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港町イッソス探索 その一

 愛国丸とその船団がイッソスの港から出てゆく。

 かくして、俺は天涯孤独となったわけだ。


「何か?」


 いや、そうでもないか。

 隣にいるボルマナを見ながら俺は苦笑する。

 こういう時に、裏切らない味方がいるという事の何と心強い事か。


「じゃあ、予定通り働きますか?」

「既に日も中央だ。

 それに闇雲に動くとろくな事にはならない。

 ボルマナが居るんだ。

 まずは街の把握からしよう」


 軍服のまま腰に虎徹の大小をぶら下げて、港から大通りを通って城門まで歩く事にする。

 イッソスという街は港町という事もあって、港を頂点に陸地に向かうごとに階級が分けられている。


「当たり前だか、このあたりの屋敷は大きいな」


 測量によって、イッソスの湾が綺麗な円形をしているのは確認できたが、その円周部はこの手の屋敷で占められている。

 貴族か富豪か、または両方か。

 港からすぐの所に大灯台がそびえ、イッソスの国政議会議事堂はこの中にあるという。


「あの大きな建物は?」


 大灯台の隣に隣接している城砦について尋ねると、事前に黒長耳族から情報を集めていたボルマナが答えた。


「イッソス太守家の居城ですね。

 この国随一の権勢を誇っており、大灯台も元々イッソス家のものだったんですよ」


 イッソス家は共和国発足時の議長を排出し、代々イッソスの太守を世襲で統治している家柄で、イッソス家とその血族が支配する街はカッパドキア共和国全都市の三分の一近くを占め、国家間では王族扱いの名門だそうだ。

 その為、街の名前であるかの家の事は敬意を持って「イッソス太守家」もしくは「太守家」と呼ぶのが通例となっている。


「たしか、今のカッパドキア共和国国政議会議長はイッソス太守家ではなかったんだよな?」


 表敬訪問の後の晩餐会で、内海審議官と話していた人物を思い出ていたら、ボルマナが答える。


「イッソス太守家は近年に前当主の死去で、コンラッド氏が継いだのですが、国政議会議長の座には若いという事で、繋ぎとしてダミアン・カッサンドラ氏が就いています。

 新興殖民都市カッサンドラ太守で、太守家とは縁も縁もない成り上がりの富豪だそうです」


 ボルマナの言葉に俺はげんなりとする。

 どう考えてもお家争いしか考えられないからだ。


「現在、この西方世界は西方航路の覇権をかけて、北大陸のロムルス国家連合と南大陸のカルタヘナ王国が数十年もの戦争の真っ只中。

 西方航路の重要中継拠点であるカッパドキア共和国とイッソスの帰趨が、この戦争に重大な影響を与えるという訳で、中立のこの国に両国が激しく工作を仕掛けているのは有名な話です。

 で、そんな状況下で若輩者のコンラッド氏より、やり手のダミアン氏の方に票が集まったと」


「それ、なおの事悪いじゃないか……」


 やり手の野心家ならば長期政権を狙う訳で、若輩者とて時が経てば若輩者でなくなるのだ。

 それに対立する他国の干渉までくるのだから・・・・・・と考えていたら、我が祖国もあまり変わらないなと気づき、更にげんなりする。

 異世界だろうとも人である以上、その営みはあまり変わらないものらしい。

 そんな事を話したり考えたりしつつ、港から少し離れた所にある旧城壁前にある壮大な建物を眺める。


「カッパドキア魔術協会。

 西方世界における魔術師の保護を目的とした魔術師の為の協会で、中央世界全土に影響力を持つ西方世界の魔術協会では最大規模を誇っています」


 この魔術師の為の組織は各世界によって呼び名が違うそうで、西方世界は『魔術協会』、中央世界は『魔術師学園』、東方世界は『魔法同盟』となり、お約束だがそれぞれ仲が悪い。

 魔術協会員ならばカッパドキア共和国国内は当然、西方世界において何処にでも行け、職に困る事がないと言われるほど優遇されているのはそれだけ魔法というのが便利だからだ。

 そして、異世界にやってきた竜とその眷属を酷使し続けたのが彼らでもある。

 とはいえ、帝国はここに交易に来ているのであって、太守家や魔術協会、ひいてはカッパドキア共和国に喧嘩を売りに来たわけではないので、荒事はさける必要がある。


「こちらが勇者の為の神殿。

 この世界の人間は、竜を倒した者である勇者を信仰する事が多く、また勇者になる為に多くの者が日々修行しています。

 とはいえ、竜を倒す力が人に向けられることもまた多く、大体多くの国では国家と魔術師組織と神殿がそれぞれ協力かつ牽制しながら国を治めています」


「という事は、我らが竜神様を誑かした真田少佐は?」


「はい。

 竜選勇者として祭られるでしょう。

 ちなみに、この国が新参者で訳がわからない帝国と友好的接触をしたのも、真田少佐のおかげなんですよ」


 なお、ボルマナ達は竜に仕えているから当然竜神様を崇め奉っている訳で。

 人間種族は勇者信仰、それ以外の種族は竜信仰という感じに分かれているという訳だ。

 このあたりおもしろいのが、勇者にも種類があるという点。

 竜を倒す事で勇者として認められるのが竜選勇者。

 神殿が作り出し国が認定した勇者を国選勇者という。

 勇者というのが人類間対立の決戦兵器的存在にもなっており、莫大な支援が得られるのと同時に、一人生み出すのに百万人に一人と言われる資質と莫大な費用がかかるものだそうだ。

 で、竜選勇者は竜を倒したその実績によって国から後で認められるもので、国選勇者が竜選勇者になる事も歴史には多々あり、その国は尋常で無い繁栄を遂げる事になる。


「という事は、やろうと思えば我が国も?」

「はい。

 我が主は既に提案したそうですが、断られたと」


 俺ですらわかる末期症状の経済状況で何で断るのかと最初は思ったが、聞けば聞くほどその尋常な繁栄が我が国にとってさしたる意味が無いものであるという事に気づく。

 わかりやすく言うと、


「金銀財宝酒池肉林」


 うん。

 個人とすれば喜ばしいが、産業革命を一応超えた我が国ではいらないわ。これ。

 国家の借金が返済できるほどの金銀財宝を持って帰った場合、待っているのはハイパーインフレ。

 これは新大陸の金銀を持って帰った結果、かえって国家の没落を招いた大航海時代のスペインという前例がある。

 で、酒池肉林ができるだけの食い物も持って帰ると、豊作貧乏で本土小作農が首を釣る。

 なお、帝国本土に居る小作農が現状で二千万人居る事は忘れてはいけない。

 愛国丸で内海審議官との酒の席で、帝国の裏話を聞いた時には背筋が凍ったものだ。


「昭和五年から昭和九年のいわゆる昭和東北大凶作は、その後の昭和維新への御旗となり、軍の拡大の背景に繋がっていました。

 女は身売りして遊郭に、男は兵隊に入れば最悪食えますからね。

 その後の、我が国の色々は貴方も大陸で体験したでしょう。

 どうせ酒の席ですし、あなたはこの地への島流しの身だから、今から独り言を言いますよ。

 去年の十二月、竜神様が光臨していなかったら、この国は英米と戦争をしていたのですよ」


 酒に酔ったふりをしながら、内海審議官の目はまったく酔っていなかった。

 ああ、きっと内海審議官はロバの耳である王様の事を言いたかったんだろう。

 抱え込んだ秘密とその惨状は、俺ですら唖然とするしかない。


「満州をめぐる英米の対立が何で回避できなかったのか?

 戦争を止めた今の惨状でわかるでしょう。

 特に去年は最悪だった。

 昭和東北大凶作に匹敵する大凶作で戦争を止める?

 動員解除したはいいが、帰った故郷には食う物もなければ職も無い。

 国家総動員法による戦時体制でなかったらと思うと、背筋が寒くなります」


 そこで内海審議官は空を見あげた。

 彼の目には、帝都の冬空に迷い込んできた竜が映っているのだろう。


「私もこの仕事長いですが、時々本当に運とか神の存在を信じてしまうのですよ。

 共産主義者達はそれを信じたくないようですけどね。

 だけど、去年。

 昭和十六年というのは……竜神様がこなかったら、ほんとうに何もかもついていない年だった……」


 人通りの中なのに思い出して深くため息をつく。

 あ、ついでに最後の肉林だがそれはちゃんと堪能している。

 俺も含めて。



 歩いていたら城門にたどりつくが、ここは内壁でここから先が庶民街という事らしい。

 とはいえ、この地区は外壁があるので外敵から身を守る事ができ、保護対象でもある市民が住む街だ。

 市場があり、職人街があり、通りに活気がある。

 その分よこしまな輩が出てくる訳で。


「ちっ!

 気をつけろ!」


 ぶつかってきた男が罵声をあげて去ってゆくと、後ろに居たボルマナから袋を二つ渡される。

 一つは俺の財布代わりの袋。

 もう一つはあのぶつかった男の財布みたいだ。


「なるほど。

 こういう場所か」


「一人だと簡単に取られるので、お気をつけを。

 まぁ、やられた方が悪いとも言いますが。

 盗賊ギルドの人間は、このあたりだと余所者しか狙いませんよ」


 自分の財布をなおして、もう一つの袋を開ける。

 入っていたのは銅貨三十枚に銀貨五枚に見慣れない石一つ。

 その石を取り出してボルマナに見せる。


「これは何だ?」


「これは、双子石ですね。

 マジックアイテムで、魔法をこめてお互いの石をくっつけると光るんですよ。

 この石を入れておけば、無くした財布の身元証明ができると。

 盗賊ギルドのまっとうな収入の柱ですよ」


 石を袋になおして、ボルマナに袋ごと渡してたずねた。


「この石を捨てて丸儲けってのはできないのか?」 


「二・三回のお目こぼしはあるでしょうが、ずっとすると盗賊ギルドから粛清されますよ。

 この街の市民はほぼこの石を財布に入れています。

 で、なくしたら盗賊ギルドが運営する占いの館に行って、財布を占ってもらうんです。

 そういるとあら不思議。

 占った場所に財布がという訳で。

 何故か、財布の中身が少し減っていますが、見つかったのだから皆文句は言いませんよ」


 なるほど。

 双子石販売と占いの手数料がギルドの収入、少し減った財布の中身がスリの取り分な訳だ。


「で、どうします?

 これ?」


 淡々としたボルマナの声に、俺はいたずらっぽく笑って答えた。


「郷に入らば、郷に従えってね。

 じゃあ、この街のしきたりにのっとって、占いの館に入ってみようじゃないか」

説明会。

戦争に消されているけど、昭和十六年の大凶作はもっとネタになったもいいと思う。

このあたりと昭和維新が絡んで大日本帝国の意思決定硬直化が始まっているのかなんて思っていたり。

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