諸国標準暦381年 大崩壊より518年後
俺は客人扱いという事もあって一等客室を与えられていた。
船内から見た異世界の夜空には赤と青の月が輝いてここが異世界というのを思い知らされる。
翌日。
異世界の海とはいえ同じ青くて広いと分かったら、興味もなくなる訳で、暇つぶしをかねて貨物室に下りて俺がらみの荷物を確認する。
お、自転車発見。
こっちは兄が頭を抱えていた軍関連の物資だが、軍服とか毛布とか生活品が主体らしい。
ばらせば転売できない事は無いのだろうが、その時間が惜しかったという事だろうから、実家の経済状態はかなり危なかったのだろう。
これは上海で片桐軍曹が集めた横流し品か。
トラックにヴィッカース6トン戦車があるが、これらは陸戦隊に引き渡される事が決まっている。
なお、彼らの母体は上海特別陸戦隊からで、皆実戦経験あるそうだ。
おや?
リストに合わない小箱を発見。
これはマダムから、茶器と茶葉だ。
こんなのをこっそり入れるのだからあの人らしい。
他にも見慣れない荷物発見。
荷札を眺めると俺の私物扱いで絨毯とある。
片桐少尉の置き土産らしい。
島流しに合う俺への義理だてなのか、マダムがらみの何なのか、考えても仕方ない。
包装を解いて広げようと思い、それを持って倉庫から出ると声がかかった。
「それはなんじゃ?」
明らかに場違いな振袖を着た女性が、興味津々で俺の持っている荷物に目を向けている。
お客さんであるし神祇院がらみの人間だろうとあたりをつけて、言葉を選びながらその振袖女性に答えた。
「絨毯ですよ。
これから広げようと思うのですが、見ますか?」
「見たいのじゃ!」
妖艶かつ熟れきった体を弾ませながら、子供のような無邪気さで俺の後ろをついてくる。
あ。思い出した。
こいつ、上海のカジノにいた花魁太夫じゃないか。
さりげなく後ろの女には護衛がついているみたいだし、失礼な事をせずに済んだと安堵する。
食堂に入り、テーブルをのけて絨毯を広げると、鮮やかな赤色の幾何学模様が広がってゆく。
「凄いのじゃ!
綺麗なのじゃ!
ふかふかなのじゃ!」
手で絨毯を触りながら喜ぶ女を尻目に、俺は一応解説を入れてやる。
多分喜んで聞いていないのだろうが。
「大陸の馬族はテントで暮らすので、このような絨毯をテントの中に敷いて生活するのです。
彼らにとっては貴重な財産で、色が鮮やかであればあるほど喜ばれると」
大陸で匪賊相手にしているとそれぐらいの知識はつく。
なお、馬賊と匪賊の違いだが、敵対していたのが匪賊。
それ以外が馬賊という大雑把な分け方だが、大体問題は無い。
で、説明しながら思った。
これ、片桐少尉の置き土産じゃないな。
おそらく、上海で出会った馬賊の頭領からの侘びの品という所か。
片桐少尉も馬賊の頭領も義理堅いなんて思い出し笑いをしていたら、ふかふかに喜んでいた女性がじっとこっちを見ている。
なお、目が口ほどに語っているのだがどうしてくれよう。
「ほしいのじゃ!」
あ、言いやがった。
くれてやるのは問題が無いが、侘びの品だけにかなり高価な品だ。
一応確認を取ってと言おうとしたら、女性が部屋に入ってきた黒長耳族の巫女にせがみだした。
「メイヴ!
あれ欲しいのじゃ!」
「撫子様。
あれはあのお方の持ち物ですから駄目です」
カラスの濡れ羽色な黒髪、褐色の肌と長い耳、白衣と赤袴を身にまとってにこにこ笑う様は妖艶かつ穏健そうに見えてとても怖い。
子供がお菓子をねだる時に断る母親のごとし。
で、撫子と言われた女性はメイヴと言われた巫女の腰にじがみついて、子供のようにねだる。
とりあえず、撫子と呼ばれる女性がかなり上の人間である事は理解できた。
「ほしいのじゃ!
やるのは問題が無いとあやつは言っておったぞ!」
あれ?
俺それを口に出したっけ?
とりあえず、話が進みそうに無いので自己紹介をする事にする。
「神堂辰馬陸軍大尉と申します。
今回神祇院に出向し、この船に乗り込んでおります」
巫女服という事は神祇院であり、俺の上司になる可能性が高い訳で敬礼して自己紹介したのだが、出てきた名前はとんでもない大物だった。
「神祇院の副総裁をさせていただいております。メイヴと申します。
どうも撫子様がわがままを言ったみたいで」
聞いた瞬間、固まる俺。
よりにもよって出向先組織のナンバー2が出てきやがった。
なお、この地位と同格を軍から探すと、大将より上という文字通りの雲上人である。
「いえ、絨毯については差し上げる事は問題ないのですが、上にお伺いをと考えていた所で、そのあたりはお任せしてよろしいでしょうか?」
「やったのじゃ!
わらわのものなのじゃ!」
人の話をさえぎってぴょんぴょん跳ねる撫子様を見て、メイヴ様が深くため息をついた。
「なんだか申し訳ございません。
この埋め合わせは必ずしますので」
たしか、もう一人ダーナ様という人が居たはずだ。
撫子と名乗っているのは、その偽名か何かなのだろう。
「違うぞ。
わらわは撫子なのじゃ!」
あれ?
だからどうして口に出していないのに心を読まれたのだろう?
「心を読む魔法というのがありまして。
撫子様。
相手が怯えて混乱するからお気をつけてといつも言っているじゃないですか」
「無茶を言うな。メイヴ。
勝手に聞こえてくるのだから気をつけようがなかろう」
とりあえず、心が読めるというという事は隠し事ができないわけだが、それ以上に気になったことが一つ。
仮にもこの女性が撫子様だとして、雲上人のメイウ様を従える彼女は何者なのだろうと?
それも心を読まれたのか、撫子様がぽんと手を叩いた。
「自己紹介がまだだったな。
わらわは撫子。
この国にやってきて落とされた竜じゃ!
怯えて褒め称えるがよいぞ!」
「……ああ言っているので、怯えたり称えていただけると凄く助かります。ええ」
なんだろう。
メイヴ様からにじみ出る徒労感と投げやり感は。
「あの三峡を塞いだ?」
「そうじゃぞ!
わらわがやったんじゃぞ!
凄いじゃろ!
褒め称えるがいいぞ!」
どや顔で体を反らせて胸を揺らして威張って見せるがどうしよう?
メイヴ様に視線で助けを求めるが、現実は非情である。
「わーすごいなー
こわいなー」
「怖がっておらんではないか!」
あ、怒り出したので飴を与える事にした。
「それよりもその絨毯何に使うのですか?」
「決まっておろう!
この絨毯を敷いて、博之の上で腰を振るのじゃ!」
聞かなければ良かった。
たしか、博之という名前は陸戦隊の隊長がそんな名前だったような。
真田博之海軍少佐。
乗船時の挨拶で覚えている。
しかし、男の気を引く為に絨毯をねだるって、クレオパトラじゃあるまいし。
「クレオパトラ?
なんじゃ、それは?」
その夜、絨毯に包まって簀巻きで泣きながら夜を過ごした竜が一匹居たらしい。
俺は悪くない。多分。
馬鹿竜。光臨。
なお、こっちの物語では基本脇役の予定。




