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冒険者一日目 その一

 『笑うカモメ亭』の個室のベッドは三人で寝るのには少し狭い。

 結果、挟まれたというか上に乗ったまま寝ているベルとボルマナを退かして、俺はとりあえず起きる事にする。

 日は中天にさしかかっている。

 まぁ、鶏が朝日を告げた声を聞いたからな。俺達。

 こうなる事を見越して、水桶から手ぬぐいを濡らして体を拭く。


「ん?

 ご主人起きたの?」

「ぁ……」


 俺のベルトを使った首輪につけたベルの鈴がちりんと澄んだ音を立てた。

 感想だが、ボルマナはヴァハ特務大尉やマダムと比べると二段ほど落ちる。

 実際、やった時にあの二人は俺が起きると必ず目を覚ましていた。

 で、ボルマナの現状は寝ているというか気絶しているというか。そんな所で察して欲しい。


「背中拭くわ。

 それかして」


 こちらの返事を待たずに、ベルが俺の手ぬぐいを取って背中を拭くが胸があたっている。

 多分、娼婦のレベルで言うと、ヴァハ特務大尉と同等だけどマダムには及ばない。そんなところだろう。


「とりあえず、今日はこのまま本宿に戻るとしてだ。

 見聞を広める為に仕事をしようと思うのだが?」


 俺を拭き終わったベルが自らの体をふきながら考える。


「最低の仕事からするならば、とりあえずいくつかあるわよ。

 たとえば、水売りとか、石運びとか」

「なんだそりゃ?」


 イッソスの街には水道がやってきているが、スラムをはじめ低所得者の所だと水道が引かれていない。

 その為にわざわざ水を家に運ばないといけないのだが、体力仕事ではあるが、元手は体と水桶ぐらいなものでできるので初心者冒険者の登竜門でもある。

 収入は、一回の依頼で数回、井戸から依頼の家を水桶を持って往復する事で、銅貨一枚。

 大体、普通の人ならば五回ぐらいの往復ができるので、なんとか生活ができるという訳だ。

 石運びはこちらの世界独自のものだ。

 魔法で火が出せるのと、エルフ対策に森林を伐採した結果薪の減少という要因から始まった、こちらの料理法からきている。

 火炎魔法を石に撃ち込むと、石はその熱を吸収する。

 で、その石を使って調理をするのだ。

 鍋ならば、石を水に入れて一気に沸騰させる。

 焼き物ならば大きくて平べったく加工した石に撃って、その上にフライパンを置いて調理する。

 かまどなども基本、焼けた石を入れる事で蒸すようにしているのだ。


「魔法使いの仕事の手伝いか。

 魔法使い一人でできるんじゃないのか?」


 体を拭き終わったベルは、ぺちぺちとボルマナを叩いて起こそうとする。

 主が仕事に出る時に、気を失っているのは失礼だという事なのだろう。


「魔法が使える輩というのは頭がいいわ。

 で、頭のいいやつと体が強いやつは両立する事が少ない」


 納得。

 家から石を運び、焼いた石をまた台所に運ぶ仕事か。


「こっちは火傷の可能性が高いから、少し高いけど、食事時や風呂限定だから回数が限定されるわ。

 報酬は一回につき銅貨一枚。

 で、水売りと石運びの仕事は両方受ける事が可能よ。

 がんばれば、一日銀貨一枚ぐらい行くかもしれないわね」


 もちろん、デメリットもある。

 水も石も重たい、つまり重労働なのだ。

 ほかにも、石運びは夏だと暑いどころではなく、冬に水運びは過酷である。

 それでも、生活に直結しているから、この二つは常に一定量の需要がある。

 逆に言えば、これらの依頼を出す方に回れば、最下層民から脱出という訳だ。


「ぁ……おはようございます」

「おはよう。

 さっさと、体拭いて。

 この後の方針決めている所よ」


 ボルマナが体を拭いているところをちら見しながら、ベルと話の続きをする。

 これだけの街だ。

 ほかにも仕事はある。


「ほかにはどんな仕事があるんだ?」


 俺の質問に答えたのは、体を拭いているボルマナだった。


「イッソスは港街ですから、港がらみの仕事が多いですね。

 ですが、港の仕事は城壁内の住民にしか任せられていません」


 荷物をあつかい他国の商人と交わる港の仕事だけに、信用がある者にしか任せられない。

 その信用のあるなしと、下層から平民への境目がこの城壁内の居住という事らしい。

 当たり前だが、城壁内で生活するには家がそこになければいけないからだ。


「質問だが、城壁内の居住が条件の場合、俺達も受けられるのか?」


 それに答えたのはベルだった。

 下着姿でベッドにこしかけて脱ぎ捨てた着物を探しながらで、尻尾も探しているかのようにゆれている。


「大丈夫よ。

 ただし、泊まっている宿の主人が紹介すればだけど」


 そこで不適合者をはねる訳だ。


「ほかにも騎士団が出している仕事があるわ。

 街中の警備や清掃、下水道掃除なんかがそうね。

 これらの仕事は銅貨二枚から三枚なんだけど食事がつくわ。

 夜の仕事だと、食事に交代だけど寝床つき」


 このあたりの仕事は浮浪者対策も兼ねているという。

 古のローマ帝国の言葉にすら「パンとサーカス」という形で、貧民層対策が記されていたのだ。

 こちらにもそのような対策はちゃんとあるとわかりほっとする。

 とりあえず、食っていく事はできそうだからだ。


「で、てっとりばやく一旗あげたいならお勧めがモンスター退治」

「ちょっとまて」


 ベルの言葉にあわてて俺が突っ込む。

 何を当たり前のように、モンスター退治が成り上がりの手段となっているのか?


「理由は簡単。

 マナ汚染よ」


 汚染されたマナ、たとえば殺意や恨みなどの負の感情が取り付いた動植物が凶暴化・大型化するのだ。

 で、人間などは感情を制御する事でその汚染に耐えたり、別の感情でマナを上書きしたりする事でそれを浄化するが、動植物の場合それができないので、必ず一定量のモンスターが沸いてしまうという。


「一番良い例が、昨日ご主人が使っていた薬。

 魔物との戦闘で負のマナを吸っている場合、やる事で生のマナに上書きする訳。

 生殖行為は生の営みそのものだからね」


 納得はするが理解はしたくない。

 つまり、戦うと必然的に女を抱く必要がある訳で……


「あの冒険者の宿、えらく娼婦が多いなと思ったがそういう事か」


 同時に、女性側の職の確保も兼ねているという訳だ。

 うまくできているものである。


「とはいえ、ご主人の場合、実は底辺スタートはしなくて良かったりするんだよね」


 ベルの言葉に体を拭き終わったボルマナも頷く。

 どういう事だろうと首をかしげた俺に、ボルマナが下着をつけながら話す。


「私がいるからですよ。

 魔法が使えるので、石運びの火入れの方ができます」

「あたしも少しだけど、魔法が使えるのよ。ご主人」


 魔法使用者つまりマジックユーザーは、この世界において人間人口における一割程度しかいないらしい。

 これに対して、エルフをはじめとした亜人種は基本的に魔法が行使できるというか、できないと迫害されているこの世界で生きていけない。

 そして、魔法を使う為にはマナをオドでコントロールする必要があるので、術者の精神力が尽きれば当然そこで終わりで、魔法を使うのだからマナ汚染の危険もあるためもらえる額が違う。


「火入れで銅貨何枚だ?」


「大体二枚ですね。

 魔法が使える人が居ると、稼ぎが確実に銀貨に届きます。

 そんな訳で、上流階級からスカウトが来て、そのまま生活が安定して冒険者を辞めて市民として暮らすと」 


 ボルマナの説明の間に俺も服を着る。

 準備を終えて振り向くと、二人も支度を終えていた。


「あとは開拓地で成功するとか。

 とれあえず、依頼を見ましょうか。

 ご主人」


 俺たちが宿の一階に下りると、冒険者たちの視線が一斉にこっちを向く。


「よぉ。ねぼすけ。

 見聞広めに二人同時とは、女の見聞を知りに着たのか?」


 下品な野次に冒険者達が笑うが、それも相手からすれば挨拶みたいなものだろう。

 だから、こうやって返事をする。


「ああ。

 見聞ついでに、そこのベルを買い取った。

 金貨三十五枚でいい買い物だったよ」


 俺の一言に冒険者たちが押し黙る。

 これ以上なく決定的な一言『俺は貴様らとは違う』を装飾して言ったのだから、嫉妬と敵意の視線が入り混じる。


「そういう事よ。

 あたしはご主人のものになったから、その敵意に満ちた視線はやめてくれないかな。

 反応しちゃうから」


 ベルの言葉で視線が散る冒険者たち。

 今、この場所にベル以上の能力を持つ冒険者は居ないか。

 これはたしかにいい拾い物をしたらしい。

 カウンターに座り、適当に食事を頼む。

 でできたのは、パンと水と野菜サラダ。

 火を使う料理はそれをする時間がある訳だ。

 で、摘みながら俺はマスターに声をかける。


「という訳で、女以外の見聞を広める為に何か良い依頼があったらお願いしたのだが」


「依頼の掲示板はあっちだ。

 ついでにあんたが買ったベルは一流の盗賊だ。

 彼女に聞いたらどうだ?」


 ぼんぼんのお遊びに付き合うつもりはないという所だろう。

 肩をすくめた俺に、パンを食べ終わったベルが口を開き、サラダを摘んでいたボルマナが賛同する。


「じゃあ、今日は地下道で大鼠を狩りましょうか」 

「悪くない選択かと」


「こいつについては依頼じゃなく、持ってきたら買い取る形だ。

 レートはいつもの通り、一匹丸ごとだと銀貨一枚。

 解体すると部位引取りで高くなる。

 肉は重さで銅貨五枚、皮は七枚。

 その他の部位は重さで銅貨一枚。

 手数料は引き取り価格の一割で切り上げ」

 

 マスターの説明から察するに、依頼じゃないので誰でも受けられるという訳らしい。

 丸々渡すより、解体した方が手間がかかる分高く買い取ってくれるらしい。


「しかし、鼠の肉って美味いのか?」 


 俺の質問にマスターが答える。


「美味くはないが、大量に出るからスラムの連中でも買える。

 それよりも欲しいのは皮だ。

 鼠の皮は服や靴の素材だから需要がある。

 初心者防具としても便利だからそれ専門で狩っている冒険者も居る」


 一つの品で世界が見える一例だろう。

 俺達は立ち上がって、食事の代金を払おうとすると、冒険者の男達に囲まれる。


「なぁ、あんた。

 荷物持ちは欲しくないか?」


「あ?」


 ベルが露骨にいやそうな顔をするが、彼らの口は止まらない。

 実はベルが口を出さなかったら、雇うつもりだったからだ。


「彼女達がいるのだから、大量に大鼠が狩れるだろう。

 その狩った大鼠を俺らが運ぼうというんだ。

 悪くない取引だろう?」


 俺が何かを言う前にベルが殺気すらこめた声で男達を脅す。

 手がショートソードにかかり尻尾がぴんと立っているあたり本気で怒っているとみた。


「あたしの前でそんな台詞をよくも言えるもんだね!

 ご主人の前で、晴れがましい門出にあんたらのような屑を関わらせたくないの。

 さぁ、出ていきな!」


「奴隷種が!!」

「おぼえていろ!」

「あんた、そんな奴隷種に情をかけていると最後に裏切られるぞ!」


 捨て台詞で去ってゆく冒険者たち。

 いくつか気になるせりふがあったのでベルに尋ねてみる。


「何で断ったんだ?」

「あいつらの装備見た?」


 そういえば何も持っていなかったようだが、それが何を意味するのかまだわからない俺にボルマナが補足説明をする。


「何も持たないという事は、敵が襲った場合逃げるしかできないという事です」

「!?」


 ボルマナの言葉をベルが更に付け加える。


「ご主人はまがりなりにも、剣を持っているでしょ。

 で、防具なんかはこれから揃えればいい。

 ご主人には、最高級武器と防具である金があるんだから。

 あいつらは、そんなご主人の前に何も持たずにやってきた。

 ご主人の事だ。

 成功を考えたらとあいつらの武器防具まで揃えようとするでしょう。

 それがやつらの狙いさ。

 今まで武器防具を持って居なかった輩が、どれだけご主人を守れると思う?

 結局逃げ出すのさ」


 どうやら、俺によってきた男達はたかりのたぐいらしい。

 俺の苦笑に奴隷種と迫害され続けてきたボルマナが、実感のこもった声でぽつりと呟いたのを俺は聞き逃さなかった。


「本当に大切なものは、裏切らない仲間なんですよ」


と。

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