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イッソス洋上にて 帝国と異世界国家の最初の接触

「こちらはカッパドキア共和国空中騎士団所属、騎士キーツ。

 貴船の所属と目的を教えてもらいたい」


 魔法を介した異世界最初の意思疎通はこのような感じではじまった。

 それを、黒長耳族が伝え、彼女たちによって返信が返される。


「こちらは、大日本帝国異世界派遣船団なり。

 目的は貴国イッソスへの寄港と交易である」


「わが国では寄港前にグラ海峡にて通行税を払い、検査をしないとイッソスへの寄港は認められていない。

 検査を受ける意思はありや?」


「然り」


 後から聞いたやり取りだが、このやり取りでいったん彼らは去り、グラ海峡にて向こうの本気を垣間見る事になる。

 ガレー船が十八隻、帆船が十二隻、天馬や人を乗せた鷲は三十以上が上空を舞っている。

 陸上の方もかなりの数の兵が海風に靡く旗の下、整然と武装をしてこちらを睨んでいる。

 もちろんこちらも警戒体制を取りながら、空中浮遊の魔法で愛国丸に乗り込んできた向こうの代表者がその身分を口にする。


「カッパドキア共和国国政議会議員兼空中騎士団団長コンラッド・イッソスと申します。

 カッパドギア共和国の法に基づき、この船を臨検します。

 この船の代表に面会したい」


 臨検の後、食堂にて会談が開かれるが、俺は内海審議官の警護という形で会談に参加するというか、壁に立っている事になった。


「異世界に残るのですから、コネは必要でしょう」


との事。

 たしかにこき使う気満々だが、使える限りは使い捨てにはしないつもりらしい。

 隣に立っているのが、向こうの護衛でさっき名乗っていた空中騎士のキーツ。

 後で挨拶しておこう。

 で、視線を戻すと、向こうの目がテーブルの上に置かれている小瓶で止まる。


「これは……」


 コンラッドの視線に気づき内海参事官が説明し、それを通訳の黒長耳族が話す。 意思疎通魔法があるのに無駄なよう気がするが、黒長耳族がこちらの世界では奴隷種という事もあって社会階級的に向こうに配慮した形になっている。

 なお、こちらの参加者は内海審議官の他に、船団司令官に竜神様とその眷属こと出向先の副総裁。

 なお副総裁は黒長耳族とは種族的に少し違うらしい。よく分からないが。


「調味料の小瓶です。

 砂糖・塩・香辛料に、それらを調合した液体で料理に軽く味付けするんですよ」


 内海審議官の言葉にびっくりする相手側一同。

 こちらの参加者を見れば分かるが、全部内海審議官に丸投げである。

 かわいそうに。


「どっちが砂糖で、どっちが塩なんだ?」


 両方とも粉雪のように白く、舐めてみたコンラッドはその味にすっかり魅了されたらしく絶句している。

 その顔で分かってしまう。

 この世界ではテーブルに並んでいるような砂糖と塩はイッソスの市場ですら手に入らない事を。

 後で食堂に話を通して、砂糖と塩を持ってゆくことにしよう。


「凄いですね。

 何処からも清らかな魔力が溢れています」

 隣に居たキーツが感嘆の声をあげるが俺にはそれがいまいち分からない。

 これも後で黒長耳族から聞いた話だが、この世界には魔法使用において「マナ」と呼ばれる媒介を使う。

 マナそのものは世界の何処にでも空気のようにあるのだが、問題として魔法使用者の感情に汚染される。

 攻撃魔法を使えば「殺意」などの術者意識がマナに残るし、回復魔法を使えば「慈愛」などの術者意識が残る。

 そして、汚染されたマナは逆に人間の深層意識に介入する。

 戦争などで攻撃魔法が大量使用されるとその地域の住民意識が荒れて、治安が極度に悪化する。

 マナの浄化技術も開発されてはいるが、魔法技術の進む中央世界ではこのマナ汚染が深刻な問題となっていた。

 つまり、この船を魔力で動かす船と勘違いしているという事だ。


「これだけの魔力があるのならば、このような船を作りまた動かすのも容易でしょうね」


 竜はこの船に乗船しているだけなのだが、魔法が社会の中で一般的になっているこの世界で魔力を動力として使用しないという事を想像できなかった。


「はぁ」


 という訳で、適当に相槌をうちながらも会議は進む。

 交易という目的を内海審議官が説明するのだが、相手側の視線は内海審議官より竜神様の方に集中していた。


「ダイニホンテイコク?

 失礼ながら、この世界にそのような国があったとは知りませんでした。

 どのような国ですか?」


 コンラッドから発せられ黒長耳族の通訳に固まる愛国丸首脳陣。


「どのような国と言われても……」

「帝国と名乗られているぐらいですから、偉大な皇帝の元で、広大な領地を持ち、多くの民族を従えて精強な兵をお持ちなのでしょう?」


 コンラッドの言葉にお世辞などない真剣な思いが伝わってくるだけに言葉につまる。


「わが国では、皇帝とは名乗りません。

 その皇帝すら配下に置き、神々の末裔たる天皇陛下がわが国を治めているのです」


 船団司令官が笑うのをこらえながら説明する。

 たしかに嘘は言っていない。

 満州国という国の皇帝を支配下においているのだから嘘は言っていない。


「わが国は北は夏でも雪が残る土地から、南は冬でも泳ぐ事ができる土地まで統治しています」


 内海審議官が淡々と説明する。

 たしかにこれも嘘は言っていない。

 満州の高山地帯や千島などの高緯度地帯は夏でも雪が所々に残っているし、トラック諸島やマーシャル諸島などは常夏の島々だ。

 間に海があったりするが海まで入れたら十分広大と誇れるだろう。

 ちょっと説明を省いただけだ。


「大日本帝国とは五族共和を掲げ、他民族と共存共栄する人口一億の大国家です。 わが陸軍は総兵力三百万を誇り、海軍もこのような船を三百隻所有しています」


 内海審議官は詐欺師が商品を勧めるよう滑らかに、人口の多さと軍の精強さを謳って見せた。

 たしかに嘘は言っていない。

 その為に大陸で泥沼の戦争をついさっきまでやる羽目になり、これだけの軍備をそろえた結果破産寸前に追い込まれ、それでも勝てない欧米列強がまだ上にいる事を言って彼らを不安にさせる必要はない。


「い、一億……恐ろしい兵数ですね。

 三百万だなんて……国の規模ですよ……」


 説明を聞いてコンラッド達の顔はみるみる強張っていった。

 それを見て何もしていないのにえへんとえばった笑みを浮かべる竜神様。

 傍から見れば美人が不遜に見下しているようにも見えなくもない。

 その後話が進み、コンラッドが会談が終わろうとした時に声をかけた。


「議会の承認を得るまでここに待機してほしい。

 それとは別に交渉外の事をお聞きしたいのだが、どうして貴方達の船に、我々の世界の竜が乗船しているのか?」


 その問いに内海審議官はどう答えていいのか口を閉ざすが、撫子自身が先に答えてしまう。


「その問いには答えることはできぬが、わらわはこの国に世話になっていると考えてほしい」


 後になって考えると、この言葉がとんでもない方向に転がっていく元凶になるとは誰も思ってはいなかった。

 議会の許可が下りたのはその日の夕方の事である。

 カッパドキア共和国首都イッソスの湾内の夕刻、その船が姿を見せた時誰もが仕事の手を止めた。

 湾内で漁をしていた漁師は網を巻くのをやめて魚を数匹逃がし、灯台の管理人はその船に見とれてつけたばかりの光を危うく消しかけた。

 荷物の積み込みをしている船員も、出向許可を待つ船長も、海の男をひっかけようと思った娼婦達もその船を見つけた瞬間目から離れなかった。

 海軍はガレー船を動かしてその船の周りに張り付き、空には空中騎士団と魔術師が常に張り付いて周囲を見張っている。


「爺さん達の時の黒船はこんな感じだったんじゃろうなぁ」


 船団司令官が感慨深くイッソスの港を眺める。

 何で俺が愛国丸艦橋に居るかと言うと、内海審議官の護衛としてくっつている必要があるからだ。

 ついでに、このあたりの人間とコネを繋いでおけという意味もあるのだろう。


「『太平の 眠りを覚ます 愛国丸』ですか? 数は多いですが」


 とりあえず交戦という事態を避けられたこともあり、愛国丸船長も軽口を叩く。


「この国が文明開花の道を進みますかな?」

「むしろ吸収するのは我々でしょう」


 内海審議官は空を歩くように警戒する魔術師に目を向けるが、この船自体がはるか沢山の視線に射抜かれている事を自覚はしていた。

 誰もがこの船の大きさに目を奪われ、そしてこの船に恐怖と魅了を感じている事を。

 まるでかつての大日本帝国が江戸幕府統治下に来航した黒船のように、大日本帝国異世界派遣船団はイッソスの港に錨を下ろした。

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