冒険者二日目
冒険者二日目。
今度は朝から出発。
昨日買い込んだ装備を整えて地下水道に到着。
狙いが大鼠だから、港側の出口から入る。
水道は近くの山にある水源から取ってきており、街の前より水道と下水道に分かれる。
そして、地下水道は最終的には下水道になるので、鼠などが繁殖する訳だ。
それらが港の方に出て行かないように、出口前には檻がつけられて衛視が見張りに立っている。
俺たちと同じ目的の冒険者達十数人が並んで、檻につけられた入り口から入ってゆく。
「入るならば銅貨一枚払いな。
松明に火をつけるのは中に入ってからだ」
ここでも手数料が取られるのだが、それを払って中に入る。
ベル曰く金を払わなくてもいい入り口もあるが、ここから入るのは流れの出口に当たるから最悪流れにまかせると出られると言う訳だ。
地下水道の中に入ると、水路横が広場になっている。
ここで冒険者たちが松明に火をつけて奥に入ってゆく。
よく見ると、冒険者のほとんどが単身か二人で、三人以上は俺達以外しかいない。
装備も木の盾に棍棒ならば良い方で、盾なしで剣と松明で奥に進んでゆく者もいる。
「ボルマナ。
松明に火をつけておいて。
ご主人は盾でとにかく大鼠の突進を受ける事を第一に考えて。
下手するとああなるから」
ベルが指を指すと、水路から冒険者とおぼしき死体が流れてくる。
腐敗はしていないがいたる所をかじられ、装備を剥かれたのだろう。
裸で流れてくる死体を衛視が舌打ちしながら引き上げているのがわかる。
大陸で色々な死体は見たし作ってきたので吐くような無様はさらさないが、ああいう死に方はご免だと心から思う。
「じゃあ、行こうか。
今回はご主人の見聞の為だから、稼ぎより安全を取っていくわ。
あたしらが最後に行くのもそれが狙い。
先行すれば稼ぎは多くなるけど、不意打ちもあるからね。
危ない目にはあいたくないでしょ」
ベルの言葉に俺が口を挟む。
危険を避けるならば、大事なものを忘れているからだ。
「ちょっと待て。
ベル。
地図はどうした?」
俺の質問にベルがふんと胸を反らせて答える。
「あたしを誰だと思っているのよ。
地下水道のマップぐらい頭に入っているって」
「ベルがやられた場合は?」
「……」
ボルマナの指摘に押し黙るベル。
昨日似たようなやり取りをやったような気が。
「わかったわよ。
衛兵さぁん。
ここの地図を見せて欲しいんだけどぉ」
ベルが猫なで声で豊満な胸を押し当てて、衛兵の耳元に囁きかけながら、手に銀貨を握らせる。
見事だ。色仕掛け。
「見せられるわけないだろう!
俺は死体を片付けるのに忙しいんだ!
けっして、横に建てられている監視所を覗くんじゃないぞ!」
そう言って、衛視は死体を死体袋に入れて監視所から離れていく。
この間に見ろという事らしい。
地図は羊皮紙に書かれたものが机の中にあった。
俺が手早くノートと鉛筆を取り出して、地下水路の地図を写してゆく。
「ちょっと、何その道具!
それ紙の束なの!
うわ。これ書きやすい!!」
思わずベルが声をあげて鉛筆とノートを絶賛する。
どうやらこれも凄いものらしい。
この手の地図作成は軍で徹底的に仕込まれる。
地図は状況把握の為の絶対条件だからだ。
映すだけならば、地下水路の地図は十分もかからずにすんだ。
更に五分ほど時間がかかったのは、ベルの持っている情報もノートに書き記したからである。
「ここ崩れて入れない。
この横道にギルドが隠し通路を作っているわ。
ここは……」
かくして、今度こそ準備が整ったので、地下水道に入ってゆく。
このあたりはほとんど下水なのだがそれほど臭わないのは、潮の匂いが強いのと、このあたりの屋敷が大量に水を使っているからである。
その為専用の水道橋を作り別の場所から水を供給しており、生活排水よりも噴水などの装飾用水が中心になっている。
大量に流れ落ちる水の横に階段があるのは、緊急用の出口の一つとして用意されているからで、もちろん屋敷の許可なく入る事はできない。
そんな水路の横にできた道を俺たちは歩く。
しばらく歩くと少し匂いがきつくなってくる。
庶民街の方に出たらしい。
「さてと。
このあたりから出てくるから気をつけてね」
そう言って、ベルはショートソードを抜いて中腰になる。
鼠の鳴き声が俺にも聞こえた。
両手で盾を構え前方を見つめると、何かが凄い勢いで突っ込んでくる。
「ご主人!
構えて!!」
「っ!!!」
ベルの声に盾を構えるとものすごい勢いで何かが突っ込んでくる。
何かガラスのようなものが割れる音がして、衝撃を緩和してくれる。
盾に押し返された大鼠を見て俺は息を飲んだ。
こいつ、猪なみの大きさじゃないか!
だが、大鼠の次の突進はついに来なかった。
ベルが横から大鼠に一撃入れて仕留めたからだ。
仕留めたのを確認したら、一気に力がぬける。
盾を持ったまま壁にもたれかかって肩で息を吐く。
「という訳で、ご主人。
ご感想はいかが?」
「はぁはぁ……ベルとボルマナが居なかったらと思うとぞっとするよ」
ボルマナが警戒しながら声をかける。
松明の範囲にはどうやら大鼠はいないらしい。
「無事みたいですが、続けますか?」
俺は仕留めた大鼠を見つめる。
これを持って移動なんて面倒なことこの上ない。
獲物を仕留めれば、荷物が増える。
荷物が増えれば動きが鈍くなる。
動きが鈍くなれば、その分戦闘で苦戦する。
こういう悪循環は、気づいた時点で損切りをするのが鉄則である。
「引き上げよう。
『まだ行けるはもう危ない』だ。
ボルマナ。鼠を持ってくれ」
「はい」
後衛のボルマナに荷物を持たせる事ができるが、これ一人だと一匹取って終わりになりかねない。
解体して売れば銀貨一枚ぐらいになるから、それでも悪くはないのか。
来た道を戻ると、不意にベルが前に出て棒でつつきだす。
「何やっているんだ?」
「罠探し」
たしかこの道は通ったはずなのだがと思ったら、かちりと音がして虎ばさみが棒に食いつく。
それに呆然とする俺にベルが淡々と棒から虎バサミをはずす。
「一番楽な狩りは、こうやって獲物を持って帰る人間を狙うって訳」
世知辛いことこの上ない世の中である。
少なくともこの中に俺達を獲物として狙っている輩がいる事は理解した。
ベルは虎バサミを袋の中にしまう。
後で売るつもりらしい。
「こんな事までするか……怖いなぁ」
「何言っているの?ご主人。
狙っているのはあたしらだよ。この罠は」
「私達、彼らから見れば歩く財宝でしょうからねぇ」
ボルマナが荷物を見ながら苦笑する。
装備を整えると、その装備を狙う連中が居る。
たしかに個人単位の狩りならば分かるが、複数居る場合はその限りではない。
罠は足止めの為にある。
ならば、次に狙う手は……遠距離からの狙撃。
「ボルマナ。
火を消せ。そして伏せろ!」
俺の言葉に従ってボルマナが松明を水路に投げて伏せると、ぴゅんとした音が聞こえた後に、ぽちゃんとそれが水に落ちる音がした。
「矢か?」
「石ね。
多分スリングだと思う」
矢なら言い逃れはできないが、石ならば水路に落ちてしまえば証拠がどれか分からないという訳だ。
手探りでベルを引き寄せて耳元で囁く。
「襲ってくると思うか?」
「多分来る。ご主人。
さっきの虎バサミといい、ここに潜る連中の装備から見て高すぎる。
敵は一人。
気配を消しているわ」
ベルの歯軋りする音が聞こえるが、それならば対策がある。
「ベル。
やつが来る方向を教えてくれ。
ボルマナは魔法で灯りをつけられるようにしてくれ。
俺が合図する」
ベルは無言で頷き、ボルマナはテレパスで、
(了解)
と返してきた。
俺の声は相手にも聞こえているはず。
その上で、攻めてくるかどうか判断しているのだろう。
拳銃に手をかけて闇の中でじっと待つ。
どれぐらい時間が経ったのだろうか。
この膠着が破れたのは、遠くから松明の灯りが見えてきたからである。
この方向は、石が飛んできた方向だ。
「ベル。
居るか?」
「……去ったみたいね」
ベルも警戒を解いてゆっくりと息を吐く。
俺も気を抜いてボルマナに声をかけた。
「いいぞ。
灯りをつけてくれ」
俺達が立ち上がると、不意に明るくなったので警戒するこっちに来ていた男が俺達に声をかけてくる。
「あ、あんたら何をやっているんだ?」
「すまない。
ドジって松明を落としてしまってね」
ベルは無言で首を横に振った。
襲ってきたのはこいつではないらしい。
この後、何事もなく俺たちは地下水路出口について、大鼠を解体する。
血を抜き、皮を剥ぎ取って肉を切り取る。
血の匂いがむせる。
ここで水が役に立ち水筒の水と水袋の水が空になったが、町の中なので補充の心配はない。
これをそのまま『笑うカモメ亭』のマスターのところに持っていって買い取ってもらう。
大きかった事もあって銀貨二枚で引き取られ、手数料の銅貨二枚を引いた銀貨一枚と銅貨八枚が俺の初冒険の収入となった。
「ちなみに、これを稼ぐのにあんたいくら使った?」
そのまま食事をする事にした為、生還記念とおごって貰ったマスターの興味本位の質問に俺は苦笑して答えた。
「金貨五十枚ぐらいかな?」




