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第二次異世界派遣船団

 俺がこの地に降り立ってから十日後。

 帝国の船団がまたこの地にやってきた。

 港が、帝国の船団にざわついているから窓からその船団を眺めると、今回は七隻の船で構成されていた。

 双眼鏡を持ってきて船団を眺める。

 一隻は前回も居た測量船筑紫だ。

 中央に居るのは愛国丸だろうか。

 周りに居る駆逐艦も四隻。

 そうなると、あの一隻は何だろう?

 愛国丸と同じぐらいの大きさみたいだが?


「ご主人。何これ?」


 ベルが興味を持ったので、俺はベルに双眼鏡を見させてあげる。


「凄い!ご主人!!

 これ遠見の魔法より見えるよ!!」


 ベルのはしゃぎようにボルマナがむっとする。

 どうやら遠見の魔法が使えるらしいので、ベルの次に双眼鏡を見せてやると唖然としてしばらく我を忘れていたらしい。

 そんな事をやっていると、俺達に来客だと宿の人が教えてくれた。

 下りてみると、待っていたのは前にあった空中騎士キーツ。

 こちらの言葉でペガサスライダーと言うらしい。


「貴方でしたか。お久しぶりです」


 こちらの差し出した手にキーツも握り返して笑顔を見せる。


「貴方のご活躍は耳に入っております。

 これから出迎えの船を送るのでついてきてもらうと助かります」


 俺はちらりとベルを見て、キーツに尋ねた。


「報告の為、ベル、このワーキャットの彼女を連れていきたいのですが構いませんか?」

「こちらは問題ないですよ」


 流石に二回目ともなるとこちらも向こう側も手馴れてきている。

 船団に接近するガレー船の中で、俺はキーツにある事を尋ねた。


「そういえばごきぶり騒ぎの時、衛視が気絶していた事件はご存知ですか?」

「ええ。

 出てきた男に襲われて気を失っていたそうですが、何も取られていなかったのとごきぶり退治の方を優先して事件としては扱わないことになりました」

「そうですか」


 多分、ベルに嫌がらせををしていたやつの仕業だろうとあたりをつけていたが、もみ消されたと見るべきだろう。


「で、ごきぶりの方は?」

「翌日には退治されましたよ。

 その過程で大鼠やスライム・大蝙蝠も退治されているので、地下水道はしばらくは綺麗になるでしょうな」


 当分の狩場変更が確定した瞬間である。

 乗り込むと、船団について船員から教えてもらう。

 今回やってきたのは、特設巡洋艦報国丸と、第十九駆逐隊(磯波・浦波・敷波・綾波)の四隻。

 後は前回も来た、測量艦筑紫と最新鋭水上機母艦日進。

 日進はこの地に残って、水上機で内陸部の偵察をするらしい。

 で、乗船したのだが、ベルが壊れた。


「ちょっと、美味しすぎる!

 この料理!

 ご主人はいつもこんなのを食べていたんですか!」


 こちらの食事に大歓喜のベル。

 どうやら、出港前に仕入れたアジの開きの醤油かけの虜になったらしく、耳はぴくぴく、尻尾は食べるたびに歓喜で震えるしまつ。

 で、これでご飯と味噌汁がつくのだ。

 そりゃ堕ちるだろう。猫耳族は。

 ベルの食快楽は放置して、待っている間に食堂に置かれていた新聞を読む。

 大陸の戦争足抜けから大分統制にも緩みが出ているらしく、論調も良く言って自由、悪く言えば過激になってきている。


『大陸に何の権益も残せずに撤退とは英霊に申し訳がたたぬ』

『盟友独逸が仇敵ソ連と死闘を繰り広げているのに何故帝国は盟友の為に戦わぬ』

『日露戦争時に帝国が結んでいた同盟と比して、日独同盟は果たして有益なのか?』

『与えられた女性参政権はまだ多くの女性達に門戸を開いていない』


 で、決まって最後の文句は、


『今の政府は何をしているのか?』


 となっているのだから、過激な事この上ない。

 もちろん、検閲がかかっているはずなのだが多分背後にあるスポンサー――右翼、女性運動家といった国内勢力や、そして英、独といった外国勢力までいる、まさに百鬼夜行の状況――達のおかげで手が出せないのだろう。

 そんな論調の紙面を斜め読みして、『東北で小作争議激化。騒動……』などの国内ニュースの更に隅の海外面で気になる記事を見つける。


『中華民国政府共産党関係者を弾圧 上海発

 中華民国政府は、上海、南京等を中心に警官隊による共産党関係者の拘束を実施。

 これに対し共産党は声明を発表。

『国共合作は完全に破棄された』と国民党を非難した。

 これにより国民党と共産党の対決は決定的となるだろうと関係筋では……』


 ついに始まったかというのが記事を読んだ最初の感想だった。

 帝国という外部の敵がいたからこそ国民党と共産党はまとまっていたのであって、帝国が足抜けしたら対決をするのは分かっていた事だった。

 どうしてこの瞬間なのか?

 考えて、一つの解答にいきつく。

 共産党のバックについていたソ連が弱体化したからに他ならない。

 だが、新聞の何処にもソ連の記事の事は何も書かれていない。

 という事は満州方面の情報統制は今でも行われているという事で、ソ連はまだ攻め込んできていないのだろう。


「待たせたね。神堂大尉」


 入ってきた内海審議官がベルのほうを見つめる。


「こちらの女性は?」

「あたしの事?

 あたしの名前はベル。

 今はご主人の下で飼われているの」

「……」

 

 異世界交流の自己紹介とは色々難しい。

 固まる内海審議官に何が悪いのか分かっていないベル。

 俺はわざとらしく咳をしてして話を強引に進める。


「まぁ、現地協力者というか、なりゆきという感じで。

 役に立っております」


 俺が苦笑しながら釈明するが、内海審議官はため息ひとつでそれを流した。

 ベルの手を握り、挨拶をしながら俺に一言。


「まぁ、私とすれば仕事をしていただけるのならば、それ以上何も言うつもりはありませんよ。

 続きは私の部屋でしましょう」


 ベルやボルマナにも聞かれたくない話と感づいて、二人を残して俺は内海審議官の船室に入る。

 その机に置かれていたのは、先の航海で測量したこの世界の地図。

 航空写真も撮られているらしく、精密な海岸線が描かれている。

 他にもこのイッソスから駐屯地に選ばれた三角州までの直線距離が地図に書かれていた。

 その距離、およそ二千百キロ。

 そんな事を地図を見ながら考えていると、報告書をさっと見た内海審議官が声をかける。


「遠いと思うでしょう。

 けど、飛行機ならば一日です。

 船でも数日で着ける。

 こちらでも世界は狭くなったと感じますよ」


 座った机の上に俺の報告書を置いて腕を組んであごを乗せる内海審議官。

 おそらく考える時はこんな姿勢で考えているのだろう。


「報告書は見ました。

 盗賊ギルドに金を払わなかったのは正解でした。

 幕末の欧米列強の気持ちが今になって分かるとは、我が国も列強と呼ばれるにふさわしい国になったという事でしょう。

 内情はおいておくとして」


 そこまで話して内海審議官は手元のタイムスケジュールを確認する。

 手元にはイッソスの奴隷市開催のスケジュールで、もう一つがこちらの来航スケジュールだ。

 週一で開かれる奴隷市で黒長耳族を全部買い取っても、イッソスに置き場がないという問題が発生する。

ダゴン商会に商品をおろして、代金を次回来る時までもらわずに黒長耳族を受け取るまで彼らに預かってもらうというのはできない相談ではないが、その分の費用を取られてしまうだろう。


「大蔵省からの提言で、今回からの交易から我々は資金をあまり持ち帰らないようにします。

 その代わり、買ったものは引き取るまで向こうで預かってもらう事にしましょう」

 幕末に発生した金銀流出の二の舞が、この国で発生する事を恐れているらしい。

 内海審議官の言葉の後に俺が質問する。


「現状でこちらに拠点を構える事は考えていませんか?」

「報告書を読んで確信しました。

 現状では無用なトラブルを避けるべきです。

 特に外務省が機能していない今はね」

「外務省が機能していない?」


 竜の襲来による戦争回避という外交状況の激変に、外務省は完全に対応しきれていなかった。

 英独の激しい勧誘に、ハワイに住み着いた竜の為に米国との外交問題の棚上げ、足抜けした大陸での国共対決と彼らには対応すべき事柄が山積していたのである。

 で、持ち帰った金銀財宝を見て、慌てて権益を主張するも時既に遅し。

 暗澹とする俺に内海審議官が苦笑ながら重大機密を漏らす。


「現在、マリアナ近辺にて遊泳中の竜を捜索する作戦が、英国仲介の元で日米合同で進められています。

 外務省の方々はそっちでてんやわんやですよ。

 だから私がまた出張ってきた訳で、『外交』をしては困るんです。

 一応、私は大使の名称は貰っていますがね」


 複雑怪奇なり、帝国官僚機構。

 だが、それは何かあったら手助けができない事を意味する。

 俺についてはひとまず困らないのだが、今後を考えるといつまでも内海審議官が出張る訳にも行かないので、外交関係者については確保したほうが良いのではないだろうかと進言しようとして、先に内海審議官が口を開いた。


「安心してください。

 そのあたりも近いうちに整えさせます。

 週一でこちらに船を派遣して彼女たちを連れて行くので、このような報告はその時にしてください」 

「了解しました」


 俺の返事の後に、内海審議官が意地悪そうな笑みを浮かべた。


「ところで、あのベルさんは本土に連れて行くおつもりで?」


 その問いかけに俺の言葉が詰まるのを見て内海審議官は楽しそうに告げる。


「帝国はベルさんのような種族。

 獣耳族でしたかな、それも保護対象に入れる事を決定しました。

 島流しの年季が明けたら、ちゃんと身分保障をして本土に連れて行けますよ」


 何でも、向こうの大森林地帯--統治者のドライアドの名前からグウィネヴィアの森と呼ばれている--まで逃げ込んだ獣耳族が居て、保護を竜神様が了解してしまったらしい。

 黒長耳族ほどではないが魔法が使え、元になった種族の特徴があり、人間以上の力がある彼女達は、圧倒的黒長耳族不足に陥っている帝国にとって喉から手が出るほど欲しいものだろう。

 と考えて、ふと頭に引っかかる。


「たしかイッソスの奴隷市では、獣耳族も取引していたと思いますが?」


「ええ。

 それも買えるだけ買えという事です。

 そして、『千夜一夜』ディアドラも、帝国は是非とも入手せねばいけません」


 真顔でかつ命令に近い口調で、内海審議官は俺にその決意を伝えたのである。

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