶんぶんのリールを尻目に、ボルマナが淡々と俺にたずねた。


「何を探すのですか?」


「砂浜。

 ここから、増援がやってくるんでね」

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