アダナへの護衛任務 その一
「貴方方が今回の護衛を受けてくれた人たちかい?」
「そうよ。
私の名前はベル。
これがボルマナで、
ご主人がタツマ。
よろしくね」
何故、ベルが堂々と仕切っているのだろうと思うが、それで上手くいくのだから俺は黙っている事にした。
アダナという町はイッソスから馬車で三日ほどかかる内陸の都市で、古くから開発も進みイッソスへ穀物等を供給している町の一つだ。
この町から更に内陸の開拓村に向かう道と内陸でハートン大公国へ繋がる街道に分かれ、蟲からイッソスを守る最終防衛線も担っている。
もちろん、イッソス太守家の有力分家であるアダナ家が代々太守を勤めている。
「積荷の方は教えてもらってかまいませんか?」
「いいよ。
生活雑貨だ。
帰りは小麦を積んで帰る予定だ」
行商人一人と幌つき荷馬車一台の護衛で片道三日、アダナで一泊、往復一週間の旅である。
途中の宿場に泊まりながらアダナを目指すが、最近は山賊やモンスターが出るので護衛を雇ったという事らしい。
報酬は、銀貨二十枚で前払いに銀貨五枚が渡されている。
何でもこの雑貨商は『笑うカモメ亭』のマスターの知り合いらしく、途中で雑貨商を襲って荷物を奪うような輩には任せたくなかったそうな。
で、金があって道楽で冒険者をやっていると思われている俺達にお鉢が回ってきたという事らしい。
釈然としないものがあるが、この依頼でいくつかの情報を得る事ができたから、俺とすれば問題は無かったりする。
「しかし何で、イッソスのお膝元なんかで山賊やモンスターが沸く羽目に?」
「ロムルスとカルタヘナの戦いのせいさ。
どちらも傭兵を高額で募集したので軒並みそっちに行っちまった。
冒険者の質が落ちた所を狙われたという訳だ」
雑貨商の話をまとめると、カッパドキア共和国というのは海洋国家で、殖民都市も島など沿岸部にそって作られている。
その為、水軍と騎士団--空を飛ぶ連中で構成されている--に力が注がれ、内陸部にはあまり力を入れなかったらしい。
内陸部の開拓も近年から本腰を入れ始めたらしく、その開拓は冒険者を使って進められていたのである。
その冒険者達がロムルスとカルタヘナの戦いによってそちらに行ってしまったが為に、内陸開発は停滞しており、こういう状況になっているという訳だ。
「今の冒険者達は近場で経験を積んで、強くなったらロムルスかカルタヘナに流れちまうからね。
そうなると冒険者崩れが山賊化したり、モンスターの討伐が追いつかなかったりと後手後手さ。
アダナはイッソスと連携して何度か討伐隊を繰り出しているが、返り討ちも多くて難儀しているって話だ」
イッソスを出発し、馬車に揺られながら俺は雑貨商の話を御者台で聞く。
ベルは外に出て先行偵察し、ボルマナは中で待機。
あたりは畑か草原かで驚くほど木が少ない。
森を作るとダークエルフ達の隠れ家になりかねないから徹底的に伐採し、人間が管理する林までで押さえているという。
見晴らしがいいのはありがたいと思いながら、俺は周囲を警戒しつつ雑貨商に話をふる。
「返り討ち?
騎士団ってそんなに弱いのか?」
ごとごと揺れながら荷馬車は進む。
以外に馬車の数は多く、何台かの馬車とすれ違う。
「違うよ。
騎士団が依頼した冒険者さ。
騎士団は蟲に対する最後の切り札だからね。
軽々しくは動かせないさ」
話しながら、その冒険者らしい一団ともすれ違う。
話が本当ならば、まだ初心者かなと思ってしまう。
「蟲?
この間地下水道に出たごきぶり見たいなやつか?」
「あれが一万匹ほどまとまって襲ってくると思ってくれ。
騎士団でどうにもならなかったら、あとは勇者様に頼るしかないさ」
雑貨商の苦笑に、俺はなんとなく空を見上げてたずねた。
「勇者ってたしか竜倒すためにいるのでしたね?
この国にも勇者はいるのですか?」
俺の質問に雑貨商は首をかしげて答えた。
「そういえば聞かないな。
とはいえ、この国に勇者が居ないとは思えないな。
竜を倒すために作られた勇者は人類の絶対兵器だ。
それを国家間戦争に用いた結果、生き残っている国はみんな勇者持ちになっているはずだ。
この国も昔一国を滅ぼした勇者が居て恐れられているぐらいなんだから」
本当に怖がっているのだろう、背筋を震わせた雑貨商に俺はその勇者の名前を尋ねる。
「その勇者の名前は?」
「『狂乱の公女』ゼラニウム。
かつての隣国、トロアを一夜で滅ぼしたイッソスの勇者さ」
雑貨商と他愛ない会話をしながら馬車を進めると、ベルが戻ってきて声をかけた。
「見張っている輩がいるね。
おそらく、獲物を選んでいると思う」
「この馬車が獲物になる可能性は?」
「高いと思う。
護衛が三人で馬車一台。
山賊が十人以上いるならば、囲んでおしまい」
俺の質問にベルが即答する。
さすが元盗賊ギルド幹部。
ベルの即答に雑貨商の顔がみるみる青くなる。
「なんとかしてくれ!
途中で荷物を奪われたら私はおしまいだ!」
頬に手を当てて俺は考える。
地の利は向こう、数も向こう、時間の制約もある。
「となれば、不意をつくしかないか。
ベル。
次の宿場で泊まらず、休んだら一気に駆けるぞ」
「どうするの?
ご主人?」
ベルの質問に俺は笑って答えた。
この手の状況は大陸で散々やってきた事だったからだ。
「やつらは、こっちが獲物でか弱いと思っている。
そこが漬け込む隙さ」
宿場で少し休憩を取った後、俺達は駆けに駆けた。
それができたのも、俺が馬に乗って単騎駆けし、ボルマナが荷馬車を石人形で引っ張ったからだ。
こういう使い方を教えてくれたのは、先日乗った報国丸の海軍陸戦隊の連中だ。
向こうはこちらが感づいた事に慌てて追っているだろう。
馬とかで先行して追ってくれたら大歓迎だが、馬なんぞ食べたか売ったかという所だろう。
小高い丘の上に馬車を止めて、ばらけながら追ってくる山賊たちに俺は声をかけた。
「聞け!
人の物を掠め取ろうとする不埒な輩よ!
このまま去るならば命まではとらない!
だが、この丘を登るならば、相応の覚悟をしてもらうぞ!」
数は八人。
ばらばらに丘を登ってくるが、先頭の一人が俺に言い返す。
「やかましい!
てめぇらこそ有り金とそこの女置いて去りやがれ!
女は俺達が可愛がってやるからよ」
躊躇う理由もないので、俺は馬車から三八式歩兵銃を取り出して、弾が装填されているのを確認すると、先頭を走る山賊の頭に狙いを付け発砲した。
乾いた発砲音と共に山賊の額に小さな穴が開き、後頭部から赤いものを噴き出しその場に倒れる。
「え!?」
「え!?」
「え!?」
最初が山賊たち、二番目が雑貨商、最後がベルである。
ボルマナは大陸での竜神様お披露目についていたので、こっちの武器の知識があるので驚かない。
もちろん、周りが固まっていても構う事無く、ボルトを動かして次弾を薬室に送り込むと再び山賊に狙いを付け、発砲すること2回。
二回の乾いた音と共に最初に倒れた山賊と同じ死体が更に二つ作られると、山賊たちが逃げ出そうとする。
「追わなくていいぞ。
今は時間が惜しい。
夜にまた襲われたら目も当てられん。
とにかく、次の宿場にさっさと入ってしまおう」
銃と俺にベルが目を輝かせて詰め寄る。
「ご主人って魔法使いだったの!
だったら早く言ってよ!
あんなに簡単に山賊を殺せるなんて、熟練の技じゃないか!」
人殺しの腕を褒められるというのはあまりうれしくは無い。
装弾数五発中三発命中。
まだ腕は鈍ってはいないらしい。
「あ、待って。ご主人。
死体から装備剥ぐから」
そういえば、大陸の匪賊も似たような事していたなと少し昔を思い出しながら、ベルとボルマナの死体剥ぎと埋葬を眺めつつ周囲を警戒したのだった。
二番目の宿場に到着したのは夜も更けて赤と青の月が完全に中天に昇った時だった。
さすがにこれ以上は進めないが、宿は当然閉まっているので、今晩はここで野宿する事にする。
宿場の端に馬車を止めて、たきぎに火をつける。
「ご主人。
この水筒は本当に凄いね!
何より水袋みたいに破れる心配がないのがいいよ」
報国丸で物資を調達した時に、ベルとボルマナが欲しがったのが水筒である。
もちろん水袋も取ってあるので、純粋に飲み水の増大に繋がっている。
ベルが水筒に口づけして水を飲んでいる間、俺はたきぎの上に飯盒を置いて火をかける。
遅い夕食は、出発前に『栄光の船旅亭』でもらったパンと雑貨商からもらった豆の水煮。
これに、出発前に仕入れた大兎の干し肉とボルマナが近くから取ってきたハーブを入れて煮立てて、塩を少し入れてスープを作る。
「ご主人!
これおいしい!!」
「たしかに、このあたりの宿では食べられませんよ」
ベルと雑貨商の絶賛にボルマナは黙々と食べるが、彼女は知っているからだ。
日本人の食の究極兵器味噌の缶詰を俺が入手している事を。
「食べたら、俺が最初警戒する。
次がベルで、最後がボルマナ」
「了解」
ボルマナが無言だが、黙々と美味しそうにスープを食べているからで、首を縦に振っている。
雑貨商は不安そうにあたりを見回す。
さっきの襲撃から、怯えているのだった。
「とにかく馬車で休んでください。
あなたが休まないと、明日に響きます」
「やつら、やってきますかね?」
雑貨商の質問に俺ははっきりと答えてやる。
こういう時には断言してやる方がおちつくからだ。
「多分来ませんよ。
やつらは馬に乗っていなかった。
という事は、近場にアジトがある訳で、ここまで出張ると帰りがきつい。
そして、襲いやすい獲物は他にもある訳で、そっちを狙った方が簡単だ。
最後に、俺らが宿場に入っている。
ここで襲ったら宿場全部を敵に回しかねない」
「なるほど……」
少し落ち着いたらしい。
まぁ、別の山賊が襲ってくる可能性があったのだが、それについては黙っておこう。
結局、翌日は心配された山賊の襲撃もなく終わり、予定より一日早くアダナに入る事ができた。




