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イッソスの港にて

 俺達を乗せたガレー船はゆっくりと港に近づいてゆく。


「この街から始まった殖民都市が互いの権利を主張し、イッソスとの対立が始まる直前に私の先祖は議会を開いて殖民都市にも権利を与え、カッパドキア共和国が成立しました。

 多くの者達の意見を聞き入れ、こうしてこの街とこの国は繁栄しているのです」


 さすがに上流階級の貴公子の西方世界語は流暢で、こちらが聞き間違えないように丁寧にこの街の説明をしていた。


「そろそろ交渉に入りましょう。

 国政議会議員殿が、表敬訪問ではなく私的に我々の方にやってこられた理由を話していただけませんか?」


 内海審議官の問いかけに、コンラッドは流石に若くして国政に連なる者の誇りを持って我々にその問いに答えた。


「姫君の買い物ならば、それに出向く騎士が必要かと」


 姫君?

 メイヴ副総裁では無い。

 彼女は黒長耳族だという事は……


「わらわの事か?

 すまぬが、姫では無いのじゃ。

 お主の話しておる博之のむぐっ!!」


「…まぁ、そんな訳でして。

 あまり気にせずに……」


 じたばたもがく竜神様の口を真田少佐が封じながらコンラッドを促す。

 もちろん「これ以上突っ込んでくれるな」という視線つきで。


「これは失礼しました。マダム」


 うわ。皮肉なく真顔でいいやがった。

 これだから上流階級ってのは……


「まぁ、マダムの案内が一つ。

 もう一つ、あなた方が持ってこられた荷の方にも興味がありまして。

 失礼ですが、売るあてみたいなものは?」


「ありませんね。

 いくつか店を回って、それから交渉するつもりです」


 内海審議官が肩をすくめる。

 何しろ物には自信はあるつもりなのだが、相場が分からない以上手探りで交渉してゆくしかない。

 情報収集なしで作戦を立てるほど我々も馬鹿ではない。


「よろしければ、私の知り合いの店を紹介しますよ」


 にこやかな笑みを浮べたまま目が笑っていないコンラッドの顔を見ていたら意図が読めてきた。

 俺達や竜神様の監視が一つ。

 こっちは国がらみだろう。

 本題は、俺達の持ってきた商品だ。

 それとも、商人達との交渉を通じてこの街の情報が漏れるのを警戒しているのか?


「こちらとしては高く買い取ってくれるのならば歓迎なのですが」


 ガレー船が港について接岸の準備に入る。

 その揺れを楽しむようにコンラッドは言葉を誘った。


「商売の基本は値段よりも信用ですよ」

「その信用の値段は?」

「さぁ?

 あなた方の誠意次第という事で」


 内海審議官の言葉にこう切り返すのだから、こういう人間の事を伊達男と言うのだろうな。

 華があり、洒落が分かるし、何より切れる。


(信用できると思うか?)


 不意に心の中に真田少佐の声が聞こえる。

 これが心を読む魔法、たしか彼女達の言葉でテレパスと言うものか。

 こうやって体験してみると、相手に気ずかれずに話ができるというのはかなり都合がいい。

 遠藤大尉の話だと、迷子になった機に対してテレパスで発見できた事もあるとかで、対抗して無線の改良を申請している所だとか。


(若干買い叩かれても、議員様の信用は大きいと思うぞ)

(同感です。

 これからもここでの交易を続けるのなら、イッソスの太守家に連なる者に恩を売って損はないかと)

(まぁ、向こうから出向いた者の手を振り解くのは失礼であろう)


 遠藤大尉、メイヴ副総裁、竜神様は賛成、俺も賛成しておこう。


(私も賛成です。

 残る身とすれば、ここで太守様と喧嘩はしたくないです)


 このテレパスは内海審議官の方にも繋がっている。

 だから、内海審議官はそのままコンラッドの差し出した手を握った。


「分かりました。

 貴方の知り合いのお店を紹介してもらいたい」



 コンラッドが紹介した店はダコン商会といい、イッソスでも有数の大店だった。

 どのぐらいの大店かといえば、イッソスの港の一番いい所に専用の船着場と巨大倉庫群を用意しているぐらいの大店だといえば分かるだろう。

 ガレー船が港に着き船員達が荷物を下ろして行く。

 船着場に上質な服を着て揉み手で笑みを浮べる男が一人。

 どんな世界でも商人というのはあまり変わらないらしい。


「ダコン商会の番頭を勤めさせてもらいます。

 ガリアスと申します」


 商会の番頭、大物が出やがったと内心緊張する。

 こっちの世界がどうだか知らないが、専用の船着場や巨大倉庫群を持つ店だから、三井や住友や鴻池あたりを想定せざるを得ない。

 内海審議官を先頭に、次々とその大店の番頭の手を握って名乗る。


「審議官というのは、太守に匹敵するそうだ。

 こちらの方々は軍人で、『少佐』というのはこちらの百騎長に、『大尉』は十騎長に匹敵すると思ってほしい」


 コンラッドがさりげなくこちらの階級を補足する。

 愛国丸で聞いた話だと、こちらの軍の階級は、騎士、十騎長、百騎長、千騎長、将(万)騎長、将軍と分類されている。

 騎士が率いるのが大体10人前後で平時は千騎長までしか存在せず、戦時に将軍が千騎長の中から将騎長を任命する。

 総司令官たる将軍は、議会議長経験者が議会の承認を経て就任し、戦争における全権を委任されるという。

 騎士団団長という役職は平時最高位の千騎長ゆえコンラッドの地位はかなり高い。

 率いる兵数で階級が分類されているから当てはめるのが楽だとは船団指令官のお言葉。

 文官階級だとかなり大雑把で、所長、長官、太守、大臣となっており、大国だとこれに宰相なんて位が出てくるそうだ。

 所長というのは公的機関たとえば衛視所や役所と言った組織の長で、その長をまとめるのが長官。

 街そのものを統治する場合、太守と名づけられ長官をこき使う。

 自治都市は自治都市代表がこの地位で、これが王制や帝政国家の場合、伯爵がこの任務につく。

 なお、この国の国政議会の議員資格がここからで、大体よその国でもここが貴族との境目になるという。

 で、内海審議官だが、これに当てはめると長官職が妥当になのだが、都市国家の集合体から近代国家を語る事がそもそも難しい訳で。

 大臣でもなく、長官でもない彼の立ち居地は消去法にて太守におちついたという経緯がある。


「まぁ、階級の話はひとまず置いておきましょう。

 商品を見てもらいたい」

「拝見しましょう」


 コンラッドが話を元に戻して箱を開けた瞬間、ガリアスの手が一瞬止まった。


「わが国の特産物で漆器と申します。

 木に漆を塗って作った物です」


 内海審議官の説明をよそに、美しい朱色のお椀がガリアスの手に納まる。


「これは見事な……」


 ガリアスはゆっくりとお椀を箱に戻し、次の箱を開けると息をのんだ。


「わが国の着物です。

 彼女が着ているものが、この中に詰まっています。

 もちろん、反物も用意しています」


 鮮やかに染められた京友禅を見るガリアスの姿を見て、俺も説明する内海審議官かなりの期待感を持つ。


「これは……」


 一升瓶に並々揺れる清酒に驚くガリアス。


「よかったら、その漆のお椀で飲まれるといいでしょう。

 もちろん、水ではなく酒ですよ」


 内海審議官が漆器のお椀に透明な酒を注ぎ、それをゆっくりと飲み干すガリアス。


「うまいですな。

 ワインとは違う、この飲みやすさは私が買いたくなる一品です」


 これで確信した。

 我々の商品は売れると。

 後は、こちらの要求の値段で売れるかだけ。

 全ての商品を見たガリアスは常に目ざとく商品について質問をし、納得してから船員に指示して大切に倉庫に運んでゆく。


「いかがですか?」

「大変良い品物をお持ちだ」


 ここから、本当の交渉が始まる。


「この街には何を求めていらっしゃったので?」


 内海審議官がガリアスの言葉に答える前、にメイヴ副総裁を見る。

 メイヴ副総裁が首を縦に振ったのを確認して、ゆっくりと口を開いた。


「ダークエルフ」

「どのぐらいご入用で?」

「買えるだけ全部」


 ガリアスは少し試案顔のまま言葉を吐き出した。


「この国のダークエルフ全てを買い取るおつもりですか?」

「できる事なら」


 即答で答えた内海審議官に、ガリアスは部下の一人を呼んだ。


「今の奴隷市場で出ているダークエルフはどれぐらいある?」


 多分奴隷市場担当なのだろうその男は淀む事無く話し出した。


「週一で市が立ち、出されるダークエルフが平均で百人前後。

 一人当たり、金貨五十枚から七十五枚が相場ですね」


 その担当に失礼だが俺が口を挟んだ。

 このあたりの金銭感覚は残る以上確認しておきたいからだ。


「すいません。

 こちらの通貨の価値がよく分からないので……」


「ああ、これは失礼しました。

 この街に住む平民が一日生活するのに大体銅貨五枚。

 一月三十日で十二ヶ月ですから、一年で銅貨千八百枚。

 まぁ色々とあるでしょうから、きりよく二千枚がこの街で一年生活するのに必要な資金です。

 銅貨十枚が銀貨一枚に相当します。

 裕福層が使うのが大体これで、先ほどの話を銀貨にすると、銀貨二百枚が一年で必要となります。

 金貨というのは銀貨百枚に当たり、今の話を当てはめれば、金貨二枚。

 貴族階級が使うのがこの金貨です。

 もちろん、それぞれの場所で使う場合換金が必要で、手数料が必要です。

 これでよろしいでしょうか?」


「ありがとうございます。

 では、私どもが持ち込んだ商品はどれぐらいで引き取るおつもりで」


 内海審議官の質問に、ガリアスは笑みを浮べたまま即答で答えた。


「金貨一万枚」


(まぁ、妥当でしょう)


 メイヴ副総裁のテレパスが聞こえる。

 こっちに持ってきた物品は、内務省が地方局を使って各地にある日本の大名家が使っていたという老舗から買って来た物だ。

 向こうの貴族でも通用するとメイヴ副総裁が太鼓判を押して持ってきた物だから心配はしていなかったが、どうやら黒長耳族が買えるだけの価値は確保できそうだ。

 同時に、地方工芸品に大増産命令が出て、疲弊した帝国の地方経済復興の一助となる事も決定した訳だ。


「なら、金貨九千五百枚で。

 支払いは市の後でいいです。

 その代わり、次の市でダークエルフを買うのに協力していただきたい」


 ガリアスは笑顔のまま内海審議官に握手を求めてきた。

 『まいど』と聞こえてきそうな気がしたが気のせいだったらしい。


「そうだ。

 良かったら、後で市場を案内して欲しいんだが」


 横からの俺の頼みにガリアスが怪訝な顔を浮かべる。


「構いませんが、何か入用で?

 何ならば、こちらで用意しますが?」


「いや、自分はこの街に残るので、滞在費の足しにと砂糖と塩を一袋ずつ分けてもらったのです。

 それを売り払おうと思いまして」


 その言葉にコンラッドが食いついた。

 彼は、愛国丸の食堂でそれを見ているのを思い出したのは、彼の言葉の後だった。


「でしたら、その袋私が買いましょう。

 同じ重さの金貨でいかがです?」


 しまった。

 胡椒も持ってくるべきだったか。

 売却代金は金貨二百枚。

 島流しの資金からすると十二分にお釣りが返る金額だった。

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