港町イッソス探索 その二
イッソスの外壁に到着。
内壁に比べて警備が恐ろしく厳しい。
兵達も鎧姿で完全装備だし、見張り塔にはバリスタらしいものが空を向いている。
「何が襲ってくるんだ?」
「モンスターですよ」
ボルマナの答えに俺は手を額に当てて目を閉じる。
さすが異世界。
この北大陸の中央部には蟲と呼ばれる巨大昆虫型魔法生物が跋扈しており、その侵食で他の生態系が押し出される事が日常になっている。
そして、押し出された者達というのが、ゴブリンやオークやオーガといった魔物達だったり、ボルマナ等の竜の眷族だったりする。
人類生存圏は大崩壊の混乱から回復して拡大の一途を辿り、開拓と種族対立は人類間戦争と並んでこの世界の日常となっていたのである。
「そういえば、大崩壊ってなんだっけ?」
何度か説明を受けたはずなのだが、あまりに話が大きすぎて頭に入りきれずにすぽんと忘れてしまった俺に、ボルマナが淡々と説明する。
「この世界は、およそ五百年前に滅んでいるんですよ。
それが大崩壊です」
およそ五百年前、人類文明の頂点を極めていた古代魔術文明は、大崩壊と呼ばれる世界規模の災害を引き起こして滅び、この世界はその再建途中にあるという。
日本における室町時代あたりで文明が滅んで断絶しているなんて言われても、というのが俺の感想だったりする。
話がそれた。
「という事は、モンスターが襲ってくるから、あの対空装備という訳か」
「正確には蟲ですね。
飛ぶのが多いので。
飛んで入られて暴れる事が数年に一回はあるんですよ。
あとは寄生。
城門での検査はそれ対策も兼ねているんです」
生々しいにもほどがある。
そんな事を話していると、城門そばの裏路地にある占いの館に到着。
中に入ると柄の悪そうな男が二人。
おそらくは用心棒か。
で、中央には水晶玉とフードをかぶって、それを眺めるおばばが一人。
「奴隷を連れている割には見かけない顔だね」
「着たばかりの新参者さ」
そう言って、おばばにスリの財布を投げてやる。
「これは何だい?」
「俺の財布をすろうとした間抜けなスリの財布。
返してやりたいんで、ここに来たという訳だ。
探してもらえないかな?」
俺の言葉におばばがあきれた声を出す。
「そんな間抜け探してどうするんだい?
自業自得さね。
もらっときな。いい薬だ」
おばばが投げ返した袋を俺は掴んで、宙で回しながら話す。
「まぁ、そっちはついでだ。
この街の流儀には従うつもりなんで、双子石が欲しくてね。
それを買いに来たって訳だ」
「なるほどね。
銀貨一枚よこしな」
俺は持っていた財布から銀貨一枚を抜き取って、おばばに投げる。
おばばはフードのポケットから双子石を取り出して、なにやら魔法をかけるとそれを俺に投げる。
「年寄りからの忠告だ。
スラムには足を運ぶんじゃないよ。
居なくなったダークエルフどもの住処には、既に別の連中が住み着いているからね」
「忠告は確かに。
また来るよ」
「二度とこない方が幸せだろが、着たら歓迎するよ」
占いの館を出ると、俺はボルマナに尋ねた。
「さっきの意味は何だったんだ?」
「私達が帝国に召喚されたので、その住んでいた場所が別の誰かに住み着かれたと」
彼女達黒長耳族は人間から見れば家畜だが、もちろん野生のダークエルフも生活しているわけで、そんな彼女達はスラムで何とか生活していた訳だ。
だが、竜神様による召喚で彼女たちが消えた事で、その場所がぽっかりと空いた。
そこはまた別のスラムの住人が住んでいるという訳だ。
「普通、首輪には魔法封じがこめられており、その為に我が主の召喚に応じる事ができない同胞も数多く居るのです。
情報を得るとしたらそのあたりからでしょうか」
人間より魔力が高く、経験を積んだ野生のダークエルフは人類の脅威に他ならない。
その為に多くが駆除されるのだが、それでも生き残った彼女達が帝国に召喚された訳だ。
表通りに出て城門からスラムの方を眺める。
「今は、向こうに行くのはおよしになられた方が良いかと。
入るための身分確認ができずに、入城税として銅貨一枚取られます」
そして、行きかう人々を見て、ふと違和感に気づいた。
「そういえば、この街は老人が少ないな」
「不老の魔法を使っているのでしょう。
スラムの方を見れば分かりますが、不老の魔法をかける経済的余裕がない者はああして老いるに任せている訳で」
なんて理想郷なんだろう。異世界。
なんて考えていたら見抜かれていたらしく、ボルマナが釘を刺す。
「もっとも、常時魔法をかけている訳ですから、マナ汚染にかかりやすいんですよ」
本来生物が持つ魂、こちらではオドやオーラなんて呼ばれているものは、特にマナを汚染しやすいのだ。
『若々しくありたい』という人のオドでマナが汚染された結果、畑が若芽のまま育たずに飢えて滅んだなんて昔話がこの世界には残っていたりする。
で、さらに大事なのが、不老にはなれるかもしれないが、不死ではないので病気や戦争や天災などで結局人は死んでゆくのだ。
というか、なまじ魔法でなんとかなってしまうから、この世界は命の価値が恐ろしく軽い。
だから、戦争などの場合だと奴隷として売られるならばまだましで、基本皆殺しにしないといつ報復されるか分からないという怖さがついて回るのだ。
いまいちぴんとこない俺にボルマナが具体例を出してくれる。
「メイヴ様は大崩壊以前から人どころか畜生にまで犯され続けて来たのですが、それを許すと言っても人が信用すると思いますか?」
納得。
そりゃ駄目だ。
大阪の陣参加者だった豊臣の残党当事者が、徳川三百年間の間ずっと恨んでいるようなものだ。
徳川からしたら絶対に首を取らないと安心できない。
「そういえば気になったんだが、メイヴ副総裁って銀髪じゃなくって、黒髪なんだよな。
あれは魔法か何かで染めているのか?」
一人だけだったから偉く気になっていたのだが、ボルマナはあっさりと答えた。
「メイヴ様はもうダークエルフではありませんからね。
サキュバスという別の種族に進化してしまったんです」
で、またこの話も人の欲深さがどす黒く出てくるから困る。
というか、異世界こんなのばかりである。
まず、エルフという主がある。
金髪白肌で竜の眷属として豊穣を司り、森を住処とする種族だ。
その森と契約する事で人には到底出せない魔力を持つのだが、その森から離れる事ができない制約がある。
で、古代魔術文明時、人類文明は絶頂の時代に入り、多種族を奴隷種として使役しまくった。
もちろん、エルフはそれに対抗したが、森を焼かれて多くが魔力を弱体化されて(それでも人より魔力は多い)ダークエルフ化する事になった。
銀髪褐色肌はその魔力弱体化の証だったりする。
で、家畜として使われ続けるうちに、生物のオドから魔力を吸収すればいいと環境適応から進化したダークエルフが出てくる。
それがサキュバスだ。
あの人が一夜で中隊を骨抜きにしたというが、ダークエルフがサキュバス化するだけの長い時間、つまり六百年間ひたすら抱かれ続けてきた証でもあるという訳だ。
かくして、メイヴ副総裁の黒髪は抱かれる事で人のオドから魔力を吸いとったサキュバスの証なのだ。
なお、エルフには高さ千メートルを超える世界樹という大木と契約したエルフが成る、ドライアドという種族も居たりする。
これらドライアドやサキュバスこそ、エルフやダークエルフの頂点に立つ者たちなのだ。
更にもう一つ。
今回帝国に呼ばれたダークエルフの多くがメイヴ副総裁の血族だったりする。
ボルマナもそんなメイヴの娘の一人だ。
外壁前の表通りを戻りながら、左右の店を眺める。
「宿屋が多いな。
こっちは、陸からの旅人向けの宿か」
「そうですね。
あとは内地開拓者や旅行者、何でも屋の宿も兼ねています。
そんな人達をこの世界では冒険者というのですよ」
ボルマナの言葉を聴きながら、宿前の連中の顔を眺める。
向こうもダークエルフを連れた人間がこのあたりをうろついているのだから、こっちを見ているのだろう。
このあたり、大陸の裏社会と馬賊や匪賊のやりとりとあまり変わらないなぁと思い出して苦笑する。
「入ってみるか。
用心は?」
「当然かと」
ボルマナを後ろに連れて、『笑うカモメ亭』と看板が掲げられた冒険者の宿の扉を開ける。
二階建ての宿の木戸を開けた先にある数十人が酒と共に騒ぐ空間は、人間が持つ欲の縮図だろう。
一攫千金を夢見る冒険者、その冒険者に夢と金を見て近づく商売女。
今日の絶望を酒と共に飲み込み、明日の夢を色気漂わせる女達に語り、共に夜の夢を見るために誘う。
女達はそんな男の金に、体に、夢に己の体を預ける為に男を色で釣りながら静かに値定めを行ってゆく。
己の野心と無謀さを混ぜた熱気は、俺は嫌いではなかった。
この手の宿は一階が酒場兼食堂になっており、掲示板には仕事の依頼や旅先の情報が書かれている。
俺とボルマナが入った瞬間に複数の視線が突き刺さる。
おそらく、どんな人間が来たか、様子見という所だろう。
こういう酒場で異世界でも通じるかどうかわからないが、マダムから教えてもらった酒場のルールがある。
初見ならば、まずはマスターもしくはマダムとおぼしき人がいるカウンターに座るべし。
酒を注いでいたマスターのいるカウンターに座り、ボルマナは俺の後ろに立ったまま。
(後ろで警戒します)
テレパスで聞こえてきた声に感謝するが、視線は他の客に酒を渡したマスターを見据えたまま。
互いに視線を交わした後、マスターが俺を値踏みするように声をかけてくる。
「ここは奴隷を連れてやってくるような高尚な宿じゃないんだがな」
マスターの声を気にする事無く、俺は奪った財布から銀貨を一枚出してテーブルの上に置く。
「とりあえす、俺とボルマナに食べ物と飲み物を。
あと、マスターにもおごりだ」
マダムの教えその二。
知らないなら、教えてもらうべし。
ただし、情報もただではない。
マスターは俺をじろりと見た後で、テーブルの上の銀貨を受け取った。
なるほど。
この手の教えはこちらでも有効らしい。
「冒険者気取りの貴族のぼんぼんだろうが悪い事いわねぇ。
まっとうに生きた方が身の為だ」
木製のジョッキに並々と注がれた泡の出る液体が俺とボルマナの前に置かれる。
飲んでみるがうまい。
エールらしい。
「そのまっとうに生きる為の修行ってやつさ。
人間苦労や失敗をしないと成長しないからな。
ぼんぼんの修行ってやつだよ」
相手の勘違いに漬け込んで、冒険者気取りの貴族のぼんぼんという設定を酒場内に広めてゆく。
肉と野菜のサラダが盛り付けられた木の皿が置かれる。
「見ない顔だな。
何処から来た?」
「港からさ。
ちょっと遠くからね。
下々の生活を学んでこいと命じられて、しばらくはこの街でやっかいになるつもりだ。
で、冒険者の真似事をしながら見聞を広めて来いときたもんだ」
そして、俺は自前の財布から見せ付けるように金貨を一枚出してテーブルの上に置く。
ちらちらと俺たちを見ていた冒険者連中が息を飲むのがわかる。
マダムの教えその三。
交渉における金は最強の武器である。
だからこそ、主導権を渡してはいけない。
「という訳で、依頼だ。
俺の社会見聞の為に、死なない程度の依頼を回してほしい。
俺もまっとうに生きたいんでね」
マスターがテーブルの上に置かれた金貨をまじまじと見つめる。
そして、視線を逸らして焼き魚の盛り付けが入った木皿を俺の前に置く。
「……俺がその金貨をそのままがめてしまったらどうするんだ?」
「それをさせない為に、こうやって見せびらかして置いたんだろうが。
その意味は感じ取っていただけると思いますがね」
これだけの冒険者の目はごまかせない。
彼らに不正を働いたと感じさせてしまったら、店の信用が地に落ちるからだ。
かといって、ぼんぼんのお守りともなると、金以上にかかる手間から割に合わない事が多い。
俺を殺した場合、親である貴族から追っ手が掛かる事があるからだ。
居ないのだけど。そんな貴族は。ほんとは。
マスターの手は金貨に向けて動かない。
高い依頼は大体裏があるのがこの世界の常識だ。
特に、今日来たばかりのどこから来たかすらわからない人間が、金貨一枚をぽんと置いて依頼をもちかけるなんて、隠れたリスクをいやでも疑ってしまう。
信用というのは、できるから作られるのと、できないものを断る事でも作られる。
こうやって露骨に怪しい空気を作ってしまったら、まず手出しはできないだろう。
「じゃあ、その依頼あたしが受けていいかな?」
「!?」
「っ!」
背後でボルマナが警戒していたのに、俺の横から手を出して金貨を掴んだのは、猫耳の盗賊娘で獲物を狙う目で笑って俺の隣に座る。
人間の顔に猫耳なので残念ながら髭はないが、茶髪のショートヘアにレザーアーマーの上にマントを羽織り、座ったカウンターの下から黒の網タイツに包まれた生足が覗いていたりする。
しっぽは当然ついている。
「あたしの名前はベル。
よろしくな。ご主人様」
やっとヒロイン登場。
長かった……




