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愛国丸船上にて

 イッソスの港は円状の湾の奥に位置している。

 高所から見るとこの湾が綺麗な円状をしているのが分かる。

 その理由は大崩壊以前のはるか昔の物語から知る事ができる。

「星が落ちた街」イッソスと。


--異世界調査報告書より--


 イッソスの湾内のど真ん中に船団は錨を下ろす事になった翌日。

 この港を出る船、入る船とも愛国丸を眺めてゆく。

 湾内の深さがどれぐらいだか分からずに座礁を避ける為の措置とはいえ、通行の邪魔な事この上ないと気の毒には思うのだが仕方ない。

 何しろこの世界の船は木造船が主体で、整備(船底の腐食板の交換)などを考えると陸地に上げる方がメンテナンスがしやすく、港も遠浅になっている事が多いのだ。

 愛国丸の後ろに筑紫が停泊し、この二隻を中心に四方に護衛駆逐艦が盾のように構え、その周りにガレー船とペガサスが魔術師つきで監視していた。


「おーらい。おーらい」


 愛国丸の横に一隻ガレー船が横付けになって、こちらの交易の品をガレー船に積み込んでいる。

 この後俺はこのガレー船に乗り込んで、共和国議会に表敬訪問する内海審議官の護衛としてあの街に行き、そのまま帰る事は無い。

 この計画は海軍主導で進んではいるが、その過程で他省庁の横槍でどんどん他の人員が入って規模がでかくなっていたりする。

 なお、黒長耳族買収交渉においては激烈な省庁間闘争の結果、内務省神祇院が主導(『彼女達が同胞を救う』という大義名分の為)する事となり、実際に買収交渉にも俺が絡むことになる。

 何しろ、俺は現状で唯一イッソスに滞在する人間だ。


「……昨日陸戦隊で今日異世界か……

 俺達、平凡な海軍航空隊の飛行機乗りだったんだけどなぁ……」


 俺の隣でガレー船への荷下ろしを愛国丸甲板から眺めながめる遠藤一哉海軍大尉が、俺の隣で感慨深く呟く。


「まっとうな出世コースなんぞはなから諦めちゃいますが、次は何処に飛ばされるんでしょうなぁ」


 遠藤大尉にあわせて自分で言って見てその皮肉さに苦笑する。

 今、この光景こそ『飛ばされ』の最たるものではなかろうかと。

 なお、遠藤大尉がそのまま乗るこの船団は、ここでダークエルフこと黒長耳族を買いこんで、エルフの根拠地たる北の大森林地帯に向かうらしい。


「あらあら、そんな弱気で我が同胞を取り戻す事なんてできるんですの?」

「うわっ!」

「だから気配を消して後ろに立つんじゃねぇ!メイヴっ!!」


 遠藤大尉がこの雲上人を呼び捨てにしているのは男女の仲だからだそうで、毎夜毎夜やっているだかららしいが、遠藤大尉が内務省神祇院副総裁を怒鳴りつけるというのは、行政組織上果てしなくまずい気がするのだか気にしないことにしよう。

 なお、大陸で一個中隊を一夜にして搾り取った雲上人様の慰安奉仕の最長時間は遠藤大尉曰く現在四分らしい。

 当たり前だが、既に竜神様やメイヴ副総裁の存在は霞ヶ関の官僚組織の理解範疇を超えている。

 副総裁自ら慰安--いや望んでやった事だけど--という一件だけで内務省から海軍に抗議文が来る事間違いない。

 もちろん、内務省も海軍も、


『見なかった。聞こえなかった。俺知らない』


で合意はできている。

 公式文書の記述からは徹底的に削除される予定だし。


「楽しそうですなぁ」


とぼけた声でじゃれあっている俺達三人の前に姿を現したのが、そのお目付けたる内海審議官。

 この人もメイヴ副総裁並みに気配を消してこっちに来るから、心臓に悪いったらありゃしない。


「内海審議官が事務方の仕事をしていただけるおかげで、私達は楽をさせてもらっていますわ。

 ああ、そうでした。

 神堂大尉。

 以前の絨毯のお礼をと我が主から言いつけられておりまして。

 ボルマナ。

 こっちにいらっしゃい」


 メイヴ副総裁に呼ばれて、一人の黒長耳族の女性がこっちに向かってくる。

 他の黒長耳族と違って、巫女服ではなくこちらの衣装を身に着けている。

 それはいい。

 どうして、マントの中が皮鎧で手足を晒しているのだろう?

 というか、何で首輪をしているのだろう?


「こっちの世界では、色仕掛けもしますし、防御は魔法で何とかできるというのもありますね」


 こちらの心を読んだのか、メイヴ副総裁があっさりと言ってのける。

 だが、この後の台詞は聞き捨てならないものだった。


「あと、首輪ですが、これがこちらの世界の身分証明になっているんですよ。

 という訳で、神堂大尉がご主人様です」


「え?」


 いや、この展開についていけない。

 そんな事おかまいなしに、メイヴ副総裁はさらに上の人のお礼という名の命令を告げる。 


「我が主から、『絨毯のお礼じゃ。使うなり使わせるなり好きにするがよい』だそうで」


「いやあの、使うは分かるのですが、『使わせる』というのは?」

「たしかこちらの言葉でヒモでしたっけ?」


 おーけーわかった。

 理解はしたが、納得しない。

 さすがに話が進まないと思った内海審議官が口を挟む。


「副総裁。

 繋ぎの人間は必要なのでご配慮はありがたいと思いますが、一応文明国の一員となった以上奴隷というのはいかがなものかと」


 だが、メイヴ副総裁の口から出てきた言葉はこちらの想像の斜め下をかっとんで行くものだった。


「あら、私たちはこの国の奴隷になりたいと願っているのですよ。

 だって、この世界において、私たちは『家畜』でしかないのですから」


 この言葉を聞いた男三人の心境については想像におまかせしよう。

 当たり前だが、良い感情ではない。


「真面目な話ですが、副総裁はどれだけ買えると思いますか?」


 聞かなかったことにして、荷を確認しながら内海審議官がメイヴに尋ね、メイヴ副総裁は街中を歩く為につける首輪を手でもてあそびながら口に出してみた。


「正直、相場によるとしか答えられませんね。

 何しろダークエルフは最高の『家畜』ですから。

 需要が高いんですよ」


 裏仕事の他に、陸上生物の殆どの種で孕むという竜の従者としての特性ゆえ、彼女達は高値で取引されている。

 それをできるだけ掻っ攫いにきた訳だから、軍資金は多ければ多いほどいい。


(と、なればこちらの物をどれだけ高く売りつけられるかという事か)


 俺は口に出さず頭の中で感想を漏らす。



「この馬鹿竜っっっっ!!!」

「何を言うのじゃ!博之っ!!

 馬鹿という方が馬鹿なんじゃぞっ!!!」

「やかましいわっ!この馬鹿竜!! いい加減に物理法則を学びやがれっ!!!

 俺はお前と違って飛べないんだよっ!!!」

「だから、何かあったらわらわが助けるに決まっておろうが!

 博之もいい加減にわらわがその物理法則を超越している事を学ぶのじゃっ!!」


 痴話喧嘩が聞こえてきたと思ったら、その発生源の竜神様とその飼い主がこっちにやってくる。

 表敬訪問には竜神様も出向くわけで、当然飼い主もついてくるという訳だ。


「あらあらあらあらあら」

「若いっていいですなぁ」


 完全に傍観者を眺めるメイヴ副総裁と内海審議官。


「真田。前々から言いたかったんだが、一度死んで見ないか?」


 あ、遠藤大尉の目が本気だ。

 そんな彼にメイヴ副総裁がつつつと近寄る。


「あらあら、駄目ですよ遠藤さま。

 そんな物騒な事を言っては……」


 メイヴ副総裁が何か遠藤大尉の耳元に言った途端、嫉妬の炎すら消えて固まる。


「メイヴ、耳元で『3分45秒』と言っておったぞ」


 あっさり暴露する竜神様に狼狽する遠藤大尉。

 なるほど。さば読んでいたのか。自分の。


「言うんじゃないっ!

 真田、てめえ笑いやがったなっ!!」


 さりげなく遠藤大尉もがんばっているらしい。

 ちなみに、こっちに持ってきた着物の箱を、俺の絨毯と同じく「欲しいのじゃ!」と一箱開けて勝手気ままにおしゃれしているあたり人間に染まりつつある。


「博之の為におしゃれしようと思うておるのに……わらわのおしゃれは嫌いか?」


 このじつにわざとらしい涙声は誰が教えたのだろう?

 候補が幾人かいるが、俺とて鳴く雉にはなりたくない。


「いやぁ、真田少佐がうらやましいですなぁ。

 姉さん女房は男として一番の理想だそうで」


 完全に人事のように言ってのける内海審議官。

 だが、竜神様を姉さん女房と証するのはいかがなものかと。


「女の年を聞くのは失礼だろうが。

 わらわは博之より『ちょっと』年上なのじゃぞ」


「……」

「……」

「……」

「……」


「なんじゃっ!なんでみんな黙るのじゃっ!!」


 ああ、アレだな。

 「先の戦」事を応仁の乱と言ってのける京都人と良く似た感覚なんだろうな。

 竜神様の『ちょっと』つーのは。

 なお、我らがメイヴ副総裁は、ぴちぴちの花の六百……


「神堂大尉。何か?」


 なんでもありませんです。はい。

 だから心を読む魔法で感づいたからといって、笑顔で圧迫しないでください。

 その体と美貌は魅力的ですから。はい。


「まぁ、いいのじゃ。

 こんな冷たいお子ちゃまな博之が夜はわらわを裸で甘えさせてくれるのじゃ。今夜も頼むぞ」

「真田。やっぱり、突き落としていいか?」

 壮大なのろけ話に当事者以外が笑っていると、積み込みがあらかた終わったらしい。

 我々もガレー船に移動したという時に一騎の大型鷲がこっちにやってきた。

 良く見るとガレー船の後ろに広いスペースがあり、大型鷲もなれた動作でゆっくりと羽を羽ばたかせて着艦する。


「よかった。間に合いましたか」


 たしか、コンラッド議員とか言っていたような。


「改めまして自己紹介を。

 コンラッド・イッソスと申します。

 西方世界では公職の時は公職と名前を、私人の時には名前しか名のりません。

 ですから、今日は私人としてこちらに来ております。

 よろしく」


 皆と手を握っているコンラッドを改めてみると、甲冑姿では無く貴族風のいでたちでやってきている。

 俺の番になって手を握ったままふと記憶にひっかかるものがあった。


「神堂辰馬大尉です。

 姓にイッソスがついているという事は?」


「はい。

 イッソスの太守の家系に連なる者です」

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