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イッソスの奴隷市にて

 朝、澄んだ歌声に起された。

 裸のボルマナを起さないようにベッドから出て、窓を開ける。

 ガリアスの紹介してくれた宿の三階の角部屋を前金で一年分支払う。

 一泊銀貨一枚の所を前払いかつガリアスの紹介という事で、銀貨二百枚にまけてもらったのだ。

 最下層の木賃宿だと、銅貨一枚で雑魚寝かつ寝具持ち込み食料なしで、荷物の盗難も良くあるからだ。

 身の回りの品はそんなに持ち込んでないが、持ち込んだ品が高価格で売れるのが分かった以上、警備は絶対に必要になる。

 という訳で、そのあたりを含めてガリアスに相談した結果がこの宿、『栄光の船旅亭』である。

 利用客は主にイッソスに商売に来る商人で、港に隣接して専用の船着場があり、部屋が仕切られ鍵がかけられるから簡易倉庫の役割も果たせ、盗賊ギルドに上納金を収めているので、盗難の心配も無い。

 この盗賊ギルドの話が出た時の内海審議官を含めた我々の絶句が分かるだろうか。

 公的治安維持組織がその力を出し切れず、裏社会と繋がらないと治安が確保できない現実に特高出身の内海審議官は本気で頭を抱えていたりするのだが、それは別の話。

 歌声は一つでは無く、街のあちこちから聞こえてきた。


「浄化の歌、たしかボルマナはそう呼んでいたな」


 しょっぱなこういう関係になってしまったが、基本彼女たちの文化接触がとりあえず抱かれるという所にあるので、抱かないと「女性として魅力が無い」ということになってしまうらしい。

 さすが、豊穣の眷属である。

 なお、その最たるものが頂点たる竜神様で、飼い主の真田少佐にどう抱かれたのか事詳細に語るのはやめて欲しいと思うが、それを懇願した結果、


「戦における大将首を自慢せずにどうするのじゃ!」


と、逆に叱られる始末。

 異文化交流は身内ですらこれだという笑い話である。

 話がそれた。

 この浄化の歌は、魔法を媒介するマナの浄化の為に魔術師達が澄んだ歌声に呪文を乗せて、マナを清めているのだ。

 西方世界では朝と夕方に、こうして街々で浄化の歌が歌われるという。

 俺の異世界宿泊一日目はこうして始まった。

 『栄光の船旅亭』は五階建てで、一階は食堂兼酒場と事務施設に浴場があり、二階は簡易宿となっている。

 三階に上がる前にこの宿の用心棒の検査があり、五階は貴族が使う最高級宿という訳だ。

 日本人である俺にとっては浴場があるのは実にありがたい。

 同時に、この街の一端を見ることもできる。

 眼前に港がある宿で水に困らない、つまり水道の存在を。


「さてと、今後の方針なんだが……」


 出された食事を持ってきたノートに書きながら、俺は今後の事をボルマナに話す。

 『栄光の船旅亭』では、三階以上に泊まる客には一食の食事がつく。

 食べなかった場合、厨房で焼いたパンをもらう事ができ、旅に出る商人たちは、焼きたてのパンを持ってうれしそうに港に向かってゆく。

 なお、俺たちの朝食はこんな感じだ。

 皿の上にパンがあり、もらう時にバターかジャムか選択できる。

 ジャムはこの地方特産の葡萄味らしく、葡萄はデザートとして十粒ほどもらう事ができる。

 スープは豆のスープで、おかずとして卵が出てくる。

 水も一人につき一杯もらえるが、冷えている。

 これが、俺たちの食事である。


「今日は愛国丸に戻った内海様達がいらして、奴隷市場に出向くのでそれに同行します。

 その後、愛国丸が出向した後は自由に振舞えと」


 一応島流しではあるが、内海審議官から報告書を書くように言われている訳で。

 また帝国の船が来た時に、報告書を渡すと便宜を図ってくれるらしい。

 具体的に言うと、塩とか砂糖とか胡椒とか酒とか煙草とか。


「とりあえずこの街の住民の生活を体験する為に、適当に仕事に就こうかと思う」 

 俺の言葉に、ボルマナが食べながら尋ねる。


「私はどうしますか?

 働きますか?」


 この場合の働くというのは当然夜の仕事、というか娼婦な訳で。

 このあたりの女の機微については、マダムとの付き合いでなんとなく分かるようになった。


「今はいいよ。

 俺がこっちになれていないから、俺についていてくれ。

 いずれは働いてもらう」


「はい」



「金貨三十五枚から」

「四十枚」

「四十五枚」

「五十枚」

「五十枚、五十枚いませんか?

 はい、落札。

 次の商品です」


(奴隷市場というが、改めて見ると牛の競り市じゃないか?)


 そんなことを思い出した俺だが、ここでは部外者でしかない。

 俺の隣で内海審議官とダコン商会の担当者が話をしている。


「大体市はいつもこのぐらいの人数が出品されるのですね?」

「定期的に買うのであれば、競売よりも直接集めたほうが安定的に供給できます」

「安定的供給の場合、どれぐらいの数が集まって、価格的にどれぐらい支払う事になるのでしょうか?

 わが国は大量かつ至急にダークエルフを求めているのです」


 実務的な買収交渉が耳に入ってきながら、視線は競売会場から目を逸らせない。

 魔力封じの首輪をつけられ、何もまとわぬ姿で次々と俺たちの前に引き出されるダークエルフ。

 尻なり腹なりに所有者の焼きこてが押され、空ろな目でじっと俺達を見つめている。

 そんな彼女等を俺達の代理人であるダゴン商会が全て買いあさっていた。


「すまん。便所に行く」


 遠藤大尉に目配せして俺は競りの貴賓席から遠藤大尉を連れ出す。

 遠藤大尉に釣られて真田少佐も来たが、顔色を見れば俺と同じらしい。


「何だ?」

「分かってはいたけどな。

 俺達は、奴隷買いの商人らしいな」


 俺がため息を吐き出し、真田少佐と遠藤大尉が宙を仰いで途方にくれる。

 この光景を、いずれ来るであろう欧米列強がどうみるかを。


「アメリカの南北戦争って、奴隷解放戦争だったよな」


 遠藤大尉が皮肉をこめて言葉をひねり出す。

 もちろん、奴隷解放は一面であり南部と北部の経済問題こそ元凶だというのは、ここに居る三人は学んでいる。

 だが問題は、本質的な問題よりも特に合衆国一般市民が持つ、南北戦争の「奴隷解放戦争」という神話的理由の方だった。

 神話であるがゆえに、信仰にも似たそれを踏みにじるこの世界とうまく付き合おうとする日本に対して、彼らはどういう反応をするか?

 米国の対日感情は中国問題以上に硬化するのは想像にかたくない。


「じゃあ、米国みたいに奴隷解放を主張するか?」


 遠藤が投げやりに言い放つ。

 全てを欧米列強の概念で推し進めたらどうなるか?

 それは我が祖国が体験済みだ。

 壮絶な反発が出る。

 反発の果てにこの異世界が揺れたら、ただでさえ疲弊している本国経済が破綻しかねない。


「遠藤。市ごとに毎回同じだけのダークエルフが出展される意味が分かるか?」 


 真田少佐の質問に、遠藤大尉が不振そうに答えた。


「市が立つだけの数のダークエルフがいる」

「違う、そこじゃない」


 真田少佐は絶望と共に、その意味を口にした。


「多分、ダークエルフ繁殖の牧場がある」


 俺と遠藤大尉の顔が強張った。

 全ての生物と孕む事ができる、老いる事無い最上級の家畜。ダークエルフ。

 だから、これだけの価格で取引されている。


「ダークエルフの価格を考えたら、その牧場主って……」


 俺の呟きに、真田少佐がため息を吐く。


「貴族、軍人、商人、……この国の指導者層だろうな。

 その牧場主は」


 その言葉を聞いて、三人とも更に頭が痛くなる。

 帝国の物品と交換でダークエルフを買いあさるという行為を商人ならどう考えるか?

 売れる商品は増産される。

 必要なら、ダークエルフを作るためにエルフを狩るという事態すら起こりかねない。

 奴隷交易がどれだけの富を生み出したかは、欧米がアフリカの黒人で多大な富をかき集めた歴史を紐解けばいくらでも出てくる。

 しかも、そのダークエルフの買い手は我ら大日本帝国。

 その大日本帝国が奴隷解放などと言おうものなら、自己矛盾もはなばなしい。

 それでもそれを口に出すなら、待っているのはこっちの世界での対立、下手したら戦争。

 もはや国策になりつつあるダークエルフ獲得が大幅に狂う。


「まともな神経じゃやれんな。これは」


 遠藤大尉の諦めにもにた呟きが全てを物語っていた。

 それに真田少佐が言葉を乗せる。


「このあと行くエルフにも話をつける必要があるな」

「買って、保護して、それから?」


 俺の言葉に俺も含めて三人して言葉に詰まる。

 帝国の需要がある限りこの奴隷貿易は続けられ、短期的には拡大する。

 帝国にはダークエルフは必要である。

 だが、帝国は全てのダークエルフを助ける力も必要性もない。

 助けを求めてきた彼女等を、更に過酷な立場に追い込んでしまっているのを自覚させるには十分すぎる市場の光景だった。


「進むしか道はありませんな」


 ふいに背後からドアが開き、立っていたのは内海審議官。

 遅いので様子を見に来たのか、最初から俺達の話を聞いていたのかはその顔から読み取る事はできなかった。


「帝国はこれ以上の大陸への進出をあきらめました。

 ならば、別の手段を持って代用せねばなりません。

 戦費が削減され、戦時動員が解除される。

 今の帝国に解除されるであろう兵達を食わせるだけの職がないのです」


 内海局長の言葉の持つ意味は重たい。

 大陸に派兵していた兵力は二百万。

 満州に百万残すとしても、もう百万の兵の食い扶持が本土にはない。

 好景気だった軍需産業とて、戦争が終わればその生産は確実に減少する。

 内務省はその大陸戦争終結後の景気と雇用動向を試算して、急落下に近い景気と急上昇する失業率に真っ青になっていた。

 幸いにも大陸交易と英国のお目こぼしによる英国植民地圏への輸出により、試算よりひどくはなっていない。

 だが、最大の交易相手である米国抜きでは、何か手を打たないと帝国経済は確実に破産する。

 今回のダークエルフ交易とこの世界への移民開拓団派遣は、本土失業対策特に悪化確実の地方経済復興の最大の柱になろうとしていた。

 それを変更などできない。


「副総裁の話から、長耳族の住む大森林地帯とこの西方世界諸国の間には、人どころか獣すら居ない荒野が緩衝地帯となって存在しています。

 その地域の一部を我々の手で開拓する。

 長耳族と西方諸国の橋渡しをしながら本土を開発する。

 この計画に帝国は賭けているのです。

 それ以後の話は、この賭けに勝ってから考えましょう」


 温和な声で淡々と語る内海審議官の言葉にぶれは無い。

 従わざるを得ない説得力と、従わない場合の危険の香りが俺たち三人を打ちのめす。


「引くも地獄、進むも地獄、立ち止まるも地獄か。

 地雷を踏んだな」


「ああ。それもとびきりのやつを」


 異世界の便所で男四人、この世の不条理を嘆き皮肉の笑みを浮べる。

 世界というのは、俺たちの世界もこっちの世界もさして変わっていないらしい。


 便所から戻ると、市場では最後の競売が終わり、ダゴン商会の担当者が証書を市場の担当者に渡している所だった。


「で、結果はどうなりました?」

「出展76人全員落札。

 総落札金額は金貨5115枚です」


 内海審議官の声にメイヴ副総裁が反応する。

 まだ軍資金は半分近く残る計算になる。

 内海審議官はダコン商会の担当者に声をかけた。


「彼女達に服を。

 湯浴みをさせて服を着せたら、愛国丸の方に運んでください」


 この光景を見ながら表情が揺らぐ事無い内海審議官は担当者に追加を頼む。


「それと、書物が欲しいですね」

「書物でございますか?」


 この場とは関係ない商品に、ダコン商会の担当者が不審な声をあげた。


「巻物でも地図でも何でも構いません。

 我々は金貨を持って帰るつもりはありません。

 この世界を知る術を持つ物を集められるだけ欲しいのです。

 あと、魔法がらみの品も」


「わかりました」


 もちろん、金銀という富を収穫するのも大事な仕事だが、それは後回しでいい。

 今は、その富を本土で生むダークエルフこそ必要なのだが、彼女達が家畜のままでは効率が悪すぎる。

 その為にも、早急な教育化、マジックユーザーとしての彼女達を作る為に、魔法関係とその魔法学のバックグラウンドになっているこの世界の事をもっと帝国は知らないといけない。

 貴賓室を出てゆく時に担当者が内海参事官に声をかける。


「失礼ですが、開拓の労働力や娼館開設のつもりでしたら、ダークエルフよりも人間の方が安上がりだと思いますが?

 同じ金額で、万の人間を集められますよ」


 担当者の言葉は上客である俺達に商人としてのアドバイスでもあるのだろう。

 奴隷となっても解放奴隷という階級移動制度があるせいか、自分達の世界では考えられないほど人間の価値が安い。

 しかも戦争がある度に敗戦国の住民が奴隷として売られ、その売却益が戦勝国の戦費となっている。


「いや、我々が欲しいのはダークエルフなのです。

 これからもよろしくお願いします」


 いずれ近い将来エルフ狩りが起こる可能性の懸念を押し殺して、内海審議官は言う。

 大日本帝国がこの世界でも地雷原に足を振み込んだ瞬間だった。

 市場を出ると買い取ったダークエルフが裸のまま檻の馬車で運ばれてゆくのが見える。

 建物のどこからか女の嬌声が聞こえてくる。


「お試しになりますか?」


 気づいた担当者が声をかけたが、俺は黙殺して馬車に乗り込んだ。


料理は、ギリシャ・ローマあたりを参考にしたり。


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