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後部甲板での密談

 カッパドキア共和国首都イッソス。

 異世界の中央・東方・西方と分かれる人類世界において、西方世界と呼ばれるこの地域は二つの大陸と一つの内海からなりたち、北大陸は南大陸の二倍近い大きさがある。

 西方世界の国家群はこの内海に沿って点在しており、北大陸の一番東側にカッパドキア共和国がある。

 ここから東に行く船はデロス同盟を経由して中央世界へ。

 北に行く船は未開地で、その魔物跋扈する荒地は虚無の平原と呼ばれ、その更に北はエルフ達が住む大森林地帯に繋がっている。

 西に行く船はロムルス国家連合やカルタヘナ王国の勢力圏に通じ、西方航路と呼ばれる大交易路を形成している。

 南に行く船は南大陸にある砂漠の王国イシスや高山王国シバなどの物産を運んでくる。

 イッソスが円形状の湾を持ち、その奥にある港町である事もあり、この港町はカッパドキア共和国首都という名前の他に「西方世界の玄関」という名前も持っていた。


--第一次異世界派遣船団の報告書より--


「異世界。

 それは、大陸で採り損ねた植民地を獲得する新たなるフロンティアです。

 軍の動員は解除している途中ですが、軍以外に食えない連中はまとめてこの世界に送り込むつもりです」


 冒頭の台詞を言ってのけたのが、俺の出向先の雲上人その二になる神祇院神祇審議官の内海正蔵氏のお言葉である。

 前職が特別高等警察警視で、実質的な神祇院次官として実務担当かつ我々のお目付け役としてこの地にやってきたのは、その上である副総裁が竜神様と一緒にこの地に来ているからに他ならない。

 そんな切れ者の見た目は眼鏡をかけたほんわか穏やかな顔で、妻あり子三人のほんわか家族を形成しているとか。

 この見た目の下には泣く子も恐れる特高の冷徹な本性があるんだろう。

 で、その内海審議官が異世界島流し予定の俺を捕まえて、仕事を割り振ってくれたのである。


「我々はこの後、イッソスという港町に入る予定です。

 貴方はそこに置き去りになる予定ですが、貴方に情報収集をお願いしたい」

「情報収集……ですか?」


 いまいち状況が理解できない俺に内海審議官は淡々と説明を続ける。

 また分かりやすく穏やかなのが、まるで犯罪者を落とす口調に聞こえるから困る。


「こちら出身の黒長耳族がいるのに、それが必要なのかという顔をしていますね。

 結論から言えば、必要です。

 なぜならば、彼女たちが異世界出身だからです。

 日本人が見て、日本人が集めた情報があってこそ、始めて彼女達の情報の裏づけが取れるのです」


 実に分かりやすい説明だと思ったら、そこから畳み掛ける。

 なるほど。これが特高の手口か。


「という事を、上に訴えたのですが人員を回してもらえなくてね。

 で、うちに出向という形で島流しにあった貴方の名前を見かけた訳で。

 わが国は、大尉にまでなった人間を簡単に島流しにできるほど裕福じゃないんですよ」


 なお、この会話は後部甲板で行われている。

 内海審議官曰く、


「室内で密談なんて、聞いてくれと言っている様な物でしょう?」


だそうだ。

 話がそれた。


「大陸では、俺ぐらいの人間がごろごろと島流しどころか、白木の箱に入る羽目になりましたが?」

「だから、この国は戦争に負けかけたんですよ」


 うわ。

 言いにくい事をはっきり言いやがった。この人。

 こっちの内心などおかまいなしで、内海審議官は眼鏡を持ち上げながら語り続ける。


「悪い話では無いですよ。

 使える手足を切り捨てるほど、私も馬鹿ではありませんから。

 こちらにいる間は、最大限協力しますよ」


 俺は水平線に目を向ける。

 その先に、ガレー船が見えるがこちらの速度に追いつく訳も無く小さくなってゆく。


「その手の訓練をしている訳ではないので、集められる情報といっても限界があります」

「構いません。

 まず、一番欲しいのはこちらでの生活そのものの情報なのです。

 街の様子、人の様子、何を食べたか、何を飲んだか、何を買ったか、どんな仕事をしたか、どんな仕事が募集されていたか。

 次に送られてくる人員の為の資料が必要なのです」


 なるほど。

 その次の人員こそが本命と言う訳か。

 こっちの皮肉を知ってかしらずか、内海審議官はスーツから煙草をとりだして俺に差し出す。

 受け取った煙草に火をつけ、二人して紫煙の糸を流す。


「お恥ずかしい話ですが、私は現場が苦手なので。

 その分、書類仕事で役に立とうと思っているのですよ。

 神堂さんにも大陸と同じように頑張っていただけたらと」


 たばこを咥えたままこのまま異世界島流しだと、手持ちの煙草がなくなったら次にいつ吸えるか分からないななんて考えてしまう。

 具体的な所を聞かずに島流しなので、俺は内海審議官に聞いてみる事にした。


「ちなみに、次の船はいつ位に来る予定なのですか?」

「おそらく一月はかからないと思います。

 竜とその眷属を助けに来たのも事実ですが、この異世界と交易をしようとも考えているのですよ。我が国は」


 何をするにも金が要る世知辛い世の中である。

 この異世界交易も自分の金は自分で稼げとばかりに色々な交易品を積み込んでいるのだった。

 その交易品を取り揃えたのがこの内海審議官である。

 どの地域にどのような特産があり、それがどの程度入手できるかなどは帝国国土を管理している内務省の協力無しにはできなかった。

 交易品は漆器や陶器、着物に茶、酒などでしめられている。

 これは、最初に出会うであろう向こうの有力者を虜にする物を用意したのが一つ。

 この交易が黒字基調(黒長耳族が買える限りほぼ黒字確定なのだが)で続くならば、これらの伝統工芸品を大量注文して、大陸停戦後の軍需の穴埋めの一つにしようと考えてたのがもう一つの理由である。

 伝統工芸品を大量注文し、大蔵省に無理を言って組んだ予算で払い、税金で回収して、黒長耳族を手に入れたらその地方から優先的にインフラを整備し、国土開発をして内需喚起という筋書き。

 大蔵省に無理を言っているあたりで色々問題があるのだが、インフラ整備による生産の増大と経済の活性化、それに伴う税収入が増えるならば帳尻はどうとでもつく。

 陸軍や海軍以上に、内務省は黒長耳族を欲していたのだった。


「欧州大戦は拡大の一途。

 アメリカはドラゴンがハワイに居座って動けない。

 その隙に異世界を独り占めしてしまおうという訳です」


 内海審議官の言うとおり世界に衝撃を与えたドラゴンのハワイ空襲と米軍のハワイ奪還作戦の失敗、逆に西海岸にワイバーンがちらほら襲来する事態についに後退した事を帝国政府はつかんでいた。

 既にこの影響はあちこちに影響が出ており、そんな誰も動けないこの時に帝国が異世界へ進出するという甘い囁きによって、これにかけた帝国の熱意は並々ならぬものがあった。

 まぁ、帝国が望むのは植民地ですらなく、現在軍に入ることで食っていける貧農家庭の次男三男に自立できるだけの土地が欲しかったのだが。

 その土地も無駄に広い荒野があり、開発に彼女たちも協力するというし、開発できなかったらできなかったで見捨てて島流しという腹だろう。

 市場とか資源搾取すら望まぬ時点でどうよという気持ちだが、国家経済の破綻回避に伴う動員解除で出る失業問題の有力な解消策になるはずである。

 満州の油田開発が黒長耳族の魔法技術で軌道に乗りつつある今、油の心配しなくてよくなった帝国は開発ラッシュに沸いていた。

 その中心となっていたのが、黒長耳族の娘さん達が使う石人形。

 だが、初期召還においてやってきた黒長耳族は千人程度。

 各地の開発で娘さん達は引っ張りだことなっている現状で、更なる黒長耳族を迎え入れるために我々はこの地に来ているという訳だ。


「うまく我々は彼女達を助けられるのでしょうか?」


 俺の何気ない質問に内海審議官は淡々とどす黒い答えを返す。


「大丈夫だと思いますよ。

 助けるのではなく、黒長耳族を買い取るのですから」


 竜神が召還した黒長耳族は彼女の御付の眷属だから場所が特定できた。

 だが、世界各地に広がっている黒長耳族を探してこちらにつれてくるのは手間がかかりすぎる。

 更に厄介なのが、奴隷として人間に捕らえられているまたは人間社会に溶け込んでいる黒長耳族がいくらいるか分からないという所。

 で、黒長耳族のメイヴ副総裁が出してきた提案は、「人間の町で売られている黒長耳族を買う」というものだった。

 奴隷として使われていた彼女達が即戦力になるわけではないが、魔力を持つ彼女達を教育する事が数を求める帝国にとって確実な黒長耳族供給と判断されたのだった。

 もちろん、彼女達の解放を望んだメイヴ達の希望とも合致する。


「おや、船内が慌ただしいですね」


 内海審議官の言葉に俺も気づく。

 警報が鳴って、水兵達が機銃を空に向けている。

 客室に避難する俺の目に映ったのは、空に浮いてる人間と、羽の生えた馬--天馬--の群れがこっちにやってくる所だった。

『帝国の竜神様』の馬鹿竜様こと撫子様。

絵師の春日木雅人氏から了解を頂いたので公開。


挿絵(By みてみん)

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